リスタートのブログ

住宅関連の文章を載せていましたが、メーカーとの付き合いがなくなったのでオヤジのひとり言に内容を変えました。

折ること祈ること

2020-03-29 05:46:00 | オヤジの日記

水曜日午前11時すぎ、仕事の打ち合わせを終えて、中央線に乗っていたときのことだった。

中央線は、珍しく空いていた。

隣に、5、6歳の少女が座っていて、何かを折っていた。

おそらく、折り鶴だ。

軽やかな手つきで折っていた。慣れた仕草だった。

きっといつも折っているのだろう。

 

そのとき、意外なことが起きた。

短髪の少女が私の方をむいて、「ねえ、おじさん、これもらってくれる」と小さな手のひらにのせた折り鶴を私に差し出したのだ。マスクをしていたので、目が強調されてでっかく見えた。幼いのに、目力すごいね。

もちろん、拒む理由なんかない。

上手だね。すごいね。誰に教えてもらったの。お母さんかな。

すると、少女が驚くほど無邪気な顔で言った。

「違うよ。私ね、お母さん、いないの。おばあちゃんにだよ」と言って、左隣に座る女性を指さした。

 

また、やっちまったか。この辺が俺のダメなところだ。誰もが同じ境遇ではないことを想像できないのだ。

鶴を折るのがうまいなら、それだけを褒めればいいではないか。お母さんは、余計だろう。激しくコーカイ。

私は左の手のひらに乗った折り鶴をずっと見ていた。

知らない間に、涙が出てきた。なんでだ、と思うまもなく、涙があふれ出した。変なオヤジだ。けっして半径3メートル以内には近づかないでください。

少女は気づかなかったようだが、祖母は私の涙に気づいた。きっと私よりも若い祖母だ。50代半ばではないだろうか。

祖母の目にも涙があった。その涙の理由は知らない。涙が共鳴した。

そして、その涙の先に東京農工大学の庭で咲き誇る桜があった。

満開の桜だ。

手のひらに乗せた折り鶴を少し持ち上げて、桜と同化させると折り鶴が浮き上がった気がした。

 

こんな桜もいいな。

 

そんな話を長年の友人の尾崎にした。

中央線立川駅近くのバーだった。

本当は、昼間は開いていないバーだが、尾崎の友人がやっている店なので、無理を言って2時間だけ開けてもらったのだ。

「俺が、やんちゃをしていたときに知り合ったやつだ。ただのバカだ」

ガキのころ、ワルだったとは思えないくらい脱力した笑顔で頭を下げてきた。とは言っても、ボクシングのグローブを持たせたら、力石徹に変身しそうな気配はあった。

尾崎は、15から23まで、アンダーグラウンドの世界で暮らしていた。

どう暮らしていたかは知っているが教えない。そのときの尾崎のダチのうちで、そのあと表の世界に出てきた人も多いと聞く。

不動産屋さんになったり、カツ丼屋さんを開いたり、椎茸農家をやる人もいると聞く。

このバーをやっている人も10年以上前、立川にたどり着いて居場所を見つけた。

 

過去ワルだったとしても、それがマイナスに働かない人もいる。セカンドチャンス、サードチャンスは、誰にでもある。

私が折り鶴の話をすると尾崎とバーのマスターが、紙ナプキンを突然四角にちぎって、折り始めた。

目の前に、紙ナプキンで作った折り鶴が2つ。

器用だな、おまえら。なんで、そんなに簡単にできるんだよ。俺は、千羽鶴、折れないぞ。カエルは折れるけど。カエルは、子どもが小さいころ、よく折って飛ばしたことがある。

「じゃあ、折ってみろよ」

折ってみた。

あれ? あれ? 忘れちまった。

「おまえ、思った以上に不器用だな」

 

ご、ごめんなさい、オレ、人間のクズなんです。

 

アーリータイムスのストレートを飲みながら、泣き崩れた。

泣き崩れているうちに、マスターが視界から消えた。

いない間に、勝手にウィスキーを継ぎ足して、でかい皿に盛られたクルミをリスのように大量に頬張り、幸せを満喫した。

好きなんですよ、クルミ。

頬にたくさんのクルミがある幸せに浸っていたとき、尾崎が突然言った。

 

「おい、もし誰かに頼りたいと思ったときは、まっ先に俺に頼れよ」

 

驚いて、クルミを高速で口の中で砕いたのち、アーリータイムスで喉に流し込んだ。

喉が焼けたね。

やはり、クルミの味よりもアーリータイムスの方が強いのだな。ボクのクルミちゃんは、どこ行ったの?

