”預見?...遇見。”by Vincy
香港製の冬景色系とでも言うしかないポップスの形態というのは、あれはなんなんだろうなあと以前から不思議でならないのだが。あるんだよね、昨今の香港の歌手が発表する、冬景色が目の前に広がるようなスタイルのポップスが。
これは以前、この場で取り上げたことがあったが、キリッと澄んだ叙情が味わえるジェイド・クワンの”shine”や”New Bigining”といったクリスマス福音系ポップスまで、探してみれば、続々と見つかるのであって。新しい時代の人気者、Vincyが一昨年出したこの盤も、そんな感じの音楽が収められています。
窓の外を見ればまばゆい星空の下に広がる雪景色。厚いコートを羽織り外に出る。一人行く冬景色の中を。凍えた掌にそっと息を吹きかけてみる、静けさの中。
なんて感じで、自らの心の内を研ぎ澄ました冬の情景表現に託して繊細に歌いあげる、そんな感じの内省的な感触のポップス。
だけどねえ。そんな歌が歌われている場所が、香港ですからね。沖縄よりも、台湾よりも南の地。そのクソ熱く湿気の多い土地柄で、なんでこんなありもしない冬の表情を持った歌たちが生まれてくるのだろう。
せまくるしい土地に高層ビルがいくつもおっ立ち、かしましい中華民族の日常が展開されている、そんな日常の中から、シンと静まった温度も湿度も低いほの暗い部屋の中、繊細極まる魂がそっとピアノの鍵盤を押して出来上がった、みたいな音楽がやって来る不思議。
ここで、”返還”直前の、不思議な焦燥感と終末感に身悶えるような切迫感を持って時代を歌っていた、”あの頃”の香港ポップスに今だ思い入れのある私などは、やはり関連付けて想像を繰り広げてしまうのですね。
借り物の夢の時間は終わり、だが世界は終わるわけでもなく、違う日常がやって来る。過酷な現実に浸食されてゆく時間が。
そんな時間の中で、ある種の人々の傷つきやすい魂は別の世界の夢を見る。来るはずのない冬の中で凍りついた世界を。そこでは時が流れることもなく、現実世界からの夾雑物は降り次ぐ雪の中に埋もれ、見えなくなってしまう。
それはもちろん、かりそめの夢でしかないのだが。だからなおのこと、幻想は深い悲しみの色をおび、鋭利に研ぎ澄まされて行く。
さて香港、明日の天気は?