実戦教師塾・琴寄政人の〈場所〉

震災と原発で大揺れの日本、私たちにとって不動の場所とは何か

放課後 実戦教師塾通信九百十八号

2024-06-21 11:28:05 | 子ども/学校

放課後

 ~用のない子ども~

 

 ☆初めに☆

行き場がなくなる子どもたちの増える心配が、進行しています。原因の一つとして上げないといけないのが、「部活」のことです。ご存知と思いますが、千葉県・柏市は、部活の地域移行に取り組む自治体として、全国から注目を集めています。休日の部活は人材プールに登録した(官民を問わない)コーチが担います。これでブラックと揶揄され批判されて来た部活の問題も解消されればいいのですが、そうではありません。この波を一番に食らったのが、小学校だと思えて仕方がないのです。柏市は小学校での部活(特設クラブ ; 以下「部活」と表記)を廃止します。来年度を目途にするこの事案は、全国初と聞いています。地域にあるクラブに行く、というのが代案だそうです。悔しいです。

 1 子ども好(ず)き、頑張れ!

 小学校の部活は、陸上(駅伝も含む)・バスケットボール・吹奏楽(水泳が加わることもある)で、大体が構成される。過熱傾向にあった部活が、これ以上職員や児童の負担にならないよう大会の縮小・廃止が決まったのは、ついこの間のことだ。その記憶がまだ覚めないうちに、部活そのものがなくなる。確かに、仕方のないものもある。吹奏楽である。高額な楽器の購入と維持管理に加え、指導者の不足があるからだ。多様な楽器に応じた指導は地域のボランティアに頼る学校も多く、その人材が不足しているばかりでなく、ボランティアの高齢化が進んでいる。難しい。

 しかし、その他の部活はどうなのだろう。何より、身体を動かしたい子どもと先生は、なかなかに多いのだ。世の「ブラック」批判の陰に隠れて小さくなっているが、中学校でも部活をしたい教員は多い。忘れてはいけない、放課後も子どもたちと一緒にいたいという先生は、まだ結構いるのだ。もちろん、学校に残っていたいという子どももだ。今回の、小学校における部活廃止は、恐らく半世紀以上に渡って続いている「用のない児童・生徒は帰りなさい」というお達しに拍車をかける。はっきり申し上げるが、残っている子どもは、その必要があって残っている。帰っても恐ろしい家が待っているからなんていうウルトラなものに始まり、まだ遊びたいというものまで理由は様々だが、みんな「必要/用がある」から残っている。しかし、無責任に残すわけには行かない、という学校的事情もある。小学校のケースで考えよう。残りたい子どもの多くは、放課後に塾やクラブという別メニューを持たない、家に帰りたくない、あるいは学校を先生を好きな子である。家を忌避する子はともかく、先生から「そろそろ帰りなさい」と言われれば、子どもたちは素直に受け入れる。そんな中で先生の方も、子どもが抱えるものに分け入る眼差しを蓄積する。信頼関係の上に構築される「放課後」なのである。「残り勉強」もそのひとつだ。すると、その必要のない子も「一緒にしたい」「終わるまで待ってる」と駄々をこねたりする。仕方なく残したり残さなかったり。だからそういう先生は、保護者との連絡を欠かせないし、管理職の理解を得ないといけない。そして、自分だけいいカッコして/何かあったらどうするつもりかね/無責任だ/子どもを甘やかしてる等々の、同僚からの冷ややかな視線・言動をさばかないといけない。大変なのである。でもそういう先生、少なくない。学校、そして子どもの希望だ。頑張れ!

