[2月12日02:46.天候:晴 埼玉県秩父市・白久温泉 旅館客室内]
(シンディの一人称です)
何も見えない。何も聞こえない。
でも朧気に見えるこの光景は何……?
姉さんや社長、マスターのアリス博士達が騒いでいる。
エミリー:「……!……で、………け!………!…………だ!!」
姉さんが私の両肩を掴んで、何か言ってる。
なに……?何を言ってるの……?
どうして……?視界が歪む……。
どうして歪むの……?私の目……カメラ……レンズが濡れてるから……?
どうして濡れてるの……?
(三人称に戻ります)
エミリー:「何をフリーズしてるのだ!?シンディ!しっかりしろ!!」
敷島:「エミリー、もういい!シンディは放っとけ!最高顧問!しっかりしてください!!」
支配人:「孝ちゃん!しっかりしろ!……お客様、いま救急車呼びましたから!」
敷島:「敷島一族の老害だけれども、まだ死んじゃダメだ!」
アリス:「エミリー、AEDやって!できるでしょ!?」
エミリー:「……っ!分かりました」
エミリーは本来、アリスの命令は聞かない。
だが、今はそんな時ではないとさすがのエミリーも判断した。
長年培われてきたAIの学習能力が、そういう判断をさせたのだ。
エミリー:「電圧、AED仕様に切替!」
エミリーは意識と呼吸の無い孝之亟の左胸と右脇腹に両手を置いた。
……そう、孝之亟は今、生死の境をさ迷っていた。
シンディの膝枕で眠った孝之亟。
実は眠ったのではなく、眠るように息を引き取り掛けたのだ。
シンディはそれに気づかず、自分も充電コードを接続して眠りに就いた。
そして充電が終わった時、タイマーのセット不備によって目を覚ましたシンディは、姉のエミリーに敷島達の起床時間を聞こうと起き上がった。
その際、孝之亟の生命反応が無いことに気づいたのである。
シンディの半狂乱ぶりに、隣の部屋から飛び込んだ敷島達は一瞬、シンディが暴走したのかと思ったくらいだった。
敷島:「年寄りだから、内臓のあちこちが弱っていることは聞いていたが、まさか旅行中にこんなことが……!」
エミリー:「電気を流します!離れていてください!」
敷島:「よっしゃ!」
エミリー、即席のAEDを放つ。
だが、何も起こらない。
エミリー:「心臓マッサージを続けます」
敷島:「頼むぞ!」
シンディ:「私……私……」
ガクガクと震えるシンディ。
シンディ:「私のせい……私のせい……」
敷島:「! シンディ、お前のせいかどうかは後でメモリーを見させてもらうさ。とにかく、お前はエミリーを手伝え!」
だが、ユーザーの命令もシンディには聞こえないようだった。
エミリーは絶望の表情を浮かべると、両手で頭を抱え、壁を背に脱力してしまった。
[同日03:30.天候:曇 同旅館内]
救急車が旅館前に到着し、孝之亟はそれで市内の総合病院に搬送された。
敷島とエミリーが救急車に同乗し、アリスとシンディは後からタクシーで向かうことになった。
アリス:「シンディ、どう?気分は?」
アリスはシンディを再起動するなどして、どうにか感情を落ち着かせた。
シンディ:「マスター。申し訳ありませんでした。取り乱したりして……」
アリス:「いいのよ。それより、最高顧問が大変なことになって、今は救急車で病院に運ばれているわ」
シンディ:「はい」
アリス:「私もこれから病院へ行くけど、あなたも行く?」
シンディ:「はい、行きます……」
シンディは再びあふれ出してきた涙を拭った。
支配人:「失礼します。タクシーが到着しましたので、もしよろしければ御一緒に……」
アリス:「ありがとうございます。シンディ、行くよ」
シンディ:「はい……」
旅館の外にタクシーが止まっていた。
支配人は助手席に、アリスとシンディはリアシートに座った。
支配人:「秩父病院までお願いします」
運転手:「はい」
タクシーが走り出す。
支配人:「シンディさん」
シンディ:「はい?」
支配人:「なるほど。確かに、孝ちゃんが捜していた女性によく似ておいでです。恐らく、再会があまりにも嬉しかったので、それまでの老いの症状が出てしまったんでしょう」
シンディ:「私の……せいですよね」
支配人:「いやいや、私も孝ちゃんも、どうせ老い先短い身です。どうせ死ぬのだったら、未練だったものを達成できてからの方がいい。きっと孝ちゃんも、待っていると思いますよ」
シンディ:「……!」
[同日04:00.天候:雪 埼玉県秩父市 秩父病院]
タクシーが救急外来の入口に到着する。
敷島:「アリス、遅かったじゃないか!」
アリス:「しょうがないでしょ!シンディの再起動とかで忙しかったんだから!」
敷島:「とにかく、最高顧問は向こうだ!」
敷島達は集中治療室に向かった。
敷島:「虫の息なんだ……。もう……ダメなんだ……」
シンディは室内に入り、孝之亟の手を取った。
