歳末 その1
醤油お渡ししました
中央台は「薄(すすき)野だったんだ、こんなとこ」と言われるように、冷たい風が空の向こうから、まだ紅葉を残す山の向こうへと吹き抜けて行く。仮設はまったく同じ格好の平屋が見渡す限り続いている。楢葉の仮設が木造の温かみを感じさせるのとは対称的に、広野のプレハブは色も白で、寒さがよりしみ入るようだ。そこを、遮るもののない喜びがあるとでもいうのか、冷たい風は遠慮なく通り抜けていく。一度だけ、同じ仮設なのにどうしてこんなに差があるのか尋ねたことがある。その時は自立生活センターの理事長さんだった。それがね、とやはり理事長さんも同じ印象を持ったらしく言った。それがね、同じなんだよ、と言う。予算は同額なので、高いとか安くとか出来ない、と言うのだ。それでさ、と理事長さんは続ける。楢葉木造の仮設住宅は業者自慢の代物なんだ、高級感とあわせて、解体と移動が簡単なのだそうだよ、と言う。そうだったのか、私は思わずうなった。
いわき(海岸沿い)を中心とした第一仮設も広野とまったく同じ建物だ。地面を露出させた広い駐車場は、ロープで丁寧に仕切ってあり、そのひとつひとつにビニールテープで番号が振ってある。しかし、多くの車が住居の間近に停めてあるのは、「水はけが悪くてねえ。雨が降ったらもう駐車場までは大変なのよ」という事情によるのだろうか。それを聞くたびに、こんな高台だというのにどうして水はけが悪いのか、といつも私は思う。殺風景な駐車場を風がまた喜んでいるかのようだ。
この日は全国的にそうだったように、いわきも学校は終業式だった。お昼近く、道々子どもたちの姿が見える。「一年で一番嬉しい日」、七月も三月もそんな日があるのだが、子どもたちに聞くと二学期の終業式が格別だという。イベントが続くせいらしい。金回りも他に比べると、この冬休みが一番だという。
集会場で醤油の本数を確認する。「いろいろなんだねえ」、役員の方が確認しながら言う。本当だ。一人で数十本という方も、友だちひとりひとりから一本ずつ集めて五本とか、本当にいろいろで、そしてありがたい。役員の別な方が「こんなにたくさん」とため息をついている。ひと世帯一本なのだが、第一仮設の分全部集まると160本。何度も経験したはずなのに、見ればうんざりする量なのだな、と私は思う。
集会場玄関前に積み上げて用意していると、子どもたちがキックボードや自転車で、そして歩いて群がってくる。醤油か、サイダーはないの、と群がって来る。仮設の子は、みんな知らない人でもまったく違和感なく近寄ってくる。いや、知らないひとがいても自然に受け入れると言った方がいいのか、それだけいろいろな人が出入りしているということだろう。「ドイツの大統領が来たよ」と、なんの力みもなく言う。「首相(メルケル)なら知ってたけど、大統領って誰だよ」とは、こっちも聞きたくなる。
そうして段ボール箱(空き箱)をくれ、と言う話で、いやオレが先だと言い合いを始める。子どもはいいなあ、と思う。この「いいなあ」は「好きだな」という意味だ。「気楽でいい」という意味であるはずがない。そんなことを言い争いながら、サッカーや鬼ごっこに消えていく。ゲーム機を持ちながらというのが、また今風だ。
役員さんと職員(市役所の集会場専属)とあわせて六人で手分けして始める。慣れているからだろうが、早い。私も一人の方と一緒に回る。「○○○」という表示がガスメーターになければ住んでいないということだよ、そう教えられた。ポストもない、玄関先の履物やカーテンもない、これで人が住んでいるのか、という印象を受けるところもあった。でも、そこで誰かが息づいている、そう思いながら私は玄関のサッシを開ける。やはり開いた。人はいるのだ。そうして「醤油配布に参りました」と声をかけて、置いていく。そうだ、事前に回覧板を回してもらっているんだっけ、そう思い出す。