 2 英会話教室

 そんなわけで、小学校での部活廃止は、放課後に子どもたちが残る道が狭くなることを意味する。ここ半年の間に何件か、私のところに学童保育の高学年枠を広げて欲しい、という保護者からの相談が舞い込んでいるのだが、小学校で部活が廃止されることと関係しているのではないかと思えて仕方がない。学童保育での子どもたちの抱える諸問題を知らずに相談したいと思うのだろうが、学童保育は「放課後」の解決策としては慎重に考えないといけない。ことのついでなので言っておこう。この部活縮小(小学校では廃止)は学校のブラック企業批判ばかりでなく、いわゆる「働き方改革」なるお題目から来ている。教員の「授業の準備も出来ない」理由に、部活があげられるからだ。ここに手を付ければブラック批判に対応できるし、何より簡単だと思ったのだろう。しかし、欠けているのは「増えた仕事」の検討の方だ。小学校で削減するべきは英語だ。いや、正確には担任が英語まで教えることだ。真っ先にやめないといけない。初代文部大臣・森有礼の「日本語廃止論」のように、英語が「グローバル世界における必要」というなら、ALTの増置より英語教師を正規に配置することだ。こうすれば、英語の時間は先生の「空き時間」になる。補足すれば、大切なのは「日本語」だ。そう言ったのは、イチローだ。喜怒哀楽を表すのに別な言語を強制されるのは悲しいことだ、と言ったのは柳田國男だ(標準化政策のこと)。英会話教室に、お金を払って!夜!に通っている小学校教師がいることを、知らないとは言わせないゾ。こういう給料の使い方と、こんな「残業」があっていいはずがない。

 3 強引な統合

 最後にひとつ。柏市で義務教育学校計画が、猛スピードで進んでいる。現在の柏中学校と、その学区内小学校が統合されて義務教育学校となるものだ。ふたを開けたら1400人というマンモスの学校は、安倍内閣の時のような閣議決定→議会承認(追随)なるものと酷似している。学区の保護者や教員に対して、計画への希望聴き取りはもちろん計画への参加希望を打診する等は皆無だった。そして遅ればせながら議会で始まった質疑では、いい加減な「ちゃんとやってます」なる回答が乱舞している。まだ十分な余裕を残している柏中学校の敷地と、学区内の柏一小の老朽化が著しいことに目を付けていたのだろう。そして、柏一小は駅から目と鼻の先の一等地。跡地の売却で柏中学校内に校舎が建つという算段である。全国を見渡しても、ワースト3という柏市のマンモス義務教育学校構想は稿を改めて書かないといけないが、今日はひとつだけ。柏中学区のもうひとつの小学校、旭東小学校が統合されることである。この小学校はこのままでいいはずなのだ。そうすれば、義務教育学校のマンモス化も緩和されるし、課題として上がっている「スクールバス」も大げさでなくなる。しかし、旭東小学校の義務教育学校編入を、市当局は譲れない。

 この柏市義務教育学校構想には、ステージが三つある。土台・4年、充実・3年、発展・2年の合計で9年というものだ。旭東小学校が統合される理由はここにある。柏中が現在のままなら、旭東小学校の子どもたちは卒業して柏中に進学すればいいだけだ。ところが義務教育学校となった暁、6年間を修了した子どもたちをどこに編入するか、柏市行政執行部が困惑したのは想像するに難くない。しかし、躊躇を振り切ったようだ。全国に先駆けて、が好きな柏市である。面白い試みもないわけではないが、ここに来ての暴走ぶりは見過ごせない。

 

 ☆後記☆

先週の子ども食堂「うさぎとカメ」ですが、何がって野菜がすごかった。みちの駅や複数の個人の方の寄付に加え企業の協力を得て、仕分けから配布まで嬉しい悲鳴でした。利用者の皆さんの持参した袋が野菜で溢れて、思わず困りませんかと声を掛けたくらいです。でも「こんなにたくさん頂けて」という声。嬉しいです💛

この日は久しぶりの「飾り寿司」。大型のアンパンマンはプロの手作り、感謝です🥐 そしてメインディッシュのワンタンスープはお代わり続出で、こちらも嬉しい悲鳴でした☺

 ☆☆

いやぁ、藤井八冠、ついに崩れました。「(この日が来るのは)時間の問題と思っていた」という藤井君を、また好きになります。また、師匠の杉本先生の「また八冠に挑戦できるね」という言葉もいいなあ☖⛊

そして、オオタニさんは怒涛の21号🥎 頑張るぞ~🙌


ヤジ 実戦教師塾通信九百十七号

2024-06-14 11:25:13 | ニュースの読み方

ヤジ

 ~原則と逸脱~

 

 ☆初めに☆

「つばさの党」なる団体が、物議をかもしています。政策らしきものは全く見当たリません。この連中がN党、そしてガーシー議員⁉に続く、ストレス発散民族と見ていいでしょう。でも今回の記事は、こういう者どもに対する批判ではありません。またしても、「表現の自由」が絡んでいるからです。戦う土俵が違うんです。

