報恩坊の怪しい偽作家!

 自作の小説がメインのブログです。
 尚、ブログ内全ての作品がフィクションです。
 実際のものとは異なります。

“大魔道師の弟子” 「南端村の一夜」

2022-07-31 22:57:13 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[7月14日17:30.天候:晴 アルカディアシティ南端村 魔界稲荷]

 人力車が鳥居の前の階段下に到着する。

 坂吹:「到着です。お疲れさまでした」
 勇太:「ありがとう」
 美狐:「ご苦労さま!」

 勇太と美狐は人力車を降りた。

 勇太:「この階段を昇るのが大変なんだ」
 美狐:「アタシ、担ごうか?」
 勇太:「えっ?いや、そんな子供に……うわっ!」

 美狐は見た目年齢10代前半という少女ながら、勇太をヒョイと担ぐと、ホイホイと階段を駆け登って行った。

 勇太:「わあ!」
 美狐:「エーッサ♪エーッサ♪エッサホイサッサ♪」
 勇太:「それ、“おさるのかごや”!キミ、妖狐でしょ!」

 などというツッコミをしている間に、美狐は階段の1番上まで昇り切った。

 美狐:「ふう……」

 しかし、バテる様子はなく、ただ単に一汗かいたという感じだった。
 さすがは妖狐。

 勇太:「あ、ありがとう。そういえば昔、威吹にも似たようなことされた気がする……」
 美狐:「ほんと!?お父さんも同じことしたの!?」
 勇太:「う、うん。だいぶ昔ね……」
 美狐:「血は争えないね!」
 勇太:「いや、全く……」
 弟子A:「御嬢、お帰りなさい!」
 弟子B:「禰宜様がお待ちです!」

 威吹の弟子が、台座から飛び下りて跪いた。
 結局この2人の弟子、稲荷神社の狐に化けれていなかった。

 美狐:「夕食のお手伝いしろってんでしょ。全く、狐使い荒いんだから……。ねぇ、稲生さん!後でお父さんの昔話、もっと詳しく聞かせて!?」
 弟子A:「じゃあ、俺も」
 弟子B:「わっちも」
 勇太:「ええーっ!?」
 坂吹:「バカ野郎!お前ら、身分を弁えろ!」
 弟子A:「坂吹先輩……」
 坂吹:「俺が一番弟子として、いの1番に聞く権利がある!というわけで、稲生殿、某も是非!」
 勇太:「……威吹の許可が取れたらね?」
 一同:「ええーっ!?」
 勇太:(よほど威吹、昔の話をしたがらないんだな……)

 江戸時代の失敗談はともかく、勇太が学生時代、敵の妖怪と共闘した話はしても良いだろうと思った。

 勇太:(それとも、学生時代の事は僕に遠慮してるのかな?)
 威吹:「これ!何を外で駄弁っておるか!ユタを早く家に案内せんか!」
 美狐:「お父さん、ごめんなさい!」
 威吹:「おう、美狐。何も無かったであろうな?」
 美狐:「もちろん。それとも、もっと稲生さんを誘惑した方が良かった?」
 威吹:「ユタを食い殺すなでござるよ」
 勇太:「食い殺すの!?」
 威吹:「あー……ユタ、ボクは一応、人食い妖狐だったんだよ?」
 勇太:「そ、それもそうか。で、でも……」
 威吹:「分かってる。ユタも、あの魔女も食い殺すことはない。ユタとは長い付き合いなんだ」
 勇太:「よろしく頼むよ」
 威吹:「というわけだ。美狐、分かったな?」
 美狐:「えー……」
 威吹:「分かったら『ハイ』は!?」
 美狐:「は、ハイ!」
 勇太:「もうすっかり父親だな?」
 威吹:「おかげさまで。さくらも、あと少しで2人目が生まれるところだよ」
 勇太:「あ、それでか……」

 身重なので、あまり家の中を動き回ることができないらしい。
 こういう時、弟子持ち師匠は良い。
 そういった家事を弟子達に振ることができるのだから。

 勇太:「今度は男の子だろうか?」
 威吹:「一姫二太郎というから、男が良いような気がするが、まあ、そこはさくらに任せる」
 勇太:「男の子だったら、きっと威吹にそっくりだろうね」
 威吹:「うむ。そうだと良い」

 もっとも、長女の美狐も、十分威吹に似ている。
 髪の色や瞳の色などがだ。
 普段は厳格な態度を取っている威吹が、勇太の前では柔和な顔つきで話す様を、美狐はほっこりとして見ていたという。

[同日18:00.天候:晴 魔界稲荷 客間]

 夕食は威吹達と一緒に食べることにした。
 夕食は、いわゆる『ちゃんこ鍋』。
 威吹の弟子達が料理を作ると、どうしてもこうなるのだ。
 まるで、相撲部屋である。
 しかしながら、身重のさくらが栄養を取るには打ってつけの料理であるとも言える。

