リスタートのブログ

住宅関連の文章を載せていましたが、メーカーとの付き合いがなくなったのでオヤジのひとり言に内容を変えました。

乗りかかったポニョ

2020-02-23 05:42:01 | オヤジの日記

先週の日曜日、東京は雨だった。

私の心にも雨は降った。

 

先週の続き。

「タピオカ」の踊りの講習をアホのイナバくんに頼んで・・・違いました「パプリカ」でした。

パプリカの動画は、イナバくんにメールで送ってもらったので、一応観た(イナバくんとイナバくんのガキ二人が、ニコニコしながら踊った動画だ)。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・(へー、イナバくんのガキ二人がダンスがうまいのはわかったけど)。

 

友人の極道コピーライターのススキダの得意先が、今年創立40周年を迎えるというので、3月はじめに面倒くさいパーティを開く予定だという。

そこで、若手社員がまるで幼稚園のお遊戯のように、パプリカを踊りたいと言い出したのだ。

無邪気ですね。

ダンスといえば、私の中では、アホのイナバくんしか思い浮かばなかった。

イナバくんに聞いて、インストラクターをお願いしたら即座に「いいですよ」と返事が来た。

しかし、アホだぞ、彼が飼われているボルゾイ犬さえ認めるアホだぞ。心配になった私は、ついていくことにしたったった。

 

東急東横線代官山駅から徒歩7分で目的地に着いた。

ススキダは、エスティマで既に来ていた。イナバくんもメルセデスで来ていた。

俺、昼メシ食ってねえぞ、なんか食わせろや、と言ったら、イナバくんが、カロリーメイトをくれた。

ありがとね。

カロリーメイトを食いながら会社のエレベーターに乗って、最上階に着陸した。

そこに、社員食堂があった。

社員食堂では、関係者の方々が、すでに待っておられた。

若い9人の面倒くさい人たちが、私服姿で待っておられた。

「やる気まんまん」には見えないですけどね。

テキトーに挨拶を交わした。

 

イナバくんは、「どうも」と言いながら、いきなり9人に小さなゼッケンを配った。

「ボク、人の名前を覚えられないので、番号で覚えます。肩にゼッケンを付けてください」

みなさん、安全ピンで肩にゼッケンを付けた。イナバくんの奥さんが、ゼッケンを作ってくれたらしい。

そして、イナバくんもゼッケンを付けた。イナバくんのだけは、でかい。10番のゼッケンだ。胸につけて誇らしげだ。

「エースナンバー!」叫んだ。

イナバくんは、サッカーが三度のサッカーよりも好きなのだ。色々なメディアで、サッカーを観まくって暮らしていた。

しかしね、イナバくん。インストラクターに、ゼッケンはいらないんじゃないかね。

 

イナバくんが言った。

「パプリカ、やります」

それは、合ってると思うけど、たとえば「今日は、みなさんと一緒に、楽しくパプリカを歌って踊りましょう。ボクも楽しみにしています。わからないところは聞いてください」程度のことは、言った方がいいんじゃないかな。

心配になった私はイナバくんに、beat  it やってみたら、とアドバイスした。

すると、イナバくんは、マイケル・ジャクソンの名曲 beat it を踊り始めた。腰と足、手の動きが調和したMJらしい軽快なダンスだ。

だが、コピーするのは絶対にむずかしいと思う。

イナバくんは、簡単にダンスをこなしていた。

社員さんたちの目からは、釘がたくさん出て、イナバくんのダンスに釘付けになった。

そして、終わったら、大拍手。

 

つかみは、オッケー。

 

イナバくんとは、事前に打ち合わせをしていた。

最初の1時間は、踊る人のスキルを確かめよう。そして、20分の休憩をはさんで、1時間のダンスレッスン。さらに20分の休憩をはさんで、ダンスの仕上げにかかる。

一人ひとりに踊ってもらうと、みなさんスキルがそれなりに高いのは、わかった。

ほぼ20代の男女。女性6人男性3人だ。今時の若い人は、ダンスが身についているんですかい?