 1 首相・安倍

「こんな人たちに負けるわけには行かないんです」

懐かしくもないが、7年前の秋葉原駅頭における安倍元首相の「抗議」の声だ。「安倍やめろ」の横断幕とポスター、そして聴衆の「ヤジ」に対して出されたものだ。もちろん私も、首相が官邸主導で、この2年前に進めた安保法案の強引に憤った。また、小泉政権下での内閣主導システムは、安倍内閣で大きく進んだ。官邸・内閣ですべてが進んでいくことに、いら立ったのである。ついでに、辻元議員の国会質問に「さっさと質問しろよ」とヤジを飛ばしたのもこの男だ。そんな奴がヤジにムカついてるゼ、ぐらいにも思った。でもやはり、抵抗があった。ことは、駅頭の占有許可をもらっての選挙演説なのだ。街頭デモのことで言おう。あれはまず、デモ申請をして、公安委員会から道路使用許可を得る。学生時代に何度もやったが、参加人数「千人」などと書く。宇都宮大学は全学で3千人強、そんなに出るのかと聞かれるが、そうだと答えると、それ以上相手は何も言わない。一方、デモへの妨害もある。右翼が街宣車で突っ込んできたこともある。過激なデモを抑えるのが警察なら、デモ妨害の右翼を止めるのも警察である。選挙演説も同じだ。首相・安倍に頭に来ていたのは、私も同じだ。しかし、ことは駅頭の候補者演説であり応援である。

 2 ぜひとも傷害罪で

 この首相の発言に対し、多くの批判が飛び交った。例えば、州知事選の演説会場で、「ターミネーター」のシュワルツェネッガーが玉子をぶつけられたこと。それに対し、シュワ氏が「ベーコンも寄こせ」と対応したことを、首相・安倍の「こんな人たちに……」と並べ、いかに安倍氏が「大人げないか」としたのだ。また、オバマ大統領が当選した時、相手候補(マケイン)の支持者に「まだ、私を支持していない……皆さんの声も聞こえています」と言ったことをあげ、同じく「聞く耳を持たない」首相だと批判したこと。確か、ボルテールだったか「私はあなたの意見には反対だ。しかし、あなたがそれを主張する権利は、命をかけて守る」 を取り上げた人もいたと思う。でもこれって、双方が「相手をリスペクトする」状態が前提となっている。そうでない誹謗中傷はもちろん、相手の声をかき消すヤジは考慮されていない。仮にそんな状況を想定したとして、ボルテールは「単に相手を潰すのが目的なら、私はそれを叩き潰すだろう」と言ったかも知れないゾ。北海道での街頭演説聴衆排除は、プラカードを掲げた静かな人たちもその対象になったそうだ。しかし、秋葉原の件はどうなんだ。プラカード・横断幕のメッセージはいい、と思う。でも、エスカレートした事態は、聴衆間でのもめ事へと続いたとも聞く。安倍先生が器の大きい人だったら臨機応変、この場で幾ばくか質疑応答しただろう。実は「私は都議選に立候補した方を応援に来たのです。私への批判は別なところでお願い出来ませんか」と首相にやられたら、安倍やめろのシュプレヒコールは出来なくなったはずだ。しかし安倍先生は、もちろんそうせず「こんな人たちに……」とやった。この発言が原因で、くだんの都議候補は敗北を喫したともいう。しかし、これらを「表現の自由」として来たしっぺ返しは、現実のものとなってるんじゃないのか。

 衆院補選の立候補者・乙武氏に、同じく立候補した「つばさの党」が「不倫、不倫!」と、大音量で叫びたてた。よその陣営を追い回す「カーチェイス」も繰り返した。今でこそ警察の動きは速やかだが、こうなるまでじれったい思いをした人たちは多かった。しかし警察は、この種の問題が単なる「妨害」なのか、デリケートな「表現の自由」が絡むのか、判断に苦しむのだ。政権批判を「表現の自由」として進めるのは、論点がずれて行くことを思い知るべきだ。「批判にきちんと反論しなさい」が真っ当なのであって、「批判するのは自由だ」では、不確かな・不誠実な言葉にも道を拡げる。5年前、愛知の「表現の不自由展」を巡る出来事を、ここで少しばかりレポートしたことがあった(664号)。その時と同じことを言います。相手と正面から向き合うためとして、「表現の自由」を道具にすることは、役に立たないどころか障害になる。「何を言いたいか」ではなく「言いたいことを言いたい」が前面に立つからだ。

