リスタートのブログ

住宅関連の文章を載せていましたが、メーカーとの付き合いがなくなったのでオヤジのひとり言に内容を変えました。

なるようになる

2019-10-13 05:51:37 | オヤジの日記

自然の猛威を感じた日だった。

 

甘いことを言うと思われるかもしれないが、初めて台風に恐怖を感じた。

 

私は、このブログでは、なるべくリアルタイムの出来事は載せないようにしてきた。リアルタイムの出来事は、他の方が正確に書いてくれる。

私自身のブログにタイムリーなキーワードは似合わないと思っていた。いまも思っている。

私の能力では、災害や犯罪などの分析ができない。なぜなら、遭遇したことがないから。

私には、遭遇したことがないことを想像で表現する能力がない。

唯一、東日本大震災のことは述べたことがある。

だが、東京にいて経験したことと、もっと悲惨な状況を経験した人のことを想像すると、頭の奥の方で「違うだろう」という思いがいつも湧き上がる。

恐怖と絶望の濃度が違うのではないか。

 

今回の台風は、現在進行形だ。

そこにまだ台風は存在する。

眠れない人、家に帰れない人も多くいるだろう。

 

いま、私がどんな体験をしたかを言うことに意味があるとは思えない。

私の恐怖を語っても意味はない。

ここでは、まず私の長年の友人である年上のミズシマさんの話をしたいと思う。

「軽く浸水しました」とミズシマさんは、LINEを送ってきた。

そして、「妻の持病の軽い心臓病が出て、車で救急病院に連れて行きました」と続いた。

ものすごく混んではいたが、1時間以上待って、奥さんは適切な処置を受けられたという。「妻の土曜日の夜の状態は安定していて安心だ」というLINEが夜中にあった。

世田谷区上北沢のミズシマさん夫妻が暮らす家は築30年を過ぎていた。

「浸水は玄関だけでしたから軽い方だと思います。でも門は少し壊れました。いさぎよいくらいに壊れました。左側の引き戸が壊れています。これは、トラウマになりそうです」

でも、奥さんが無事なら、門だいないんじゃないんですか、と私がLINEを返すと、ミズシマさんが「Mさん、それMさんらしいですね。力が抜けました。ありがとうございます」という返信がすぐに来た。

 

新宿区市ヶ谷に家がある大学時代の友人オオクボから深夜電話があった。

私は夜8時を過ぎた電話には出ないことにしているのだが、今回は緊急を要する場合を想像して出ることにした。

「すげえな、屋根が少しだけめくれた」とオオクボは言った。

オオクボは親が残した市ヶ谷の土地に一軒家を建てた。要するに、親の遺産でご立派な家を建てたということだ。

そのご立派な家の屋根が少々めくれた。台風は容赦ないのだわ。

おまえの一家は無事なのか、と私は聞いた。

「今のところは無事だ。みんな何かしら恐怖を感じているが、なんとか平静を保っている」

Hey Say !

屋根がめくれたとき、おまえのカツラもめくれたのか。

「俺はカツラじゃねえ!」

 

つまんねえやつだな。

 

俺だったら、屋根と一緒にカツラもめくれてまいっちまったよ、って言うぞ。

あれ、電話が切れたぞ。

まさか、キレたのか、オオクボ。

ちいせえやつだな。

 

川崎市中原区に住む、むかし母がお世話になった民生委員の方。今でもお付き合いさせていただいていた。

「あなたのお母様は、僕にとって理想の人でした」

「若輩者の僕を心の底から頼っていただいて、僕は教わることばかりでした」

「いま多摩川はすごいことになっています。氾濫してます。でも僕はいまは冷静です。あなたのご母堂が言った『なるようになりますよ』という言葉が心に残っています。

 

なるようになる。

 

それは、実際に被害にあっておられる方には不遜な言葉に思われるかもしれない。

ただ、私は、こんな台風を生き抜く「人間力」を経験したことがない。

だから、母の言葉を信じるしかない。

 

なるようになる、をいい加減だと思う人がいるかもしれない。

 

でも、こんなとき、人間はなにに向き合えばいい?

真面目人間の方々。

 

お願いします。

教えてください。

 

コメント (4)

ハンドタオルふたたび

2019-10-06 05:47:00 | オヤジの日記

娘が、木曜金曜の2日間代休を取った。

お盆休みに2日出勤したときの代休だという。

 

「おまえ、いまだに『ミーちゃんロス』を引きずっているだろ」娘に言われた。

「出かけようぜ。みなとみらいに」

慰めてくれるようだ。

横浜みなとみらい21。

私にとっては、馴染み深い場所だ。

小学校高学年のころ、よく行くのは中目黒から二駅目の渋谷だった。しかし、たまに東急東横線を使って横浜まで行った。そして、桜木町駅まで歩いた。東横線は桜木町まで繋がっていたから、直接桜木町に行くのが賢い方法だ。だが、私はおバカだから、横浜から高島町、桜木町まで歩いた。