シンディ:「どうしてですか……。私は……デイジーじゃ、ありません……。せめて……デイジーを………。あんまりです……!」
孝之亟:「デイジー……」
シンディ:「はっ……!」
孝之亟:「守ってあげれんで……すまなかった……」
半開きにようやく目を開けた孝之亟の目には、シンディが生きているデイジーに見えたのだろう。
シンディは孝之亟の手を握って、ただ涙を流すだけしか無かった。
医師:「御臨終です」
エミリー:「……シンディ、出よう。もう、分かっていたことだ……」
エミリーは涙は流していなかったが、明らかにそれを堪えていたことは分かった。
妹機の肩に手を置いた。
敷島:「……はい。真に残念ですが、最高顧問は先ほどを持ちまして、他界されました。私がついていながら、真に申し訳ありません」
敷島は現在の親会社の会長など、関係各所に連絡を行っていた。
シンディ:「私が……異常に気づかなかったから……」
アリス:「あなたのせいじゃないわ」
支配人:「そうですよ。孝ちゃんの顔を見て御覧なさい。何とも、満足気な顔をしています。あなたのせいではなく、むしろあなたのおかげですよ。例え偽者とはいえ、過去の後悔を清算できたのですから、孝ちゃんも本望だったでしょう」
支配人はシンディを慰めるように言った。
だが、霊安室に運ばれた孝之亟に対し、耳元でこう囁いたのだった。
支配人:「あのな、デイジーは生きてるぜ。あんたとは10歳違いだから、70代半ばくらいか?だけどな、ありゃもうダメだ。若い頃、ヤク中になったせいで廃人になるのが早かったし、今でも植物状態だ。例えあんたが駆け付けたところで、もうあんたのことなんざ見えやしないし、聞こえやしねぇよ。だったらよ、例え偽者のそっくりさんであっても、ちゃんと話を聞いてくれる娘に疑似的でも相手にしてもらうのが幸せってもんだ。心配すんな。本物のデイジーも、すぐにあんたの後を追うことになるだろうよ」
霊安室の外に出ると、堰を切って泣きじゃくるシンディの姿があった。
支配人:「孝ちゃんはデイジーという女性を失ってから、ずっと孤独を生きて来た男でした。それが最後の最期で、彼女によく似た女性であるあなたに添い寝してもらいました。それだけで満足だったのでしょう。ですからどうか、お気をしっかり……」
エミリー:「申し訳ありません。妹のことを心配して頂いて……」
支配人:「いえいえ。デイジーにも、あなたのようなお姉さんがいれば、また少し違った人生になっていたのかもしれませんな」
エミリー:「? はい」
(シンディの一人称です)
何も見えない。何も聞こえない。
でも朧気に見えるこの光景は何……?
姉さんや社長、マスターのアリス博士達が騒いでいる。
エミリー:「……!……で、………け!………!…………だ!!」
姉さんが私の両肩を掴んで、何か言ってる。
なに……?何を言ってるの……?
どうして……?視界が歪む……。
どうして歪むの……?私の目……カメラ……レンズが濡れてるから……?
どうして濡れてるの……?
(三人称に戻ります)
エミリー:「何をフリーズしてるのだ!?シンディ!しっかりしろ!!」
敷島:「エミリー、もういい!シンディは放っとけ!最高顧問!しっかりしてください!!」
支配人:「孝ちゃん!しっかりしろ!……お客様、いま救急車呼びましたから!」
敷島:「敷島一族の老害だけれども、まだ死んじゃダメだ!」
アリス:「エミリー、AEDやって!できるでしょ!?」
エミリー:「……っ!分かりました」
エミリーは本来、アリスの命令は聞かない。
だが、今はそんな時ではないとさすがのエミリーも判断した。
長年培われてきたAIの学習能力が、そういう判断をさせたのだ。
エミリー:「電圧、AED仕様に切替!」
エミリーは意識と呼吸の無い孝之亟の左胸と右脇腹に両手を置いた。
……そう、孝之亟は今、生死の境をさ迷っていた。
シンディの膝枕で眠った孝之亟。
実は眠ったのではなく、眠るように息を引き取り掛けたのだ。
シンディはそれに気づかず、自分も充電コードを接続して眠りに就いた。
そして充電が終わった時、タイマーのセット不備によって目を覚ましたシンディは、姉のエミリーに敷島達の起床時間を聞こうと起き上がった。
その際、孝之亟の生命反応が無いことに気づいたのである。
シンディの半狂乱ぶりに、隣の部屋から飛び込んだ敷島達は一瞬、シンディが暴走したのかと思ったくらいだった。
敷島:「年寄りだから、内臓のあちこちが弱っていることは聞いていたが、まさか旅行中にこんなことが……!」
エミリー:「電気を流します!離れていてください!」
敷島:「よっしゃ!」
エミリー、即席のAEDを放つ。
だが、何も起こらない。
エミリー:「心臓マッサージを続けます」
敷島:「頼むぞ!」
シンディ:「私……私……」
ガクガクと震えるシンディ。
シンディ:「私のせい……私のせい……」