 目の不自由な知り合いの議員が、街頭演説で腰抜けどもからヘイトを浴びた。そのことを前にレポートした。市議会で福祉部長が、あろうことか「この事案は差別ではない」と公言したため、私が役所に乗り込んだレポートだ。私は新大久保のヘイトも埼玉のクルド人ヘイトも、残念ながら、「つばさの党」の妨害行為も目にしていない。出向けばいいのかな。遭遇したいものだ。電話ボックスの上に座り込み「不倫!」と怒鳴っている奴の足を引っ張って、地面に引きずりおろしたいと思う。シュワ氏のように、大人の対応が出来そうにない。その場合の罪は「公職選挙法違反」ではなく「傷害罪」で願いたい。そん時は「真面目にやれ、この野郎」と言おうか、それとも「こんな人たちに負けるわけには行かないんです」って言おうかな。

 

 ☆後記☆

寝苦しい季節がやって来ましたね。梅雨入りはまだだし気温も抑えめかなと思いますが、対応が難しい。扇風機はかけないで、窓を開けて寝てます。もちろん、今年も昼間のエアコンは断固しません💦

近所の観音寺。アジサイの見頃はこれからです🥀

夏に必須アイテム神輿🥁 神輿の若頭が、向島から送ってくれました。

 ☆☆

子ども食堂「うさぎとカメ」、明日となりました。飾り寿司は「アンパンマン」です🍙 新鮮な野菜もいっぱいですよ~🥕 明日の「もしもしカメよ」も送りま~す✉


非核の火 実戦教師塾通信九百十六号

2024-06-07 11:25:06 | 福島からの報告

非核の火

 ~続く歩み~

 

 ☆「のらっこ」☆

二ツ沼直売所にも、真っ青な空からさんさんと日が注いでいた。数は少なくても、元気な野菜が並ぶ。キャベツの一個130円に驚いていると、あっちは高いんですって?と、レジから声が上がる。この倍か3倍ですよと言って、私はひとつ取り上げる。それでもやっぱり品薄は気になる。店が開くのも週の後半だけになった。

「のらっこ」が町営となったのは、つい最近のことだ。町営に伴い品薄となったとは考えにくい。その逆なのだろう。広野町の警戒規制が解除されて(2011年の9月末日)から2年後、私はこの「のらっこ」を知った(詳細は『大震災・原発事故からの復活』を参照ください)。かつて警戒区域だったエリアで、農家が米を作った。その米を「のらっこ」が販売していると教えられたからだ。元気そうなおばちゃんたちが、学校も始まったしね、と嬉しそうに話す当時のことがよみがえる。当時はたくさんの野菜に販売規制がかけられていたわけで、その野菜が置かれてないか県の職員が確認のため来ていた。その職員やパトロール中のお巡りさん、そしてたくさんのお客さんと一緒に談笑した。不満を遠慮なく言うおばちゃんたちも、彼女たちに罵られる職員も表情は柔らかかった。「のらっこ」は生産組合の作ったものだ。たくさんの農産物は、各農家が組合に委託した。地元の農家が作った野菜を、避難先のいわきから町の人たちがわざわざ買いに来ていた。受け取るのは野菜ばかりではない、住んでいた町が今どうしているか、ここに来ると分かるからだ。住んでいた町の新たな活力がここにあったからだ。私も来るたび元気をもらった。当時レジに必ずいた元気な組合長さんも、町営となったせいなのだろう、全く見かけなくなった。広野町の役場駐車場にイオンが出来た時、ここって閉鎖されちゃうの?と聞く私に、私たちも頑張るよと笑っていたおばちゃんたちが懐かしい。

 近隣農家の作ったゴマと、みかんサイダーも買う。サイダーとは、炭酸飲料ということですかと聞く。シンプルなラベルで、高校の先生が指導して生徒と作ったものだそうだ。専用棚で冷えている。同じ棚で冷えている豆腐も、どうだい?と勧められるが、多分、防腐剤加工がない自然食品だから足が速い。三日間はもたないよね、と断りました。

笑ふるタウンのベンチで飲んだみかんサイダー。ナチュラルな味わいです🍹

いま働いてません的な表示のモニタリングポスト。

 ☆伝言館☆ 

いつもはヘビが元気な頃合いの宝鏡寺・伝言館は、静かに川が流れていた。暑いくらいの日差し。

原発事故集団訴訟原告であり、伝言館事務局長の丹治杉江さんがいらした。ちょうど掃除の最中で、一階(伝言館は坂に建っているため「地下」の印象が強い)に巨大ムカデが出るのよ、と殺虫剤を持って降りて行った。