棟と棟の間は簡易舗装の狭い道となっている。玄関の向かいが向かいの家の軒先だ。軒下は洗濯物を干すのがやっとで、花を植える空間などない。そこには夏の暑さ除けのゴーヤの名残が残っていたり、多くは洗濯物が下がっている。たまたま空気の入れ換えをしているのか、窓が開け放たれている家もあったが、その窓から部屋を通して玄関が見える。狭いのだ。
一番嬉しいのは、わざわざ「ありがとうございます」と玄関にでてきてくれる方が多いこと。玄関を開けると、その向こうは部屋との仕切りの入り口になっているのだが、その間に暖簾やカーテンをかけている方も多く、そういう時は仕切りの戸を開けている家も多かった。そこから顔を出してくれるのだ。なにせ回るのが早く、少し話をすれば良かったな、と少し後悔もした。次回は「品物のリクエストがあれば」というくらいは聞いてこようと思った。
そうだ、子どもたちの「サイダーはないの」で、心配した今回の支援者もいた。大丈夫。子どもたちはこれから、つまり今日とこの先、イベントが目白押しである。ボランティアや地元の方の主催するクリスマス・餅つき・ラーメン・カレーと、サイダーはもちろん、様々なプレゼントが待っている。
大変な年だった。少しでもいい年が来ますように。
☆☆
実は今回のいわき行き、車(四輪)でした。ずっしり重く冷たい空気の中をバイク? そう身悶えして変更したのです。いや自分の車は好きなのですよ。そういうことではない。車での移動が嫌いなのです。
楽でした。ホントに。以前BMW(バイクの)に乗った方から「寒くないのかい」と、サービスエリアで言われたことがあります。そのビーエムのバイクはバッチリ風防があったのですよ。心配してくれたんですね。
一、二月は車で行こうかな。
☆☆
喫茶「パリー」のマスターから、長い立派な山芋をもらいました。古殿地区のものです。「大丈夫ですよ、ちゃんと調べてあるから」と言うのです。みんな屈辱的な思いをしてしばらく生きるのですね。
醤油お渡ししました
中央台は「薄(すすき)野だったんだ、こんなとこ」と言われるように、冷たい風が空の向こうから、まだ紅葉を残す山の向こうへと吹き抜けて行く。仮設はまったく同じ格好の平屋が見渡す限り続いている。楢葉の仮設が木造の温かみを感じさせるのとは対称的に、広野のプレハブは色も白で、寒さがよりしみ入るようだ。そこを、遮るもののない喜びがあるとでもいうのか、冷たい風は遠慮なく通り抜けていく。一度だけ、同じ仮設なのにどうしてこんなに差があるのか尋ねたことがある。その時は自立生活センターの理事長さんだった。それがね、とやはり理事長さんも同じ印象を持ったらしく言った。それがね、同じなんだよ、と言う。予算は同額なので、高いとか安くとか出来ない、と言うのだ。それでさ、と理事長さんは続ける。楢葉木造の仮設住宅は業者自慢の代物なんだ、高級感とあわせて、解体と移動が簡単なのだそうだよ、と言う。そうだったのか、私は思わずうなった。
いわき(海岸沿い)を中心とした第一仮設も広野とまったく同じ建物だ。地面を露出させた広い駐車場は、ロープで丁寧に仕切ってあり、そのひとつひとつにビニールテープで番号が振ってある。しかし、多くの車が住居の間近に停めてあるのは、「水はけが悪くてねえ。雨が降ったらもう駐車場までは大変なのよ」という事情によるのだろうか。それを聞くたびに、こんな高台だというのにどうして水はけが悪いのか、といつも私は思う。殺風景な駐車場を風がまた喜んでいるかのようだ。
この日は全国的にそうだったように、いわきも学校は終業式だった。お昼近く、道々子どもたちの姿が見える。「一年で一番嬉しい日」、七月も三月もそんな日があるのだが、子どもたちに聞くと二学期の終業式が格別だという。イベントが続くせいらしい。金回りも他に比べると、この冬休みが一番だという。