途中に、バッティングセンターが2つあったからだ。渋谷にも恵比寿にも目黒にもバッティングセンターはあったが、横浜のはデカさが違った。渋谷の2倍以上のデカさがあったのだ。

そのデカさが気持ちよかった。左打席用が多かったのもありがたかった。存分に打たせてもらった。

当時の桜木町は田舎くさかった。横浜や元町、伊勢佐木町に比べたら、埋もれた街と言ってよかった。

だが、その埋もれた街感を私は気に入っていた。その埋もれた街を少し歩いて行くと横浜の海があった。

広い海。沖を貨物船が何隻も通って行く。私は、それを肉まんを食いながら飽きずに見ていた。いくらでも見ていられた。

 

結婚して横浜日吉に住んだとき、横浜桜木町は、さらに身近になった。

そして、その頃から桜木町は徐々に変貌していくことになる。

「みなとみらい21」の計画が始まったからだ。

私は、その計画をリアルタイムで見てきた。ベイブリッジができ、ランドマークタワーが建ち、コスモワールド、赤レンガ倉庫ができて、中華街まで交通機関が繋がるようになった。

田舎くさい桜木町は巨大プロジェクトの中で本当に埋もれた。

私は「昔はよかった」という考え方が好きではない。あの田舎くさい桜木町は、私の心の中にあればいい。

みなとみらいは、いいところだ。「みらい」を感じる居心地のいい場所だ。

 

そのみなとみらいに娘と来るのは5回目だ。

過去4回のうちの2回はミーちゃんもいた。食い放題の店で、爆食した。爆食したのは、ミーちゃんだけだったが。

「今回は食べ放題じゃなくて、ラーメンだ」娘が言った。

就職してからの娘は、ラーメンにハマっていた。金曜日の夜は会社の同僚と必ずラーメンを食って帰った。1年半で100軒近いラーメン屋に入った。

最初は蒙古タンメン中本に偏っていたが、会社の先輩に連れていってもらった広州市場のワンタン麺を食べて、その奥の深さに娘は衝撃を受けた。

「1つのものにこだわってはダメだ。ボクは、これから色々なラーメンを食べるぞ」

ただ、娘は私と同じで雑な性格をしているので、ネットであらかじめ調べるということはしない。

行き当たりばったりで、自分の勘に触れた店に突発的に入ることが多い。

今回も何も知識を仕入れることなく、「ああ、この店がいい!」と店構えを見て決めた。

横浜家系だって。なんだよ、その家系って。「カケイ」って呼んで娘に笑われたぞ。しかし、正しい日本語としては「カケイ」ではないのか。

「おまえ、みっともない文句を言うんじゃないよ。世の中のしきたりに素直に従え」

はい、そうします。

 

娘は「イエケイラーメン」を頼んだ。私は餃子と生ビール。

注文したものを待っているとき、「そういえばな、またスマホを家に忘れた」と娘が言った。

娘と私の似ているところは、たくさんあった。いくら食っても太れないところ。日本茶が苦手。映画は1人で観る。酒が強い。海老の天ぷらは好きだが、エビフライは苦手。はんぺんとコンニャクを忌み嫌っているところなどなど。

そして、スマートフォンをよく忘れる。

娘も私と同じで、突然無神経に鳴り出す電話が好きでない。「どうせ、たいした用事じゃないんだろ。メールかLINEをよこせよ」

スマートフォンを家に忘れたら、不便じゃないのか、という疑問はあると思う。

そんなときのために、必ず娘はiPad mini、私はiPad Airをカバンに入れてあるのだ。これがあれば連絡は取れる。スマートフォンがなくてもなんの問題もない。

iPadの優れたところは、電話機能がないことだ。iPadが世に出たとき、Appleさんは、なんて素晴らしいものを作ってくれたんだろう、と私は感激のあまり、すすり泣いたほどだ。

ミーちゃんも実は、家にスマートフォンを忘れる子だった。だが、大手飲料メーカーの営業職に就いてから、肌身離さずスマートフォンを持ち歩くようになった。

営業さんにスマートフォンは必須ですからね。

 

ミーちゃん。

 

「うまいな、このラーメン。太麺がスープとうまく張り合ってるぜ。ミーちゃんも気に入っただろうな。ミーちゃんに食べさせてあげたいな」

結局、君もミーちゃんロスを引きずっているじゃないか。

 

食い終わって、赤レンガ倉庫まで歩いた。ここでも行き当たりばったりで、カフェに入った。

2人して、フランスの地ビールを頼んだ。一杯800円。さっき食ったラーメンも800円だった。フランス地ビール、あまり好みではなかった。コストパフォーマンス的にどうなの?