非核の火(碑)前を掃除する丹治さんです。

怖くてついていけない私は、二階で前回見過ごした能登地震のパネルを読む。あとで、安齋育郎先生から聞いたが、改めてパネルを作るそうだ。同じ能登の珠洲原発誘致を潰した住民の力をレポートするという。隣の平和館に行くと、大きなパッチワークが下がっていた。先生の奥様が作ったという。パッチワーク製作者として、著名な方らしい。写真では分からないが、模様のひとつひとつに綿を入れて行くそうだ。それで膨らんでいる。近々、奥様のパッチワーク展も企画中である。

かたわらのテーブル上には紙細工の龍があった。聞けば、こちらは先生自身の手によるもの。今年の干支だ🐉

今回も先生とは、またしてもすれ違い。福島市で行われる自由法曹団主催の憲法集会に出るため、この翌日に伝言館に来るということだった。集会のテーマは「汚染水」だという。入管法ではないのですか?という私に、福島での集会だからねと丹治さんは言った。すでに書いたことだが、上野東照宮の宮司が「重要文化財に火が点いているのは困る」として、引き継ぐ場所を探し始めた。宝鏡寺の早川住職が手を挙げて、この地にやって来たのは原発事故から10年後のことである。丹治さんが掃除しながら、「非核の火」ってね、と話した。戦後、全国に広がった「非核の火」だが、簡単に「火」を分けていないともいう。実際、伝言館の火を「分けてください」と頼まれることがある。「自宅で灯したい」という。でも、逡巡するそうだ。「正式な火」は、もともと兵隊さんが、広島の原爆投下直後の親族の家に残っていた火をカイロの種火としたものだ。そして、福岡県(八女市)の自宅に持ち帰ったものだ。だから「正式な火」は八女市と楢葉町などで、いくつもないという。早川住職が生きていたら、どんな判断をするのだろうと思う。

 新潟県は原発立地調査で訪れた東電職員は肩身が狭く、制服で歩けなかったという。一方、福島県は原発誘致に「諸手を挙げて」歓迎した。孤立無援の中、檀家から批判されつつ早川住職は原発反対を続けた。そう言えば、住職のお通夜の折り、安齋先生や原発反対を訴える人たちは伝言館に集まっていた。もしかしたら、寺の敷地にひしめいていた檀家の人たちには、別な思惑があったのかもしれない、などと今は思う。宝鏡寺を初めて訪れたのは、原発事故から10年を数える時だった。非核の火(碑)と伝言館は、まさしく完成に向かって突貫工事だった。本堂近くの書斎を訪れた時、いやぁ本当に間に合うのやらと、初めて会った私に笑うのだった。もっと聞きたかった、改めて思った。

 

 ☆後記☆

飯塚事件の再審請求が却下されました。新証拠に対する裁判所の判断は全て憤懣やるかたないものですが、中でも腹が立ったのが、被害者の女の子の血液が被告の車から出たという案件です。これが10年前の第一次請求で「有罪の根拠と出来ない」とされました。しかし、今回の第二次請求では「他の証拠で殺人は立証はされている」としたのです。血液鑑定が正しかったかどうかの判断を回避したか、「そんなの関係ねえ」としたわけです。死刑が執行されたというのに、今さら何を言ってんだというのが一番なのでしょう。何故か報道されませんが、1990年に起こった、いわゆる「足利事件」の犯人とされた菅家さんの血液のDNA鑑定と、その2年後に起きた飯塚事件の鑑定法は同じです。DNA鑑定が始まったばかりで不確実だという疑念は、鑑定を策定した科捜研の担当者本人から出されていた。ついでに付け足せば、この「足利事件」と「飯塚事件」の鑑定をしたのは同じ人物です。このDNA鑑定により菅家さんは有罪となり、後に精度が増した鑑定により無罪となったことはご存じですね? 当初採用されたDNA鑑定は、余りにも大雑把だった。より絞り込むことが可能となった鑑定で、菅家さんは「シロ」となった。そのことを裁判官が知らないはずはない。いや、知らないかも知れないというのが悲しい。更に請求を続けるためには、またしても新しい証拠を提出しないといけません。今市事件の勝又さんのレポートでも言いましたが、相手が「証拠開示」に応じることが大切です。