私らデスコ世代は、単純な動きしかできない。しかし、今の若い人は適応力があるから、色々な動きについていける。タイムズ ゴー オン。

イナバくんが、手を叩いて言った。「いやー、みなさん、お上手お上手。オロドキました」驚きました、だね。

休憩。

でっかいクーラーボックスの中に、お茶やらスポーツドリンクが入っていて、自由に飲めるようになっていた。

そのクーラーボックスの横に小さな発砲スチロールのクーラーボックスがあった。ふたに私の名前が貼ってあった。

開けると一番搾りの350缶が4本入っていた。

これは?

ススキダが、今回の責任者に掛け合って酒の接待をお願いしたのだという。

「彼は、ダンスの先生の師匠ですから、これくらいは、していただかないと」

気が利くな、ススキダ。ありがたく、いただきました。

 

次の1時間は、パプリカの振り付けに費やした。

私にはまったくわからなかったが、イナバくんがいたるところにアレンジを施して、オリジナルとは少々違うダンスになったみたいだ。ジャンプを何回か取り入れたそうだ。

でも、みんな上手いね。戸惑わずに、ちゃんとついていっているもんね。イナバくんも最初は満足そうだった。

しかし、第2クールの1時間が終わるころ、イナバくんが首を傾げた。「うーん」。普通の人の3倍くらい大きく首を曲げた。痛くないのか。

社員食堂の隅っこに座っていた、すみっコぐらしのススキダと私の前に来たイナバくんは、「いい感じなんですけど、何かが足りないんですよね。パーティ感がトモシイんですよ」おそらく「乏しい」だと思う。

 

いや、俺には完璧に見えたけど。もう練習なんかいらないんじゃないかね。

「いやいやいやいやー」

そんなに嫌なのかい。

「だって、普通すぎるでしょう。これじゃあ、ただ踊りましたってだけですよ。コンタクトがないです」インパクトだね。

頭を抱えるアホ。

私には、どうでもいいので、2本目の一番搾りをありがたくいたいただいた。

そのとき、何かをひらめいて突然頭を上げたアホが、ポテチもないことを言い出したのだ。ポテチ食いたいな。湖池屋ののり塩ね。

「Mさん、阿波踊り、得意でしたよね」

得意じゃねえよ。

「踊ってみてください」

チミは、何を言っているんだ。パパパプリカはどこいった。いつからここは徳島になった。

「Mさんにできないことはないとボクは思っています。やれます、やれます、絶対にやれます。はい、立ち上がってー」

すごい熱量で語られた。まるで催眠術だ。

踊っちまった。

ススキダの得意先の社員は、突然白髪オヤジが阿波踊りをし始めたのを見て、数秒固まっていた。

どうでもよくなった私は、ススキダを巻き込んだ。おまえが持ってきた仕事だ。責任を持て。

ススキダは、最初腰が引けていたが、意を決して踊り始めると極道らしい凄みが出て滑稽になった。イナバくんが、手を叩いて喜んでくれた。

そして、イナバくんも参入してきた。これこそ本当の踊る阿呆だ。

最後に、イナバくんが我々に振り付けをした。両足を開いて止まり、両手をつけて、両手を頭の上に突き上げるのだ。

イナバくん曰く「東京タワーのポーズです」。

そのあと、音楽が鳴って、みんながパプリカを踊り始めた。我々は、すみっこに退場だ。

 

終わって、イナバくんが言った。「完璧、カンペッキ、最高。これで出来上がりです」

社員一同、大拍手。ハイファイブ。

いや、待ってね、パプリカと阿波踊り、何のつながりがあるの。納得いかないんですけど。

すると、イナバくんが、また訳のわからないことを言った。

「いいじゃないですか、乗りかかったポニョですから」(何のこっちゃ)

しかし、社員一同にはドカンと受けた。

アホとレベルが一緒なのか。

 

結局、3月初めに催されるススキダの得意先の40周年パーティーで、イナバくんとススキダ、私の3人で阿波踊りを踊ったあと、社員9人のパプリカが披露されることになった。

何で? 阿波踊りは、アワっぽい顔をした他の社員が踊るのがスジでは?

