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「プラド美術館所蔵 ゴヤ -光と影」展

2011-11-16 22:42:43 | Art
ミロス・フォアマン監督の映画『宮廷画家ゴヤは見た』は、画家ゴヤの描いた人間の顔が次々と暗闇の中からうかんでは沈んでいく。正義、高潔、愛情、そんな人間の美質とは異次元の、憎悪、嘲笑、欲望、といった感情がその表情にむきだしになっている。ゴヤを「裸のマハ」を描いた宮廷画家という知識しかなかった私を圧倒させた。ここまでの悪意を暴きいて描ききった画家ゴヤは、何を見て、何を考えたのだろうか。そんな謎にひかれるかのように向かったのは、国立西洋美術館で開催されている「プラド美術館所蔵 ゴヤ -光と影」展である。

ベラスケスに並ぶスペインが誇る宮廷画家フランシスコ・デ・ゴヤは、1746年に小さな田舎町フェンデトードスでメッキ職人の息子として生まれる。早くから画家を志し、14歳の頃から地元の画家の元で絵画を学び、やがて40歳で国王カルロス3世の画家となり、1789年には新王カルロス4世の首席宮廷画家の地位をえて、頂点を極める。エスコラピオス修道会の宗教学校で出会った親友のマルティン・サパテールに宛てた当時の手紙には(ゴヤは筆まめだったそうだが)、「国王夫妻以下、僕を知らない人はいない」と成功を自慢している。また自信たっぷりに、仕事の依頼が絶えないことも嬉しげに彼に伝え、むしろ遅咲きだったゴヤは「我々に残された年月はすくないのだから、大いに楽しく生きるべきだ。」と、そこには、野心と成功の美酒に酔う姿がうかがい知れるのだが、1792年頃から、不運にも聴覚を失っていく。しかし、失われた音のかわりに観察者としての鋭い感性が「裸のマハ」「カルロス4世の家族」「マドリード、1808年5月3日」「黒い絵」など、次々と代表作を産み、宮廷画家として後世に名を残す以上の仕事を成したのも、沈黙の夜に囚われてからのことだった。

また、スペインも激動の時代を迎えた。スペインは、1807年、ナポレオン率いるフランス軍により侵攻され、翌年、ナポレオンの兄ジョゼフがホセ1世として支配下に置かれると、1808年から1814年にかけてスペイン独立戦争を戦った。多くの市民、兵士が血にまみれ、死体となった姿をゴヤは見た。それは皮肉にもゴヤの見た<戦争の惨禍>に結実していく。ゴヤは81歳の長寿を生きたが、油絵だけでなく、タペストリー、壁画、版画、素描など多彩な手法で、尚且つ、肖像画をはじめ、宗教画、戦争画、風俗画、諷刺画、寓意性や幻想にとんだ作品まで驚くほど広範囲な表現をしている。

今回のゴヤ展では、「着衣のマハ」「日傘」「カルロス4世の家族」などが出色だろう。(着衣よりも、やはり”裸”の方が好きだが・・・)
構成は全部で14のテーマに分かれていて、闘牛技の批判的ヴィジョン、宗教画と教会批判、ナンセンスな世界の幻影、人間の愚考の風刺、女性のイメージなど、様々なゴヤの視点と内面が伺える。作品を観ていくと、ゴヤは皮肉屋だけれど非合理性に疑問を感じ、伝統的な闘牛にも批判の目を向け、近代的な精神の持ち主だったことが感じられる。この企画は、実によく練られている。本来はtontonさまのようにプラド美術館で鑑賞したいところだが、絵画鑑賞のついでに秋の上野の森を散策するオプションをつけて充実した一日となる。

・ゴヤ展特設サイトリンク先>

あらためて傑作だったと思う映画『宮廷画家ゴヤは見た』