「文句を言うな。カフェは、雰囲気を楽しむものだ。雰囲気を飲んだのだと思いたまえ」

はい、わかりました。

 

そのあと、コスモワールドに行った。

高所恐怖症の2人が、観覧車に乗った。

ミーちゃんと行ったとき、ミーちゃんが必ず乗りたがったからだ。

観覧車がてっぺんに。暮れて行く街と空、海。水平線が地球を感じさせた。この空は、ミーちゃんが暮らす金沢に繋がっているんだよね。

娘が、iPad miniで写真を撮った。5枚くらい撮っていた。私は1回。

「これをミーちゃんに送るぞ」

LINEで送ったようだ。

返信は、すぐに来た。

「横浜だね。綺麗だね。まるで、私もそこにいる気分になったよ」

 

そうなのだ。離れていても景色を共有することはできる。ただ、距離があるだけなのだ。その距離は、お互いの心で埋められる。

朝の「おはよう」と夜の「おやすみなさい」をミーちゃんは欠かさずLINEしてくれる。

つまり、繋がっている。嬉しいことだ。

 

帰りの中央線。

いつもは相当な混みようだが、このときは、混んではいたが幸運にも2人座ることができた。

娘は、私の左に座った。娘は幼い頃から必ず私の左に座って、私の左耳に話しかけた。私の右耳が聞こえないことを幼い頃からわかっていたからだ。

息子もそうだ。必ず私の左耳に話しかけた。

ただ、私のヨメだけが、たまに右耳に話しかけた。おそらくヨメは私の右耳が聞こえないことを信じていないのだと思う。

 

「ミーちゃんとボクらが繋がっているのが、よくわかったろ」娘が左耳に話しかけた。

「ミーちゃんは、うちに来てたくさんの幸せを覚えたって言ってたぞ。特にボクたち家族の中にいる幸せをな。それまでは、ご飯を食べることだけがミーちゃんの幸せだったが、うちに来てからは、家族が最高のご馳走だってことに気づいたって」

それは、私も聞いたことがあった。

「そして、今ミーちゃんはもう1つの最高の幸せを手にしたんだ」

「よかったろ、これで。ミーちゃんの幸せは、ボクらの幸せだ」

娘は、珍しく饒舌だった。

 

さらに、娘が続けた。

「いま初めて言うけどな・・・ボクは生まれたときから、ずっと幸せだぞ」

 

 

ハンドタオルは・・・・・どこだ。

 


コメント (4)

ハンドタオル

2019-09-29 05:32:03 | オヤジの日記

よりによって、ミーちゃんの大事な日に台風17号が来るなんて。

 

風が強い。台風だから当たり前だが、少しは遠慮して欲しいと思った。風クン、鬱陶しいよ。

金沢駅の改札の外に、ミーちゃんの旦那確定の若ちゃまが待っていた。

君にも支度があるだろうから出迎えはいらぬ、とLINEで断ったのだが、「男は支度なんか大したことないですから」と迎えにきてくれやがった。

でも、迎えにきてくれてよかった。タクシー乗り場が驚くほど混んでいた。強風の中あそこに並ぶことを考えたら、若ちゃまのお節介なほどの気配りがありがたかったたかった。

駅近くの駐車場まで行くと、ボディの横に屋号が書かれたワゴン車が停まっていた。いいね、生活感あるね。

荷台にみんなのバッグを置き、後部の二列に4人のケツが乗った。車内は、とても綺麗だった。我々を乗せるために最大限綺麗に掃除してくれたとみた。ありがとね、若ちゃま。

 

「ここで、皆様にお伝えしたいことがあります」改まった口調だった。固いぜ、若ちゃま。

「ミーが言い出しにくいと言ったので、僕からお伝えします」固いな。solidだね。

「今回の披露宴では、皆様にはミーの家族のポジションに座っていただきたいのです」

つまり、ミーちゃんのご両親は、来ないということだな。わだかまりがあるのは最初からわかっていたが、まさか、それほどこじれているとは。

娘の結婚式は、和解のいいチャンスではないか。それを逃すなんて親の資格なしなしなし梨汁ブシャー!

しかし、それは第三者が立ち入るべき問題ではない。

私は答えた。

俺たちは、ミーちゃんの親だし兄弟だから、俺たちが一番、その席にふさわしい。当たり前のことですよ。

若ちゃまが下を向いた。そして、左手で両目をゴシゴシこすった。

「すみません。最近涙もろくなって。今日の披露宴はボロ泣きすると思います」

充血した目で振り返った。

いや、俺の方が泣くね。それだけは自信がある。

「ミーも言ってました。パピーは、みっともないくらい泣くぞって」

さすがミーちゃん、いや、我が娘は私のことを本当によくわかっている。だから、ハンドタオルを10枚用意してきたもんね。

 

披露宴会場であるホテルに着いた。ご立派な入れ物だ。恐れ多いことに、我が家族はこの日このホテルに泊まることになっていた。ありがたいことに、若ちゃまが用意してくれたのだ。4人が泊まれるセミスイートなんて、贅沢すぎて足が震えるわ。ちびるわ。

