”傷心酒杯”by 黄千芸
黄千芸。台湾の新人(?)演歌歌手らしいんだが、情報を求めて検索を繰り返すも、見つかったのは上のちっぽけなジャケ写真だけ。簡単なプロフィールさえ見当たらないってのも酷い話で。演歌ファンにパソコンなんか操る奴はいないって事か?
この辺、現地というか、あるいはもっと大きく中国人社会におけるでもいいが、演歌なる音楽ジャンルがいかにないがしろにされているかが伺えるエピソードでもある。
まあ、台湾演歌のファンである裏町詩人の当方としては、「ネットなんてオシャレなものは、アタシら裏町のしがない演歌うたいには関係ございません」と目を伏せて去って行く決して若くはない”新人”演歌歌手の後姿に喝采を送りたい気分なのだが。
このCDのジャケ写真を見た瞬間、私は「お、良い女!」と思ったのだが、よく見てみれば・・・あんまりそうでもなかったのだった。
ああ、この感じを昔に経験したことがあるな。そうだ、自販機で売られているエロ本がサブ・カルチャーの世界(?)で小ブームだった頃だ。
私も面白がって百円玉何枚かを握り締めては深夜、国道沿いの自販機の前に何度も立ったものだった。が、出てくるのは、なんとも汚らしい、といってエロ本と言うほどの濃厚さもない曖昧なグラビア誌でしかなかった。
なんであんなものがブームになったのだろうかと思うが、自分も買っていたからケチもつけにくく、そして今回紹介のCDの主人公、黄千芸なる演歌歌手は、その種の自販機雑誌でよく見たモデルのような顔(以下、自粛)
収められている曲はどれも、日本人たるこちらにとってはすべて予定調和に聞こえる、旧態依然たる演歌世界。ただそいつがどぎつい発音の台湾語で歌われているだけのことでね、違いは。
ここにあるのは、日本の演歌シーンのメイン・ストリームが忘れてしまって久しいもの、昭和30年代の日本から直送されたみたいな定番演歌のつましい感傷の世界だ。
黄千芸の歌声は、たとえば蔡秋鳳のような鮮烈な個性を売り物にしている感じではない。どちらかと言えばくすんだ声質で、裏町酒場の哀感を伏目がちに歌い継ぐ。
その歌声の後ろには化粧疲れのした、もう若くはないホステスが身にまとう、よれたドレスの酒の染み、そんなものの気配が漂っている。そんな女と騙し騙されの酒場定番の安いドラマを夢想して店に通いつめたバカな男の欲望が風に吹かれている。
黄千芸の唄がどこからか聞こえる。遠く台湾の場末の飲み屋街に灯る紅い灯青い灯の面影が漂う。
夕闇が迫り、安い飲み屋が軒を並べた場末の通りに繰り出す。気のおけないサンダル履きの台湾庶民の享楽が扉を開く。
そう、台湾の演歌が日本の演歌に似ていて、でも決定的に違うのは、こののどかさ、意識の底まで染み込んだ丸っこい楽天性だろう。南国ゆえに育まれた気性から来るんだろうか、それとも、もともとの民族性?
と言うわけで、そろそろこちらも呑みたくなったんで、まとまらないけど東シナ海に乾杯して終わろうと思う。