敷島:「! シンディ、お前のせいかどうかは後でメモリーを見させてもらうさ。とにかく、お前はエミリーを手伝え!」
だが、ユーザーの命令もシンディには聞こえないようだった。
エミリーは絶望の表情を浮かべると、両手で頭を抱え、壁を背に脱力してしまった。
[同日03:30.天候:曇 同旅館内]
救急車が旅館前に到着し、孝之亟はそれで市内の総合病院に搬送された。
敷島とエミリーが救急車に同乗し、アリスとシンディは後からタクシーで向かうことになった。
アリス:「シンディ、どう?気分は?」
アリスはシンディを再起動するなどして、どうにか感情を落ち着かせた。
シンディ:「マスター。申し訳ありませんでした。取り乱したりして……」
アリス:「いいのよ。それより、最高顧問が大変なことになって、今は救急車で病院に運ばれているわ」
シンディ:「はい」
アリス:「私もこれから病院へ行くけど、あなたも行く?」
シンディ:「はい、行きます……」
シンディは再びあふれ出してきた涙を拭った。
支配人:「失礼します。タクシーが到着しましたので、もしよろしければ御一緒に……」
アリス:「ありがとうございます。シンディ、行くよ」
シンディ:「はい……」
旅館の外にタクシーが止まっていた。
支配人は助手席に、アリスとシンディはリアシートに座った。
支配人:「秩父病院までお願いします」
運転手:「はい」
タクシーが走り出す。
支配人:「シンディさん」
シンディ:「はい?」
支配人:「なるほど。確かに、孝ちゃんが捜していた女性によく似ておいでです。恐らく、再会があまりにも嬉しかったので、それまでの老いの症状が出てしまったんでしょう」
シンディ:「私の……せいですよね」
支配人:「いやいや、私も孝ちゃんも、どうせ老い先短い身です。どうせ死ぬのだったら、未練だったものを達成できてからの方がいい。きっと孝ちゃんも、待っていると思いますよ」
シンディ:「……!」
[同日04:00.天候:雪 埼玉県秩父市 秩父病院]
タクシーが救急外来の入口に到着する。
敷島:「アリス、遅かったじゃないか!」
アリス:「しょうがないでしょ!シンディの再起動とかで忙しかったんだから!」
敷島:「とにかく、最高顧問は向こうだ!」
敷島達は集中治療室に向かった。
敷島:「虫の息なんだ……。もう……ダメなんだ……」
シンディは室内に入り、孝之亟の手を取った。
シンディ:「どうしてですか……。私は……デイジーじゃ、ありません……。せめて……デイジーを………。あんまりです……!」
孝之亟:「デイジー……」
シンディ:「はっ……!」
孝之亟:「守ってあげれんで……すまなかった……」
半開きにようやく目を開けた孝之亟の目には、シンディが生きているデイジーに見えたのだろう。
シンディは孝之亟の手を握って、ただ涙を流すだけしか無かった。
医師:「御臨終です」
エミリー:「……シンディ、出よう。もう、分かっていたことだ……」
エミリーは涙は流していなかったが、明らかにそれを堪えていたことは分かった。
妹機の肩に手を置いた。
敷島:「……はい。真に残念ですが、最高顧問は先ほどを持ちまして、他界されました。私がついていながら、真に申し訳ありません」
敷島は現在の親会社の会長など、関係各所に連絡を行っていた。
シンディ:「私が……異常に気づかなかったから……」
アリス:「あなたのせいじゃないわ」
支配人:「そうですよ。孝ちゃんの顔を見て御覧なさい。何とも、満足気な顔をしています。あなたのせいではなく、むしろあなたのおかげですよ。例え偽者とはいえ、過去の後悔を清算できたのですから、孝ちゃんも本望だったでしょう」
支配人はシンディを慰めるように言った。
だが、霊安室に運ばれた孝之亟に対し、耳元でこう囁いたのだった。
支配人:「あのな、デイジーは生きてるぜ。あんたとは10歳違いだから、70代半ばくらいか?だけどな、ありゃもうダメだ。若い頃、ヤク中になったせいで廃人になるのが早かったし、今でも植物状態だ。例えあんたが駆け付けたところで、もうあんたのことなんざ見えやしないし、聞こえやしねぇよ。だったらよ、例え偽者のそっくりさんであっても、ちゃんと話を聞いてくれる娘に疑似的でも相手にしてもらうのが幸せってもんだ。心配すんな。本物のデイジーも、すぐにあんたの後を追うことになるだろうよ」
霊安室の外に出ると、堰を切って泣きじゃくるシンディの姿があった。
支配人:「孝ちゃんはデイジーという女性を失ってから、ずっと孤独を生きて来た男でした。それが最後の最期で、彼女によく似た女性であるあなたに添い寝してもらいました。それだけで満足だったのでしょう。ですからどうか、お気をしっかり……」
エミリー:「申し訳ありません。妹のことを心配して頂いて……」
支配人:「いえいえ。デイジーにも、あなたのようなお姉さんがいれば、また少し違った人生になっていたのかもしれませんな」
エミリー:「? はい」