報恩坊の怪しい偽作家!

 自作の小説がメインのブログです。
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 実際のものとは異なります。

“Gynoid Multitype Cindy” 「社葬」

2017-03-23 21:04:43 | アンドロイドマスターシリーズ
[2月14日13:00.天候:雪 東京都港区南青山 東京都青山葬儀所]

 大手総合芸能事務所、四季グループを裸一貫で立ち上げ、業界でも1、2を争う規模にまでした敷島孝之亟。
 その社葬は青山葬儀所を使うほどであった。
 僧侶の読経や焼香、献花や弔辞だけが行われたわけではない。

 司会:「それではこれより、敷島孝之亟様に対する弔歌がございます。弔歌を行いますのは、四季グループ関連会社の1つでございます敷島エージェンシーの所属タレント、ボーカロイド1号機の初音ミク様でございます」

 ミクは敷島の隣に座っていた。
 名前が呼ばれると、ミクはスッと立ち上がった。
 今のミクはいつもの衣装を着ていない。
 設定年齢16歳に相応しく、黒いブレザーに黒いスカート、そして黒いネクタイを着けていた。
 ミクが孝之亟の大きな遺影の前に置かれたマイクスタンドの前に立った。

 司会:「曲名は『オホーツク旅情歌』でございます」

 ミクが弔歌を歌うという時点で、少し場内がざわついた。
 四季グループには、アイドル部門を抱える四季エンタープライズというグループの屋台骨的な会社があり、そこに所属している有名タレントも告別式に参加していた。
 それを差し置いて子会社のタレントが弔歌を歌うことに、賛否両論の声が上がっていた。
 もっとも、ミクだって今やトップアイドルの部類なのではあるが、未だに人間のアイドルを差し置いてロボットが上に立つとは何事だとの声は業界内部でも出ている。
 そして司会がタイトルを読み上げると、更にざわついた。
 確かにその曲名はミクの持ち歌の1つである。
 昭和の歌謡曲的な歌をプロデュースする音楽家がおり、そこから楽曲を頂戴したものだ。

 司会:「この曲は敷島孝之亟様がご危篤になる直前、口ずさんだものとされております。孝之亟様にとっては、とても思い出深い歌だったのだと予想されます。従いまして、この曲を弔歌にさせて頂いたとの敷島孝夫社長のコメントがございます。それでは初音ミク様、お願いします」

 オホーツク旅情歌(作曲:彩木雅夫 作詞:鈴木宗俊 編曲:HIROMU)

 初音ミク:「恋の翼痛めた♪鴎のように♪宇登呂の浜辺に♪旅人が来たよ〜♪果てなき〜広さよ〜♪空と海の蒼さよ〜♪やさ〜しく抱きし〜めて♪迎えておやりよ〜♪」

 歌のジャンルはバラードになるだろう。
 そんなに長い歌ではないが、スローテンポなこともあって2〜3分ほどである。
 ミクの歌で、場内に更に哀しみの渦が巻き起こる。
 だがそんな中で、敷島は1番冷静だった。

 敷島:(北海道の歌と最高顧問と、何の関係があるんだ?)

 孝之亟が倒れる直前、シンディに対して口ずさんでいた歌だったから、弔歌に相応しいと、こうしてミクに歌わせたのは事実だ。
 元々この歌は、四季エンタープライズに所属するシンガーソングライターがリリースするはずだった。
 それを孝之亟が、何故か敷島エージェンシーの誰かにと無理を言って持ち歌にさせたものだ。
 大人の感じがしたから、MEIKOか巡音ルカの持ち歌にしようと思ったが、孝之亟がミクを指定した次第だ。
 最初は大人へなりかけている少女の設定年齢であるミクに歌わせるミスマッチを狙ったものだろうと思ったが、どうも違うような気がした。

 敷島:「エミリー?どうした?」

 会場の警備をしているマルチタイプ姉妹だが、そのうちの1人、エミリーが傍にやってきた。
 しかもそのエミリー、両目が緑色に鈍く点滅していた。

 エミリー:「あの歌には、重要な意味が含まれています。私達の秘密、そしてボーカロイドの秘密に迫る内容がです」
 敷島:「何だって?」

 初音ミク:「……騒ぐな海鳥〜♪波よ船を揺らすな♪今夜はぐっすりと♪寝かせて〜おやりよ〜♪」

 歌い終わったミクは孝之亟の遺影に深々と頭を下げ、それから場内の弔問客に頭を下げた。

 司会:「…………。はっ、これは失礼しました。えー、ありがとうございました。とても素晴らしい歌声でした。それでは次は……」

[同日15:00.天候:曇 青山葬儀所・ロビー]

 敷島:「ミク、お疲れさま」
 ミク:「わたし、上手く歌えたでしょうか?」
 敷島:「素晴らしかったよ。泣いてなかった客も、あの歌で泣いたくらいだ」
 ミク:「そうですか。ありがとうございます」
 敷島:「ところでミク、ちょっと聞きたいんたが……」
 ミク:「はい?」
 敷島:「歌っている時、自分の中で何かが起きていたりしていなかったか?」
 ミク:「えっ?いえ、別に……。何かあったんですか?」
 敷島:「いや、無いならいいんだが……」

 敷島はエミリーの方を見た。
 エミリーは弔問客の見送りを行っている。

 敷島:「エミリー、ちょっと来てくれ」
 エミリー:「はい、何でしょう?」
 敷島:「お前、ミクが歌っている時、何か俺に言ったよな?」
 エミリー:「? 何も申し上げておりませんが……?」
 敷島:「ウソつくなよ。俺ん所に来て、ミクの歌に重要な意味があるとか言ったじゃないか?シンディも見てたよな?」
 シンディ:「えっ?ええ……」

 シンディは気まずそうであった。

 敷島:「シンディ、お前も何か知ってるんだな?そうなんだろ?」
 シンディ:「ええ……そうです。でも、ここでお話しできません」
 敷島:「分かった。俺も、もうすぐ会社に戻る。その時、話してもらおうじゃないか」
 シンディ:「でも私、マスターの所に行きませんと……」
 敷島:「25億円もポーンと出してくれた上客が急逝したってのに、弔問にすら来ないとは……」
 エミリー:「最高顧問から頭金として、半額しか支払われていない状態で亡くなられました。デイジーのマスターとなるべき御方を急に亡くされたので、DCJ様としても混乱しているのでしょう」
 敷島:「それにしたってさぁ……。とにかくシンディ、アリスの護衛にはマリオとルイージがいるからいいの。それより、さっきの話、聞かせてもらうぞ」
 シンディ:「はい」
 エミリー:「今、お車を手配しますので……」
 敷島:「その心配は無い」
 エミリー:「は?」

 そこへ敷島のケータイが鳴る。
 取るとその相手は井辺だった。

 井辺:「お疲れさまです。井辺ですが、今、駐車場に到着しました」
 敷島:「お疲れさん。今から行くよ」

 敷島は電話を切った。

 敷島:「今日、渋谷でMEGAbyteが109バレンタインイベントに出ることになっててね、ついでに寄ってもらった」
 シンディ:「さすがは社長……」
 敷島:「じゃ、帰ったら話聞かせてもらうぞ」
 シンディ:「はい」
コメント (1)
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