クルミちゃんも驚いたろうな。いきなりアルコールで胃に流されるなんて、予測不可能だったに違いない。

 

また尾崎が言った。

「こういう言い方は好きではないが、今の俺は、おまえたち一家を1年食わせるくらいの余裕はある。あるいは、もしおまえの仕事がなくなったら、2人でジャズ喫茶をやるって手もある。こきつかってやる。だから、俺の前では、プライドは捨てろ。俺もおまえの前ではプライドは捨てる。25年前のようにな」

 

25年前、コスメショップ、薬局、雑貨店を順調に回していた尾崎が、趣味的なこだわりの楽器店を中野に出したことがあった。

だが、当初の計算の10分の1程度の儲けしかあげられなかった。

それは、尾崎の他の仕事を圧迫した。楽器店は2年で閉めた。借金が残った。叔母が残したものと買い取った楽器を二束三文で売って金は作ったが、少し足りなかった。

25年前、私たちが当時住んでいた埼玉のメガ団地に、尾崎がやってきた。

憔悴してはいなかったが、目に珍しく迷いがあった。

私とヨメの前に立った尾崎は、私の目を窺い、ヨメの目を窺った。そして、言った。

「いま、俺は30万を必要としている。頼れるのは、おまえしかいない。貸してくれたら、ありがたい」

尾崎に初めて頭を下げられた。

この場合、決定権は、私にはない。私は、ヨメの顔を見た。

ヨメは、すぐにうなずいた。そして、「ちょっと郵便局に」といって、席を立った。

 

私は立ちっぱなしの尾崎に椅子をすすめ、キッチンからカティサークとグラス2つを持ってきた。

尾崎のグラスにウィスキーを注ぐことはしない。私は、自分のグラスに勝手にカティサークを注いだ。尾崎も自分で注いだ。

乾杯はしない。お互いのタイミングで飲むだけだ。

このときは8月の終わりだった。エアコンの調子が悪かったので、部屋はそれほど冷えていない。お互い額に汗を浮かべながら、カティサークのストレートを飲んだ。

会話はない。目も合わせない。お互い、友だちごっこが好きではなかったからだ。

当時4歳の息子が、膝の上に乗ってきた。ボヨンボヨンと私の膝の上で跳ねるのが好きな息子だった。

ボヨンボヨンを感じながら、2杯目のカティサークを飲んだ。尾崎も2杯目。

ボヨンボヨンボヨンボヨンしているうちに、ヨメが帰ってきた。

「40万円あります」と言って、ヨメが私の前に郵便局の袋に入った金を置いた。

なぜ、そんな大金が我が家にあるのか不思議だったが、そのときの私は、ヨメが魔法を使ったのだろうと思った。

あとで聞くと2番目の子の出産費用として貯めていたという。

尾崎の前に袋を押し出した。

そのとき、尾崎がテーブルの一点を見つめながら言った。

「悪いな、不恰好な友だちで」

 

俺の友だちで、格好のいい奴はいない。格好がいいのは俺だけだ。

(その12年後、私たち一家が複雑な事情で、埼玉から東京に帰ってきたとき、尾崎は、その金を倍にして返してくれた。倍返しだ!)

 

あれから尾崎は堅実な方法で、自分の店を立て直した。そして、スタンドバー2軒、洋酒販売の店を追加して、成功した。

姿を消していたマスターが帰ってきた。

100円ショップで折り紙を買ってきたようだ。

早速、2人で鶴を折りはじめた。

なんだこの突然の折り鶴ブームは。

 

尾崎が言った。

「紙に想いを込めるって、いいと思わないか。きっとおまえに折り鶴をくれた少女も、折っているとき想いを込めたはずだ。それが何かはわからないが、想いが形になったのが折り紙だと俺は思う。折ると祈るは似ているだろ。折ることは祈ることなんだ」

瞬く間に、30ほどの鶴が折られた。

それは、何を思って折ったんだ。

「俺の周りにいる人たちの健康だな」

「俺もそうですよ」とマスター。

 

おまえら、もうワルのかけらもないな。

 

尾崎が苦笑いを浮かべて言った。

「この中には、おまえのことを想って折った鶴はない。どうする? 折って欲しいか」

 

それは、ぜひぜひ、ぜひぜひお願いしますよ。折り紙大神さま。

 

家族5人分(ブス猫含む)を折ってもらった。

 

よーしっ、勇気をもらった。

しかし、よく見ると、鶴は4つで、あとの一つはセミ? 目の部分にボールペンで黒丸が描いてあるぞ。

おい、尾崎、このセミは俺用か。

「ああ、セミって、寿命が短いっていうだろ。だから、おまえに似合っているんじゃないかと思ってな」

 

 

あのな、尾崎。それは祈りじゃなくて呪いって言うんだよ。

 

 

 

番外ですが、最近疑問に思っていることを。

 

海外の政治家は、テレビで国民に向かって語りかけるのに、なぜ日本の政治家は、記者にしか語りかけないのだろう。

しかも原稿を読むだけという言霊(ことだま)の軽さ。

それで「自粛せよ」と言われても、響かないですよ。

 

あとは、海外の映像で、道路や地下鉄や病院の消毒作業をしているのを見るのだが、私はインターネットで、日本の消毒作業を見たことがない。実際に、自分の目でも現場を見たことがない。

 

やっていただいているのかしら。

 

 

最後に、尊敬する志村けん師匠、ご生還をお祈りしております。

 

私は折れないので、娘に特大の鶴を折ってもらいました。

娘の祈りが届けばいいな。

 


どーも すみませんでした

2020-03-22 05:38:00 | オヤジの日記

マスクもねえ 消毒液もねえ 衛生用品がそれほどそろってねえ

俺らこんな村いやだあ 東京さ出るだ

ちょっとお待ち下さい。

東京にもありませんから。

 

土曜日、国立駅近くのバーミヤンで、大学時代の2学年下、芋洗坂係長にしか見えないカネコと昼メシを食った。

 

カネコとの話のつかみは、いつもこうだ。

カネコが言う。

「おまえ、そんなに痩せていてよく生きているな」

私が言い返す。逆に、おまえこそ、そんなデブでよく生きていられるな。いま何豚(トン)だ?