 さくら:「こういう状態ですので、何のお構いもできませんで……」
 勇太:「いえいえ、とんでもない。こんな時に押し掛けちゃった上、一晩泊めて頂くことになって、真に申し訳無いです」

 さくらはこの稲荷神社の禰宜として働いているが、身重の為に、今は袴を穿いていない。

 マリア:「もし良かったら、これから生まれて来るBabyのことを占わせてください」

 マリアは水晶玉を取り出した。

 威吹:「フム。占いの見料が、今宵の宿泊代といったところか。よし、ならば占ってもらうとしよう。……夕食が終わってからな」
 美狐:「どうぞどうぞ、稲生さん」

 作務衣のような私服から、再び接客用?の着物に着替えた美狐が、勇太の御酌にやってきた。

 勇太:「ああ、どうも」
 美狐:「マリアさんも」
 マリア:「ああ、申し訳ない。日本酒は飲めないんだ」

 日本酒や焼酎では悪酔いするマリア。

 マリア:「私はお茶でいい」
 威吹:「それに、これから占ってもらうのに、酒を飲ませてはイカンよ」
 美狐:「それもそうか」
 威吹:「それでユタ、事務所の方はどうだった?」
 勇太:「そ、それは……」
 マリア:「まさか、失敗したのか?」
 勇太:「いや、あの事務所では上手く行ったよ。そこの所長で、代理人の坂本さんから推薦状をもらった」
 マリア:「やった!あとはこれを魔王城に持って行って、安倍首相との面会を求めるだけだ!」
 勇太:「い、いや、それが……。今は非常事態だから、もう1人、別の代理人から推薦状をもらわないとダメなんだって」
 マリア:「な、何だってー!?」
 勇太:「こ、これ以上は、せっかくの夕食が不味くなるから、後で話すよ」

[同日20:00.天候:晴 魔界稲荷 客室]

 夕食が終わり、食後のお茶やデザートの和菓子なんかを楽しんだ。
 その後でマリアは早速、占う。

 マリア:「パペ、サタン、パペ、サタン、アレッペ。パペ、サタン、パペ、サタン、アレッペ。……ちょっと、お腹を触らせてもらってもいいですか?」
 さくら:「どうぞ」
 勇太:「ああっと!僕は後ろ向いてます!」

 さくらは着物を着ている為、腹を出そうとすると、胸も出すことになる為。

 マリア:「パペ、サタン、パペ、サタン、アレッペ……」

 マリアは左手で水晶玉を翳しつつ、右手でさくらの腹の上を触った。

 マリア:「このBabyが男なら青、女なら赤色に光れ」

 すると、水晶玉が赤色に光った。

 マリア:「どうやら、女の子のようです」
 さくら:「女の子ですか!」
 美狐:「やった!妹!」
 威吹:「そ、そうか。まあ、良い。それで、元気に生まれ、育つのであろうな?」
 マリア:「パペ、サタン、パペ、サタン、アレッペ。異常ありなら赤、無しなら緑に光れ」

 すると水晶玉、緑色に光った。

 マリア:「Green signal!問題無く生まれる、つまり元気ということです」
 威吹:「い、いつ頃生まれる?」
 さくら:「威吹、だいたいあと1ヶ月って、先生に言われたでしょ?」
 威吹:「し、しかし……」
 マリア:「パペ、サタン、パペ、サタン、アレッペ。出産の残り日数を指し示せ。……えーっと……」

 マリアはキョロキョロと辺りを見回した。

 勇太:「どうしたの?」
 マリア:「何かこう……カウンターみたいなものは無いか?数字を示すヤツ」
 勇太:「えっ!?と、言われても……」
 威吹:「あの時計ではダメか?」

 威吹は柱時計を指さした。

 マリア:「まあ、あれでもいいか」
 威吹:「待ってろ。今……」
 美狐:「あっ!」

 すると美狐、着物の中から、サイコロを取り出した。

 美狐:「これはどう!?」
 マリア:「これでもいい」
 さくら:「何でもサイコロなんか持ってるの?」
 美狐:「お父さんの狐妖術の修行」
 威吹:「サイコロを使う妖術があるの?面白そうだね」
 美狐:「今度、見せてあげるね!」
 威吹:「まだ使いこなせてないから、ムリでござるよ」
 マリア:「じゃあ、サイコロを振ります。出た目の数が、残りの出産月日です」

 マリアはサイコロを2個転がした。

 勇太:「桃鉄の急行カードみたい」
 威吹:「シッ!」

 すると、サイコロは1と3を現した。
 桃鉄の急行カードであれば、ハズレの出目である。
 何しろ、4マスしか進めないのだから。

 威吹:「こ、これは?」
 マリア:「残り、1.3ヶ月だ」
 威吹:「す、すると、1ヶ月……」
 勇太:「だいたい、1ヶ月と2~3週間ってところかな?」
 威吹:「そうなの?」
 勇太:「だいたいね」
 マリア:「さすがは大卒」

