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江北高校定時制を守ってほしい

2016-05-24 23:10:45 | 教育・子ども

早乙女勝元さんが思いを語る

昭和21年4月、国民学校高等科を卒業した私は、ささやかながら家の暮らしを支えるべく、働きながら学ぶため旧制都立第7中学校(現都立墨田川高校)の夜間部に入り、仕事は鐘紡付属の東京理化学研究所に勤務しました。
 その頃、7中(現墨田川高校)は、全焼してしまったため、戦災を免れた近くの小学校を間借りして授業をやっていました。教室の窓ガラスは当時、夜中に盗まれてしまって、北風が吹いて寒くて授業にならないのでベニヤ板を張るのですが、すると昼間の生徒たちが、暗いのでベニヤを取っ払う──その繰り返しでした。
 その当時の夜学の授業は、午後4時半に開始されて、8時半に終了するというものでした。
 4時半からというのは、電力事情が悪くて、停電してしまうので明るい時間からはじめないと時間が間に合わないからだったのです。停電するとカーバイトランプを教室に3つくらい置いて明かりをとっていました。
 生徒には、終戦直後で、戦地から復員してきた人も多くいて、戦後の大混乱期ですから、親や家族を失ったり、いろんな困難や複雑な事情をみんな抱えていた人たちです。「学びたい」と思った人はたくさんいただろうけど、食べていくこと、働くことが優先でしたから、学校に入れた人はわずかです。「学びたいなら夜間」というのが当たり前のようになっていました。

 職場は4時に退社していいことになっていましたが、それでも電車に乗っていったのでは遅刻になるため、毎日鐘ヶ淵駅から学校まで、墨田川沿いに全速力で走って通学していました。
 学校に着くとちょうど始業のチャイムが鳴り、しばらくは動悸が続いて、それが落ち着くと今度は眠気に襲われます。そのころの私にとっては、「学ぶ」ということは、睡魔との闘いでした。当時、ノートに書いた詩です。

だめだ! おまえが眠ってしまったとしたらおまえ一人の怠けではすまされない
おまえは おまえは一人ではない
おまえの両肩に
学びたくても学べずに去った 多くの友がいる
おまえが いま、その本を放り出して
安眠をむさぼれば
おまえをとりまく社会も眠る
それが おまえにできるか?
できるわけがない
おまえが おまえが一人ではない以上

今の時代は、高校に行くのは当たり前のようになっています。しかし、中には、様々な事情を抱えて全日制に行けない人たちもいます。定時制高校は、そういう人たちを迎え入れる砦のような存在です。
 学ぶということは、「未知なる扉」を開くことができるということだと思います。扉を開いた向こうにまた扉がある。扉を開いた感動が次の扉を開こうという気持ちを起こさせる。完璧に全部のことがわかるわけではありませんが、その一つひとつの積み重ねで人は自信や勇気が持て、成長し、社会も発展していくのだと思います。


映画「男はつらいよ」第26作 舞台となった江北高校定時制

山田洋次監督の「男はつらいよ」第26作「寅次郎かもめ歌」では、江北高校定時制が舞台となりました。伊藤蘭さんが、北海道から上京して定時制高校で働きながら学ぶ生徒の役を演じました。
また、映画では「学ぶことの意味」についても「人間、長い間生きてりゃいろんな事にぶつかるだろう。そんな時、俺みてえに勉強してないヤツは、その時の気分で決めるよりしょうがない。ところが、勉強したヤツは自分の頭できちんと筋道を立てて、〝はて、こういう時はどうしたらいいかな?″と考える事が出来るんだ。だからみんな学校へ行くんじゃないか」などと何度も語るシーンが出てきます。
山田洋次監督は、定時制高校廃止に反対する声明に賛同しています。

その学ぶ権利と機会を誰にも保障するために、定時制高校をなくさずに守ってほしいと思います。
早乙女勝元(西伊興在住)


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