「99キロだ」

おまえ、この10年間、ずっと99だな。むしろ、それって、凄くないか。10年間、同じ体重を維持できるなら、体重コントロールなんか簡単だろ。その気になれば、ダイエットできるだろうよ。

 

カネコの前にあるのは、油淋鶏とキムチチャーハン、餃子、ご飯、ドリンクバー。

私は、ダブル餃子と生ビール。

カロリーの違いは、歴然。

カネコは、あれほど食っても私と食い終わる時間が変わらないのだ。豚だって、もっとゆっくり食うだろうよ。

もう豚以下にしか見えないわ。いや、食欲は豚以上か。

 

食い終わったあとで、私は言った。

確認したいのだが、今回はおまえの奢りか。

「もちろんだ」

じゃあ、ダブル餃子を追加。生ビールはまとめて2杯追加だ。

「あのな」

喋るな。餃子とビールが車で来るまで、俺に話しかけるな。豚はバラになって冷蔵室に並んでいろ。

ダブル餃子、車で来るまでに意外と時間がかかるのですよ。ジョッキ2つが先に北野来たので、豚の顔を見ながら一杯目を飲んだ。まずかった。

 

餃子が来た。ありがたや。これで豚の顔を見ずにビールが飲める。

しかし、芋洗坂係長は、お構いなしに話しかけてきた。鼻の穴が、いつもより広がっていた。ブヒブヒ言いそうだ。

「なあ、WHOって、今回なんの役に立っているんだろうな」

それに関して、昨晩、娘とこんな話をしたのさ、と私は言った。

 

あるところにテドロス指揮官という人がいました。

「指揮官? 事務局長ではなく?」

豚は、黙って話を聞け。

「ブヒ」

大きな海で、でっかい船が荒い波に揉まれていた。沈むことはないにしても、かなり危険な状態だ。

指揮官の部下が言った。「これは想定外の荒波ですよ。助けに行きましょう」

しかし、指揮官は乗り気ではなかった。「もう少し様子を見よう」

そのCの旗を掲げた船の隣に、Jの旗を掲げた船が、隣の大きな船の波に煽られて、波に翻弄されていた。

「指揮官、助けに行かないと」

「いや、様子を見よう」

そのあと、Kという旗を掲げた船が波をかぶり、Irの旗を掲げた船が大きく傾き、Spaの旗を掲げた船が大波をかぶった。Itaの旗を掲げた船は、もっと大きく揺れて沈没寸前になっていた。

「指揮官、とてつもない大波ですよ。『大しけ情報』を宣言するときです。これは、大津波と同じです。一刻もはやく宣言してください」

「いや、様子を見よう」

だが、一番大きな船、Aの旗を掲げた船が波に飲み込まれそうになったとき、指揮官は「大しけ情報」を初めて宣言した。

そして、言った。

「では、いまのうちに我々は安全な港に避難しようか。あとはそれぞれに任せよう」

 

WHO(世界保健機関)って、WHO(誰だ?)

 

ようするに、自分の命は、自分で守れということでしょう。

みなさん、乗り越えましょう。

 

私は、紅の豚に、おまえは持病があったっけ、と聞いた。

「軽い高血圧。心臓も若干弱いか。呼吸器は問題ない」ブヒブヒ。

気をつけてもらいたい。おまえとの付き合いを俺はあと最低30年は続けたい。だから、痩せろ。

「そうだな、あと30キロは痩せないとな。3人目の孫もできたからな」ブヒブヒ。

お互いブヒブヒ、ガイコツしながら、新型を蹴散らそうぜ。

私がそう言ったとき、カネコがバッグの中から封筒を取り出して、私の前に置いた。

「オオクボ先輩が心配してたぞ。いま、フリーランスはピンチだから、マツも大変じゃないかってな。マツには、優良なクライアントを何人も紹介してもらっているから、こんな時こそってな」

オオクボというのは、大学時代の陸上部の同期で、新宿でいかがわしいコンサルタント会社の社長をしている男だ。

カネコは、いまバッファロー・オオクボの仕事を手伝っていた。

カネコは、2歳うえの私のことを「おまえ」と呼ぶのに、オオクボのことは「先輩」と呼んだ。

その違いはなんだ。

愛車がBMWとママチャリの違いか。それとも飼っている猫がマンチカンとブス猫の違いか。あるいは、行きつけの店が、とびきりネタのいい寿司を食わせる高級寿司店と中央線沿線の立ち食い蕎麦屋の違いか。

カネコが言うには、「違うな。貫禄の違いだ。バッファローとハリネズミの違いだ」とのことだ。

ハリネズミか。俺って、そんなに可愛かったっけ。チクチク。

 

