女優の北川景子さん(29)が先日、歌手でタレントのDAIGOさんとの結婚を発表しました。幸せに包まれた会見。しかし彼女は「一生の罪悪感」を背負っているといいます。
神戸市内に住んでいた小学2年のときでした。あの日、煙火の中を弟と必死に逃げました。迫る炎、瓦礫(がれき)の下から「助けて」と叫ぶ人たち。友だちの半分近くを亡くしながら生き残った自分。「生かされた意味」を考え続けてきたと。
あれから21年。1月17日のブログには「犠牲者の皆様へ鎮魂の意を胸に 決して忘れず、伝えて行けますように」とつづりました。大切な人を失った悲しみ、生きていく苦しみ。いくら歳月が流れても消えることはないでしょう。
今年の東遊園地の追悼のつどいでは竹の灯籠に「未来」の文字が添えられました。神戸を歩けば様変わりした街並みが目に入ります。しかし、いまなお多くの被災者は生きるためのたたかいを余儀なくされています。
「市の職員が毎日3人でやってきて『転居せんとあかん』といわれて」。県や市が民間から借り上げた公営の復興住宅。20年の期限があるからと退去を迫られている入居者たちが恐怖や怒りを本紙に話しています。被災者に心を寄せない復興の姿です。
東日本大震災の被災地でも「街は変わったが、生活は変わらない」という声が口々に。くらしの拠点さえ定まらない復興や支援。それを住民本位に変えていくことは今後にも生きるはず。被災者が、ほんとうに未来へ踏み出していけるためにも。しんぶん「赤旗」潮流より
神戸に友人がおり、安否確認ができたときの心を例える言葉、言葉は無くなりました。
友人は宗教へ心を預けたようです。
力になれない私も言葉を無くしました。