 他にも色々と占いを頼まれたマリアだった。
 だが実は、これもMPを消費するのである。
 最後にマリアは疲労困憊といった形で、お開きとなったのである。
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“大魔道師の弟子” 「魔界共和党南端村選挙事務所」

2022-07-30 22:54:36 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[7月14日16:00.天候:晴 アルカディアシティ南端村 魔界共和党事務所]

 事務所は2階建てになっていた。
 1階は受付と、その奥に事務所がある。
 受付に座っていたのは、パラパラ茜雌のオークまたはゴブリンかと思うほどのデブス肥満体の女性であった。
 用件を伝えると、ぶっきらぼうながらも、奥の応接コーナーへ案内してくれた。
 事務所とは衝立で仕切っただけの所にある、簡単な応接セットがあるだけの場所だった。
 1人用の安っぽいソファが4つ、テーブルを挟んで向かい合わせに並んでいる。
 一応、お茶まで出されたところで、2階から初老のスーツ姿の男性が下りて来た。

 坂本:「どうも、こんにちは。こちらの事務所で所長をやっております、坂本です」

 坂本は白髪交じりの頭を七三に分け、シングルの黒スーツを着ている。
 確か、安倍首相と同じく、この王国の建国に大きく関わった人物のはずだ。
 それがどうして、こんな村の選挙事務所にいるのかは分からなかった。

 勇太:「どうも、お忙しいところを突然すいません。魔道士のダンテ一門のイリーナ組の2番弟子、稲生勇太と申します」
 坂本:「あなたのことは、首相から聞いていますよ」
 勇太:「えっ!?」
 坂本:「何でも陛下のお気に入りで、特別に宮中晩餐会に呼ばれるのだとか……」
 勇太:「あ、はあ……おかげさまで……」

 その理由は1つだけである。

 坂本:「女王陛下はO型の血液が大好物だ。しかし何故か、共和党員にはO型は少ないのです。私もA型です」
 勇太:「そうなんですか」

 マリアは何だったかなと首を傾げた勇太。
 だが、同じ血液型ではなかったと思う。
 もしそうなら、それも共通点だと喜んで覚えただろう。
 実際、マリアも宮中晩餐会に呼ばれたことはあったが、ルーシー女王は鼻にも掛けなかった。

 勇太:「もしかして、宮中晩餐会の参加者リストに、血液型も記載されてましたか?」
 坂本:「そんなことは無いのですが、陛下は鼻が利かれますので……」
 勇太:(蚊じゃあるまいし……)

 勇太は、蚊もO型の血液型を好み、体臭でそれと分かって吸血してくることを思い出した。
 そして、ルーシー女王は勇太の背後に瞬間移動したかと思うと、首筋の匂いを嗅いで、勇太に献血を求めたのである。

 坂本:「ですので、そんなあなたの話がどんなものなのか、興味があります。一体、何でしょう?」

 それなら、目的を話しても良いかなと思った勇太だった。

 勇太:「実は僕達、安倍首相にお会いしたいのです」
 坂本:「首相に?それはまたどうしてですか?」
 勇太:「首相に、早まった行動をして頂きたくはないからです」

 勇太はもっと詳しい理由を坂本に話した。
 最初、坂本はポカンとした顔で話を聞いていたが……。

 坂本:「何だ、そんなことでしたか!」

 そして、大きく笑う。

 勇太:「坂本所長にとっては、笑い話ですか?」
 坂本:「いや、これは失礼。ただ、うちの首相はそんな短絡的な人物ではないですよ」
 勇太:「すると、魔界の穴を開けることはないと?」
 坂本:「100%無いとは言い切れないですが、色々と政治的な駆け引きがありますのでね。私も政権与党の幹部として見ていますが、少なくとも今、魔界の穴を開けることに対し、我が国にも党にも、何のメリットも無いんですよ。ただ、あくまで駆け引きとして、『そういうことも有り得る』と言っているだけでね」
 勇太:「何だ……そうでしたか」
 坂本:「なので、その辺は御安心ください」
 勇太:「僕個人的には、坂本所長が保証して下されば、それで良いとは思っているのですが……」
 坂本:「と、言いますと?」
 勇太:「僕達はイリーナ先生に頼まれて、ここまで来ました。なので、どうしても安倍首相と面会し、その保証を取り付けたという所まで行きたいのです。所長のお力で、何とかお会いできませんか?」
 坂本:「うーん……。稲生さんなら会わせても大丈夫だとは思いますが……。首相も、あなたのことは知らないわけではないですから」
 勇太:「何が問題なんですか?御心付けなら、いくらでもお支払いしますよ!?」

 勇太はプラチナカードを取り出した。

 坂本:「いやいや!この国では、贈収賄罪は重罪です。最悪、党を除名されてしまう……」
 勇太:「日本の自民党より厳しいですね?」
 坂本:「それは私の口からは、何とも言えませんw 1つ問題があるとするならば、今は非常態勢に入っている為、幹部1人の推薦だけでは面会できないのですよ」
 勇太:「と、いうことは……」
 坂本:「私以外にもう1人、党幹部の推薦が必要です。但し、私からは紹介することはできません。稲生さんは、他に党幹部に知り合いはいないのですか?」
 勇太:「知り合い……………………」

