ワールドミュージック町十三番地

上海、香港、マカオと流れ、明日はチェニスかモロッコか。港々の歌謡曲をたずねる旅でございます。

夕暮れのタンゴ、街角のタンゴ

2009-03-10 03:19:52 | 南アメリカ

 “Mi refugio”by Olivera & Lúquez

 ブエノスアイレスの街角だろうか。歴史ありげな都会の歩道を行く男の後姿がモノクロ写真で捉えられている。ツバ広の帽子を被った彼は、なんだかマグリットの絵画の中の人物めいて、ちょっぴりシュールな雰囲気をかもし出してもいる。
 傾いた陽が歩道に長い影を作り、都会は一日の幕引きにかかろうとしているが、男の背には道に踏み迷い、途方に暮れた者のような孤独の影が染み込んでいる。「日暮れて道遠し」なんて言葉も浮かんでくる。

 などという雰囲気のジャケ写真のアルバムである。アルバムタイトルの意味は”私の隠れ家”なんだそうだ。ジャケ写真の男は夕刻の雑踏に紛れて、彼なりに一人になれる心安らぐ秘密の場所を目指しているのだろうか。

 タンゴの本場、アルゼンチンのジャズマンがときどきタンゴにチャレンジしたアルバムを世に問う。どれも独自の境地を提示してくれて、興味深いものばかりだが、これもその一つ。アルト&テナー・サックスのマリオ・オリベーラとピアノのレオネル・ルケスのデュオ作品で、二人のコンビはこれが3作目だという。
 何しろ二つの楽器の対話のみで構成されるアルバムなので、非常に隙間の多い空間で二人の物静かな会話が交わされる、そんな感じの作品になっている。

 取り上げられているのは「タンゴ・ロマンサ」と呼ばれている、定番メニューのロマンティックな美しいメロディばかり、と言うことである。とはいっても、アルゼンチンタンゴの愛好家でなけりゃ、”お馴染みのメロディ”とは言いがたいものです。というか、たとえば無学な私は収められている曲、特に聴き馴染んではおりません。
 でも、どれも美しい、聴き易いメロディばかりなので、アルゼンチンの人々にはきっと気のおけない昔懐かしい気安さを醸し出してくれるものなのではないか。

 演奏は、ジャズ、タンゴ、クラシックそれぞれの要素が交錯するものだが、特に各要素が火花を散らすでもなし、即興性の強い演奏はその場の雰囲気ごとにさまざまに色を変える。
 どちらかと言えばややルーズで内向きな演奏なのだが、瞑想的な音のたゆたいの中から時に、甘いメロディや明るいリズムがゆらりと立ち上がり中空を漂う、そんな瞬間がどの曲にも何度もある。
 そんな時、灰色の雲の層に閉ざされた空が開き、つかの間日差しが下界に降り注ぐ、そんなイメージが広がるのだが、なるほど”癒し”というのはこんな具合のものなのかなあ、などと思わされたりする。

 サックス吹きとピアノ弾きの気ままな対話は続いている。都市はいつの間にか夜の闇に閉ざされ。あの帽子の男は何ごともなく彼の隠れ家に行き着けたのだろうか。