帰り道、イナバくんのメルセデスで送ってもらいながら、私は当然の疑問をアホにぶつけた。

オレ、完全な部外者なのに、何で、阿波踊り、東京タワーなのよ。

 

「いいじゃないですか、Mさん、乗りかかったポニョですから」

 

 

オレは、ポニョにも船にも乗りたくないわ。

 

 

 

船といえば、新型コロナウイルス。

なまえが付いているようだが、忘れた。なまえなんか得意げに付けている場合じゃないよね。

我が家では、マスクは常備物なので、足りないということはない。

プッシュ式のアルコール消毒液も何年も前から常用しているからストックはある。

ただ携帯除菌ティッシュは、完全に店頭から消えているので、これだけは困る。なので、通販で度数50のウォッカを手に入れて、消毒液代わりにしていた。

スプレーボトルに、ウォッカを入れ、ガーゼに吹きかけるのだ。そして、ファスナー付きのビニール袋に入れ携行していた。

それで電車に乗る前に手を拭き拭き。電車を降りたら拭き拭き拭き。仕事の打ち合わせ前に拭き拭き拭き拭き、打ち合わせ後に拭き拭き拭き拭き拭き。

拭き拭き拭き拭き拭きフキ拭き拭き拭き拭き。

そこまでする必要はないだろうよ、という意見は謙虚に受け止めつつ、やめられないんですよね。

 

私は、自分が世界で2番目に汚い人間だと思っているので、たくさんの菌を持っていると確信している。コロナウイルスは持っていないと思うが、汚いガイコツ菌を他所様に伝染すのは申し訳ない。

自分が伝染らない努力は、もちろん必要だが、伝染さない努力も必要だと思う。

 

自己満足? 上等ですよ。

 


パプリカ

2020-02-16 05:39:01 | オヤジの日記

友人の極道コピーライターのススキダに、「パプリカって知ってるか」と聞かれた。

 

知っているさ。赤と黄色、オレンジの種類があって、ピーマンよりも肉厚で重宝する食材だ。

今の季節、パプリカの細切りと菜の花のゴマ和えが美味いな。

「それは、冗談で言っているのか」

どこに冗談が入っているんだ。常識的な答えではないか。

冗談が欲しいのなら、言ってやってもいいぞ。

パプリカのパ パッと見は極道か プ プロの殺し屋みたいだが リ 料理上手な奥さんがいる カ カツラ疑惑のある男、っていうのはどうだ。

「カツラじゃねえよ」

 

場所は、新宿3丁目の和風レストランだった。7つの産地の牡蠣を食べさせてくれる天晴れなレストランだ。

これは、以前肺炎寸前で病院に送り込まれたススキダを、神のような対応で救った私へのお礼なのだ。

人間として至らないところが多いススキダだが、人への感謝は猫並みに持っていた。

「お礼の牡蠣を食わせてやるから、国立駅前で待て」

ありがたや、ありがたや、ススキダ様ー。

 

「いくらでも食って飲んでよろしい。送り迎えはオレがしてやる」と分厚い財布を見せびらかしながら、ススキダが鼻を膨らませた。

本当は、もっと早く私への借りを返したかったという。しかし、退院後、なかなか体調が元に戻らず、年明けもパプリカな状態が続いていた。

ススキダは、私より2歳若いが、年をくっていることには変わりない。まして、私と違って定期的に体を動かすということをまったくしない下等生物だ。

回復に時間がかかるのは、仕方がない。

2月になって、やっと快方に向かったススキダは、ここで私への恩を思い出した。

ガッキー! いや、カッキー。

あいつには、牡蠣を食わせておけば、無駄にミサイルを打ち込むことはないだろうと思ったのだ。

 

「あのとき(入院中)は、まわりに人がいなくて、心細くてな、一番助けを求めたくないおまえに頼ったんだよ」

仏のマツは、人が困ったとき、必ず現れるのだ。

「ところで、仏のマツは、本当にパプリカを知らないのか」

またかよ。

だから野菜だろ。日本では、韓国産が多いようだ。オーケーストアでは、大抵98円から138円で売っているな。肉詰めも美味いぞ。焼いたパプリカをかつお節とポン酢で和えたら、酒の肴としてもよし。

「おまえ、冗談もいい加減にしろよ。歌だよ歌。流行っているだろうが」

ああ、そっちね。米津玄師作詞作曲のやつだろ。それなら、「パプリカって歌、知っているか」って聞くのが、頭のいいやつの聞き方だ。パプリカって言ったら、普通は野菜だ。頭が悪すぎる。

おー、この北海道産の牡蠣、身が締まっていて美味いな。

 