 勇太は俯いて顔を曇らせた。
 1人、知っている。
 そう、1人……。
 できれば、縁を切りたいくらいなのだが……。

 坂本:「いないのでしたら、仕方が無いのですが、今回は出直して頂いて……」
 勇太:「い、いえ、います。いますが……」
 坂本:「誰ですか?御存知なら、私が確認を取りますよ?それくらいなら、しても大丈夫でしょう」
 勇太:「うう……」
 坂本:「何ですか?はっきりしなさい。私もヒマじゃないんです」
 勇太:「よ、横田理事……横田理事です」
 坂本:「おお、あの横田!ある意味、我が党の自由人ですな」
 勇太:「と、トラブルメーカーだったりしません?」
 坂本:「まあ、あれでも古参党員ですから。確かに、横田は推薦状が書ける代理人としての資格を持っています。今、どこにいるか、確認して差し上げましょう」
 勇太:「も、申し訳ありません」
 坂本:「御心付けと言いますか、政治献金でしたら、受け付けておりますよ?」
 勇太:「は、はい。させて頂きます……」
 坂本:「では、少々お待ちください」

 政治献金といったって、現実世界でもしたことが無いのに、ここではどういう風にするのだろうと思った。
 暫くして、坂本が肩を竦めて戻って来た。

 坂本:「何だかよく分からん」
 勇太:「どうしたんですか?」
 坂本:「横田のヤツ、こんな時に休暇を取って、そららさんの世界に温泉旅行に行ってるんですよ」
 勇太:「はあ!?」
 坂本:「いや、さすがは自由人だ」
 勇太:「どこの温泉ですか!?」
 坂本:「明日までに調べておきますから、また明日、来てください。政治献金は、その時、お支払いして頂ければ結構です」
 勇太:「……因みに、おいくらほどお支払いすれば……?」
 坂本:「そうですね……。ざっと1万ゴッズほど頂ければ……」
 勇太:「分かりました。明日、御用意致します」
 坂本:「ありがとうございます。こちらも、全力でお調べ致します」
 勇太:「明日、いつ頃お伺いすれば宜しいでしょう?」
 坂本:「そうですね……。午前中までには、お調べできるかと……」
 勇太:「では明日、11時頃、お伺い致します」
 坂本:「かしこまりました。では、また後ほど……」

 勇太は一旦、退所することにした。

 坂吹:「稲生さん、お帰りなさい」

 事務所の外で待っていたのは、坂吹だった。

 勇太:「あれ、坂吹君?」
 坂吹:「後輩と交替しました。帰りの車夫は、某(それがし)が務めさせて頂きます」
 勇太:「そうなんだ。あれ?あと、美狐ちゃんがいたと思うけど……」
 坂吹:「ああ、御嬢は今、用足しで……」

 トイレに行っているらしい。
 この近くだと、駅のトイレにでも行っているのだろうか。

 美狐:「お待たせー!」

 タタタッと小走りながら、しかし素早い動きで戻って来た。

 勇太:「買い物は済んだのかい?」
 美狐:「この通り!」

 美狐は巾着袋を見せた。
 この国における、エコバッグのようなものだろう。

 坂吹:「それでは社(やしろ)に戻りたいと思いますが、宜しいでしょうか?」
 勇太:「うん。宜しく頼むよ」
 美狐:「安全第一でね!」
 坂吹:「かしこまりました」

 坂吹は勇太と美狐を乗せた人力車を、軽やかな速度で引いた。
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“大魔道師の弟子” 「威吹の娘、美狐」

2022-07-29 20:30:30 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[同日14:00.天候:晴 アルカディアシティ南端村 魔界稲荷→南端村 魔界共和党選挙事務所]

 勇太が南端村内にある魔界共和党の事務所に電話すると、最初は横柄な対応であった。
 まるで、またメンド臭いクレームの電話が来たとばかりの。
 ところがイリーナの名前を出し、自分はその弟子だと名乗ると、途端に態度が変わった。
 とはいうものの、この時点で目的を言ってしまうと電話を切られる恐れがあった。
 そこで、せっかく魔界に来たのだから、幹部党員の方に御挨拶させて頂きたいと言ったところ、『幹部党員に知り合いがいるのか?』と聞かれた。
 もちろん、その中でも最高幹部の安倍春明を知っているのだが、他にも知っている者はいる。
 ……まあ、約1名、知り合いを拒否したい男がいるのだが。

 事務員:「幹部党員を御存知なのですか。そういうことでしたら、御相談に乗れるかもしれません。いつ、おいでになれますか?」
 勇太:「すぐにでもお伺いしたいのですが、よろしいでしょうか?」
 事務員:「承知しました。当事務所の開所時間は17時までなのですが……」

