実戦教師塾・琴寄政人の〈場所〉

震災と原発で大揺れの日本、私たちにとって不動の場所とは何か

向き合い方 実戦教師塾通信九百四十六号

2025-01-10 11:44:00 | 子ども/学校

向き合い方 野田正彰先生を訪ねる

 '24年末'25年始(5)~

 

 ☆初めに☆

今回の京都には、もうひとつの目的がありました。野田先生は京都在住、それはもう三千院や百万遍界隈です。いつでもいらっしゃいと言っていただけていたので、遠慮なくお邪魔しました。旭川のみならず、何回かの電話や手紙のやりとりのあと、まだ聴きたいことがあるというか、ますます興味や疑問が尽きなくなっていました。木のぬくもりたっぷりの自宅に押し掛けてから優に4時間、尽きなかった話の続きは再び手紙と電話に引き継がれています。

 

 1 理論ではないよ

 私の本を読んだ先生が、良くない点があると感想を語った。前から指摘を受けていた「子どもたち」という表記だ。危険とさえ言われた。一体、どうして「たち」という括り方をするのか。先生の姿勢は、恐らく「あなた対私」と向き合う態度だ。私なりに相手の息づかいを感じつつ、距離や接点を見出してきたつもりだ。一般化する時に必要な手続きは怠っていない、と思っている。同時に、広い場所から解決法やゆとりを得ることもある。例えば、と私はフロイトを例に挙げた。フロイトは「口唇期/肛門期」の発見によって、乳幼児にも性欲があることを解明した。それが「邪悪な」性欲という考え方を払拭することに寄与したはずで、自分自身をどす黒いと思っていた者たちの救いになったはずなのだ。先生はこの時、西欧よりもっと狭いカテゴリー、民族だったか人種というエリアからフロイトを説明したと思う。宗教性から来る強力なタブーを越えようと、押し出した思想だという。ところが日本の場合、神は「八百万の神」と言うが如く、どこにでもいる存在である。唯一神教など論外だ。そして、江戸は儒教を中心に道徳を説くのだが、庶民/社会の風俗は開放的だった。性的な世界は、いわゆるダブルスタンダード的なあり方をしていたと言える。それが吉原だよ、と先生は言った。私も春画を思い出した。そこには子どもも堂々と登場していたのである。

『春画の中の子どもたち』より

理論と言うけれど、患者の現実と向き合わずに病室に閉じ込め薬漬けにして来た学者・医者の「理論」など、議論の俎上に乗せる必要や価値など全くない/琴寄さんがホッとするわけは理論に対してではない、琴寄さんが見出したかったものを見つけてホッとしているだけで、それは理論の問題ではないのだ等々

先生の厳しい指摘は、年が明けても続いている。そして、前から言われていたことが、京都でも出された。

「どうして、小/中学校の先生になりたいと思ったのです?」

私は「子どもが好きだから」と答えて来たのだが、それだったら小児科のお医者さんでも良かったはず、違う理由があるはずだという。前述のことも、このことでも「もっと考えなさい」ということのようだ。

 

 2 誉れ高い老人

 先生のもとへ、色々な方が訪ねて来たという。映画監督では大林宣彦、是枝裕和など。一番興味深く面白かったのは、大島渚だったそうだ。私が一番驚いたのは、あの『夜と霧』の作者、ビクトール・フランクルだ。会ったのは1994年、ウィーンでだったのだが、うっかりものの私は、アウシュビッツを生き延びたフランクルが1990年代まで存命だったことを、忘れていた。いや、正確に言うと、フランクルが没するのは1997年、先生とは十分相まみえる人だったことに無自覚だったのである。先生はテレビの収録依頼を受けて、ロングインタビューをしたのである。今回は、そのインタビューの中でフランクルが語ったという、私が感銘を受けた部分を報告して終わります。

「過去とはすべてのことを永遠にしまっている金庫のようなものです。……死期が近づいている老人を憐れむのは間違っているのです。……確かに若い人には、これからという未来があります。年寄りにはそれがありません。しかし彼らには……若い時の可能性をすでに実現している……実現できなかった人もいますが、少なくとも誰もがその可能性を持っていたのです。誇りをもって、彼らはこうした過去を振り返ることが出来るのです」

ナチズムとソ連共産主義のヨーロッパを生きた、精神科医の言葉です。

 