 ☆☆

6月になりました。子ども食堂「うさぎとカメ」は、1日が土曜だったため、早くも来週となりました。久しぶりの飾り寿司ですよ。一体、どんな顔が出来るのでしょうね🍙 ワンタンスープも頑張りま~す👊

 オオタニさん🥎も、藤井君☖⛊もファイト


ベンツ 実戦教師塾通信九百十五号

2024-05-31 11:38:26 | 福島からの報告

ベンツ

 ~穏やかな時間~

 

 ☆初めに☆

いつも世話になってるホテルの浴衣が変わってました。フロントさんに、さらさらで気持ちいいですねと声を掛けたら、これでお客さんが外に出るわけではないし、なる議論もあったんですと嬉しそうでした。しっかりした生地。

もうすぐ夏を迎えるいわき駅前。週末を迎えた通りでは、高校生集団が立ったまま、おしゃべりしてました。

 1 「ワタナベですけど……」

 昼休みの時間帯だったので、楢葉・渡部さんの娘さんの職場に寄りました。入口付近だった担当が奥になったと聞いてたので、その辺りで似たシルエットを探しました。通りかかったスタッフに、渡部さんお願いしますと声を掛けました。すると、怪訝そうな顔をした「ワタナベさん」が現れました。違うワタナベさんで少し知り合いで、とあやふやなお願いをしました。娘さんの名前を言えばいいのですが、こんなじいさんがどうして?と思われるのもヤだなと思ったのです。待ってくださいと、なんとトイレに探しに行ってくれて……。やがて同じく不思議そうな顔をした「ワタナベさん」が出て来てしまいました。仕方なく、知り合いと言ってもお父さんの方でしてと言い訳するハメになりました。そしてようやく、この四月から二階のポストに移った娘さんに到達。この経過を渡部さん宅で報告。いや、ワタナベとかスズキとか、メジャーな名前には困ったもんだと、負け惜しみを言えば、ご夫婦大笑い。

 2 牛/肉の値段

 5月上旬に本宮で競りがあった。どうでしたか?と聞くと、結果を見せてくれた。福島のものだけで400頭。一時間で100頭を落とすという。楢葉の分、12~15頭を前日、競り場まで専用トラックで運ぶ。

そんなたくさん運ぶなんて無理に決まってると思ったが、牧場裏に停めてあったものを確認して分かった。デッカイこいつらと、高速ですれ違う。これだったら牛も安心して乗っているだろう。一頭300キロでも10頭で3トン。4トン積載トラックで充分。町のものだ。農林課の畜産部会が所有する。購入にあたって畜産農家の負担もあるが、町の支出が半分以上だ。車検も税金も町が負担する。出動一回毎に農家の供出金はあるが、これが畜産農家を育てる町ぐるみの取り組みだ。前日に運んだあと、そのままゆっくり飲んで当日を迎えたのはもう昔の話、だそうだ。

 競りの結果表では安いもので5万円!高いものが100万円、という値段の幅だ。父親・母親は血統で示すので、同じ名前が多い。前に聞いた通り、血統で値段が決まる。優秀な新種の開発も大学や農協の試験場で行われるが、血統には確実な保証がある。しかし、中には血統が良くても安いものがある。例えば、体重が軽ければそうなる。素人考えでは今から肥ればいいと思うが、同じ育成期間で体重が違うのだ。買い手には子牛の「その後」が見える。

「相手はプロだよ。ごまかせるもんじゃねえ」

和牛にいい風向きはないものか。円安で海外の旅行客は増えている。でも、みんな高級な和牛を食べてくれるもんじゃねえ。修学旅行先・京都の旅館で出される料理は、すき焼きが未だに主役だ。写真を見れば、肉のグレードは一目瞭然。国産牛だな、と渡部さんは笑った。グレードの高い和牛なんて出せるもんじゃねえと、また笑った。

 3 ベンツ

 カラスが減ったように思ったが、いやいっぱいいる、バーカ!って鳴いてやがるよ、かすみ網を張ったところで破られちまうという。イノシシはブタ熱のお陰か激減したが、アライグマはエサを漁っていく。こっちでまだクマは出てないが、浪江では出た。私は、お父さんじゃなく息子にライフルの資格を取らせたら?と提案する。

