ワールドミュージック町十三番地

上海、香港、マカオと流れ、明日はチェニスかモロッコか。港々の歌謡曲をたずねる旅でございます。

中世ハンガリーの春

2009-03-03 02:13:29 | ヨーロッパ


 ”Rutafanak sok szep aga”by Bognar Szilvia & Konya Istvan

 民俗音楽系のジャズロックバンド、という紹介がふさわしいかどうかよく分からないが、とりあえずそう呼ぶことしか思いつけないハンガリーのバンド、MakamのボーカリストであるBognar Szilviaが、ルネッサンス・リュートの演奏家であるKonya Istvanと組んで製作した中世歌謡集であります。

 リュート一本だけをバックに歌った、中世のハンガリーやルーマニアの世俗歌の数々。それはいかにも中世っぽい、暗い湿り気を帯びた官能性を内に秘めて揺れ動くメロディを持っている。
 こいつをクラシックの発声法を身に付けた歌い手が歌えば、非常に地味な、というか陰鬱な古楽のアルバムが出来上がるかと思うのですが、Bognar Szilviaは何しろ創造性豊かな民俗派バンドのボーカリストですからね。一味違うものになっている。その辺がこのアルバムの魅力と言えましょうか。

 Bognar Szilviaは、基本的に明るい声質の歌い手です。そんな彼女が非常に生き生きとした表情で中世の世俗歌謡の数々を歌って行く。発声法も、今日のポップスを歌うのと同じ地声を用いた、気のおけないものです。
 すると、まるでセピア色に褪せた古い写真が彩色され、鮮やかな表情を持って動き出したみたいな魔法がここに機能し始めるのです。まるで歌の中に凍結させられていた中世東欧の人々の喜怒哀楽が溶け出し、空気の中に満ちるみたいな感触がある。こいつはなかなか気持ちの良い光景です。長い冬が終わって春がやって来た、みたいなね。

 このアルバム、中世音楽の専門家からはどのような評価が下されるものなのか知らないけれど、この雪解けみたいな肌触りにつけても、私は絶対支持を表明したい。本来、辛気臭いはずの宗教歌の数々がなんだかずいぶん愛らしい響きを放っているのも、彼女のこの歌唱スタイルの効用ではないかなあ。

 音楽の中身に触れると。各曲には同じヨーロッパでもアジア寄りのバルカン地方らしい東方の響きがほのかに漂い、エキゾティックな魅力を放っています。その方面のファンにはお馴染みの、いかにもハンガリーらしい、ヨーロッパの血の中に一筋、アジアの血が混じって流れる、あの感じも随所に顔を出し、バルカンの地の複雑な歴史に想いを馳せずにはいられません。
 ときおり、気持ち悪いくらい日本のわらべ歌に極似したメロディが浮かび上がる瞬間があり、ハンガリーの民謡と日本の民謡の音階の近似性を繰り返し語っていた民俗音楽学の故・小泉文夫氏のことなど思い出したりもします。

 ともあれ、Bognar Szilviaの明るい歌声と、Konya Istvanのクリアーなリュートの響きに、そして、遠い昔にバルカンの地に生きた名もない人々と彼らの残した切なる日々の祈りの歌に、乾杯を。