 ☆後記☆

お昼は美味しい中華のお店でいただきました。信号無視や結構なスピード運転で、先生は免許返納すべしと私に言わせました。素敵な奥さんとのやり取りもほほえましく、亡くなった愛犬の話も弾みました。写真は、リビングです。

次なる写真は、二日前のもの。こんな姿もこれからは結構出て来そうです。白内障の手術、どうやら順調でした。頭がツルツルなのは、術後「しばらく頭を洗えません」と言われたのが理由です。晩年の石原莞爾って感じで、なんかいいかもって思ってます。このままツルツルでいるのもまんざらでもないと思ってます。ちなみに、メスが自分の目に入るのは見えませんでした。見えたのは、何か黒い影が動いてる感じだけです。痛みもなかったし、執刀する先生と話をしながら10分程で手術は終了。このブログ、片目で書きました。

そして、手術前に行った今年の初詣。いつもの広幡八幡でお願いしたのは、もちろん、健康祈願。

今年初の子ども食堂「うさぎとカメ」は、飾り寿司とお汁粉。寿司職人さんは、干支の「巳」をデザインしていま~す🐍 お汁粉で餅を頬張って、あったまって行きなさ~い♨ 今年もよろしく🎍

 

 


'24年末'25年始(4) 実戦教師塾通信九百四十五号

2025-01-03 11:30:38 | 旅行

'24年末'25年始(4)

 ~京都 三千院/下鴨神社~

 

 ☆初めに☆

今年もよろしくお願いします。干支は「巳」とくれば、縁起のいい「脱皮」です。オオタニさんの「脱臼」はともかく、「脱却」「洒脱(しゃだつ)」と、「脱」には味わいがあります。「脱力」を心掛けたいと思います。

前回のタイトルで抜かしました。「'24年末'25年始」を忘れてたので、今回は「4」となることをお断りします。久しぶりの京都です。そして、大原三千院は20年ぶりという感慨を持ちました。あの時は雪が舞う中、お参りをしました。相当に押し迫った頃合いだったらしく、道々の店はことごとく閉まっていて、境内に入れたものの建物の殆どで参拝は出来ませんでした。その点今回は、満喫できたと言えそうです。永六輔の『女ひとり』と歩きます。

 

 ☆大原三千院☆

~♬京都 大原 三千院 恋に疲れた女がひとり♬~

漬物の売り子の「大事なものを通り過ぎましたよ~」の声が、参道に響きます。

~♬結城に塩瀬の素描の帯が 池の水面にゆれていた♬~

点てていただいたお茶に、羊羹がつきました。静かな時間に身を置いて、畳の上の赤敷きから庭を眺めます。

手水場。年季を語る、朽ちた縁側(手前の満ち欠けが縁側なんです)。水と空気に、何故か寒さが和らぎます。

~♬京都 大原 三千院 恋に疲れた女がひとり♬~

寺が全ての扉・窓を開け放っておく流儀が、こんな寒さの中で特に強く感じられます。「冷蔵庫の要らない寒さ」という説明を読んで感嘆の声を挙げたら、炭火もないお坊さんが「この辺りは、昼間でも零下5度まで下がります」と反応してくれました。職人さんたちが、門松の準備に余念がありません🎍 私も頑張ります。

 

 ☆下鴨神社☆

世界遺産だとか。初めて行きました。京都は紅葉が未だ見ごたえ十分でした。特にここの紅葉が見事でした🍂

 

 ☆本殿☆

賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)が八咫烏(やたがらす)に変身して、神武天皇を助けたとする言い伝えが有名。国家国民の安穏と世界平和の守護神として、祀られているそうです。21年ごとの遷宮(建て替え)です。長い時間を経過したと思える佇(たたず)まいから、遷宮の時期は間近と思われました。

ここにあったのか、さざれ石。「巌となりて」大きく育つ石ですが、そんなことはありませんでした。鳥居の近くの休憩所で、ぜんざいとお茶。京都では、ほうじ茶が結構メインです。鴨長明の方丈庵が見つからなかったのが残念。

  ☆御所・加茂川☆

ついでに、市中を流れる加茂川。そして、御所の蛤門。おびただしい銃痕は、うまく写ってないですね。

南座も、やっぱり載せときます。

 

