長年の友人の尾崎に、30年以上の付き合いで、今年初めて誕生日プレゼントを贈った。
何を贈ろうかと迷った。
ありきたりのものは贈りたくない。
悩んだ。
尾崎へ贈るとなると、どこか照れくさいので、尾崎の家族のためになるものを選ぶことにした。
尾崎の妻の恵実と子どもたちが、近年アウトドアにハマっているというのは、大きなヒントだった。
だから、テントを贈ることにした。
もちろん尾崎家は、テントを持っているだろうが、予備が1つあっても邪魔にはならないだろう。
尾崎の子どもは、8歳と5歳、3歳。
他に尾崎には先妻との間に29歳になる娘がいた。
その娘が、5年前に結婚した。
結婚式に呼ばれたが、尾崎は出なかった。
なぜ出てやらないんだ、と私が聞くと、尾崎は「俺に父親の資格があると思うか」と自嘲気味に笑った。
だがな、父親の資格を決めるのはおまえじゃない、娘の方じゃないのか。
私がそう言うと、尾崎は、「俺には勇気がないのかもな」と、小さく口を歪めた。
その半年後に、尾崎の妻の恵実が3人目を妊娠した(恵実は尾崎より11歳下だ)。
成鳥が一人巣立ったから、またヒナが欲しくなったわけだな。
「そうかもしれない」
尾崎の子どもの名前は、3人とも私が名付けた。
尾崎に頼まれたからだ。
女・男・男。自分の子どもの名前よりも悩んだかもしれない。
私が名前を見せたとき、尾崎は3回とも文句を言わなかった。
「ありがたく使わせてもらう」と言っただけだった。
名付け親というのは、「親」とついている以上、親も同然だ。
だから、3人は私の子どもだ。
その子どもたちが、アウトドアにハマっているという。
ひと月に2回は近隣にキャンプに行くらしい。
そうなれば、贈り物はテントしかないだろう。
他にもアウトドアグッズはあるが、家族を包み込むものはテントだけだ。テントこそ尾崎への贈り物に相応しい。
アウトドアショップを何軒も回った。見回っているうちに、徐々に興味が湧いてきた。
ドーム型があったり、ツールームがあったり、自分だったら、どんな場所でどんな風に過ごすだろうなどとイマジネーションが沸き上がってきた。
キャンプグッズは、結構高価なものが多かったが、日常とは違う世界で使うのだし、大自然のテーマパークに来た気分に浸るためには、ケチるのは野暮というものだ。
だから、私にとっては、百年ぶりの大きな出費だったが、奮発することにした。
ツールームのテントを買った。
背負って帰るのは無理らしいので、尾崎の中野のマンションの管理室に送ってもらった(管理人には、あらかじめ話をつけておいた)。
誕生日当日、尾崎家では、子どもたちを中心に尾崎を祝う会が催された(実は、私が尾崎の誕生日を祝うのは初めてだった)。
恵実と子どもたちの手作りのバースデイケーキがテーブルの中央にあった。
ホワイトチョコレートのプレートには「リュウイチ おめでとう」と書かれていた。
尾崎家では、子どもたちは親のことを「リュウイチ」「メグミ」と呼んだ。羨ましい家庭だ。
尾崎が、いいお父さんだということがわかる。
メシは、私がちらし寿司を作った。
ご飯とすし酢と具材があれば、簡単にできるからだ。要するに、手抜き。
ろうそくの炎を消す前に、私は消えて、管理人室に行った。
私と同じくガイコツ状態の管理人からテントの包みを受け取った私は、得意げに尾崎にプレゼントを渡した。
尾崎は驚くかと思ったが、「先を越されたな」と苦笑いをした。
「俺も今年はおまえに何かを贈ろうと思っていたんだ」
そのあと恵実が、「そうなんですよ、みんなで相談していたところです。今年は贈りたいねって。先を越されたんで、私も驚きました」と目を細めた。そして、「こんなにいいものを頂いたら、こちらも考え直さなければいけないわね」と尾崎の方を見て微笑んだ。
「確かにな」と尾崎。
そして、「ありがたく頂く」と受け取ってくれた。
ケーキの火を吹き消したあとで、子どもたちが、それぞれ尾崎に、感謝の手紙を渡した。
それは、簡潔で嘘がなくて、とても微笑ましいものだった。
それを見た私は、私が書いた尾崎宛の「弟へ」の誕生日カードを渡すのをためらった。
子どもたちの手紙に比べたら、陳腐すぎて消え入りたくなるレベルだったからだ。
ためらっているとき、恵実が私が左手に持っていた誕生日カードに目を留めた。
「龍一、Mさんから、もう一つ大事なプレゼントがあるわよ」
仕方なく渡した。
尾崎はすぐに開けて読んだ。
気恥ずかしさが、全身を駆け巡った。逃げ帰ろうかと思った。
しかし、尾崎はすぐに言ったのだ。
「兄貴・・・これからもよろしくな」
目を合わせることはなかったが、ぶっきら棒な言い方の中に、長年の付き合いを凝縮した信頼を感じた。
尾崎が、プレゼントに目を留めながら、言葉を続けた。
「だが・・・このテントは、使えねえな」
気に入らなかったか。
「いや、使うときは、おまえの家族と一緒にキャンプに行くときだ。そのときは、おまえが、これを使ってくれ。それを条件に頂くことにする」
恵実が、隣で大きく頷いていた。
子どもたちは、ちらし寿司に夢中だ。
「11月25日まで」と恵実が言った。「龍一と子どもたちと私で、これ以上のものを考えますから楽しみにしていてください」
今度は、尾崎が大きく頷いた。
この夜飲んだ、恵実が好きな焼酎「二階堂」が、忘れられない味になった。