封筒の中身を見てみた。

お札らしいものが、入っていた。指で厚みを計ってみたら、私の耳たぶよりだいぶ厚かった。

確かに、フリーランスは安定しない職業だ。すべてが相手次第。簡単に仕事がゼロになる。

今のところ、生活が圧迫されることはないが、今月は、イベント関係の仕事が2つキャンセルになった。

それが6ヶ月も続けば、いつかアルバイトをしなければいけなくなるだろう、とも考えていた。

助かるな、ご厚意は、ありがたく受ける。

だが、オオクボが直接来ないで、なぜおまえが来たんだ。初めてのお使いがしたかったのか。

「先輩が、マツが自分に頭を下げる姿は見たくないって言うんだよ」

気を使わせてしまったようだ。

 

私はiPhoneをけつのポケットから取り出して、カメラを自分に向けた。

そして、精一杯ふてくされた顔を作って大声で言った。

 

ど〜も、すいませんでした。

 

その動画をLINEでオオクボに送った。

すぐに返事が来た。

「懐かしいな。響の漫才か。今では、まったく見かけることはなくなったが、あのギャグは傑作だ。いいものを思い出させてもらった。今度会ったときは、生で見せてくれ。俺も懐かしいギャグを仕入れておく」

オオクボからのLINEを読み終わって顔を上げたら、紅の豚がまわりを指さしているのが見えた。

見まわすと冷笑を浮かべた老若男女のお顔が、ぐるり270度。

「こんな大変な時期に、なにやっているんだよ」と言いたそうだ。

 

(小声で)どうも、すいませんでした。ぺこり41度。

 

芋洗坂係長を置き去りにして、私は一人で店の外に逃げた。

見上げると桜。

綺麗だ。

 

桜は散っても また翌年花を開く。

 

だが、人間は散らない。

咲き続ける。

 

 

 

納豆食ってハッ

2020-03-15 05:31:01 | オヤジの日記

金曜日、今年初めて、ランニング仲間のフリーランス医師、ドクターTと小金井公園を走った。

ティー、ティー、ティー、ティー、ティー、と言いながら10キロ走った。

 

「Mさん、まだまだ若いですね。全然息が上がっていないじゃないですか」と感心された。

だって、ペースが遅いんだもの。医者相手だもの(ドクターの方が15歳くらい若いはずだが)。

いつものルーティンとして、走ったあとは小金井公園に隣接する「おふろの王様」で風呂に浸かったあと、ソバを食いつつビールを飲むのだが、今回は「不特定多数利用のお風呂、脱衣室はヤバいよね」ということで、タオルで汗を丁寧に拭き取ったのち、吉祥寺のステーキハウスでメシを食った(毎回ドクターの奢り)。個室だ。客が変わるたびに、消毒がなされているという。

部屋の隅っこに、でっかい空気清浄機があった。試しに、近づいてお尻をフリフリしたら、緑だったマークがすぐ赤に変わって、全力で換気しはじめた。すごいな、俺のお尻って、悪魔的に臭いんだな。

 

サーロインの200グラム、春野菜の温野菜とビールを注文したドクターは、金持ち特有の余裕のある仕草で、おしぼりをこねるようにして手を拭いた。

そして、そのあとで、小型の消毒スプレーを手に振りかけ、入念に消毒した。

ドクターにとって、ステーキを食うことは、手術と同じなのかもしれない。

私は、スペアリブ、ジャコとトマトのサラダ、生ビールを頼んだ。

「Mさんも消毒しましょう」ドクターが私の両手をシュッシュしてくれた。

 

お久しぶりだったのは、やっぱりウイルスの影響? と私が聞くと、「いや、僕は外科が専門ですから、呼吸器系のお呼びは、滅多にかからないです。たまたま忙しかっただけです」と言いながら、ステーキをメスでスパッ。ピンセットでつまんでパクッ。鉗子で私の指を固定して、イテテテテ!

「僕は、感染症は門外漢ですが、日々色々な病気に関して勉強しています。医者が『知らない』というのは患者さんに対して許されないことなので、絶えず新しい知識を仕入れています。門外漢だからと言って、言い訳はしたくないです」

カッコいいね、ドクター。

スペアリブ、30数年ぶりに食ったけど、美味いね。もっと肉肉しいイメージを持っていたが、麻生太郎氏よりは、憎たらしくないな(麻生先生は、毎日、人を食っているからな)。

 

今回の新型について聞いてみた。

「新型は、『新型』と言うくらいですから、未知のウイルスなんですよね。ようするに、人類が初めて経験する菌なわけです。すべてが手探りです。不幸にも感染してしまった人たちの経過を、あらゆる医学的経験をもとに観察するしかないです」

特効薬は、いまだない。ウイルスが、体内でどれくらい生きるかもわからない。感染経路も明確ではない。予防方法も手探りだ。

「こうしたほうが、いいでしょう」とは言うが、鵜呑みにするのはよくない、とドクターは言った。

我々は、日々の情報が、どれほど信憑性があるかを独自に判断するしかない。今回の感染症に関しては、誰もが素人なのかもしれない、ともドクターは言っていた。

「だけど、ウイルスよりも人間の方が強いことは間違いないです。いま人類が克服できないのは、癌と一部の病気だけですが、負けたわけではありません。人類は、いま物凄い熱量で、ウイルスの弱点を探っています。負けません。負けは絶対にありえません」