室内探検をしたら、トイレが2つ、バスルームの他にシャワールームもあった。ありがたいことに、ベッドまであった。ライトもテレビもでっかい鏡、でっかいクローゼットまであったぞー。三方が広い窓で、高級そうなカーテンがかかっていた。まるでセミスイートみたいじゃないか。

 

着替え終わったとき、ホテルの結婚コーディネーターの方が呼びにきた。「新婦様のお支度ができました」。

右手と右足を同時に運びながら、控室まで行った。勇気が出なかったので、娘をまず部屋に入らせた。次にヨメ、息子、だいぶ遅れてひょっこりはんのように、私は半身だけ部屋に入った。

とても綺麗になったミーちゃんが、ヤマイモを抜くように、私を引きずり入れた。

「パピー、会いたかったよぅ!」

抱きつかれた。照れた。そして、どこか寂しくもあった。

このとき私は、おめでとうよりも先に、酒はないのか、という白痴的なことをミーちゃんに言った。

機転を利かせたコーディネーターさんが、ワインをお持ちしますと言って、風速10メートルで部屋を出て行った。

「パピー、手が震えてない?」

は、は、恥ずかしながら。

心臓ばくばくではあったが、綺麗だね、と心の声をそのまま口にした。本当に綺麗だったからだ。

「お父様」という誰かの声が、耳に入ってきた。「バカ親父」と呼ばれた方が気が楽なんですけど。振り返るとコーディネーターさんがワイングラスを持って立っていた。本当に持ってきてくれたのね。

グラスを受け取って、一息で飲んだ。マナーなんて、関係ねえ。

落ち着いた。

やっと、おめでとう、が言えた。

ミーちゃんと我が家族4人の姿をコーディネーターさんに撮ってもらった。最高の一枚だ。た・か・ら・も・の。

長くお邪魔をしては進行の邪魔になるので、じゃあ後で、と言ったとき、ミーちゃんが神妙な顔をして、私の前に立った。

「ねえ、パピー、『今まで育ててくれて、ありがとう』って言ったほうがいいのかな」

目が少し潤んでいた。

いやいや、その手には乗らないよ。いま泣かせようとしたって俺は意地でも泣かないから(泣いてもよかったが、ハンドタオルがなかったので我慢した)。

「だよねー」とミーちゃんは舌を出して、イタズラ娘そのままの顔で笑った。泣き笑いではあったが。

 

披露宴の様子を細かく描写するほど、私はまだ現実と向き合えていない。

空っぽに近いと言っていい。

現実に真正面から向き合えたとき、書けるかもしれない。しかし、書けないかもしれない。

 

ここでは、披露宴での娘のことを書こうと思う。

14歳から10年以上、娘とミーちゃんは、実の姉妹のような濃密な時間を過ごしてきた。

東方神起のコンサート。少女時代のコンサート。東日本大震災の時は、抱き合いながら恐怖に震えた。苗場のスキー場での初スキー。中学高校の卒業式。大学は別々だったが、土曜日は必ず我が家に泊まりにきて、夜遅くまで語り合った。大学3年の後期、娘が韓国に留学していたとき、「夏帆ロスが我慢できん」と言って、ソウルまで飛んだミーちゃん。お互いに彼氏ができたとき、真っ先に相手を紹介した2人。

姉妹以上の姉妹だった。もちろん、今も。

披露宴での娘のたくさんの涙は、ミーちゃんへの祝福と感謝の涙だ。

 

お祝いに、娘は歌を披露した。

ミーちゃんが一番好きな歌。東方神起の「Forever love」だ。

夜中に、電子ピアノを毎日弾いていた娘の心の中は、ミーちゃんのことしかなかったと思う。

カラオケにも行った。そのうち2回は、私も付き合わされた。

「自信はないが、頑張るしかないよな」

頑張る必要はない。思いが伝わればいい。

弾き語り。

最初のうちは、緊張とミーちゃんへの思いが高ぶりすぎて、ぎこちなかった。しかし、サビの部分からは、娘は無心になったように見えた。

声もよく出ていた。声が透き通っていた。その透き通った声は、間違いなくミーちゃんの心に入り込んでいた。

まばたきもせず、ミーちゃんは、娘の歌声を聴いていた。そして、歌い終わると同時に立ち上がって拍手をした。若ちゃまも立ち上がって拍手をした。ミーちゃんが泣いた。そして、驚くことにミーちゃんよりも若ちゃまの泣きっぷりの方がすさまじかった。嗚咽という言葉が控えめに思えるほど、若ちゃまは唸り泣いた。

 

披露宴が終わって、二次会があった。参加したのは娘だけだった。他の人が2人に気を使って、二次会は後日という取り決めがあったようだ。

若ちゃまも遠慮した。

つまり、2人きりの二次会だった。

ホテル近くの居酒屋で10時まで語り合った。

何を話したか、などという無神経なことは私は聞かない。10年以上の年月なのだ。それを数時間で凝縮するのは難しい。

だから、友として、姉妹としてお互いの存在と絆を確かめ合ったのではないか、と私は勝手に推測している。

 