「だから、パプリカ知っているかって聞いているんだよ。話が進まねえじゃねえか」

パプリカという歌の存在は知っているが、聴いたことはない。それって、元々の起源がNHKの番組なんだろ。俺、NHKは観ないし、YouTubeなどの動画サイトも観ないから、眼と耳に入ってくる機会がない。だから、知らんのだよ。

「感覚が貧しいやつだな。絶えず新しいことにアンテナを張っておかないと時代に取り残されるぞ」

褒めてくれたようだ。しかし、流行にただ流されるよりも、自分の価値観を維持することを私は選ぶ。

では、おまえは、カミラ・カベロとショーン・メンデス、ビリー・アイリッシュ、頭脳警察を知っているのか。

「・・・・・」

どうでもいいから、話を進めよう。パプリカがどうした。広島産の牡蠣が美味すぎるぞ。

「俺の得意先が今年創立40周年を迎えるんだ。3月はじめにホテルでパーティーがある。そのとき、社員からパプリカを歌って踊りたいって話が出たんだ。ダンス好きの社員を10人くらい集めて披露したいっていう話だ」

しかし、ダンスが好きだと言っても、所詮は素人だ。リーダーもいない。バラバラなのだという。

そこで、ダンスのインストラクターを知らないか、という簡単な話をまわりくどい言い方で私に聞いたのである。

私は、インストラクターは知らないが、イラストレーターは知っている、と答えた。

「イラストレーター? またくだらない冗談か」

 

いや、違う。彼は、イラストが天才的なほど上手くて、同じようにダンスも天才的に上手いんだ。私は、彼ほどダンスの上手なイラストレーターを太陽系内で知らない。

そう言って、iPadに保存しておいたイラストレーターのダンス場面をススキダに見せた。

マイケル・ジャクソンのビリージーンだ。

頭の角度から肩、指先、つま先まで、流れるような動きのダンスは秀逸だ。MJにしか見えない。どこかに披露したいが、彼の奥さんから、「これは私一人の楽しみなので、ご遠慮ください。Mさんにだけは、特別お貸しします」と釘を刺されていた。

「すげえな、本当に素人か」とススキダ。

アホのイラストレーターだ。

「ああ、ああ、おまえの母上の葬儀で会ったあの人か」思い出したようだ。アホでわかるなんて、イナバくんも有名人だね。

「インストラクター、やってくれるかな」

 

ラインで聞いてみた。

イナバくん、パプリカって知ってる?

すぐ返事が来た。

「パプリカは知ってます。ピーマンよりは好きです」

ほらね、普通は、そうなるよね。

歌の方のパプリカ、知ってる。

「もちろん知ってますよ。毎日子どもたちと踊ってます」

イナバくんには、13歳の女の子と9歳の男の子がいた。当然のことながら、子どもたちの方が、イナバくんより賢い。

ダンスは完璧に踊れる?

「陽気そうな犬がOKマークを手で作っているスタンプ」

詳しく聞くと、大人にダンスを教えたことはないが、子どもや子どものお友だちには、よく教えるのだという。だから大丈夫だと言われた。

それをススキダに伝えたら、「頼む」と頭を下げられた。

そして、ススキダが言った。「また、借りができたな」。

仏のマツは、いくらでも貸してやるぜ。

三陸産の牡蠣、肉厚で美味いな。

 

日曜日午後、つまり今日、代官山本社の社員食堂で、パプリカダンス講習会が開かれる。

心配だから、ついていくことにしたたたた。

 

もし、イナバくんらしい世の常識を覆すハプニングがあったら、次回お知らせします。

 

 

ハプニングが、ないわけがないよねー。

 

 

ウィルス、お気をつけください。

 


横浜から柳沢へ

2020-02-09 05:45:02 | オヤジの日記

失敗した。

最初にガツンと言っておくべきだった。

 

2年前から毎週仕事をいただく人がいた。同業者の紹介で、いただいた仕事だ。

私は知らなかったのだが、新商品などをアピールするために、景品をつけることがあるらしい。スーパーマーケットなどに行くと、申し込み用紙が置いてあって、応募すると運がよければ、結構魅力的な景品が当たるという。

