ワールドミュージック町十三番地

上海、香港、マカオと流れ、明日はチェニスかモロッコか。港々の歌謡曲をたずねる旅でございます。

海の泡と少女

2011-07-28 03:20:32 | 南アメリカ

 ”Vagamente”by Wanda Sa

 若き日、ボサノバという音楽が大嫌いだった一時期がある。なにやら気取り済ましてコツコツとドラムをリムショットしてみたりして、お前ら、そんな貧血音楽の何が楽しい。
 そんなボサノバへの不快感をひっぱがしてくれたのは、著名なブラジルの作曲家であり、ご存知、”イパネマの娘”をはじめとして、ボサノバを象徴するような有名曲をいくつもものにしている、アントニオ・カルロス・ジョビンだった。

 彼は、ボサノバを”ブラジルのジャズ”とか”ブラジル人がジャズの影響を受けて生み出した音楽”とか訳知り顔で人が言っている事実に対し、昂然と言い放ったのだ。
 「ボサノバはジャズの影響など受けていない。それはリオの海岸に打ち寄せる波の間から生まれたものだ。海のリズムは、ジャズの歴史などよりずっと古い」と。
 その論理が正しいかどうかなんてどうでもいい、ジョビンの反骨精神が気持ちが良かった。そうか、こういう奴が作った音楽なら、聴く意味があるのかもしれない。

 そう心を入れ替えて聴いてみたボサノバ。試し聴きする事、しばし。いつしかその洗練の底に潜む、ある種の深い悪意に気がつき、うわあ、こいつは罪深い音楽だな、と呆れた。なるほどこいつは一筋縄では行かない代物だ。
 何に対するどんな悪意かって?書けるもんか、そんなヤバいこと。

 そんな次第でこのアルバム。はじめて見た時、良いジャケだなあと思ったものだ。といってもデザイン的に優れているとか言うより、その風景の中に入っていってしまいたい、そんな風に感じた。明るい砂浜に女の子が一人、ギターをぶら下げて歩いている。彼女の着ている服の明るい色調と、空と海の青さが気持ちよく調和している。
 まさにイパネマの出身の少女、当時は音楽仲間のアイドルみたいな存在だったらしい Wanda Saは、ボサノバの最盛期である1964年、ハタチそこそこで、このデビュー・アルバムを吹き込む。

 そのハスキー・ボイスとちょっと癖のある音程のとり方、ビブラートをかけないクールな歌唱が心地よい。こんな表現、まだ若い彼女はどうやって生み出したのだろう。いや、若いからこそ至れる境地、というものもあるだろう。
 可憐な少女の清冽さと、大人の女のけだるさが不思議な交錯を見せる、その不思議さ。
 ほんのいくつかの楽器が鳴っているだけ。スカスカのサウンド構成が、Wanda Saの放り出すようなボーカル・スタイルとうまく呼応しあい、逆にアートっぽくてかっこいいのだった。

 彼女のアルバムは、実はこの一枚しか持っていない。これで十分、というかほかのを聴いて、もしつまらなかったりして幻滅するのを恐れているのだった。なんか、ここで聴かれるすばらしさって、これ一回きりって気もするんで。





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