 

「医療関係者が、患者さんでもない人に、あまりベラベラと話すのはご法度なので、この話はこれくらいで」

そうですね。

でも最後に一つだけ教えて、ドクター。

マスクって、新型に対抗できるの。

ドクターは、キッパリ言った。

「あらゆる呼吸器系の予防、伝染に、マスクは欠かせません。過信をしてはいけませんが、人にうつさないという視点で言えば、するべきです」

 

「オリンピックは、どうなるんでしょうかね」

食後のジントニックを飲みながら、ドクターが少し遠くを見るような目で、語りかけた。

なにせ、初めての事態、初めての経験だ。誰にも予測がつかない。

世界各国の人の命と、ごく一部の一級アスリートに群がる金の亡者たちの祭典。

どちらが大事なのだろう。

私が、そう言うと、ドクターは、「ということは、Mさんは中止派ですか」と聞いた。

違いますよ。どれだけの歳月と、どれだけの人の労力が費やされたと思っているんですか。莫大なお金もかかっています。

近所のお祭りなら自粛してもいいが、世界を巻き込むイベントを軽々しく中止にはできない。さらに、金の亡者のIOCと米国オリンピック委員会が、中止を選ぶはずがない。

中止ではなく延期じゃないですか、トランプさんが言っている通り。中止は、絶対に選択肢にないと思いますよ。

中止しろよ、というのは無責任な意見だ。その意見は、責任のない人の短絡的ご意見だ。

私も無責任極まりない「昭和の無責任男」で、昭和、平成、令和で無責任を貫いてきたが、人の努力は尊重している。

 

オリンピックは、その努力をした一人ひとりのためにも、やるべきだ。

一番搾りの生をグイッ。

「でもMさん、まえ言っていましたよね。『俺、オリンピックの中継見ていても、15分くらいで眠くなって寝落ちしちゃうんだよね。オリンピックは俺にとって子守唄みたいなもんだ』って」

 

私は、ナショナリズムと聞くと鳥肌がたつタイプだ。

ナショナリズムには、排他主義しか思い浮かばない。

アメリカファースト、チャイナファースト、ロシアファースト、ノースコリアファースト、ジャパンファースト。

そういう国のアスリートさんたちは、決してその国の政治家を喜ばせようと思って高みを目指しているわけではないだろうが、結果的にナショナリズムの道具にされていると思うのだ。

だから、鳥肌がたったのち眠くなる。眠れば、とりあえず平静になれるから。

 

それは、私の事情であって、世界中で楽しみにしている人たちと、この大会のために、険しい坂道を登って頂上近くまで来たアスリートさんたちは、絶対に報われるべきだ。

 

アスリートさんたちに見えている世界は、俺たちとは絶対に違うと思うんですよね、ドクター。

あなたが手術前に見えている世界と同じように、特殊な世界だと俺は思いますよ。

 

その世界を彼らから奪ったら、絶対にダメだ。

 

ウイルスに打ち勝って五輪開催が理想ですが、最後決めるのは政府ですからね。権力主義のIOCの圧力という別の問題もありますけど。

現状、パンデミックと言われても、感染者は、爆発的に増えてはいない。だが、もちろん安心できる数字でもない。

そのくせ、今まで打った対策の何が有効だったのかを見極める時間は、それほど多くない。

たとえば、国の垣根を超えた有能な専門家主導の全世界的な対策チームというのは、作れないんでしょうか。

 

ONE  WORLD。

 

アメリカ映画だったら、「アメリカが世界を救う」と言わんばかりに、有能な一人の政治家が、星条旗のもとに、各国から名医、科学者をかき集めるという展開になるだろう。

そして、危機に瀕しながらもブルース・ウィリスがウイルスを蹴散らして、エンディングでは、ヒュー・ジャックマン、アーロン・ジョンソン、ロバート・ダウニーJr、ジェニファー・ロペス、ジャッキー・チェン、ケン・ワタナベ、イ・ビョンホン、クレヨンしんちゃんなどが肩を抱き合い、それぞれの死闘を讃えあうだろう(主題歌はリアーナかな)。

 

悲しいことに、それは、ないものねだり。

サルバドール・ダリ。

(すみませんねえ。もっと真面目なことを書きたかったのですが、根がバカなもんで、話の落としどころがわからないのですよ)

 

 

帰りは、いつものようにドクターのアウディを駐車場に置いてタクシーで帰った。

アウディは、夕方ドクターの奥様が回収に来ることになっていた。

タクシーで国立駅前まで送ってもらい、ドクターは、そのまま中央線国立駅近くの超高級マンションに帰るのがルーティンだ。

タクシーの中で、ドクターが遠慮がちに言った。

「言うか言うまいか迷ったんですけど、Mさん、右下の前歯、上の部分が欠けてませんか」

バレていたのか。なるべく見せないように努力したのだが、ドクターには、バレバレだったのね。

 

朝、納豆ご飯を食っているときに、間違って箸の先っちょも一緒に食ってしまったのだ。

それで欠けたのですよ。情けない。

 

「Mさん、おわかりかと思いますけど、健康な歯は箸を噛んだだけでは欠けません。それ虫歯ですよ」

 

わかっておりやす。お殿様。

これから歯医者に行って参りやす。

だもんで、今年の年貢の取り立ては勘弁してくだせえ。おねげえしやすだ。

 

私がそう言ったら、タクシーの運転手さんが、ハンドルを叩いて喜んだ。

 

この話、誰が得したんだ?