メーカーから頼まれて、その景品申込書を彼は作っていた。

10社以上のメーカーと契約して、景品申込書をプロデュースしていた。

たとえば、この商品なら何を景品として当てはめたらいいかをクライアントに提示するのである。

その商品の購買層を考えて、電動アシスト自転車を景品にしたり、温泉旅行、ロボット掃除機、最高級牛肉などを景品にして客を引きつけ購買欲を煽る仕事だ。

 

それを彼は、一人でこなしていた。

世の中には、懸賞マニアというのがいるらしい。

その人たちの意見を参考にしながら、魅力的な景品申込書を一人で作っていた。自分でパソコンを操って申込書を作っていたのだ。

しかし、2年前、「もう一人じゃ追い付かない」と限界を感じた彼は、自分は営業とプロデュースに専念して、制作は他のやつに任せた方がいいやんけ、と丸投げすることにした。

そのパスを受け取ったのが、私だった。

仕事は、水曜日と土曜日に集中していたので、その日は4時間程度空けて仕事に備えていた。

今週の水曜日も空けて待っていた。

だが、クライアントの気が変わって、仕事が1週間延期になった。

「Mさん、すみませんねえ。わざわざ空けておいてくれたのに、キャンセルになってしまって。どうですか、立川のサイゼリアで奢りますけど、いま来られますか」

彼、サノさんは、中央線立川に事務所を構えていたから、お隣さんだ。

国立駅から中央線に乗って手を降り続ければ、手を振ったまま3分間で立川駅に着く。そして、スキップしたまま改札を抜けたら、ドリブル2分でサイゼリアだ。

 

サノさんは、自称41歳と宣言しているから、おそらく41歳なのだと思う。私の自称272歳とは、明らかに違う。

さらに、見た目が若い。顔にも体にもたるんだところが見えない。血色もいい。35歳だと言われても7人のうち3人は信じるだろう。

サイゼリアでは、サノさんは、リブステーキとライス、ワインを頼んだ。私は、チョリソーとプロシュート、生ジョッキ2杯を注文した。

このとき、飲み物が先に出された。あらかじめ、オレ乾杯なんて薄っぺらな儀式はしませんから、と言っておいたので、乾杯は抜きよ。勝手に飲み始めた。

 

だが、ワインをひと息で飲んだサノさんが、いきなり喧嘩を売ってきたのだ。

「また、キュウシュンが、やってきましたね。ワクワクしませんか」

九州ですか。九州は、確かにワクワクする場所がたくさんありますが、九州は、やってこないでしょう。

いま大人気の俳優の横浜流星氏を11キロ太らせて、柳沢慎吾氏を40パーセント埋め込んだ独創的な笑顔で、サノさんが言った。

「何を言っているんですか! プロ野球と高校野球ですよ。僕、野球が大好きなんですよ。自分でもやってましたから」

「Mさんは、どこのチームのファンですか。巨人ですか、ソフトバンクですか」

 

ここにも天敵がいたか。

 

長い付き合いの友人や得意先は、私がプロ野球や高校野球、駅伝の話を振られると不機嫌になることを学習しているから、その話題は絶対に持ち出さない。封印された話題だ。

しかし、サノさんとは、2年のお付き合いだから、踏み込んだ話はしてこなかった。

失敗した。

最初に強烈に宣言しておくべきだった。しかし、今からでも遅くはない。この話は封印すべきだ。

私は言った。

サノさん、悪いんですけど、オレ、野球にまったく興味ないんですよ。だから、この話には、お付き合いできないんです。

すると急に顔の配置が、70パーセント柳沢慎吾氏に変化したサノさんが、「ウッソー!」とのけぞった。

「えー、なんでですか! 僕、高校野球に興味のない人に初めて出会いましたよ。なんでですかー」

 

なぜ、そこまで残念がる?