 まるで役所である。

 勇太:「あっ、大丈夫です。15時までには、お伺いできるかと」
 事務員:「15時ですね。承知しました。それでは、お待ちしております」

 勇太は電話を切った。
 受話器を置くと、チンというベルが一回鳴った。

 勇太:「よし、アポは取れた。次は、辻馬車の予約を……」

 勇太が再び電話の受話器を取った時だった。

 威吹:「車なら心配無いよ。ボクの方で用意するよ」

 と、威吹。

 勇太:「えっ?いつの間に馬車を導入したの?」
 威吹:「馬車ではないよ」
 勇太:「?」
 威吹:「すぐに用意させるから、ちょっと待ってて」
 勇太:「う、うん」

 客間に戻ると、マリアが卓の上に水晶玉を置いて、交信を試みていた。

 勇太:「マリア、どうだい?先生は……」
 マリア:「ダメだ。応答が無い。本当に、何かあったのかもしれない……」
 勇太:「マジか……」
 マリア:「勇太の方は?」
 勇太:「アポが取れた。これから、この村の共和党事務所に行ってくるよ」
 マリア:「大丈夫か?行っていきなり捕まったりしないだろうか……」
 勇太:「大丈夫だと思うよ。イリーナ先生の名前を出したら、いきなり態度が変わったくらいだし」

 イリーナはかつて、王宮の宮廷魔導師を1期だけ務めたことがある。
 任期1回分だけとはいえ、王室や政府の公式記録には残るわけだから、その名声は大きなものとなる。
 その弟子を何の罪も無く捕えたとあらば、政府から指弾されるであろう。

 勇太:「とにかく、行って来るよ。まずは、安倍首相に御目通りが叶う幹部を紹介してもらうことだね」
 マリア:「師匠と連絡が取れない以上、私達がやるしかない。勇太、いくらでも握らせていいからね?こっちには師匠のプラチナカードがある」
 勇太:「分かってるよ」

 普段使いのプラチナカードを弟子に預け、イリーナ自身はブラックカードを持っているようだ。
 恐らくプラチナカードは経済制裁で止められる恐れがあるが、ブラックカードは制裁が及ばないようである(フィクションです)。

 勇太:「マリアはどうする?」
 マリア:「私はもう少し交信を試みてみる。ダメなら、この町にいる他の魔道士にコンタクトするよ」
 勇太:「分かった」

 勇太は外出の準備を整えると、建物の外に出た。

 威吹:「勇太、こっちだよ」

 玄関から外に出ると、威吹が待っていた。
 そして、鳥居の前の階段を下りる。
 その前に止まっていたのは、人力車だった。

 勇太:「人力車か!」
 威吹:「そういうこと」

 車夫を務めるのは、威吹の弟子の1人である。
 観光地にあるような人力車の車夫の恰好をしていた。

 威吹:「ユタを共和党の事務所まで」
 弟子A:「かしこまりました」
 勇太:「人力車かぁ!初めて乗るなぁ!」
 弟子A:「それでは出発致し……」
 美狐:「ちょっと待ってー!」

 そこへ、威吹の娘の美狐(みこ)がバタバタと走って来た。
 先ほどの着物から、もう少しラフな格好になっている。
 形態としては作務衣に近いのだが、女の子らしい可愛い刺繍が入っていたりする。
 色は全体的にピンク色。
 下はショートパンツのようなものを穿いている。
 その下には脛まで隠れる足袋と、草鞋を履いていた。

 美狐:「街まで行くなら、ついでに乗せてってよ!」
 威吹:「美狐、ユタは遊びに行くのではないのだぞ?」
 美狐:「うん。駅前の商店街に行くだけ!」
 威吹:「ユタ、そういうことだが……」
 勇太:「僕は別に構わないけど……」
 美狐:「エヘヘ……やった!」

 ピョンと軽やかにジャンプすると、ストンと勇太の隣に座る。
 10歳くらいだと思っていたのだが、実際は12歳くらいかもしれない。
 あまり、妖怪の実年齢とかは気にしない方が良い。
 威吹の結婚した年辺りから考えて、それくらいではないかと思ったのだ。

 威吹:「イザという時には、ユタを守るのだぞ?」
 美狐:「分かってまーす!」
 勇太:「守るって、キミ強いの?」
 威吹:「一応、武芸と妖術を教えている最中だ」
 勇太:「そうなのか。じゃ、護衛を頼もうかな」
 美狐:「お任せあれ!」

 こうして、ようやく人力車は出発した。
 観光用の物はゆっくり走るのだろうが、こっちの実用的な物は案外速く走る。
 何しろ車夫が人間ではなく、妖狐なのだから当たり前だ。

 美狐:「父とは長い付き合いなんですか?」
 勇太:「そうだなぁ……。もう何年になるかな……」

 美狐はどうやら、父親と長い付き合いである勇太に興味を持ったらしい。
 威吹は勇太などに対しては饒舌だが、それ以外の者にはあまりそうでないのかもしれない。
 美狐は父親の昔の事について、色々と勇太に聞いた。
 勇太も、どこまで話して良いのか分からないので、当たり障りのない回答に留めておいた。

