報恩坊の怪しい偽作家!

 自作の小説がメインのブログです。
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 実際のものとは異なります。

“Gynoid Multitype Cindy” 「フェリーでの一夜」 2

2017-03-10 22:46:53 | アンドロイドマスターシリーズ
[2月6日21:00.天候:晴 商船三井フェリー“さんふらわあ さっぽろ”号船内Bデッキ]

 大浴場から出て来た敷島を待ち受けていたのはエミリーだった。

 敷島:「あれ?エミリー、どうした?」
 エミリー:「社長をお待ち申し上げていたのですよ」
 敷島:「そうじゃなくて、アリスはどうした?」
 エミリー:「アリス博士でしたら、先にお休みになられるとのことです。だいぶ、お疲れでしたので」
 敷島:「そう、か……」
 エミリー:「シンディが一緒でなければ、浴槽の底に沈むところでした」
 敷島:「だから、あんな酔っぱらった状態で風呂入っちゃダメだって。本当に大丈夫なのか?」
 エミリー:「大丈夫ですよ。社長はどうされますか?」
 敷島:「神経が高ぶって、まだ眠くないからいいや。取りあえず、タオルだけ部屋に置いてこよう」

 今度はエレベーターではなく、階段を使ってCデッキに下りる。
 部屋に入ると、既に室内は暗くなっていた。

 シンディ:「あ、社長。お帰りなさい」
 敷島:「アリスはもう寝てるんだって?」
 シンディ:「はい」

 シンディが指さした所は窓側の上段。
 既にそこだけカーテンが引かれていた。

 敷島:「よくアリスを上段に寝かせられたな」
 シンディ:「力ならお任せください」
 敷島:「まあ、自重の重いお前達が下で寝ろと言ったのは俺だけどな」
 シンディ:「社長もお休みになります?」
 敷島:「いや、まだ眠くないからいい。ちょっと展望スペースで寛いでくるよ」
 シンディ:「分かりました」
 敷島:「シンディはもう充電してていいんじゃないか?アリスはもう朝まで起きんだろう?」
 シンディ:「だと思いますけど……。いつものように、23時になりましたら充電します」

 個室なので、室内にも電源コンセントがある。

 敷島:「まあ、どっちでもいいけど……。ちょっと出てくる」
 シンディ:「行ってらっしゃいませ」

[同日21:30.天候:晴 同船内Aデッキ・展望スペース]

 テーブルを挟んで向かい合って座る敷島とエミリー。

 エミリー:「缶チューハイとおつまみでよろしければどうぞ」
 敷島:「おっ、悪いな」

 どちらも船内の自販機で販売しているものである。

 エミリー:「私も御一緒してよろしいですか?」
 敷島:「ん?……ああ、そういうことか」

 浴衣からいつもの服に着替えたエミリーは、自分の左足の腿の中からオイル缶を出した。
 それにストローを差す。

 エミリー:「貨物船とはいえ船の中で命懸けの戦いをしたというのに、帰りも船旅とは洒落たものです」
 敷島:「あの爺さんにも困ったもんだ。ま、おかげでいい経験ではあるけどな」
 エミリー:「そうですね」
 敷島:「お前達は防水、防潮加工がされていて良かったよ。じゃなかったら、帰りは船ってわけにも行かないだろう」
 エミリー:「そうですね。前期型の私が正にそうでした。前期型より高性能のボディを造って頂いて、平賀博士には本当に感謝しております」
 敷島:「だったら……」
 エミリー:「ですが、平賀博士はとても優れた科学者でしょう。さすが南里博士が見込まれただけのことはあると思います。それについては、私は心から平伏します。ですが、オーナーやユーザーとして見た場合は申し訳無いですが、優れているとは思えません。非礼千万ですけど」
 敷島:「俺の方が優れていると言いたいのか?」
 エミリー:「はい。私を使いこなせる本当のマスターは、あなたしかいない。そう思っております。……ナイフを受け取って頂けますか?」

