向き合い方 野田正彰先生を訪ねる
~'24年末'25年始(5)~
☆初めに☆
今回の京都には、もうひとつの目的がありました。野田先生は京都在住、それはもう三千院や百万遍界隈です。いつでもいらっしゃいと言っていただけていたので、遠慮なくお邪魔しました。旭川のみならず、何回かの電話や手紙のやりとりのあと、まだ聴きたいことがあるというか、ますます興味や疑問が尽きなくなっていました。木のぬくもりたっぷりの自宅に押し掛けてから優に4時間、尽きなかった話の続きは再び手紙と電話に引き継がれています。
1 理論ではないよ
私の本を読んだ先生が、良くない点があると感想を語った。前から指摘を受けていた「子どもたち」という表記だ。危険とさえ言われた。一体、どうして「たち」という括り方をするのか。先生の姿勢は、恐らく「あなた対私」と向き合う態度だ。私なりに相手の息づかいを感じつつ、距離や接点を見出してきたつもりだ。一般化する時に必要な手続きは怠っていない、と思っている。同時に、広い場所から解決法やゆとりを得ることもある。例えば、と私はフロイトを例に挙げた。フロイトは「口唇期/肛門期」の発見によって、乳幼児にも性欲があることを解明した。それが「邪悪な」性欲という考え方を払拭することに寄与したはずで、自分自身をどす黒いと思っていた者たちの救いになったはずなのだ。先生はこの時、西欧よりもっと狭いカテゴリー、民族だったか人種というエリアからフロイトを説明したと思う。宗教性から来る強力なタブーを越えようと、押し出した思想だという。ところが日本の場合、神は「八百万の神」と言うが如く、どこにでもいる存在である。唯一神教など論外だ。そして、江戸は儒教を中心に道徳を説くのだが、庶民/社会の風俗は開放的だった。性的な世界は、いわゆるダブルスタンダード的なあり方をしていたと言える。それが吉原だよ、と先生は言った。私も春画を思い出した。そこには子どもも堂々と登場していたのである。
『春画の中の子どもたち』より
理論と言うけれど、患者の現実と向き合わずに病室に閉じ込め薬漬けにして来た学者・医者の「理論」など、議論の俎上に乗せる必要や価値など全くない/琴寄さんがホッとするわけは理論に対してではない、琴寄さんが見出したかったものを見つけてホッとしているだけで、それは理論の問題ではないのだ等々
先生の厳しい指摘は、年が明けても続いている。そして、前から言われていたことが、京都でも出された。
「どうして、小/中学校の先生になりたいと思ったのです?」
私は「子どもが好きだから」と答えて来たのだが、それだったら小児科のお医者さんでも良かったはず、違う理由があるはずだという。前述のことも、このことでも「もっと考えなさい」ということのようだ。
2 誉れ高い老人
先生のもとへ、色々な方が訪ねて来たという。映画監督では大林宣彦、是枝裕和など。一番興味深く面白かったのは、大島渚だったそうだ。私が一番驚いたのは、あの『夜と霧』の作者、ビクトール・フランクルだ。会ったのは1994年、ウィーンでだったのだが、うっかりものの私は、アウシュビッツを生き延びたフランクルが1990年代まで存命だったことを、忘れていた。いや、正確に言うと、フランクルが没するのは1997年、先生とは十分相まみえる人だったことに無自覚だったのである。先生はテレビの収録依頼を受けて、ロングインタビューをしたのである。今回は、そのインタビューの中でフランクルが語ったという、私が感銘を受けた部分を報告して終わります。
「過去とはすべてのことを永遠にしまっている金庫のようなものです。……死期が近づいている老人を憐れむのは間違っているのです。……確かに若い人には、これからという未来があります。年寄りにはそれがありません。しかし彼らには……若い時の可能性をすでに実現している……実現できなかった人もいますが、少なくとも誰もがその可能性を持っていたのです。誇りをもって、彼らはこうした過去を振り返ることが出来るのです」
ナチズムとソ連共産主義のヨーロッパを生きた、精神科医の言葉です。
☆後記☆
お昼は美味しい中華のお店でいただきました。信号無視や結構なスピード運転で、先生は免許返納すべしと私に言わせました。素敵な奥さんとのやり取りもほほえましく、亡くなった愛犬の話も弾みました。写真は、リビングです。
次なる写真は、二日前のもの。こんな姿もこれからは結構出て来そうです。白内障の手術、どうやら順調でした。頭がツルツルなのは、術後「しばらく頭を洗えません」と言われたのが理由です。晩年の石原莞爾って感じで、なんかいいかもって思ってます。このままツルツルでいるのもまんざらでもないと思ってます。ちなみに、メスが自分の目に入るのは見えませんでした。見えたのは、何か黒い影が動いてる感じだけです。痛みもなかったし、執刀する先生と話をしながら10分程で手術は終了。このブログ、片目で書きました。
そして、手術前に行った今年の初詣。いつもの広幡八幡でお願いしたのは、もちろん、健康祈願。
今年初の子ども食堂「うさぎとカメ」は、飾り寿司とお汁粉。寿司職人さんは、干支の「巳」をデザインしていま~す🐍 お汁粉で餅を頬張って、あったまって行きなさ~い♨ 今年もよろしく🎍