 勇太:(そう言えば坂吹君も、初めて会った時は、威吹の昔の話を聞きたがったな……)

 美狐の質問に答えている間、人力車はあっという間に共和党の事務所に着いたのである。

 勇太:「ありがとう」
 弟子A:「終わるまで、ここでお待ちしています」
 美狐:「その前に、商店街まで乗せてって」
 弟子A:「あ、はい。分かりました」
 勇太:「話がいつ終わるか分からない。遅くなるかもしれないから、17時まで待ってもらって、出て来ないようなら先に帰っていいよ」
 弟子A:「分かりました」

 勇太は車夫を務めた威吹の弟子に礼を言うと、事務所の中へと入っていった。
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“大魔道師の弟子” 「動き出す勇太とマリア」

2022-07-29 16:06:47 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[7月14日13:00.天候:晴 アルカディアシティ・南端村 魔界稲荷]

 昼食の後で勇太達は、威吹と近況について語り合った。
 それだけで小一時間ほど取られてしまったのだが。
 その後で勇太達は用件を話した。
 といっても、その内容は近況と似たようなものであるが。

 威吹:「向こうの世界の安倍元首相が暗殺されたということは、ボク達も新聞やラジオで知ったよ」

 魔界王国アルカディアにはテレビ放送は無いが、ラジオはある。
 本当に、20世紀前半から半ばに掛けての文明の国だ。

 威吹:「詳しくは、その時の新聞を見てもらった方がいいな。……おい、あの時の新聞を持ってこい」
 坂吹:「はっ」

 威吹の脇に控えていた坂吹が立ち上がって、一旦退室する。
 坂吹は茶髪を総髪にしており、柿色の着物の下に緑色の袴を穿いている。
 柿色という所が若干違うが、色合いがまるで……。

 勇太:(湘南電車みたいだな)

 と、思った。
 湘南電車の中古車は魔界高速電鉄には無いようだが、冥界鉄道公社ではしばしば散見される。

 坂吹:「お待たせ致しました」
 威吹:「御苦労」

 坂吹が持ってきたのは、安倍元首相銃撃のあった日の夕刊だった。
 号外ではない。

 威吹:「『遠い世界の日本国において、国内の政治のみならず、世界各国との外交問題に取り組んだ親族が凶弾に斃れたことは大いに遺憾であり、真相が1日でも早く明らかにされることを願う。差し当たり今は、遠い親戚の伯父に哀悼の意を表す』とある」
 勇太:「特に、日本政府の責任を追及する言葉は無いね?」
 威吹:「ところが、だ。次」
 坂吹:「はっ」

 今度は、その翌日の朝刊。
 尚、日本語版である為、マリアは赤い縁の翻訳メガネを掛けている。

 威吹:「記者達の質問に、『もしもこれ(日本の安倍元首相暗殺事件)が何らかの政治的意図で引き起こされた事件であるなら、アルカディア王国政府宰相として、その責任者に対し、厳しく追及させて頂くことになる』と答えている」

 記者が、『武力行使も辞さないということか?』という質問をしている。
 それに対し、安倍春明首相は、『政治的意図によって引き起こされたものであるなら、その事件を意図した政敵に対し、最大限の抗議活動を行わせて頂くこともあり得る』と、答えている。

 記者:「魔界の穴を開くということですか?」
 安倍春明:「活動内容には色々なものがあるが、それも選択肢の1つだということは申し上げる」

 90年代のオカルトブーム。
 真実を隠すように様々なインチキオカルトが横行した時代であったが、令和の昨今、もはやインチキオカルトで隠すようなことはしないということだ。
 ぶっちゃけ、目の前に本物のモンスターが現れたり、目の前で人が神隠しに遭うということが起こり得るようになるということである。

 勇太:「どうなんだろう?今、こっちの安倍首相に面会できるかな?」
 威吹:「今は無理だろうね。噂では今、陳情受付は中止になっているらしい。よほどの大物でないと、今、首相に会うことは難しいと思う」
 勇太:「イリーナ先生でないとダメなのか……」
 マリア:「後で師匠に、もう1度コンタクトを取ってみる。因みに、ルーシー女王は?武力行使といったところで、ルーシー女王が許可しないとことにはできないだろう?」
 威吹:「ここに、女王の声明がある。『これは安倍一族並びに日本国の問題であるので、王室はこれに関与しない』とのことだ」
 マリア:「逃げたか、あのヴァンパイア」

 今、『魔王』の座に就いているのは、ルーシー・ブラッドプール一世。
 アメリカ出身の吸血鬼である。
 但し、先祖は教会からの迫害を逃れる為、ルーマニアから人間の移民を装ってアメリカに入国し、永住したのだとか。
 その子孫であるルーシーが、どうして今や魔界の女王になっているのかは別作品の話になるので、割愛させて頂く(立憲君主国としての現王国の建国物語である)。
 因みにルーシーという名前はとてもポピュラーなものである為、ダンテ一門のルーシーと名前被りをしているが、特に繋がりは無い。