集会場で醤油の本数を確認する。「いろいろなんだねえ」、役員の方が確認しながら言う。本当だ。一人で数十本という方も、友だちひとりひとりから一本ずつ集めて五本とか、本当にいろいろで、そしてありがたい。役員の別な方が「こんなにたくさん」とため息をついている。ひと世帯一本なのだが、第一仮設の分全部集まると160本。何度も経験したはずなのに、見ればうんざりする量なのだな、と私は思う。
集会場玄関前に積み上げて用意していると、子どもたちがキックボードや自転車で、そして歩いて群がってくる。醤油か、サイダーはないの、と群がって来る。仮設の子は、みんな知らない人でもまったく違和感なく近寄ってくる。いや、知らないひとがいても自然に受け入れると言った方がいいのか、それだけいろいろな人が出入りしているということだろう。「ドイツの大統領が来たよ」と、なんの力みもなく言う。「首相(メルケル)なら知ってたけど、大統領って誰だよ」とは、こっちも聞きたくなる。
そうして段ボール箱(空き箱)をくれ、と言う話で、いやオレが先だと言い合いを始める。子どもはいいなあ、と思う。この「いいなあ」は「好きだな」という意味だ。「気楽でいい」という意味であるはずがない。そんなことを言い争いながら、サッカーや鬼ごっこに消えていく。ゲーム機を持ちながらというのが、また今風だ。
役員さんと職員(市役所の集会場専属)とあわせて六人で手分けして始める。慣れているからだろうが、早い。私も一人の方と一緒に回る。「○○○」という表示がガスメーターになければ住んでいないということだよ、そう教えられた。ポストもない、玄関先の履物やカーテンもない、これで人が住んでいるのか、という印象を受けるところもあった。でも、そこで誰かが息づいている、そう思いながら私は玄関のサッシを開ける。やはり開いた。人はいるのだ。そうして「醤油配布に参りました」と声をかけて、置いていく。そうだ、事前に回覧板を回してもらっているんだっけ、そう思い出す。
棟と棟の間は簡易舗装の狭い道となっている。玄関の向かいが向かいの家の軒先だ。軒下は洗濯物を干すのがやっとで、花を植える空間などない。そこには夏の暑さ除けのゴーヤの名残が残っていたり、多くは洗濯物が下がっている。たまたま空気の入れ換えをしているのか、窓が開け放たれている家もあったが、その窓から部屋を通して玄関が見える。狭いのだ。
一番嬉しいのは、わざわざ「ありがとうございます」と玄関にでてきてくれる方が多いこと。玄関を開けると、その向こうは部屋との仕切りの入り口になっているのだが、その間に暖簾やカーテンをかけている方も多く、そういう時は仕切りの戸を開けている家も多かった。そこから顔を出してくれるのだ。なにせ回るのが早く、少し話をすれば良かったな、と少し後悔もした。次回は「品物のリクエストがあれば」というくらいは聞いてこようと思った。
そうだ、子どもたちの「サイダーはないの」で、心配した今回の支援者もいた。大丈夫。子どもたちはこれから、つまり今日とこの先、イベントが目白押しである。ボランティアや地元の方の主催するクリスマス・餅つき・ラーメン・カレーと、サイダーはもちろん、様々なプレゼントが待っている。
大変な年だった。少しでもいい年が来ますように。
☆☆
実は今回のいわき行き、車(四輪)でした。ずっしり重く冷たい空気の中をバイク? そう身悶えして変更したのです。いや自分の車は好きなのですよ。そういうことではない。車での移動が嫌いなのです。
楽でした。ホントに。以前BMW(バイクの)に乗った方から「寒くないのかい」と、サービスエリアで言われたことがあります。そのビーエムのバイクはバッチリ風防があったのですよ。心配してくれたんですね。
一、二月は車で行こうかな。
☆☆
喫茶「パリー」のマスターから、長い立派な山芋をもらいました。古殿地区のものです。「大丈夫ですよ、ちゃんと調べてあるから」と言うのです。みんな屈辱的な思いをしてしばらく生きるのですね。