 ☆後記☆

昨日、ブログを仕上げようとした時の驚きは、まさにフリーズ!って感じでした。だから、システム障害と知った時の安堵も、半端ないって感じ。自社ネットをハッキングされたグーグルが広報するためには、別会社を頼るしかないんですねぇ。いやぁ、それらも全部やられた時のことなんかも考えておかないといけないんですねぇ。

何回も食べた年越しそばですが、今年(去年?)も酉は尾張屋。天ぷらそば🦐 茄子の田楽とそば豆腐。八海山🍶

本年もよろしくお願いいたします🎍


グラフィティ 実戦教師塾通信九百四十四号

2024-12-27 11:32:14 | 子ども/学校

グラフィティ

~MerryXmas🎅❕ 「うさぎとカメ」~

 

 ☆初めに☆

無料フリーマーケットに、今年も多くの皆さんが駆け付けてくれました。たくさんの笑顔と感謝の言葉を子どもたちからももらって、幸せな一日でした。今回の通信は、このイベントの写真オンパレードとします。ご一緒にどうぞ👍

 

 ☆年の瀬・青空☆

並べる・下げるのが大変。でも、楽しい。丁寧な手作りのミトンを作って、この日を待ってたおばあちゃん🤩

 

 ☆どうぞ! え~と……☆

りっばなリンゴ🍎 風にそよぐお洒落なバッグ👜 迷え、みんな。おもちゃ&お人形は待ってるよ✋

 

 ☆MerryXmas🦌❤☆

湯気の上がる牛丼🍚 雑貨もまだまだ余裕あり👊

 

 ☆後記☆

今年も残すところ、あと四日ですね。大変な年明けに、夏の猛暑🌞は見境のない勢いで、原発は必要&クリーン⁉という声が大きくなったり、苛立ったり悔しかったりしました でも、被団協のノーベル賞受賞や袴田さんの無罪判決など、いいニュースもありましたよ🙌 そして、オオタニさん🥎の信じられない活躍や、揺るぎない日々を過ごす藤井七冠☖など、たくさん元気をもらえた一年ですね🚀

被団協の受賞に関連して原爆の記事を書くつもりだったし、宇都宮での「今市事件・守る会総会」の報告も、そして、谷川俊太郎のこともまだ書いてません。来年に繰り越すこととします。でも、書きたいことが一杯あるということは、それだけで幸せなことなんだと思います❤ あと、少しお知らせしておきます。年明けすぐ白内障の手術があります。手術は、バイク事故以来で40年ぶりでしょうか。一か月ほど不便をするみたいですが、仕方ない。ブログの更新には影響ないと思います 手術の三日後にこども食堂があるのが、唯一心配なことかな とにかく健康に留意して、来年も元気に頑張りま~す👊 今年もありがとうございました どうぞ皆さん、よいお年を


'24年末'25年始(2) 実戦教師塾通信九百四十三号

2024-12-20 11:31:16 | 福島からの報告

'24年末'25年始(2)

 ~福島から・下「珠洲原発」~

 

 ☆珠洲原発☆

楢葉町・宝鏡寺/伝言館からの眺め。葉を落とした樹木と紅葉からのぞいて見える、常磐高速と収穫を終えた田んぼ。

伝言館入口では、2年前逝去した早川住職が、今回の被団協ノーベル平和賞受賞を祝っていました。

あと十日で、能登半島地震から一年です。伝言館に隣接する平和館のパネル展は、住民の力で勝ち取った珠洲原発建設撤回までの経過が展示されていました。志賀原発が重大事態となっていたら、珠洲地区が逃げるのは海しかなかった。

何より、今回の地震(マグニチュード7,6)の震源地が、珠洲原発立地計画があった珠洲市だった。住民の気持ちは「阻止して良かった! 珠洲原発」となるのです。ここはパンフの年表から振り返ります。

