ワールドミュージック町十三番地

上海、香港、マカオと流れ、明日はチェニスかモロッコか。港々の歌謡曲をたずねる旅でございます。

ナポリの歌

2010-07-07 04:50:19 | ヨーロッパ
 "La Chanson Napolitaine" by Roberto Murolo

 と言うわけで前回に続いてナポリ民謡の守護聖人Roberto Muroloについて。
 私などの場合はこの人を、「それまでギター片手に地味に歌い継いで来たナポリ民謡を、80歳過ぎてから突然、カラフルなサウンドを取り入れて歌い始めた不思議な爺さん」という興味の持ち方で聴き始めたのだが、他の人たちはどうだろう?はい、正解です、我が国ではRoberto Muroloとか聴いていた人はいません。だーれが今どき、ナポリ民謡なんか好き好んで聴くもんかよ。
 とか、ヤケを起こしていても仕方がないんであって。では、若い頃のRoberto Muroloは、どんな具合の歌を歌ってきたのか。

 Roberto Muroloはどうも長年に渡って採取して来た伝承歌の数々を次々にレコーディングして来たようで、CD何枚組みかによる作品集の形で大量に存在しているようだ。それが具体的にどんなものなのか、詳しいディスコグラフィも見たことはない。
 だが、ここに上手い具合に我が国のライスレコードというところが出してくれた2枚組のCDがある。Roberto Muroloが1930年代から50年代にかけて行なったレコーディングからの抜粋のようだ。
 これを聴いてみると、ナポリ民謡と言う言葉から想像される高々と歌い上げるきらびやかなテノール、などと言うものとはまるで違う世界が展開されていて興味深い。そのほとんどがギターの弾き語り、あるいはもう一本ギターが伴奏に加わっただけのシンプルな姿で、静かに語りかけるようなRoberto Muroloの歌声が聴ける。

 これは、若き日にはジャズ・コーラスのミルス・ブラザースの影響を受けたコーラスグループを結成などしていたという彼のキャリアから来ている部分も多いのだろうが、このスタイルのおかげで、Roberto Muroloの歌が内包する、ナポリの住民の喜怒哀楽がずいぶんと見近かに感じられてくるのだ。
 それこそ、張りのあるテノールで朗々と歌い上げたら凄い出来になるんじゃないかと思われるメロディも、Roberto Muroloは名も無き庶民の淡い人生の哀歓にかかわる独り言として提示する。ギターの素朴な爪弾きだけをお供のさりげない歌声は、夕餉の匂いの漂うナポリの下町をひとしきり漂い、消えて行くのだった。