ワールドミュージック町十三番地

上海、香港、マカオと流れ、明日はチェニスかモロッコか。港々の歌謡曲をたずねる旅でございます。

ハァ~あの日カリブで眺めた月も~♪

2010-05-05 02:13:52 | 南アメリカ

 ”Bahamian Ballads ・The Songs Of Andre Toussaint”

 ジャズ・ギタリストが使うような分厚いフル・アコースティックのギターを抱えてゲハハと豪快に笑っているジャケ写真が良い。
 アンドレ・トゥーサンはカリブ海のハイチに生まれ、バハマで育った人である。生年は分らず。歌手を志し、地元のホテル所属のクラブにいわゆる”ハコ”で入りギター片手に歌ううち、1950年から60年にかけて起こった、バハマにおけるナイトクラブのブーム(観光ブームの副産物のようなものか?)に乗って人気者となる。81年死去。と、そっけない経歴しか手元にはないが、その芸風はなかなかに嬉しくなる人なのだった。

 ギター弾き語りのミュージシャン、と呼ぶよりエンターティナーと呼ぶほうが納得できるような気がする。とりあえずジャンル分けで言えばカリプソ歌手なのだろうが、そいつがメインの歌手たちのように濃厚なピコンを効かせたどぎつい歌い方はしない。元々の美声を生かした自然な歌いくち。しかも、手元にあるアルバムを見る限り、レパートリーにはカリプソ以外の音楽のほうが明らかに多いのである。
 セシボン。パーフィディア。ククルクク・パロマ。チャオチャオ・バンビーナ。なんの脈絡もなし。要するに当時流行ったラテン系のヒット曲はすべて手を出している、と考えていいくらいのノリである。ハイチ生まれでフランス語はお手のもの、というのも大きいのだろう。その他、イタリア語の歌詞が、スペイン語の歌詞が、ホイホイと飛び出す。

 しかもそいつを実に楽しげに歌っているのである、カラオケ屋でマイクを放さない困ったオヤジの如くに。またその歌声が、CDの解説文にナット・キング・コールを引き合いに出しているが、いわゆるクルーナーボイスの伝統に連なると言いたいソフトな美声なのである。そいつで朗々と歌い上げる、ヒット曲の数々。
 そのギターの腕前がまた、相当に聴かせるのである。大別すればチェット・アトキンスのようなカントリーっぽいタッチのフィンガー・ピッキングで、タカタカとベース音を打ち出しつつ、カリカリとメロディを弾きコードをかき鳴らす。ホテルのクラブの実践で鍛えた”一人オーケストラ”のテクニックなんだろうけど、涼しい顔でこれを弾きこなしてしまうあたりも相当な芸人ぶりだ。

 各種文化の交錯するカリブ世界に生まれ、ハイチからバハマへと渡り歩いて生きて来た。その生き様も確かにトゥーサンのユニークな個性を形成する大きな要因だった、それはそうなんだろうけど・・・
 何だか私、彼のCDを繰り返し聴いているうちに、彼が故・三波春夫先生に見えてきちゃったのね。どんなものであろうと、それが大衆の支持を受けているものなら大きな心で受け入れ、時下薬籠中のものとしてしまい、朗々と賛歌を奏でてしまう。
 こういう”音頭系”の福々しい音楽観のミュージシャンもいるんだなあ、とここは素直に脱帽しておきたい。「複雑に積み重なるカリブの文化に翻弄された感性」、なんて理解するには明る過ぎる個性だものね。