1975年 市議会で「原子力施設設置適地可否調査」の要望を決議

**建設計画の段階から一貫して「反対」を貫いたのは、珠洲市円龍寺・塚本真如住職

1983年 それまで原発建設を静観、火力発電推進としていた市長が原発推進にかじ取りを変える

**この前に、北陸電力が火力発電立地見送りを発表(また、宴会や接待旅行が繰り返された)

1986年 市議会が原発誘致決議

1987年 反原発候補が市議会に当選。二年後「止めよう原発!」市民の会結成

1991年 統一選挙。県議に反原発派当選。珠洲市議会選挙では、反原発議員が4名に増える

1994年 石川県知事選挙。自民党推薦候補を、非自民候補が破る

1996年 3年前の市長選挙が不正という地裁判決の結果、やり直し市長選挙が敢行。推進派が当選。

選挙翌日、あからさまな役所ぐるみの推進派応援の挙句、市長助役が選挙違反で逮捕。

1997年 動燃再処理工場で火災爆発事故

2003年 中部電力・北陸電力・関西電力の三社が、珠洲原発計画を凍結すると発表

反対運動の中、涙ながら「珠洲に原発が建ったら、私は故郷を捨てます」という女子高生の訴えも、胸に響きました。安斎育郎先生には、また会えませんでしたが、パネルの感想を伝えると喜んでくれました。

 

 ☆「のらっこ」☆

 「のらっこ」には、この日も元気で安い野菜たちが待ってました。ひと束100円!一個100円!という信じられないネギやキャベツ。生産者から直接供給される場所だから出来るのです。

あの元気なおばちゃんに、久しぶりに会えました。来年も頑張って下さいという私にニッコリ笑いながら、ここが残ってればね、と言う。私たちばかりでなく、生産者も高齢になったしね、という言葉に戸惑いました。聞けば、震災前からあった、生産者の組合の作ったものだという。経営者が町になって色々制約が出て来たんだけど、今は公社運営になったから自由になったんだけどねと……ますます私は返す言葉を探すことになりました。広報の航空写真に「のらっこ」の屋根が写っていたことを思い出した。写ってた? ここをトイレだと思ってくる人が結構いてね、それで書いてもらったのよ。再び笑顔が戻りました。「あたしたちも頑張るよ」を思い出しました。外は抜けるような青空。

 

 ☆後記☆

北九州の事件、どうやら容疑者は捕まったようです。きっと、亡くなった子の友人なのでしょう、「『(犯人は捕まったから)安心してください』と伝えました」とマック店頭のインタビューに応える、涙声が切なかった。「二度とこんな事件は起きて欲しくない」という声に冷たいものを感じるのは、私だけでしょうか。昨日は、千葉県柏市・高柳での事件で驚きました。火事にも関連してると言います。高柳中に、仲間がふたりいます。出勤途中は大渋滞で、着いてみたらパトロールする警察や教職員にたくさん出会ったと驚いてました。

 ☆☆

さあ、話題を変えます。二学期もあと一日を残すばかり🏫 もうこっちのもんだ~い👊 一年で一番一番、楽しみな冬休み♨ 明日は私たちからのささやかなXmas🎅プレゼント👐❕ みんな子ども食堂「うさぎとカメ」に集まれ👪 男の子も女の子も、大人も子どもも、老人も若者も、黒も白も黄色も赤も👭❕(ジョンレノン)🌲


'24年末'25年始(1) 実戦教師塾通信九百四十二号

2024-12-13 11:30:23 | 福島からの報告

'24年末'25年始(1)

 ~福島から・上「去勢」~

 

 ☆「見てく?」☆

牛の相場が良くない。エサの高騰が続くうえ景気が良くないからさ、和牛なんて贅沢をみんなしないんだよ、楢葉の渡部さんは取引が思わしくないのを訴える。外から猫ちゃんが、中に入れろと窓をひっかいている。

午後の日差しが温かなリビングで、ようやく寒さがやって来てねと、奥さんがお茶請けの沢庵を出してくれる。おばあちゃんは、ふた言み言、話して寝に行ってしまう。眠る時間が増えた。でも、トイレはちゃんと自分で起きている。

たわわに実を付けた柚子。お風呂用にいただきました♨

獣医さんがやって来た。ここで出産に立ち会わしてもらったのが2018年。あれから6年が経った。

「手術すっとこ、見てくかい?」

そうだ、出産は夫婦二人での作業だった。獣医はいなかった。今回は「去勢」。男の魂を抜き取るのだ。いいんですか?という確認は、手術に立ち会う自分の心構えを作るためでもあった。

 