台風から逃げるように、我々は次の日、観光もせずに朝早く金沢を立った。ミーちゃんと若ちゃまが、見送りに来てくれた。

抱き合う姉妹の横で、若ちゃまが気持ちの悪いことを言った。

「僕もお二人のことをパピー、マミーと呼んでもいいですか」

体じゅう鳥肌まみれになりながら、い、い、い、いいよと答えた。

じゃあ、俺も君のことを「若ピー」と呼んでもいいかい。

 

「いやです」キッパリと否定された。

息子が撮った君の唸り泣きの動画をツイッターにアップしてやろうか。

 

ところで、私が持っていったハンドタオル10枚が、どうなったかというと、ホテルの部屋に置き忘れるという痛恨のミスをしでかしたため、一枚も使わなかった。

 

そのかわり、紙ナプキンは、数え切れないくらい使った。

係りの人が気を利かせて、私の足元に小さなゴミ箱を置いてくれた。

恥知らずで汚い親父だ。

 

だが、最後にいいこともあった。

金沢駅のホームで、ミーちゃんが言ったのだ。

「パピー、正月に里帰りするよ。若ちゃまが許してくれたんだ」

初めて、ハンドタオルを使って、目から流れ出た水を拭いた。

 

 

やるねぇ、若ピー。

ありがとね。

 

コメント (2)

アホと国立で

2019-09-22 05:44:01 | オヤジの日記

アホがメルセデスでやってきた。

 

国立のバーミヤンで、テクニカルイラストの達人・アホのイナバと打ち合わせをした。

9月16日だった。店に行ったら行列ができていた。なんで? 普段の1時半は、いつも空いていたのに。

なにか重要な催し物でもあるのだろうか。

平日に、こんなに混むなんて、珍しいよな、とアホのイナバに話しかけた。

すると行列の1つ前で待っていた3人家族のうちのお母さんが振り向いて、「今日は敬老の日ですよ」と教えてくれた。

あー、そういうこと。これはフリーランスあるあるだ。祝日など念頭にない暮らしをしているから、祝日を忘れることが多い。

敬老の日だってさ、とアホのイナバに言った。

「え! 慶応の日ですか。じゃあ、ここにいるのはみな慶応関係の人たちなんですか。僕、慶応じゃないから入れないんですか」

前の3人家族が、振り返ってイナバ君の顔を見た。

すみませんねえ、今年47歳のこの男は、アホですが、とてもピュアでいい男なんですよ。

 

そうだ、イナバ君、ムーンウォークをしてみようか。

「はい」と素直にイナバ君が動いた。狭い空間での8の字を描くような完璧なムーンウォーク。最後に「ポー」までやりましたよ。

前の家族3人と後ろでお待ちの人たちから拍手喝采を受けた。スターだね、イナバ君。

ちなみに、イナバ君は奥さんから「ビリー君」と呼ばれていた。それは、付き合い始めたころ、イナバ君がマイケルジャクソンの「ビリージーン」の踊りを完全コピーしたのが、きっかけである。

イナバ君のいいところ3つ。

心が綺麗なところ。私の息子と同じで、人の悪口は絶対に言わない。

2つ目。ダンスが上手なところ。

3つ目。絵が超人的に上手なところ。

この3つさえ揃っていれば、アホなんか関係ない。というより、イナバ君がアホでなければ、私とは友だちになってくれなかっただろう。

イナバ君が、アホでよかった。

 

幸いにも10分も待たずに席に案内された。窓際の席だった。ラッキー。

打ち合わせの前に、まずはメシ、ということで、イナバ君はとんこつラーメン、わたしはお馴染みW餃子と生ビールを頼んだ。

外の景色を見た。午前中は激しく雨が降っていたが、今はやんでいた。日も差してきた。

日が差してきた、と私は言った。

すると、イナバ君は、こう返してきた。

「日傘は僕はささないですね。最近男の人でもたまに見かけますけど、僕はささないです」

日が差してきた、がアホの脳内では、日傘してきた? に変換される。さすが天才は違う。

 

昼メシを食いながらのお話。

「Mさん、ヤフーのコメント欄とか見ます?」とアホのイナバが聞いた。

イナバ君、それは「ヤフー」ではなく「ヤホー」だよ。いつも俺が言っているではないか。

「ああ、でも奥さんは、僕がヤホーって言うと『違うよ、それヤフーだよ』って訂正するんですよね。どっちが正しいんでしょうか」

それはね、楽しい記事のときは「ヤホー」で、面白くない記事のときが「ヤフー」ってことだよ。

とんこつの麺を一気にすすったイナバ君は、口の中を麺だらけにして嬉しそうに「あー、そういうことですかぁ、納得しました」と言いながらむせた。

ピュアだね、イナバ君。

 

