ワールドミュージック町十三番地

上海、香港、マカオと流れ、明日はチェニスかモロッコか。港々の歌謡曲をたずねる旅でございます。

文芸スライ

2008-09-11 03:35:08 | 北アメリカ


 ”Stand! ”by Sly & the Family Stone

 某音楽雑誌を立ち読みしていたら、この秋に”スライ&ファミリーストーンの”という肩書きで通じるだろうけど、あのスライ・スト-ンが来日するなんて記事があって困惑してしまったのだった。

 それは私もスライの音楽、ことに彼が1960年代の終わりと1970年代の始めに世に問うた2つのアルバムのファンであること間違いないのだから、彼の来日が気にならないわけはない。が、”あれ”からもう30年の歳月が経っているのだ。来日の報に気楽に喝采を叫ぶ訳には行かない。むしろ、「大丈夫なのかいな?」と心配が先にたつ。

 スライといえば”ファンク・ミュージックの革命児”である。で、その”ファンク”なる形式を踏襲している音楽を聴いて私が普通に抱く感想は「ま~ったく、ドカンドカンと無神経な騒音を力任せに立てやがって!盛り上がりさえすればそれでいいのか?頭悪いミュージシャンって、これだから嫌だよなあ」といったものであって、もうハナから音楽と認めていなかったりする。

 それもこれも、スライが60年代と70年代の狭間で、その音楽を相手に戦った孤独な戦いが心のうちに引っかかっているからで、そんな苦しみも体験せずにお前ら、勝手にファンクなんかやる資格があると思っているのかと、うん、言葉にしてみればほとんど言いがかりなんだが。

 スライが69年に発表した”スタンド!(Stand!)”は、あの高揚していた時代の精神をそのまま活写したような陽性のエネルギーに溢れた作品だった。

 黒人のスライがリーダーながら、彼のバンド、ファミリー・ストーンには黒人と白人のメンバーが入り乱れ、それだけではなく女性のメンバーが、それもありがちな”ボーカル要員”ではなく楽器のプレイヤーとして参加し、当時のソウル系のバンドとしては珍しく服装もバラバラ、ステージで演奏しながらのダンスも自然発生的に始まり、リード歌手役も各メンバーが廻り持ちした結果、”決起集会”的な盛り上がりをいやがうえにも醸し出すものだった。

 そのようなスタイルが強靭なリズムを伴って展開され、”長いこと座り込み続け過ぎたお前”を”立ち上がれ!”と煽り立て、あるいはわらべ歌のメロディを編みこんだ飄逸なメロディが白人たちに「共生」の手を差し伸べるメッセージを歌い上げていた。
 つまりはスライの提示したその音楽世界では、時代の影に圧殺されていた人間性の陽のあたる部分の回復が力強く宣言されていた。

 それで事が済めばよかったのだが。

 そしてそれから2年の歳月を置いて1971年に発表された次作、”暴動(There's a Riot Goin' On)”には、”スタンド!”とはまったく様相の異なる世界、陰性のファンク・ワールドが横たわっていたのだった。

 異様な呟きを洩らしつつ暴れまわるエレキベース。なぜかサウンドの要にいて、奇怪な呪物として無機的なリズムを送り続けるリズムボックス。
 そこではグツグツと暗闇の中に煮えたぎるリズムの海に異様な音塊が浮き沈みし、陽性のエネルギーに溢れていた前作とある意味逆の、人の心に住む悪魔的要素への祝祭が行なわれていた。

 この、1960年代と70年代の谷間を挟んで発表された二作品の内容の乖離具合が、”青春文芸としてのスライ”物語を決定的に成立させた。「あの太陽の神に祝福されていたスライが、何の理由があって闇の世界にのたうつことになったのか?」と。 
 現実にスライはその後長いことドラッグ浸りの生活から抜け出すことが出来ず、ミュージシャンとしても不調の闇に沈んで無為に時を過ごし、まさに定番の、凋落した天才物語を身をもって演じた。

 これはたとえば、”スマイル”という、もし完成させ得たならばロックの歴史を変える大傑作になっていたのであろう作品を完成途上で放り出して、やはりドラッグの海に沈んで行ったビーチボーイズのブライアン・ウィルソンの惨憺たる伝記に、もちろん通ずるところがある。
 どちらも苦悩する芸術家物語として我々の大いに好むところのものであって。甘い感傷を勝手に添加し、我々は彼らの物語と音楽を何度も反芻し楽しむ。

 だけど考えてみればスライやブライアンって、いったい何に悩んで、あんな具合に目の前にある栄光を価値なきものの様に放擲するような生き方を選んじゃったんだろう?
 まあ、あの自分の人生を自らめちゃくちゃにしてしまうような負のエネルギーと表裏一体のものとして彼らの表現者としての天才はあったのだろう、なんて凡夫たる我々は勝手に納得してますけどね。連中の精神構造って、どうなっているんだろう?そして、そんな彼らの物語をことのほか好む我々の精神構造は?

 何の話をしていたんだっけか?ああ、スライが来日。本人に聞いても分からないだろうなあ。というか、ほんとに大丈夫なのか、スライは?ステージに立っていたのか、最近は?いや、もちろん危なっかしくて恐ろしくて見に行けませんてば、ファンとしては。