 ☆手術☆

獣医さんは若い女の方だった。手際よく身支度、道具の準備をする。やがて、3人がかりで牛を抑えて麻酔を打つ。

暗くてすみません。白い長靴の獣医さんの白いヘルメットについたライトが照らす片手に、注射が握られています。全身麻酔なので、ほどなく牛は足を折り横になってしまう。お尻からはみ出している該当部分を取り出し、丹念に洗って消毒。そして、迷うことなく袋ごと切り取るんですわ。下の写真は、ライトに白く浮き出て見えるのが、獣医さんの左の手。そこにイチモツが握られている! 右手はハサミだったか刃物だったか、いやぁ、なんというのでしょうか……。いまは痛くないのだろうが、痛々しい。写真はピンボケでちょうどいいのです。足元にはビニール手袋が散乱しています。次々と新しいものに代えている。しかし、ややあって、牛さんは何事もなかったように動き出すのです。

獣医さんに聞いてみた。

痛くないんですかね? 「さぁ、私は牛ではないので分からないですが、今はまだ麻酔が効いてるので大丈夫かなと」 それにしても、こんなに早く起きるもんなんですか? 「目覚めるように別な注射を打ったんです」

 ☆食べっか?☆

恐ろしや。睡眠剤の次は覚せい剤か。目覚めた彼は、なんか、オレ、変じゃないか? という違和感を持っているのではないか。おいたわしや。さて、抜かれたタマタマはどうなる? 渡部さんに聞いてみた。「昔は刺身にして食ったもんだよ」 我が耳を疑う。彼のモノはどうなったのだ? 「そこ(わらの上)にあるよ」 そして、言い放った。

「持って帰って食べっか?」

私の頭の中で悲鳴が渦巻いた。

 

 ☆オスの行方☆

以前にも書いたが、去勢された牛は、ホルモン供給の変化で肉質が変わる。さらに、オスの特性を引き継いで大きく育つ。つまり、オスより肉が柔らかくメスより大きく育つ、のだ。一番高値で取引されるのは、和牛でもブランド牛のメス。しかし、次ぐらいに虚勢牛が来る。F1と呼ばれる交雑種は、その下のランクとなる。「雑種」なのである。

「オスの一頭か二頭、種牛として残すの?」

渡部さんに聞いてみた。愚問だったようだ。牛の良しあしは血統が決める。その為、血統のいい牛を仕入れている。だから、血統のいい牛の種を、自分の牛に植え付けないといけない。自分とこで種を植え付けようなど、問題外なのである。それは、福島県が所有する、文字通り「血統書付き」の種を使わないといけない。県全体で数頭だそうだ。

 

 お土産、いつにも増してたくさんいただきました。聖護院の大根やキャベツ。野菜が高値のこの頃、感謝感謝です。特にさつま芋をこども食堂に提供できるほどの量を頂いたのですが、相手は野菜。残念ですが、次の開催までひと月近くあるので、知り合いや友達と分けました。お芋はね、とおばあちゃんに言われた通り、日向に保管してます。

これはお土産のひと品。吊るし柿。すでに楢葉で食して来ました。歯ごたえのある皮の下から、滑らかな果肉が流れ出す。美味しいですね❕ と感嘆の声を挙げると、まだ早いかなと思ったけど、じゃ、と奥さんも食べ始めていました。

「なんだよ、結局、自分が食べたかっただけじゃねえかよ」

と息子さんの冷やかす声が、影の長く伸び始めた庭に響きます。我が家のも、白い粉を吹いて来ました。

 

 ☆後記☆

干物工場「ニイダヤ」は、今年も何とかやって来ました、という暮れの決まり文句となりました。売り場の冷蔵庫のひとつが空っぽだったのです。魚が上がらないというのが理由。ブランドの「常磐もの」が上がってこない。「常磐もの」は、茨城から宮城まで。サンマは辛うじて仙台のものが入ったと言います。メヒカリも何とか地元産。でも、サバは外国産を頼りにしないと無理なんです、と今年も嘆き節は止まりません。今年も、魚、サンゴ、海水温、台風、と地球レベルの変化を感じますね。無駄遣いはお金ばかりとは限りません。

 ☆☆

先週に続き、今週もリンゴが届きました。知り合いは同じく岩手で、どっちもオオタニさん出身エリアの江刺🍎 ありがたい❤ こういうのを食べてしまうと、他のに手が伸びない。リンゴを買うのは、年に数回しかなくなりました。

そう言えば、オオタニさん、夫婦でNBAの八村選手を応援に行ったとか。なんか、いい。とてもいい👌

一方で、藤井聡太7冠が、竜王戦で4回目の防衛☖⛊ 今年もお二人のお陰で、元気をもらいました🏃

明日は「今市事件」の総会です。宇都宮に行って来ます。