「僕の同業者が、たまたまヤホー? ヤフー?のコメント欄に、コメントしたんです。すると、2日間で、40以上の過激なコメントが寄せられて、慌てて削除したんですよ。怖いので、アカウントも削除したそうです。もうノイローゼになりそうだって、その人は言ってました」

イナバ君、よくノイローゼなどという難しい言葉を知っていたね。進歩したのかな。

俺は、ヤホーのコメント欄は、かなり前から非表示にしているんだ。あれは異次元の世界だから俺には現実感がない。あの欄は「ヤホーコメント国」という特殊な世界なんだよ。あの国が理解できる人だけが利用すればいいと思う。俺は、その国の人ではないから、立ち入らないようにしているんだ。

「Mさん、異次元って次元が違うって意味ですよね。つまり、2次元とか4次元? ってことですか。まるでアニメか映画みたいですね」

そうだね。そういうことにしておこうか。

 

「ところで、ウチの奥さんの友だちが、首都高で『あぶり運転』を受けたんですって」

あぶり運転? バーナーで攻撃されたのか。ニュースでは、やってなかったけど。

「いや、バーナーは危険でしょう。だから、あぶり運転ですよ」

あぶるんだよね。バーナーが必要だよね。

「いや、バーナーなんか使ったら、燃えちゃうじゃないですか。犯罪ですよ」

もちろん、あおり運転は、犯罪だよ。あぶったら、もっとすごい犯罪になると思うけど。

「そうですよね。『あぶり』は怖いですよね。僕も気をつけます」

うん、あぶられないようにね。特に、メルセデスの場合は大損害だから。

 

「最近、アリモリマスミちゃんテレビに出ないですね。僕、好きなんですけどね」

有村架純ね。

CMとかには、出ているんじゃないかな。女優さんは、テレビだけが活躍の場じゃないからね。

「でも、僕はテレビドラマのアリモリマスミちゃんを見たいんですよね。ウチの奥さんもアリモリマスミちゃんのファンなんですよ。残念がってました」

奥さんは、そのアリモリマスミを認めているのか。有村架純だと訂正しないのか。もう諦めているのか。

「アリモリマスミちゃんのドラマ、早く見たいですよ」

有村架純ね。

 

打ち合わせが終わった帰り道。

イナバ君がメルセデスをとめた駐車場まで並んで歩いていった。

途中にロイヤルホストがあった。

その看板を見たイナバ君が言った。

「そういえば最近『ロイアルポスト』に行ってないですねえ。あそこのハンバーグは美味しいですよねえ。ねえ、Mさん、知ってました? ハンバーグって、ドイツのハンブルグが由来なんですって」

おお、進歩したねえ、イナバ君、俺は嬉しいよ。

「アメリカでは、ハンブルグがハンバーグになるんですね。言葉って面白いなあ」

ところで、イナバ君、知っているかい? アメリカでは、ハンバーグと言っても料理だとは思わないんだ。

「え? 嘘ですよね」

君も言ったように、ハンバーグというとハンブルグという地名になってしまうんだ。アメリカ人に「ハンバーグ」というとドイツの「ハンブルグ」しか出てこないんだな。料理がイメージできないんだ。

「でも、ハンバーガーはあるんですよね」

そう。ハンバーガーとなると「ハンブルグ」とは別物だからね。だから、ハンバーガーは、彼らにとって明確に認識できるんだよ。

「アメリカには、ハンバーグはないってこと?」

料理自体はあると思うけど、アメリカ料理ではないんだな。アメリカ人は、ハンバーグを見たら、ミートローフって言うらしい。

ミートローフは、厳密に言うとハンバーグとは違うんだけど、アメリカ人には、その方がイメージしやすいんだろうね。

「ミートソース?」

だいぶ違うね。ミートローフ。

「ミートロース?」

ああ、だいぶ近ずいてきた。

「ミートローク?」

ミッキー・ロークみたいだな。

「何ですか、ミッキー・ロークって」(そこは普通に聞こえるのかい)

君はミッキー・ロークを知らんのか。ミッキーマウスのお父さんじゃないか。

「ああ、お父さんでしたか。僕、ディズニー好きですけど知らなかったです。帰ったら、奥さんに聞いてみます。彼女もディズニーが好きですから」

そうだね。ぜひ、聞いてみてほしいな。

 

アホがメルセデスで帰っていった。

 

その日の夜、9時過ぎにイナバ君の奥さんからLINEが来た。

「お世話になります。お久しぶりです。

ミッキーローク、懐かしいですね。いい俳優さんです。

ビリー君には、ミッキーロークは、ミッキーマウスのお父さんということにしておきました。

また、混乱するので、我が家でも「ヤホー」で通すことにしました。そちらの方が楽しそうですし。

これからもビリー君をよろしくお願いします(すみっコぐらしの動くスタンプ)」

 

よかったね、イナバ君。理解のある奥さんがいて。

 

 

 

今日は、大食いのミーちゃんの結婚式。

朝の8時に国立を出て、新幹線で金沢に行く。家族4人だ。

 

今の「ミーちゃんロス」を思うと、私はミーちゃんの父親だったと錯覚してもおかしくはない、と最近思うようになった。

 

・・・と、ここまでキーボードをカチャカチャしていたら、目と鼻から大量の水が流れ出てきた。画面もかすんでるし。

 

もう、無理!

