ワールドミュージック町十三番地

上海、香港、マカオと流れ、明日はチェニスかモロッコか。港々の歌謡曲をたずねる旅でございます。

巡礼とアウトバーン

2009-03-05 02:45:06 | ヨーロッパ
 ”DER MONCH VON SALZBURG” by Barengasslin

 ドイツのトラッドバンドによる、傑作の呼び名高かったという1980年作のアルバムのCD化であります。とか言ってるが、もちろんリリース当時、このアルバムの存在を知っていたはずはなくて、このCDとその評判記によってこのバンドが、かって存在していた事を知ったわけなんですが。
 聞いた感じはトラッドというより古楽のアルバムと言う感じでしょうか。とはいえ本物の古楽ファンからすれば、これはプリミティヴ過ぎる民謡のアルバムである、となるんでしょうけど。
 いかにもドイツらしい、と言っていいんだろうか、くすんだ色彩の中に整然たる音つくりが律儀に進行して行く、そんな生真面目な印象のアルバムです。

 ジ~ンとハーディガーディの”さわり”のような、セミの鳴き声みたいな通低音が響き渡る空間に簡素なリズムが刻まれて行き、隙間が多目の音空間に素朴な男女の歌声や古楽器のソロが入れ替わり立ち代り登場しては、あくまでもクールな表情を保ちつつ昔語りを語る。そして去って行く。
 そこには、作品構成としてもパフォーマンスの傾向としても、たとえば英国諸島のケルト圏で聴かれるような神秘な霧の立ち込める気配もなく、南のラテン諸国のトラッドのように地中海の潮の香漂う壮大な歴史絵巻を予感させるものもあるわけではありません。劇的なドラマ展開と言ったものは、ここにはない。

 中世ドイツの街道町の旅籠を舞台にした小説を読んだことがあります。商人やら巡礼やらが粗末な宿屋にザコ寝状態で一夜を過ごし、また朝が来れば各々の目的地へと旅立って行く。あの、ヨーロッパの奥の細道みたいな、寒々ととしたモノクロームの哀感が滲む音楽世界です。
 ドイツの大衆音楽っていまだ正体がつかめず雰囲気ものの話しか出来ないのですが、その冬の青空に突き立つ針葉樹みたいなまっすぐなメロディの中には、凍える北風吹きすさぶ大地を生真面目な情熱を胸に秘めて一歩一歩踏みしめて進んで行く、寡黙な若者の横顔が覗えたりします。
 ローマ帝国の栄光とも隔絶された北の貧しい土地で彼らゲルマン人は、地道な自然科学の探求に生きる道を求めた、なんて話も思い出します。そんな無骨な彼らが、その情熱を四角四面の音楽で表しました。方眼紙に定規を使って描いたようなリズムとメロディで。

 いつのまにやらこのアルバムの、訥々としたリズムの繰り返しと激しないメロディの世界が、かのテクノ・ポップの開拓者、クラフトワークの”アウトバーン”なんてアルバムと二重写しになってくるのでした。
 電子楽器によって描かれた、ヨーロッパ大陸を貫く高速道路の旅の、音による模写。あの寓話的とも呼びたいテクノの夢の世界に、このアルバムの中世の街道は直結しているのではないか。
 無機質に見える理科系の夢の結実が過去と未来を貫いて伸びて行く、そんな幻想にしばし酔ってみた、春まだ浅いクソ寒い雨の日でした。