運転手さんだけか。

 

 


「イチ」と「コロ」

2020-03-08 05:46:03 | オヤジの日記

「日本人のほとんどは、自分は、ウィルスになんて罹らないという根拠のない自信を持っていると思うんですよね」

得意先の中村獅童氏似が、そう言いながら細い目を余計細くして私を見た。

マスクをしていると細い目がさらに際立つ。

「そういう人が、無頓着に人混みに出て、ちまたにウィルスをまき散らしているんじゃないですかね」

そのご意見、今やハズレとは言えない状況になってきた。

 

以前は、獅童氏似の会社は神田にあったが、会社が勝手に他の会社と合併したことに嫌気がさして、獅童氏似を含めて11人が反旗を翻し、独立することにしたのだ。

その11人は、今年の1月27日に、新しい会社を立ち上げた。新しい事務所は、池袋だ。

サンシャイン池崎からは、それほど遠くないところに、事務所はあった。サンシャイン60?

そういえば、サンシャイン水族館には久しく行っていない。子どもが小さい頃は、年に3回は行っていたような気がする。

日本全国30箇所以上の水族館を回った水族館オタクとしては、新しくリニューアルされた新装の水族館に行ってみたいものだ。

娘にLINEを送ってみた。

今度、サンシャイン水族館に行かないか。

返事は、「空前絶後のぉ!」だけだった。

一人で行くか。

 

今回の仕事は、天王洲アイルのビルのアトリウムで催される展示会の宣伝用チラシと招待状の作成だった。

時期は、6月上旬。

「その頃までには、この事態は終息してますかね」と獅童氏似。

アベくん次第じゃないですかね。これ以上、無能をさらさないようにまわりがサポートしないと。今のアベくんは、自分が大統領だと勘違いしているんですよ。

誰かが「アンタ、違うよ」と目を覚まさせてあげないと。

 

そう言ったとき、獅童氏似が、私の目を指差して言った。

「あれ、Mさん、目が赤いんじゃないですかぁ」

ああ、花粉症が今年はひどくて。

「いや、それは、泣いた跡だとボクは思いますよ。どうしたんですか。辛いことがあったら、言ってくださいよ。ボクたち、友だちじゃないですか」

実は・・・国立のドラッグストアでカロリーメイトを買ったんですよ。138円でした。おお、これは安い、と4つ買い占めました。でも、さっき、ここに来る途中のドラッグストアでは128円で売っているじゃないですか。

俺は、何を早まったんだ、と思って泣けてきたんですよ。ボロ泣きです。

それを聞いた獅童氏似は、「違いますね」と一刀両断。スパッ!

 

実は、ここに来る道すがら、小さな公園があって、そこである歌声を聞いたんです。

5人の若い女性が歌っていた。

「みんなともだち」

これは、息子と娘の卒園式で子どもたちが合唱した曲だ。

みんなともだち ずっとずっと ともだち

がっこういっても ずっと ともだち

子どもの卒園式で私は2回とも号泣した。いろいろなことが鮮明に脳裏に浮かんで、泣けた泣けた泣けたけた。

今回、私の左耳に届いたのは、大人の歌声だった。

ここからは、私の想像。今の社会情勢で、卒園式ができなかったのを惜しんだ先生方が、自分たちだけで合唱して卒園する子に捧げたのではないかと思った。

目の前に、園児たちはいないが、「届け届け」と心を込めて歌ったのではないか。

そんなふうに想像すると私の涙腺は崩壊してしまったのだ。

ボロ泣きしながら、獅童氏似に会いにきてしまったのですよ。いま 会いにきました。

そんな話をしているうちに、獅童氏似の細い目からも水が溢れ出てきた。

目が細いから、すぐに洪水だね。

「ボク、子どもが生まれてから、涙もろくなって」とまた泣いた。

でも、可愛い洪水だ。ハンカチで目を拭ったら、せせらぎほどの水量になった。目が細い人は、涙腺も細いのだろうか。もう一度拭ったら、水源が消えた。

 

そのあと、打ち合わせ。

49分ほどで終わった。

挨拶をして帰ろうと思い、立ち上がったら、「あ、いえ、そのままに」と言って、座るように命令された。

獅童氏似は、自分のデスクのキャビネットから、紙袋を持ってやってきたキツネ。

そういえば、獅童氏似は、よく見るとキタキツネに似ているな。あんなに可愛くはないけど。

応接セットに戻った獅童氏似は、紙袋をテーブルの上に置いて、「足りてますか」と言った。

仕事は足りているし、靴下もこの間5足698円で買ったばかりだ。A4の普通紙もまだ千枚近くある。ブス猫のご飯もバラエティーに富んだものを揃えていた。薄力粉、強力粉、家なき子も買ったばかりだ。

