ワールドミュージック町十三番地

上海、香港、マカオと流れ、明日はチェニスかモロッコか。港々の歌謡曲をたずねる旅でございます。

鳥は今、どこを飛ぶか?

2010-05-12 04:57:14 | その他の日本の音楽

 呼吸”by ビューティフルハミングバード

 このグループの歌声を初めて聴いたのは、なにかのテレビCMでだった。まるで60年代末のアメリカの女性フォークシンガーみたいな独特のクセのある発声法で歌われていたので私は、誰かその辺の歌手が公演で訪れた日本が気に入ってしまい、そのまま日本に住み、歌手活動を行なっていて、このCMソングはそんな彼女の営業の一つなのだろう、と思い込んでいた。
 後日、あれは日本のビューティフルハミングバードなるフォークグループの仕事であり、歌っているのはメンバーである普通の日本人の女性であると知り、何だか化かされたような気になったものだ。だって、日本語の発音も、何だか怪しげに聴こえたぜ。

 などという出会い方をして以来、なんだかこのグループが気になってきてしまった。まったく、何かのファンになるのは、出会い頭に見知らぬ車と交通事故を起こすのと似ている。
 ともかくそうなってはしょうがない、CDを買って来てじっくりその”ビューティフルハミングバード ”なるグループの音楽に対面する。やはり耳に付くのは、ヴォーカルの小池光子嬢の独特のボーカルである。ジョニ・ミッチェルあたりにでも傾斜をしたのだろうか。その、ユラユラと裏返りつつメロディを織りなして行く様子には独特の美学があり、このグループの魅力の勘所だろう。

 サウンドは瞑想的といっていいだろうか、物静かなアコースティックな様子で、雨上がりの日曜の朝というか、梅雨の終わりの晴れ間とか、モップをあてた後の乾きかけの渡り廊下の匂い、そんな”乾燥途上系”の爽やかさを感じさせる。
 現実からポコッとはみ出た 物静かな幻想味が漂う歌詞世界であり、よく磨かれたガラス窓の中で差し入る日差しの中のうたた寝の夢見に通ずる。

 いずれにしても、その、かってのアメリカン・フォークっぽい音楽の形式自体が、70年代のブームの頃にシンガー・ソングライターたちの音楽に夢中になっていた世代には、もう”過去のもの”と判定を下されて久しいはずの音楽である。そして歌い手の視界の前に広がっている”生まれたばかりの世界の眩さ”も、老いたる身にはトキメキようのない遠いもの。
 なのに。なのに、もう誰も来るはずのない出会いの約束の場所になど、こうして足を運んでしまうのはなぜか。そんな具合に我ながらいぶかしく思いつつ、買って来てしまったCDをふと鳴らしてみる春の夜更けだったりするのである。