 勇太:「魔界の穴を開けられたりしたら大変だ。僕達は何とか安倍首相に会って、真意を確かめたい」
 威吹:「普通に考えたら、それは無理だって」
 マリア:「普通に考えれば、ね」
 勇太:「マリア?」
 マリア:「魔界共和党はどうなんだろう?」
 威吹:「というと?」
 マリア:「国民からの陳情の受付は中止しているらしいが、党幹部との面会も拒絶しているのだろうか?」
 威吹:「それは分からんが……」
 マリア:「私達がいきなり魔王城に行って、『安倍総理に会わせろ』というのは無理だろう。しかし、安倍総理も魔界共和党の党員」
 勇太:「党員どころか、最高幹部だよ」
 マリア:「知ってる。最高幹部であっても、その下の幹部党員との面会まで断るほどなのだろうか?」
 威吹:「何が言いたい?」
 マリア:「最高幹部にはいきなり会えなくても、その下の上級幹部くらいなら何とか会えたりしないか?そして、その上級幹部の紹介で安倍首相に会うという作戦は無理だろうか?」
 威吹:「ボクはそんな政治家に知り合いはいないからねぇ……」

 すると、坂吹が土下座するかのような体勢を取った。

 坂吹:「恐れながら……某に、1つございます」
 勇太:「えっ、坂吹君が!?」

 見た目の年齢は10代後半くらいだ。
 そんな青少年妖狐が、国会議員に知り合いがいるというのだろうか。

 威吹:「何だ?言ってみろ」
 坂吹:「はっ。この村の中心部に、共和党の事務所がございます」
 威吹:「それは知ってる。この村を政治的に監視する為のものだろう」
 勇太:「あ、選挙事務所とかじゃないの?」
 坂吹:「看板にはそう書いてございます」
 威吹:「だからそれは表向きの話だ。実際は、一党独裁である共和党に反目する者がいないかを監視しているのだ」

 立憲君主制で一党独裁というのもおかしな話だが、野党が存在しないという意味でなら合っている。
 残念ながら文明が20世紀半ばより以前ということもあり、政治体制についても戦中以前の日本のようなものなのである。
 野党は存在しないし、それを結党しようものなら、治安維持法違反で摘発される。

 勇太:「でもそこに、魔界共和党の党員が詰めているということではあるよね?」
 威吹:「そうだけど、こんな辺境の村に送られるような輩だから、大した幹部とかではないんじゃないかい?」
 勇太:「いや、正規の党員であるなら、まだ交渉の余地がある。ちょっと電話を借りてもいいかい?」
 威吹:「いいけど……」

 世界が違う為、ここでは手持ちのスマホは通信機としての役割を行なえない。

 マリア:「共和党関係は勇太に任せる。私は、師匠や他の魔道士にコンタクトを取ってみる」
 勇太:「分かった」
 威吹:「じゃあ勇太、電話はこっちだ。案内するよ」

 白い着物に紺色の袴を穿いた威吹が席を立った。
 この文明の固定電話だから、当然そこにあるのはダイヤル式の黒電話だろう。
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“大魔道師の弟子” 「魔界のお稲荷さん」

2022-07-27 15:11:04 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[7月14日11:30.天候:晴 アルカディアシティ・サウスエンド地区(南端村) 魔界稲荷]