「オレが殺されっちまうわ」

その息子さんがトラクターを庭から出している。裏の畑の草場をうねるのだそうだ。給料はどう見積もっているのだろう。「出来高」⁉ 給料がゼロの月もあるって、私の開いた口がふさがらない。渡部さんの知り合いは自分の息子に、競り落としの10%を給料にしているという。やはり、月によって別々の給料になる。改めて、サラリーマンと全く違う世界を見ている。話の途中で親戚筋の若い子が、レクサスで顔を出した。実は、渡部牧場のトラクターは多くが外車だ。私の思い付きは続く。息子が、自家用も外車がいいベンツを欲しいって、そのうち言い出すぞ。

「買えるもんなら、買ってみろ」

渡部さんの言葉に、生業(なりわい)の姿が分かりやすく見える。

 

 ☆後記☆

立派な玉ねぎとお茶請けに出たさつま芋を、お土産にいただきました🍠

今年も山菜は豊作だったようで、いやぁ食った食ったと満足げにつぶやく姿がうらめしい。山菜はとにもかくにも旬が短いのです。来年は苦みの効いたフキノトウ・タラの芽にありつけますように🌞

 ☆☆

横浜の校長先生、判決が出ましたね。地裁は注目される事件を除いて、傍聴は抽選でなく先着順とは迂闊にも知りませんでした。確かに、注目される事件でなければ、行列も出来ないわけですからね。でも、動員された職員以外でも傍聴希望者って結構いたような気がします。そういう事件です。地裁も甘かった。「被害者の保護者が一般傍聴者に事件を知られたくない」のが、動員の理由だと言います。だまされちゃいますね。身内でやるな、ということです。裁判所に要請することです。それにしても、横浜・仙台・佐世保(旭川も)って学校関係の事件、多いですねぇ。

 ☆☆

知ってますか。今日、千葉・柏で叡王戦5番勝負の第4局が行われるんです。市内に開校した英国の名門ラグビースクールの記念イベントに関連してなのかな。藤井八冠、王手をかけられてます。さて、どうなるか⛊☖


柏・その後 実戦教師塾通信九百十四号

2024-05-24 11:17:37 | 子ども/学校

柏・その後

 ~重大事態の顛末~

 

 ☆初めに☆

いずれも先日のこと。地方版もありましたが、東京新聞は全国版(関東版と言えるのかもしれませんが)だったのが市立柏高校の問題。もうひとつが、同じく柏市の中学校で起こったこと。メディアの力では、すくい上げようのないものがあります。どちらもこのプログで、以前に取り上げましたが、私なりの検証と提案をして来たので報告します。

 1 「今度」はどうする?

 要点のみ振り返れば、2018年に「校舎から転落」として報道された市立柏高校の2年生の事件は、2022年に報告書が出される。後に自殺とされた事件の背景の一端は、過度の部活動が考えられると報告された。今回、ニュース上にこの問題が浮上したのは、国の出した部活動の指針を市立柏高校が守ってないと、遺族が文科省に申し入れをしたからだ。一日約2時間・休日3時間・週2日以上の休養日が、国のガイドラインである。現状を言えば、大会前という条件下で変更は可能だし、学校運営上の「調整」はある。そういうものとしてのガイドラインだ。国も恐らく、そこまでの介入をするつもりはないと思う。その結果なのだが、指針を「緩やかに」解釈して、違反ギリギリで部活をやってるところはある。やっぱりと思う学校の、やっばりと思える部活である。市立柏高校の部活動は、一日約3時間・休日6時間以内・休養日が平日は週1日、週末は月二日以上というもの。初めは本当にそんな短くする気があるのかと疑ったが、実際クールダウンしている。盆と正月しか休みがないような活動に、むしろ憧れて入学した生徒の「熱量をコントロールする責任」(遺族の言葉)を、学校は感じているように見える。そのくらいに市立柏高校の活動は、目に見えて少なくなった。それでも、報告書が残した課題に、まだ忘れてはならないものがある。

