リスタートのブログ

住宅関連の文章を載せていましたが、メーカーとの付き合いがなくなったのでオヤジのひとり言に内容を変えました。

駄々をこねる男

2011-06-02 06:04:01 | オヤジの日記
昔々、自民党が初めて野に下ったとき、時の宮澤喜一総理に不信任を突きつけたのは、同じ自民党の小沢一郎一派だった。

それは、1993年のことだから、今から18年前になる。

積極財政を推進して、バブル後の経済と政治を懸命に支えた「一流の政治びと」である宮澤氏を追い落とした小沢。

竹下派内の派閥争いに敗れた小沢は、内閣不信任案に賛成し、自民党を下野させることに成功したが、バブル後の処理の一番大事な時期、ただ感情の赴くままに、政治的空白を作った彼の罪は重い。

自分の言うことを聞かない人間は、「あいつの方が悪い」と切り捨て、自己の非を決して認めることなく、ただ「乱」を起こし続ける、幼児の性格を持った歪んだ似非実力者。

その歪んだ権力を恐れ、あるいはカルト教祖に対するように盲目的に信仰する、さらに幼稚な子分たち。

そして、マスメディアも、ただ駄々をこねるだけの幼児的政治家を「剛腕」と表現して阿(おもね)り、彼のイメージを固定させることに加担した。

それは、小沢の政治的スタンスを批判することより、彼の「剛腕」イメージを作り上げる方が、彼らにとって商売になるからだろう。


自民党時代には竹下派の派閥争いに破れて党を割り、新進党を作って、与党の仲間入りをしたが、自民党が社会党と組むという奇策に、なすすべもなく破れ下野。

新進党は、たった4年で瓦解し、小沢は自由党を結成。
結党の翌年に「自自公連立」により、与党に返り咲いたが、翌年には連立を解消。
自由党は、2003年に民主党と合併して、自由党は消滅。

2007年には、当時の自民党総裁に「大連立」を持ちかけるが、党内の根回し不足により成立せず。
その後、資金管理団体の政治資金規正法違反事件で起訴されながら、民主党代表選に立候補。菅直人に敗北。

そして、政治資金規正法違反により、検察に強制起訴された小沢は、民主党常任幹事会により「強制起訴による裁判の判決確定まで党員資格停止」とする処分を提起されている。


このように小沢の来歴を見ると、私には「負け続きの歴史」にしか思えないのだが、なぜかマスメディアの評価は、「剛腕」だ。

理解に苦しむ。


大地震のどさくさに紛れて、1993年の時のように、内閣不信任案に賛成し、強引に党を割ろうと目論み、日本の政治に空白を作る行為は、理性ある政治家のものではない。

それは、学習能力皆無の幼児的行為である。

例えば、小沢はこんな幼児的行動を示したことがある。

小沢の新進党党首時代の1996年、第41回衆議院選に敗れた小沢は、選挙直後開票中にも拘らず深夜になるまで党本部に姿を見せず雲隠れするという党首にあるまじき態度をとった。

これは、自分の思い通りにならないことがあると、駄々をこねる近隣国のトップと同じ幼児性である。

それは、まるで自己を過大評価して、自己を社会から遮断するカルト教祖の性質と似ている。

党を壊すこと、無理やり政治的空白を作ることを「剛腕」と評価する人たちは、大地震後に今も不便を強いられている人々に思いを寄せることはないのだろうか。

1週間の空白は、被災者がその期間、耐え忍ぶことを強制される時間だ。
1ヶ月、2ヶ月の空白が続けば、絶望感はさらに増幅されることだろう。

大義名分の、この場合の「大義」は、国を壊して、被災者につけを押し付けることではない。

菅が無能だというなら、「国の復興」を大義名分として、菅をサポートするのが、彼を首相に選んだ民主党員の責任というものだろう。

政治の空白を作って、復興が遅れたら、また一致団結して、他人(菅)のせいにして逃げるのか。
こんなときの「一致団結」に、大義はないだろうに。


壊すだけの能力しかなく、負け続きの政治家、そして政治資金規制法違反の被告人。


日本復興の行く末が、こんなカルト教祖に握られているなんて、どんな冗談、どんな悪夢かと思う。