ワールドミュージック町十三番地

上海、香港、マカオと流れ、明日はチェニスかモロッコか。港々の歌謡曲をたずねる旅でございます。

ナポリの長老、歌う

2010-07-06 01:47:34 | ヨーロッパ
 ”L'Italia è Bbella”by Roberto Murolo

 Roberto Murolo(1912年生)に関しては、”ナポリ民謡の収集と保存と研究に力を尽くした功労者”とでも紹介すればいいのだろうか。彼の編んだナポリ民謡の膨大な録音集など、相当に興味深いものがある。もっとも、膨大過ぎてどこから手を出して良いのか分からず、実は未だにきちんと聴いてはいないのだが。というか、購入する予算がひねり出せない。
 自身も歌手として、あるいは作詞作曲家としても活躍をしていて、面白いところではコメディアンの”ひろし”がネタのバックに流しているカンツォーネ、”ガラスの部屋”の歌詞がRoberto Muroloの作品だったりする。そんな俗な所もあって、ますます面白かったりするのだが。

 彼の音楽家としてのキャリアで非常に面白いのは、人生も最晩年に入った80歳代になってから、ナポリ音楽界の大物ミュージシャン(とはいえ、その年齢のRoberto Muroloにしてみれば孫みたいな連中なのだろうが)を集めて、ナポリ音楽への新しいアプローチを盛んに行なったことだろう。

 もともとRoberto Muroloはギターの弾き語りでしみじみと古いナポリの歌を歌い上げる地味な芸風の人だったのだが、そんな彼がロックの音など大胆に取り入れたアルバムを、平均余命をそろそろ越えようかと言う年代になってから何枚も製作した、これは相当に珍しいケースと言えるだろう。なぜそんな事をいい年して(失礼!)始めたのかと問えば、イタリア人らしく「若い恋人が出来たから」とか言ってくれたのかも知れないが、今のところは特にコメントも発見できず、よく分からない。

 ここに挙げたアルバムは、タイトル”美しきイタリア”となるのだろうか、この前年、彼の80歳を祝って作られたアルバムの成功を受けて作られた作品で、完全にロック感覚の発揮された音作りとなっている。どうやらこのあたりをきっかけに、”老Muroloの音楽冒険の旅”が始まっているようだ。
 80歳とはいってもさすがは地中海の太陽パワーを受けて育った南イタリア人らしく、かくしゃくとした歌声を聴かせてくれる。まあ、めんどくさいところはゲスト参加している歌手たち、つまり”若い衆”にまかせて自分はおいしいところだけ持って行く、悠々たる姿勢を見せているが、ここまで来るとそれも貫禄、逆に恐れ入るよりない。朗々たる歌心と深々と響くナポリの歴史のエコーがたまらない魅力となっており、なかなかの聴き応えだ。

 彼が80歳代に作った何枚かのアルバムを、私と同じくナポリ音楽に興味を持つ友人と聴きながら、「このぶんで行くと90歳記念のアルバムなんてのも出るのかも知れないなあ」などと冗談で言っていたのだが、そのうち本当に90歳を祝うアルバムが発表され、それの日本盤までも出てしまったのには驚いた。さらにそれを聴き、ただ出ただけではない、きちんと出来の良い民謡アルバムとなっているのには、ますます驚かされたが。
 これは、100歳記念のアルバムもありうるかも、などと噂していたのだが、さすがのMurolo翁も、その翌年、ナポリの空に召されたのだった。