興味ないんだから、仕方なかろうが。

サノさんの顔面は、柳沢慎吾氏が、80パーセントまで膨張していた。

そして、サノさんはしつこかった。

「嘘でしょ。嘘って言ってくださいよ。だって、プロ野球や高校野球って、郷土愛を発揮する場所じゃないですか。Mさん、生まれは、どこですか」

東京ですけど。

「東京のチームを応援しようって気に、普通はなるでしょう」

じぇんじぇん。

「そんな人、いるのかー! それ、最初に言ってくださいよ。なんで、いまごろー、言うかなあ!」

 

確かに、それは私が悪い。はじめにガツンと言っておくべきだった。

でも、こんなに悔しがるとは思わなかったんですよ。その悔しがり方は、私の想像を超えていた。

まるで、300キロのマグロを釣ろうと沖に繰り出したのに、釣れたのはタコ一個だけというような悔しがり方ではないか。

 

「嘘でしょー!」

まだ言っている。

 

目の前で、リブステーキに食いつくその顔、100パーセント柳沢慎吾氏ではないか。

横浜流星氏は、どこに流された?

 

 

ところで、先週の日曜日、娘の高校3年のときの同級会が都内某所で開かれた。

娘のクラスは、40人くらいいたらしい。その中で今回出席したのは23人。まあまあの出席率だ。

娘が今も頻繁に会うお友だち6人も参加した。

そのほかは、「久しぶりー」だ。結婚して子どもができた子もいた。子どもができて結婚した人もいる。韓国に行って整形した子もいたという。

その「久しぶり」の中に、大きく変貌を遂げた男が、みんなの話題になった。

某一流大学を出たあと、ニューハーフになっていたのだ。

「ワタシ、彼氏と同棲しているのよね。今とっても幸せ」

高校のときは、小柄で目立たない子だった。だが、6年ぶりに会ったいま、同級会のメンバーの中で、一番生き生きしていたのは、彼?彼女?だったという。

 

「人生いろいろだな。正解は、ないのかもな」

そう言いながら、娘はスマートフォンで撮ったニューハーフの子を見せてくれた。

 

 

え? 柳沢慎吾にしか見えねえぞ。

 

 


お椀と泡

2020-02-02 05:42:01 | オヤジの日記

今週の火曜日、真夜中の3時ごろ、国立市は雪だった。

それを私は、窓際で我が家のブス猫セキトリを膝の上に乗せて、椅子に座って見ていた。

ここに来る前のセキトリはノラだった。以前我々が住んでいた武蔵野のオンボロアパートの庭に置いたダンボールに住み着いていたのだ。ゴハンは1日2回支給した。

ダンボールハウスは、夏冬何度か作り直した。冬は内部を二重構造にし寒さ対策として全体にシートを貼った。さらに毛布を敷いた。夏は、直射日光が当たらないように、そして雨対策としてキャンプ用の庇をつけた。

しかし、ハウスが外にあることに変わりはない。過酷だったと思う。

 

なあ、セキトリ、こんな雪の日は辛かったろう。

「オワンオワンダニャー」(直接雪が入らなかったから、そうでもなかったぞ)

台風のときも大変だったろう。

「オワンオワンダニャー」(台風の前に、風の当たらない隣のマンションとの隙間に移してくれたし、シートでハウスを覆ってくれたから、普通に眠っていられたぞ)

こんなふうに家の中で見る雪はどうだ。

「オワンオワンダニャー」(キレイだな。俳句でも詠みたくなるな)

詠んでみたらどうだ。

「オワンオワンダニャー」(雪ふりて むかしを映す 硝子かな  雪の夜 人肌ぬくく さち多し)

キレイにきめたな。

「オワンオワンダニャーアワ」(照れまんがな)

おバカな2人だった。

 

金曜日の昼前、長年の友人の尾崎から電話が来た。

「いま会えるか。昼飲みってのは、どうだ」

オワンオワンダニャー。

「どうした?お椀が欲しいのか。買ってやってもいいぞ。陶器のやつか」

アワ。

「泡か、ビールが飲みたいってことだな。じゃあ、吉祥寺に来てくれ。美味いビールを飲ませてやる」

わかった。

 

中央線吉祥寺駅から井の頭通りを南に10分程度歩いたところに、飲み屋はあった。古びたビルの2階だった。

白い木製のドアを開けると、アメリカンな空間が目に入ってきた。壁に、イーグルスやヴァンヘイレン、メタリカ、ブルーススプリングスティーンなどのアルバムジャケットが20点くらい飾ってあった。カーボーイハットなどもあった。

マスターが、アメリカンロックが好きなのだろう。

テーブルに、客がいた。尾崎と尾崎の妻の恵実だ。

まさか、恵実がいるとは思わなかった。

長いストレートヘアを無造作に垂らして悠然と構えている姿には、相変わらず貫禄が感じられた。

適当な挨拶を交わして、席に座った。

 

