ワールドミュージック町十三番地

上海、香港、マカオと流れ、明日はチェニスかモロッコか。港々の歌謡曲をたずねる旅でございます。

サーフボードとユッケジャン

2010-05-04 00:22:50 | アジア

 ”BEST-1&2”by 김현식(キム・ヒョンシク)

 先月の中頃に、夭折した韓国のバラードシンガー、キム・ヒョンシクの話を書いた。
 今日、隆盛を誇る韓国R&Bの先駈けとなる作品を世に送り出しながら、その性格の弱さからまずドラッグ、その次は酒に耽溺した。そしてついには、30歳を越えたばかりの若い命を大量の飲酒による肝臓障害で散らしてしまったシンガー・ソングライター。亡くなって、もう20年になるわけだが。
 そんな彼の死の直後にリリースされた、まるで自分の死期を悟っていたかのような鬼気迫る絶唱を聴かせる「俺の愛、俺のそばに」は忘れられない作品となっていたのだが、今回、そんなキム・ヒョンシクの2枚組のベストアルバムが手に入った。これで、これまで伝説ばかりが耳に入ってきていた彼のミュージシャンとしての全体像を見渡せるわけだ。

 ジャケ写真には、もう秋風が立ってしまって訪れる人もいない海岸があり、そこにポツンと一人立つ人影。空にドでかくキム・ヒョンシクの武骨な顔がトリミングされているが、これはちょっとくどい演出と言えるだろう。人気のない海岸と逝ってしまったヒョンシクを偲ぶかのように立ち尽くす人影、これで十分。などといちいち文句をつけるのもくどさではいい勝負だろうが。

 さっそく聴いてみる。やっぱり凄いのはそのガラガラに割れた声だ。黒人ぽいとかいうんではなく、この木枯しに吹きさらしにされて甘い涙は乾き切ってしまった、みたいな実もフタもない響きは、やはり韓国人ならではの剛直な感情の表出というべきだろう。
 その一方、ヒョンシクの書くメロディと作り出すサウンドは、黒人音楽の影響を大いに受けたミディアム・テンポやスローバラードの都会調ポップス、という形を取りながら、失われた恋の思い出を甘く切なく歌い上げる。季節で言えば夏の終わり、秋のはじめ。埋めようのない心の隙間を、うそ寒い風が吹き抜ける頃。
 もし彼が早死にしなかったら、ひょっとしてサザンの桑田の韓国版たりえたのではないかとも思えてくる。

 考えてみれば、ヒョンシクのガラガラ声というのも良いツールと言えるのかも知れない。どんなに感傷でベタベタの歌を作ろうと、その水分をすべて搾り取ってしまったようなシワガレ声で歌われれば、熱唱の割には胃にもたれるしつこさはなくなるし、サザンの桑田のような脂っこさにも無縁だ。その代りにあらかじめ失われているものもあるんだろうけど。たとえば、集中力を欠くとすべて怒号に終わる可能性、とか。
 
 (日本なら湘南サウンドと呼び名があるんだが、韓国ではその種のものをなんと呼ぶ仕組みだろう?寒風吹きすさぶ日本海のそのまた向こうの土地に住む人々は?)