 幌の上に『TAXI』と書かれた行灯を乗せた辻馬車が、鳥居の前で止まる。
 見た目はただの稲荷神社だ。
 しかし、ここが威吹の家なのである。

 御者:「それでは、こちらまで28ゴッズになります」

 ゴッズとはアルカディアシティの通貨。
 レート的には1ゴッズが10円程度と、物価はかなり安い。
 因みに外貨交換は、ワンスターホテルと魔王城で行われている。

 マリア:「釣りは要らないよ。Thank you.」

 マリアは20ゴッズ紙幣と10ゴッズ紙幣を出して、2ゴッズの釣りは受け取らなかった。

 御者:「ありがとうございます」

 辻馬車を降りて、鳥居までの階段を昇る。
 これがまた一苦労なのだ。

 マリア:「師匠みたいに、浮遊魔法が使えたらなぁ!」
 勇太:「頑張って使えるようになりましょうね!」

 長い階段を昇って、ようやく境内に入る。
 鳥居を潜ると、両脇には狐の石像が鎮座しているはずである。
 ところが、ここの神社の場合……。

 勇太:「何で、仁王像みたいなのが立ってるんだ?」
 マリア:「そりゃあ、イブキの弟子が化けてるからだろう。おい、そこのあんた、バレてるぞ」

 向かって左側に立っていた妖狐が、ポンッと煙を放って正体を現した。

 妖狐A:「上手く化けれたと思ってたのになぁ!」

 続いて右側も正体を現す。

 妖狐B:「バーカ。人の姿のままだったぞ。バレないわけがない」

 どちらも着物に袴姿だった。
 左腰には木刀を差している。
 が、直後にこの2人の妖狐の頭に小石が飛んできた。

 妖狐A&B:「いてっ!?」
 坂吹:「何がだ!2人とも失敗してるぞ!境内、うさぎ跳び10周!」
 妖狐A:「ええーっ!?」
 妖狐B:「ぴえっ!?」

 一番弟子の坂吹、今や弟弟子達の監督役らしい。

 坂吹:「威吹先生から伺っております。どうぞ、こちらへ」

 坂吹は勇太達の前で一礼をすると、そう言った。

 勇太:「あっ、ああ。ありがとう」

 少しは鍛えられたのだろうか、いきなり襲ってくることはなかった。
 神社内で、本殿の次に大きな建物に案内された。

 坂吹:「先生!お客様方の到着です!」

 すると、奥からバタバタと見覚えのある顔がやってきた。

 威吹:「ユタ!久しぶり!」
 勇太:「久しぶりだねぇ、威吹」

 両手を握って、ブンブンと上下に振る。
 なかなか激しい握手である。

 威吹:「疲れただろ!今、昼食の準備をしてるんだ!上がってよ!」
 勇太:「お邪魔します。……あ、これ、手土産の油揚げの詰め合わせセット」
 威吹:「さすがユタ、話が早い!」
 勇太:「ん?」
 マリア:「どういうことだ?」

 2人は靴を脱いで上がった。
 そして、奥の客間に通される。
 客座敷と呼ばれる、純和風の部屋だった。
 料亭の客間に行くと、こんな感じでは?といった感じだ。

 妖狐娘:「いらっしゃいませ」

 客間に行くと、同じく着物に赤い袴を穿いた少女が出迎えた。
 歳は10歳くらい。
 銀髪に、金色の瞳をしていた。

 威吹:「娘の美狐(みこ)。人間名は美子だな」

 紙の色や瞳の色は威吹に似ているが、顔はさくらに似ているような気がする。
 人間と妖狐の間に生まれた半妖というわけだ。
 その為、いわゆる『半化け』状態になっており、威吹の第1形態(つまり今の姿)で特徴的な『エルフ耳』ではなく、狐耳であった。
 人間の耳に相当する部分があるのか、おかっぱの髪の中に隠れているので不明である。
 おかっぱはマリアと似ているが、髪質が違う。
 マリアはストレートだが、美狐は癖毛であった。

 勇太:「稲生勇太です。よろしく」
 マリア:「マリアンナ・ベルフェゴール・スカーレット。マリアでいいよ」
 美狐:「美狐です。よろしくお願いします」
 坂吹:「先生、昼食の用意が出来上がったとのことです」
 威吹:「分かった。ここに運んでくれ」
 勇太:「何だか昼時に来ちゃって、申し訳ないね」
 威吹:「とんでもない。むしろ泊まって行ってほしいくらいだよ」
 勇太:「いやいや、そんな厚かましいこと……」
 威吹:「そんなことないよ。ボクが人間界にいた頃、ユタの家に随分と世話になったからね。是非ともユタの両親にも、来てもらいたいくらいだよ」
 マリア:「普通の人間が魔界に来たらどうなるか、分かって言ってるのか?」
 威吹:「だから、できればの話だ」

 ややもすれば、ここはあの世の一部とも言える。
 異世界転生先にもなっているくらいだから。

 坂吹:「お待たせ致しました」

 坂吹以下、数人の弟子達が昼食を運んで来る。
 運ばれて来たのは、キツネうどんだった。

 勇太:「なるほど。さすがだ」
 威吹:「弟子達を養わないといけないからね、昼は大抵、うどんかそばなんだ」
 勇太:「それでは、頂きます」
 マリア:「うどんか。確かに、向こうではまだ食べてなかったな……」
 威吹:「話は食べ終わってからにしよう」

 尚、美狐がお茶などの給仕を行っている。

 勇太:「キミは食べないの?」
 美狐:「わたしは……」
 威吹:「美狐、ここはいいから、オマエも母さんと一緒に食べてこい」
 美狐:「……はーい」

 美狐は名残惜しそうに、チラチラと勇太の方を見ながら客間を出て行った。

 威吹:「いや、すまんね、目障りで……」
 勇太:「いや、別にそんなことはないんだけどさ」
 マリア:「いや、そんなことはある。何だか、やたら勇太のことを気にしているようだった」
 威吹:「あー……。ボクが人間界に長くいたこともあって、その話をしたら、興味を持っちゃってねぇ……」
 勇太:「あの年頃の女の子は、皆そうなのかな?キノの所の妹さんも、似たようなものだったと聞くけど……」
 威吹:「どうだかねぇ……。まだ子供だし、人間界に行ったところで、受け入れ先が無いからね」
 勇太:「それならウチで……」

 しかし、マリアは両手でバツを作った。

 勇太:「……は、ダメみたいだね」
 威吹:「別にいいよ。大人になれば、何とかなるさ」
 勇太:「大学進学後の上京感覚!?」
 
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