 

 

気を取り直して、これから、たくさんの思い出を背負いながら、ミーちゃんに会いに行きます(as tears go by)。

 

コメント (2)

いきなり

2019-09-15 05:55:01 | オヤジの日記

はじめに、台風15号で被災された方、停電で難儀をされている方たち、私には物資を送ることしかできません。くれぐれも健康にはお気をつけください。命を守ってください。

 

 

さて、今回も前回に続いて、韓国のお話を。

私の娘は、KPOPや韓国文化が好きということもあって、韓国にはよく行く。

だが、娘は盲目的な韓国びいきではない。韓流ドラマや映画には、ときめかない。そして、すべての韓国人がそうというわけではないが、話をしているとき、突然態度が豹変して大声でまくし立てる人が少なからずいるのが理解できない。店員の態度もあまり良くない。そこは、好きではない。そして、絶えずケンカ腰の韓国政府のことも好きではない。論理的でない記事をバラまくメデイアも好きではない。

では、なぜ韓国に何度も足を運び、留学までしたのか。

「韓国料理はうまい。もちろん、日本料理も美味いけど、種類が多すぎて疲れちゃうんだよな。その点、韓国料理は単純明快。味もデザインもわかりやすくていい。ボクは、おまえと同じでグルメじゃないから、凝った料理は敬遠しちゃうんだよね。単純に焼いたり煮たり茹でたりして香りがいい料理がボクは好きだ」

「距離が近いから、一番近い外国っていう感じで行きやすいしね」

「街も活気があって好きだな」

「それに、あとは化粧品だな。質は日本製の方が絶対にいい。でも高いんだ。韓国製は質は少し落ちるけど、とにかく安い。種類も多い。それを目当てに行っているようなもんだな。今回も買い込んだぜー。満足したぜー。ワイルドだろー」

「そういえば、男物の化粧品も豊富なんだぜ。今度買ってこようか」

 

私が、これ以上美しくなって、どうするというのだ。

新宿2丁目でしか需要がないではないか。源氏名は「スケルトン・ビューティ」か。でもダメだ、俺は歌えない踊れないガイコツだ。ノーエンターテイメントだ。美しいだけでは、ダメだろう。

そもそも私は、自分を飾ることに、まったく興味がない。アイシャドウもチークもルージュも子どものころから使ったことがない。

整髪料も使ったことはないし、髭剃り後のローションも塗りたくったことがない。

シャンプーやリンスの類いも使わない。ガキのころから、頭を洗うのは石鹸だけだ。石鹸1個で全身を洗う。そして、呆れるほどの量のシャワーで、全身を洗い流すのだ。そのあと、ワンちゃんのように高速で頭を振って乾かす。タオルドライとかドライヤーなどというものは使わない。自然乾燥だ。乾いたら一度だけ櫛を入れる。

そんな雑なことをしているから、40歳を過ぎてから白髪が増えだし、今では「シラガオヤジ」という称号をいただくまでになった。8割がグレーヘアーでございます。

でも、ハゲてないもんね。それは、石鹸のおかげかもしれない。何の根拠もないが(ちなみに石鹸はなんでもいい)。

あとは、洋服にも興味がない。子どものころから、母が買ってきたものを文句を言わずに着ていた。こういう服が着たいなどという大それたことは言わない。内面が綺麗なら何を着ても美しいはずだ(嫌なガキだ)。

結婚してからは、朝ヨメが用意したものを着て、会社に行った。今もそれは続いていた。たまに娘が用意したものを着ることがある。私のセンスより、ヨメや娘のセンスがはるかに上なのはわかり切ったことだ。

 

「なんか、話が脱線しておらんか」と娘がハンドルを正常に戻した。

 

戻った。

KPOPは今、世界的に認知された文化となった。これは、凄いことだ。KPOPのどこが世界の人々の心を打ったのか、それは娘にも私にもわからない。

そこで、私はいい加減な仮説を立ててみた。

「いきなり始まって、いきなり終わる」

何年か前から、売れているKPOPの曲は、いきなり始まって、いきなり終わることが多い。前奏も間奏も終奏もなく、いきなり始まっていきなり終わる。

同じ歌詞を何度も繰り返し、同じメロディ、リズムで突っ走って、ストンと終わるのだ。

たとえば、アメリカンポップス、ヒップホップやラテン系の歌にも、その傾向はある。つまり、それは今の世界の流れの1つなのかもしれない。

軽快でわかりやすい歌と統制されたダンス。そのリズムとダンスを間奏で途切れさせないために、KPOPはいきなり始まって、いきなり終わるのではないか。

それが心地よくて、世界の人たちはKPOPを認めた。

「こじつけに聞こえなくもない」と辛口の娘。

 

