前回の続きです。
留学の話を初めてしたとき、娘は、こんなことも言っていた。
「それに、韓国に行く理由は、もう一つあるんだよね」
ユナちゃんのことだな?
「よくわかったな」
ユナちゃんというのは、娘が12歳のとき、初めてできたメール友だちだった。
7歳上のメール友だち。
ユナちゃんは、韓国在住の韓国人だった。
ユナちゃんは、大の日本びいきだ。
10歳くらいの頃から、YoutubeでJ-POPを聞き、日本のドラマを見て、コッソリ日本語を学んだ。
そして、高校を卒業する頃には、日本語は読み書きと会話を独学でできるようになった。
ユナちゃんは、嵐とPerfumeが好きだった。
K-POPにはまったく興味がなく、特に「男の歌手が気持ち悪い」と拒否反応を示した。
それに対して我が娘は、J-POPも好きだが(特に椎名林檎、陰陽座)、K-POPも好きだった。
一番好きなのは、少女時代。
少女時代には、同じように「ユナちゃん」がいた。
だから、同じ名のユナちゃんに親近感を持ったのかもしれない。
ユナちゃんが大学4年のとき、夏に卒業旅行として、初めて日本にやってきた。
我が家に、15日間泊まった。
ユナちゃんは、シャイだけど礼儀正しい「愛すべき子」だった。
とても素直で、とても日本人的な子だった。
そして、驚くほど正確な日本語を喋った。
会うとすぐ私たち夫婦を「日本のお父さん」「日本のお母さん」と呼んだ。
日本滞在の最終日の前日、我が家族とユナちゃんの5人でディズニーランドに行った。
ディズニーランドを堪能した後で、ユナちゃんが、私たちに、プーさんの小さなぬいぐるみをくれた。
ぬいぐるみには、手紙も添えられていた。
「お父さん、お母さん、お兄さん、夏帆ちゃん、大好きです。
いつか私は絶対に日本で暮らします」と書いてあった。
28歳のユナちゃんは、いま韓国の病院で事務員兼介護師として働いていた。
ユナちゃんの夢は、日本の病院で働いて、日本で暮らすことだった。
だが、ユナちゃんのご両親は、典型的な反日だった。
一部の韓国人は、排他的な政府や排他的なマスメディア、排他的な教育を受けて、感化されやすい状態になっていた。
それらの人は、自分の意見を持つことをせず、反日のうねりに身を投じることの心地よさに抵抗しないまま、政府の思い通りに反日になっていた。
それは、日本でも同じだ。
排他的な政府やマスメディアの影響を受けやすい、自分の意見を持たない人は、反中、反韓になる。
どこの国も変わらない。
我が娘が大学に入ってすぐ、ユナちゃんは言った。
「うちのお父さんお母さんは、とてもいい人なの。
優しくて、常識もある。
人を見る目も曇っていない」
「だから、夏帆ちゃんが韓国に留学して、たまに私の家に来て、お父さんたちと話をしてくれたら、夏帆ちゃんを通して、日本のいいところを感じ取れると思うの」
「お父さんお母さんは、絶対に夏帆ちゃんを気に入ると思う。
だって、娘の私が、夏帆ちゃんを大好きなんだもの。
大好きにならないわけがないわ。
そうしたら、お父さんたちも考えが変わると思う」
そんなことを言われたら、ひねくれ者の私だったら「何で俺が、そんな面倒くさいことしなきゃいけねえんだよ。俺には関係ないだろうが」と文句を言ったと思う。
だが、我が娘は、「わかった。ユナちゃんの親に会う。そして、仲良くなる」と即答した。
それ以来、ユナちゃんと娘は「一生、友だちでいようね」と約束し、娘は7歳上のユナちゃんを「ユナ」といい、ユナちゃんは娘のことを「夏帆」と呼んで、姉妹以上の愛情で結ばれていた。
娘は、昨日11時50分発の飛行機で韓国に行った。
ユナちゃんは、一昨日、日本に到着して、我が家に泊まった。
そして、昨日の便で娘と一緒に韓国に行った。
最後に、ユナちゃんが言った。
「お父さん、泣かないでね。
私が絶対に夏帆ちゃんを守るから、心配しないで」
そう言うユナちゃんも泣き顔だった。
娘が無事に6か月の留学を終えて帰ることを、大量の涙とともに祈った。
そして、もう一人の我が娘「ユナちゃん」が、日本で念願通り、介護の仕事に就けることも大量の涙とともに祈った。
留学の話を初めてしたとき、娘は、こんなことも言っていた。
「それに、韓国に行く理由は、もう一つあるんだよね」
ユナちゃんのことだな?