しいて、足りないものといえば、私の寿命だろうか。

私がそう言うと、獅童氏似は、私のボケをことごとく打ち落として、紙袋を広げた。そして、声をひそめて言った。

「この会社の誰にも言っていないんですが、嫁さんの実家が、調剤薬局をやっているんです。都内に5店舗以上持っていて、衛生用品なんか融通がきくんですよね。だから、これです」

紙袋の中には、マスク2箱と消毒液2個が入っていた。

芝居がかった仕草で、まわりを窺うようにしながら「足りてますか」とまた聞いた。

 

そして、私が返事をする前に、獅童氏似は、さらに小声で余計なことを言った。

「この部屋の人間の中で、一番危ないのはMさんじゃないですか。新型に罹ったらイチコロなんじゃないですかね」

 

イチコロ? あー、イチコロね、アハハハ。

イチコロコロコロコロコロコロコロコロリン。

俺は、イチコロ野郎か。

 

ご心配いただき、ありがとうございます。ありがたく頂戴いたします。

帰り道、私はWEBデザイナーのタカダ君(通称ダルマ)にLINEを送った。

読んだら、電話してね。

すぐにLINE電話が来た。

「師匠、いつもお世話になります」

お世話してます。しすぎてます。

タカダ君のところは、足りているかい?

「タリーズコーヒーは、近くにありますけど行きませんね」

いいね。そのズレた会話。俺は嫌いじゃないよ。

マスク2箱と消毒液1本、持っているけど、いるかいらないか(消毒液1本はキープ)。

「それは切実にいります。でもイルカは、3年前、鴨川シーワールドで見たあと見ていません」

後半の話は、いらないよね。

話を早く進めるために、私は優しく怒鳴った。

いいから、荻窪駅に来い。12時26分だ。

ダルマは、律儀にも正確な時刻にやってきた。荻窪駅前のマクドナルドで、醜い顔と向かい合った。20年近い付き合いなのに、その顔面に、いまだ慣れない。

私は、ほらよ、と言いながら、マスクと消毒液をダルマのゴツゴツの手につかませた。

ダルマには、3人のガキがいた。

教育機関が休みになって、奥さんのトモちゃんはガキの世話が増え、買い物に行く回数も減った。必要なものは揃えてあるが、マスクと消毒液は、いつも獲得競争に負けるという。

「師匠、いいんですかぁ」

いーーーーーーーーんです。

 

ある人に言わせると俺は「イチコロ野郎」らしい。

だから、イチコロじゃない君たちが使いなさい。

「イチコロ野郎?」

獅童氏似との会話を伝えた。

「それは、ひどい言い方ですね」と憤慨した。ダルマにも師匠愛がまだ残っていたのかと私はキャンドゥした。

しかし、そのあとダルマが言ったのだ。

「そう言えば、この間、保護猫を2匹受け入れることを決めたって報告しましたよね」

うんうん、それは、いいことだよ。Can Do! したですよ。

 

「その猫の名前、師匠に敬意を表して『イチ』と『コロ』にするというのは、どうでしょうか」

 

ダルマ、それは、やめときな。

 

 

昨日の夜、ダルマからLINEが来た。

保護猫の名前、「イチ」と「コロ」に決まったとさ。

(ダルマは、絶対に私のことを尊敬していないな)

 

 


ま・・・いっか

2020-03-01 05:45:00 | オヤジの日記

先週お伝えした、友人の極道コピーライター・ススキダの得意先の創立40周年パーティーは、無期限延期になりました。

 

楽しみにしていた方は、残念でした。

私もとても残念ですが、世の中の風潮には勝てません。

何しろ、ウィルスとはまったく関係ないのに、トイレットペーパーとティッシュペーパーが世の中から消えるというスーパーマジックが起きているのですから(首都圏だけなのだろうか。それなら、少し恥ずかしい)。

 

人類史上最も馬に激似の「お馬さん」から悲痛なLINEが来た。

「Mさん、地獄です。マスクは手に入れましたが、消毒液とトイレットペーパー、ティッシュペーパーが底をつきそうです」

お馬さんは、馬史上最も潔癖な馬でもあった。

お馬さんとは、20年近い付き合いだが、知り合ったときから、絶えず除菌スプレーで身の回りをシュッシュしていた。

トイレは大も小も家でなければできない。電車のつり革に掴まれないから、お馬さんの移動はいつもボルボだ。

やむを得ず外食するときは、消毒済みのマイ箸、マイスプーン、マイフォーク、マイナイフ、マイマグカップを持参爺さん。

窮屈な生き方をしているとは思うが、それがお馬さんの個性なのだから、批判は野暮というものだ。

お馬さんは、それでいいのだ。

 