そのとき思い出した。

この日は、尾崎と恵実の12回目の記念日だということを。

結婚前、尾崎と恵実は、8年間一緒に暮らしていた。

だが、喧嘩も多かった。お互いが、家出をすることがよくあった。

家出は恵実の方が多かった。大抵は1週間程度だったが、あるとき半年間家出したことがあった。

尾崎が何も行動しないので、気になった私は、京都府乙訓郡の恵実の実家を訪問した。そして、恵実に聞いた。

君にとって、尾崎は必要な男か。

恵実は、即座に答えた。

「必要です」

私は、恵実を尾崎の元に連れ帰った。

二人の間が落ち着いたころ、私は尾崎に言った。

こんな関係をいつまで続ける気だ。いい加減けじめをつけろよ。

尾崎は、その日のうちに、婚姻届を提出した。

 

そのあとで、尾崎は悩んだ。

「なあ、結婚指輪ってあげた方がいいのか」

あげてもいいし、あげなくてもいい。でも、女の人は貰ったら喜ぶだろうな。

「そのタイミングが、わからねえんだよな。いつあげてもいいわけじゃ、ないだろ」

奥さんの誕生日はいつだ。

「1月31日だ」

その日にしよう。俺が、立ち会ってやる。

それが、この日だった。

つまり、記念日だ。

尾崎と恵実のアニバーサリー。

特別な日だ。

 

この店は、尾崎と取引のある店だという。尾崎は色々な店を持っていたが、その中に洋酒販売の店があった。その繋がりらしい。

四角い顔をした愛嬌のある50歳少し手前のマスターが、ナントカいうドイツ製のビールを運んできた。

乾杯はしない。勝手に飲むだけだ。

 

グラスの3分の1近くが泡だった。

アワ。

「本当に泡がうまいな。これはいい泡だ」と尾崎。

頼んでもいないのに、おつまみが出された。

チーズの盛り合わせだ。

オワン。

「あー、このチーズを乗せた大きなお碗、いいですねえ。トロピカルな感じでチーズが引き立ちますね」と恵実。

名前がよくわからないビールと訳の分からないチーズの組み合わせ、いいね!

バックに派手に流れているガンゼンローゼスの破壊的なビート感もいいね。

ドイツビールを4杯飲んだ。チーズの盛り合わせも2回お代わりした。

 

話の中で、尾崎の孫の話題が出た。

最初の奥さんとの間に生まれた娘さんが、4年前に結婚して昨年子どもが生まれたという。

娘は、尾崎に子どもを会わせたいと願っていたが、尾崎が拒否していた。

しかし、昨年の尾崎の誕生日前に、強引に娘が夫とともに、尾崎家を訪れたのだ。

別れた尾崎と娘は、今まで10回も会ってはいなかった。

今回も8年ぶりの再会だ。

尾崎は、娘の結婚式にも出ていない。おそらく恵実に遠慮したのだと思う。

初孫と初対面した尾崎。

実は、これは尾崎の妻の恵実が仕掛けたものだった。ぎこちない空気の中、その空気を変えたのも恵実だった。

両手を広げて、「さあ、偽物のバアちゃんのところにおいで」

恵実が、尾崎の孫をまず抱いた。そして、そのあと尾崎の腕にリレー。尾崎は拒みようがなかった。

孫が、尾崎の腕にすっぽりおさまった。

尾崎家5人と娘さん一家3人の自撮り画像を恵実に見せてもらった。

尾崎が、珍しく笑顔だった。

 

尾崎、おまえ、ジイちゃんになったんだな。

 

尾崎は、苦笑いしながら、無精髭をさすっていた。

尾崎のそんな姿は、悪くない。羨ましいと思える。

 

尾崎の一番下のガキを幼稚園に迎えに行かなければならないということで、2時過ぎに解散することになった。

わずか1時間程度だったが、2人の優しさは伝わった。

母の三回忌が来る。

尾崎と恵実は、一言もそれに触れなかったが、きっと私を励まそうとしてくれたのだと思う。

感謝するしかない。

 

 

オワンオワンダニャーアワ(尾崎、恵実、ありがとう)