 エミリーはスリットの深いロングスカートを捲り上げると、今度は右足の脛をパカッと開けた。

 敷島:「ここでは受け取れんよ。さすがに見た目は大型のジャックナイフだ。周りの人に見られたら大騒ぎになっちゃう」
 エミリー:「これは失礼しました。では、他の場所では受け取ってくださるのですね?」
 敷島:「ああ。今回の戦いで、だいぶお前に助けられたからな。俺にどこまでできるか分からんが、少なくとも俺には最低でも1機のマルチタイプが必要だと分かったよ。シンディでも十分、俺の役には立ってくれてるんだが……」
 エミリー:「シンディも私とは同型の姉妹機ですが、あいにくとこう言っては何ですが、詰めが甘いところがあります。未だKR団の脅威が完全に消えていない以上、その甘さは命取りになるでしょう」
 敷島:「そうかな。ま、とにかく、エミリーが俺の為に働いてくれるという気持ちは分かったよ。お前と俺とはシンディ以上に長い付き合いだもんな」
 エミリー:「はい。……付き合いの長さで決められるのですか?」
 敷島:「それが日本人ってもんよ。何でも契約社会に生きる欧米人には所詮分からんだろうけどな。俺達には、世間の付き合いを大事にする習慣がある。それに則って考えるとするならば、確かにシンディよりもお前を選択肢として選ぶことになるんだよ」
 エミリー:「そういうものですか」
 敷島:「なあ、エミリー。俺とお前とは、出会ってどのくらいになる?」
 エミリー:「概算で10年を少し超えます」
 敷島:「だろう?」

 一部しか公表していない“ボーカロイドマスター”からの時系列。

 敷島:「ボーカロイドのプロデューサーとして駆け出した頃は、まだ俺も20代半ばだったもんな。よくやったもんだ。今じゃ、俺もアラフォーだ」
 エミリー:「大変優秀です。ボーカロイド達は皆、社長に感謝しております。ボーカロイドの本領を十分に発揮させることができたプロデューサーは、あなたしかいないと……」
 敷島:「いやいや、俺はただ単に売り出しただけに過ぎない。まずは、あいつらの核となる楽曲を提供して下さった音楽家さんがいてこそさ。俺は売り出すことはできても、作詞・作曲はてんでダメだから」

 敷島はそう言って缶チューハイをグイッと飲んだ。

 敷島:「あいつらもトップアイドルを張るようになって、専属のマネージャーが必要になった。まさか、人を雇うまでの会社になるとは思わなかったよ」
 エミリー:「シンディは秘書としては優秀でしょうが、私も遜色無く務めさせて頂きます」
 敷島:「ああ、頼むよ。……本当はな、もしもお前が人間だったらの話なんだが……」
 エミリー:「はい?」
 敷島:「俺はお前に結婚を申し込んでいたと思う」
 エミリー:「……はい?」
 敷島:「それだけ俺もお前を信用……いや、信頼してるってことさ」
 エミリー:「セクサロイド・モードをご希望で?……ですが、今はアリス博士が御一緒です。今夜の所は御自重なさいますよう……」

 セクサロイドとは人間に性的サービスを行うアンドロイドのことである。
 今現在のところ、専門的にそれを行うロイドは製造されていない。
 代わりに、マルチタイプにモードの1つとして搭載されているくらいだ。
 ん?ボーカロイドにその機能は搭載されてるのかって?それは【お察しください】。

 敷島:「どれ、そろそろ俺も部屋に戻って寝るか」
 エミリー:「はい。どうぞ、お手を」

 エミリーは敷島の手を取った。

 エミリー:「一部を除き、メイドロイドにもセクサロイドとしての機能が搭載されております。私やシンディで、彼女達に召集を掛け、ハーレムを形成して差し上げることは可能です。いつでもお申し付けくださいませ」
 敷島:「おい、何言ってんだw その前にシンディがアリスに御注進して、とんでもないことになるぞ」
 エミリー:「それもそうですね」

 エミリーは笑みを浮かべた。
 それまでロボットで在り続けた頃と比べれば、劇的に表情は豊かになっていた。
コメント (11)
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