 勉強も部活もという「文武両道」なる校風を掲げている高校が、多くある。大体(すべてではない)の実態は、部活重視だ。例えば、テストの結果が思わしくないと、活動停止を命じられるからだ。成績が下位になることは許さんぞ、という程度を「学業道」とは言えまい。スポーツ推薦で入学したものが、怪我を負ったら退学がほぼ確実というのと似ている。市立柏高校の報告書は、もう少し実態を掘り下げている。英検を受けたい生徒(複数)の気持ちが、軽んじられたことだ。顧問が問い詰めたのだろうか。そうは思わない。生徒は精一杯の思いと不安で訴えている。休むのか?の確認程度で、生徒の気持ちはくじかれる。これらの不安・不満の多くが、本人からではなく保護者から、顧問にではなく担任に訴えられる。しかし、担任は顧問に訴える力を持たない。代表顧問は、校長より力を持っていた。様々なものが、マグマのように渦巻いていたのだ。これが生徒の死をきっかけにふき出したのである。これだけでも、生徒の死は無駄ではなかったと思う。繰り返せば「生徒の自主的活動」と括っていけないものを、学校・大人は自覚しないといけない。同じ年に起こった所沢の中学生「転落事故」で明らかになった、体力テストのため昼休み等の「自主練」も思い出しておきたい。一方、私が現場や行政で訴えていることは、これらと別なことだ。

 柏の教育行政を担う方の話だ。市立柏に着任した職員に報告書を読みなさいと口を酸っぱくして言っている。それくらいに過去の話になっている。もちろん生徒においておや、である。これに水を差すようだが、切実な「命」を巡る当時のことを、私は蒸し返している。今度あのようなことが(あってはいけないが)あったとして、生徒が倒れていた駐車場にいつも通り車を止めるのか否かは重要だ。「生徒が動揺する」という理由で、結局花も手向けず職員の車を止めたことの是非について結論を出さないといけない。そして、生徒が亡くなってすぐ(10日後)に控えていた大きなイベントの「実施の可否」を遺族に打診した混乱も、まだ検証されていない。柏市のいじめ対策は「教育委員会が主導する」方針がこの件で変わったのは、これらの積み重ねがあったからだと思っている。遺族は途中から代理人を通すようになった。この理由を「人権団体が介入した」と考える管理職がいるのは、残念としか言いようがない。

 2 切実な現実

 もうひとつも要点から振り返る。2015年、柏市の中学生が校舎から飛び降りる事件だ。瀕死の重傷で、起き上がることは出来るようになったが重い後遺症が残った。この時は教育委員会が主導した調査で、報告書は学校・職員の見守りと指導の不十分さを厳しく批判するものだった。怪我を負った元生徒と保護者が提訴に踏み切ったのは、2019年である。前に書いたと思うが、後遺症への補償はずっと続くわけではない。提訴したのは、補償の期限を迎えたからだ。当事者の無念と後の生活補償を考えてのことだ。学校の設置者である柏市との間では和解した。しかし、原告が訴えた元生徒4人との間で結論が出ず、先日(15日)、千葉地裁は「いじめの証拠がない(判決文の表記ではない)」として訴えを棄却した。柏市教委の報告書を読めば分かるが、関係した生徒の被害生徒に対する行動が執拗であったことは容易に推察される。また、当該学校にいなかった教職員でも、あの部活のあの顧問? そうだったら周りの教員のサポートがなければダメだろうと、生徒の非より大人の無能力に気づき嘆いたはずだ。そう考えると、裁判所の決定は「子どもの過ちに対する寛大」にも見えて来る。しかし、被害生徒側にすれば、それで済むはずがない。

 切ないのはそれだけではない。この報告書について責任を負っているのは、提出した設置者・柏市だ。しかし、報告書の公開に柏市(教委)は二の足を踏んだ。個人の特定やプライバシーに及ぶことを配慮してもなお、抵抗があったのである。時を経て報告書は公開される。「当局の隠蔽」と指弾もされたのだが、当事者の事情を知り考えてしまった。公開されることで、学校・大人たちの不手際と無能力があきらかになるのだ。それでも公開によって発生する悲しみがあった。それを乗り越えて公開に踏み切らせたのが何だったのか、そこまでは知らないでいる。

 

 ☆後記☆

先週の「うさぎとカメ」は、市内で運動会が多い中の開催でしたが、こんなに⁉と思うたくさんの人たちが来てくれました💛 50回を記念してのじゃんけん大会、盛り上がりましたよ✊✌✋ 小さい子は必ず後出しで、前にいるお姉さんと同じにするのが笑えました☺ 皆さん、ありがとう! あと50回よろしくお願いします👍

東京・檜原村の敬愛する先輩から、筍が届きました。こんな時期に?と、毎年思います。嬉しいです🌲

昨日から福島にいます。元気をもらって来ま~す🏃