「よくわかったな」
ユナちゃんというのは、娘が12歳のとき、初めてできたメール友だちだった。
7歳上のメール友だち。
ユナちゃんは、韓国在住の韓国人だった。
ユナちゃんは、大の日本びいきだ。
10歳くらいの頃から、YoutubeでJ-POPを聞き、日本のドラマを見て、コッソリ日本語を学んだ。
そして、高校を卒業する頃には、日本語は読み書きと会話を独学でできるようになった。
ユナちゃんは、嵐とPerfumeが好きだった。
K-POPにはまったく興味がなく、特に「男の歌手が気持ち悪い」と拒否反応を示した。
それに対して我が娘は、J-POPも好きだが(特に椎名林檎、陰陽座)、K-POPも好きだった。
一番好きなのは、少女時代。
少女時代には、同じように「ユナちゃん」がいた。
だから、同じ名のユナちゃんに親近感を持ったのかもしれない。
ユナちゃんが大学4年のとき、夏に卒業旅行として、初めて日本にやってきた。
我が家に、15日間泊まった。
ユナちゃんは、シャイだけど礼儀正しい「愛すべき子」だった。
とても素直で、とても日本人的な子だった。
そして、驚くほど正確な日本語を喋った。
会うとすぐ私たち夫婦を「日本のお父さん」「日本のお母さん」と呼んだ。
日本滞在の最終日の前日、我が家族とユナちゃんの5人でディズニーランドに行った。
ディズニーランドを堪能した後で、ユナちゃんが、私たちに、プーさんの小さなぬいぐるみをくれた。
ぬいぐるみには、手紙も添えられていた。
「お父さん、お母さん、お兄さん、夏帆ちゃん、大好きです。
いつか私は絶対に日本で暮らします」と書いてあった。
28歳のユナちゃんは、いま韓国の病院で事務員兼介護師として働いていた。
ユナちゃんの夢は、日本の病院で働いて、日本で暮らすことだった。
だが、ユナちゃんのご両親は、典型的な反日だった。
一部の韓国人は、排他的な政府や排他的なマスメディア、排他的な教育を受けて、感化されやすい状態になっていた。
それらの人は、自分の意見を持つことをせず、反日のうねりに身を投じることの心地よさに抵抗しないまま、政府の思い通りに反日になっていた。
それは、日本でも同じだ。
排他的な政府やマスメディアの影響を受けやすい、自分の意見を持たない人は、反中、反韓になる。
どこの国も変わらない。
我が娘が大学に入ってすぐ、ユナちゃんは言った。
「うちのお父さんお母さんは、とてもいい人なの。
優しくて、常識もある。
人を見る目も曇っていない」
「だから、夏帆ちゃんが韓国に留学して、たまに私の家に来て、お父さんたちと話をしてくれたら、夏帆ちゃんを通して、日本のいいところを感じ取れると思うの」
「お父さんお母さんは、絶対に夏帆ちゃんを気に入ると思う。
だって、娘の私が、夏帆ちゃんを大好きなんだもの。
大好きにならないわけがないわ。
そうしたら、お父さんたちも考えが変わると思う」
そんなことを言われたら、ひねくれ者の私だったら「何で俺が、そんな面倒くさいことしなきゃいけねえんだよ。俺には関係ないだろうが」と文句を言ったと思う。
だが、我が娘は、「わかった。ユナちゃんの親に会う。そして、仲良くなる」と即答した。
それ以来、ユナちゃんと娘は「一生、友だちでいようね」と約束し、娘は7歳上のユナちゃんを「ユナ」といい、ユナちゃんは娘のことを「夏帆」と呼んで、姉妹以上の愛情で結ばれていた。
娘は、昨日11時50分発の飛行機で韓国に行った。
ユナちゃんは、一昨日、日本に到着して、我が家に泊まった。
そして、昨日の便で娘と一緒に韓国に行った。
最後に、ユナちゃんが言った。
「お父さん、泣かないでね。
私が絶対に夏帆ちゃんを守るから、心配しないで」
そう言うユナちゃんも泣き顔だった。
娘が無事に6か月の留学を終えて帰ることを、大量の涙とともに祈った。
そして、もう一人の我が娘「ユナちゃん」が、日本で念願通り、介護の仕事に就けることも大量の涙とともに祈った。