万延元年に生まれた古い人間の私は、曲にはドラマがあったほうがいいと思う派だ。

たとえば、イーグルスの名曲「ホテルカリフォルニア」。

叙情的なアコースティックギターのアルペジオから曲は始まる。そのあと、アコースティックギターの長いソロからエレキギターとドラムスが叙情を盛り上げるように、控えめにかぶさる。そして、ドン・ヘンリーの甘いボーカルが入る。切実な表現で歌い上げた余韻に浸る間もなく、ギターが終奏を奏で始める。ツインギターだ。哀愁をたたえた2つのギターが長く絡み合いながら、フェイドアウトして終わる。とても美しい歌だ。

エリック・クラプトンの「レイラ」。

クラプトンのストラトキャスターが強烈なリフを奏でる。そして、狂おしいほどのクラプトンのシャウト。ストラトキャスターとシャウトが渦を巻くようにして、愛する人への思いをぶつけるのだ。そして、ぶつけたあとはフェイドアウトしてピアノソロに入る。ソロではうって変わって、流麗な落ち着いたメロディーになる。高まった感情を冷ますように、ピアノは同じメロディを奏でて終わる。構成力がすごい曲だ。

クラプトンは、このとき恋をしていた。相手は、友人の奥さんだった。その友人は、世界的に有名な人だった。クラプトンは、どうしても堪えられぬ思いを歌に託したのだ。

 

娘が、ハンドルをクィッ。

 

戻った。

このあとも韓国話が続く。

私の友だちにもご両親が韓国人の男がいた。彼は子どもの頃に日本国籍を取得して日本人になった。

大学時代は、誰がどう探ったのか、彼の素性を吹聴するやつがいた。窮屈な大学生活を送ったが、卒業後中堅の旅行会社に就職することができた。

これは、今から10年以上前の話だ。彼は、30年ぶりに韓国を訪問した。父母は健在だった。彼の父母は長らく日本で暮らし日本国籍を取得していたが、訳あって韓国に帰国して定住した。父母に会うのは20年ぶりだった。彼の結婚式に父母が韓国から来て以来の再会だった。

80を過ぎた父母は、1人で歩けたし、言葉もはっきりしていた。

だが、そこで彼は驚いた。父母が慣れ親しんだ日本語を全く話さなかったからだ。そのとき父母は韓国語だけで彼に話しかけ、日本の悪口しか言わなかった。新聞を取り出して、大声で日本に関する記事を読み、日本を罵倒した。

以前は、そんなことはなかった。節度のある父母だった。政治的な発言も聞いたことはなかった。穏やかな誰にも誇れる父母だった。

 

その場には、彼の奥さんもいた。奥さんは韓国語が話せないから、言われている内容はわからない。だが、日本に対して怒っているのはわかる。ショックだったそうだ。

スーパーに買い物に行ったとき、夫妻が日本語を話しているのを聞いて、2人の中年の女が、道を塞いだ。

「ここには、日本人に売るものなんてないよ!帰んな!」となんの前触れもなく「いきなり」罵られたという。

父母の家に帰ったら、大勢のご近所の老若男女が来て彼らを待っていた。そして、「いきなり」怒られた。大勢で早口で怒るものだから、韓国語から遠ざかっていた彼には、よく理解できなかったが、相当憤慨していることはわかった。

それに対して、スーパーの出来事があったせいか、彼は「いきなり」キレた。100キロの巨漢がテーブルをドン! と叩いた。そのあと、みんなの顔を1人ずつ睨み回した。周りが静かになった。皆さんおずおずと帰っていった。打たれ弱い人たちのようだ。

彼の父母もそのあと日本の悪口はやめた。

「俺は生まれも育ちも日本で日本国籍だが、父母は韓国人だ。そんな俺がなんで日本を代表して怒られなきゃならないんだ。理不尽だろうが。とは言っても、そんな仕打ちを受けても俺は韓国のことが嫌いになれないんだよな。血ってやつかな」

 

帰国して、日本の整然とした街並みと穏やかに暮らす日本人の姿を見たとき、「暮らすのはやっぱり日本だな」と彼は思ったという。

 

だが、そのとき、彼に別の「いきなり」の悲劇が襲いかかってきたのである。彼の人生最悪の「いきなり」だった。

彼の大学1年の娘が「いきなり」結婚すると言い出したのだ。

その「いきなり」には、私も衝撃を受けた。

そのショックで私は、いきなりいなり寿司を立て続けに6個食ったほどだ。

 

 

その「いきなり娘」は、つい最近3人目の子供を産んだ。

 

その出産は、「いきなり」ではなかった。

 

コメント