我が家には、奇跡的にも偶然にも空前絶後にもファインディングニモ、トイレットペーパーとティッシュペーパーの在庫が少々あった。

ティッシュペーパーは、重い花粉症のヨメと息子が、各自ストックしていた。

トイレットペーパーは、この集団ヒステリーが始まる大分まえに、杉並の建設会社社長が予言したのだ。

「最近の日本人はバカだろ。絶対にデマに踊らされるぜ。俺は、オイルショックのときと同じことが起きると思っているんだ。俺んところは、何かあったときのために、レトルトやら薬、飲料水、毛布、調理器具やらを備蓄してるんだよ。トイレットペーパーもティッシュペーパーもな。先生、なんか欲しいものがあるかい」

私は、お尻を拭く回数が人より多いので、トイレットペーパー24ロールと除菌ティッシュ二箱をもらうことにした。

そのうちの12ロールと息子が備蓄しておいたティッシュペーパー5箱、除菌ティッシュひと箱をお馬さんに差し上げると提案した。

 

ヒヒンヒヒン、とお馬さんは喜んだ。

だって、友だちだもの、馬だもの。

 

金曜日、ボルボで国立駅前までやってきたお馬さんに、トイレットペーパーとティッシュペーパー、除菌ティッシュを贈呈した。

そのとき、お馬さんが言った。

「Mさん、何かお礼を。何がいいですか?」

私は、格好をつけて、数百円程度のものに礼はいらないですよ、と答えた。

そうすると、お馬さんが突然ハグをしてきた。

潔癖症のお馬さんとしては、とても珍しいことだ。

おそらくお馬さんが馬以外とハグをするのは、奥さんと息子さん、お孫さんだけだろう。

 

このとき、私は不謹慎なブラックジョークを言った。

いいの? オレ、色々とバイキンだらけだけど。

我に帰ったお馬さんは、バッグから除菌スプレーを取り出して、自分の全身に振りまいた。

そして、最後に私の全身にも振りまいた。

 

オレ、完全にウィルス扱いじゃん。

ウィルスじゃないよ、バイバイキンだよ。

 

 

今の日本人は、考える能力が、著しく衰えている。

デマゴギーを自分の中で処理する能力がかなり劣っている。能力を養っていないから、SNSの根拠のない情報を簡単に信じる。

それは、SNSパンディミックと言っていい。

金曜日、お馬さんに会うまえに、自転車の荷台にトイレットペーパーとティッシュペーパーを積んで、無表情に自転車を漕いでいる人を何人も見た。オイルショックの教訓は何だったのか、とため息が出た。

それを「浅ましい」ということはできない。むしろ「たくましい」というべきか。

どんなときでも、「俺は」「私は」生き残るぞ、という覚悟さえ感じる。

それは、昔も今も変わらない。

そして、考えることを放棄していることも変わらない。

 

ただ、昔のデマは口コミで伝わった。時間差があった。

しかし今のSNSパンディミックは、1秒2秒ですぐに伝染する。

1秒2秒では、善悪を考えている余裕なんかない。

「よっしゃ、トイレットペーパー買い漁るぞー」とすっ飛んでいける。たとえば、夫や娘に「あんたらも頑張れー、負けるなぁ!」とSNSで命令できる。

その結果、あっと言う間に売り場は、スッカラカン。

 

その状態を見て、買い漁った集団ヒステリー人間は、多少反省はしたとしても、最後は「ま・・・いっか」で終わる。

とは言っても、国民の「ま・・・いっか」は、まだ害が限定的だ。

それに対して、政治家や役人の「ま・・・いっか」は、困る。国民の命や生活がかかっているからだ。

「ウィルスを水際で防げなかったけど、ま・・・いっか」「クルーズ船で、感染者が想定以上に増えたけど、ま・・・いっか」「陰性の乗船者を降ろして、あとで陽性になっても、ま・・・いっか」

 

「日本全国に感染者増えたけど・・・」

 

このあと続けて、「ま・・・いっか」は、やめてくれませんかね。

色々と対策は練ってくれているようですが、すべてが遅いですよね。

PCR検査、真面目にやる気あるんでしょうか。特に、東京都が北海道より感染者が少ないなんて、人口比率を考えたら不自然すぎます。

PCR検査を真面目にしたら首都圏の感染者の数が、爆発的に増えるのが厚生労働省は怖いのだろうか。

自分たちの責任になるから。

美味しいものはいくらでも背負うが、都合の悪いものは黒マーカーで隠す人たちですからね。

 

日本の政治家(野党も含めて)、役人は、有事のときに、悲しいくらい役に立たない。

このままでは、東京はウィルス感染街区になる可能性もある。

中国の対策の方がマシだったよね、と言われるのも時間の問題だ。

無能が有能になるには、相当な時間がかかる。

だから、これをきっかけに、有権者が保身しか頭にない政治家を見極めて見捨てて突き落とす非情さを覚えたらいいと思う。

 

今年は、桜を見る余裕はないだろうから、誰かさんは、その分ウィルス退治に力を入れてくださいな。

 

そして、うまくいかないからと言って、国民のせい、関係者のせい、官僚のせい、マスメディアのせい、Everybody Say ! にするのは、やめてね。

話をはぐらかしたり、感情的に野次るのも、やめてね。

 

 

でも、誰かさんが、この国の最高責任者を辞めるのは、私は「ま・・・いっか」です。