千の天使がバスケットボールする

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『ゲーテの恋』

2011-11-05 19:31:56 | Movie
走る!走る!、23歳の法律を学ぶ若きゲーテは、詩人になる夢に向かって、ひたむきに、まっすぐに全速力で走っていく。その先に待っているのは。。。

ドイツを訪問するとこの国の人が、いかにゲーテを尊敬し、愛しているのかを実感する。フランクフルトにはゲーテの生家が再現され博物館があり、ハイデルベルクにはゲーテが散歩した哲学する道、亡くなるまで住んだワイマールにも家と山荘が保存されていて、ゆかりのある各地方にはゲーテの銅像があり。

文豪ゲーテは、詩人や小説家としてだけではなく、自然科学者、法律家、高級官僚、哲学者、政治家と万能の才人で、あのシラーでさえも友情を育む前は嫉妬をしたくらい社会的にも大成功し、顔立ちも美しかったそうだ。恵まれた財産と才能をいかしつつ、あの時代に馬車に乗って各地を訪問していたということは、自由奔放に生きた”遊び人”でもあったゲーテ。そんな彼も、最初から成功していたわけでも、恋の達人だったわけでもない。教育熱心で長男に優秀な法律家となることを期待する父との確執、作家を志すも全く認められず、自信と失意のどん底にゆれる日々。これまでゲーテを描いた映画はなかったとは意外だったが、そんな彼が、200年以上経っても、尚読み継がれている大傑作「若きウェルテルの悩み」が生まれるまでの、実在したシャルロッテとの激しい恋の顛末を描いたのが本作である。

1772年ドイツ、走る、走る、法律を学ぶヨハン・ゲーテ(アレクサンダー・フェーリング)は、できあがったばかりの戯曲を出版社に投稿するために、ひたすら走っていく。博士号取得試験は、勉強不足で見事落第。しかし、作家となる原稿、夢を抱えて、彼は一直線に郵便馬車をめざして走っていく。映画の冒頭では、ゲーテのあかるく溌剌としてお茶目な人物像、魅力的な容姿、恵まれたバックボーンをさりげながら描きながら、走る場面で彼の一途さを示している。やがて、彼の走る姿が、恋に落ちたロッテへの激情につながることまで示唆しているのは、拍手。そんな息子を愛しながらも、あきれて怒った父は、田舎町ヴェッツラーの裁判所で実習生として働くことを厳命する。上司のケストナー参事官(モーリッツ・ブライプトロイ)は、彼とは対照的に生真面目できっちりとしたいかにも法律家らしい男。しかし、早速、同僚のイェルーザレムと親しくなった彼は舞踏会にくりだし、遊び人ゲーテらしくそこで出会った15歳の朗らかで聡明なシャルロッテ・ブッフ(ミリアム・シュタイン)と恋に落ちた。この恋の本気度は100%以上だったから、ノンストップ!

ゲーテと言うと、すっかり晩年の文豪のイメージがすりこまれてしまっているが、ミック・ジャガー、マドンナからルチアーノ・パヴァロッティまで幅広くPVを撮ってきたフィリップ・シュテルツェル監督は、軽快に、颯爽と小気味よいテンポ感で自由奔放で反抗心旺盛、不遜だが魅力的な青年を描いていく。観客の楽しませ方を熟知している。ゲーテだけでなく、活発なロッテ、繊細な友人イェルーザレム、恋敵とはいえ不器用だがよい夫になりそうなケストナーといった人物のキャラクターや配置も、定番とは言え、生き生きとスクリーンの中で躍動している。こんな映画だったら、役者も演じていて楽しかっただろう。そう思わせてくれる作品が、成功しないわけがない。一途なゲーテの結末が悲劇に終わったのは誰でも知っている事実のも関わらず、予想外のハッピーエンドでもってくるエンディングは、恋愛映画の決定版。観客の入りはいまひとつで、年齢層が高かったが、若者にこそ観て欲しい映画だった。

フランクフルトのゲーテの生家には、戦火を恐れて疎開させていたゲーテ家の家財道具がそのまま残っていて当時の様子をしのばせてくれる。たくさんのケーキの型、音楽の部屋、本がびっしり並んだ書斎、そしてゲーテが執筆した机。なかでも私が一番気に入ったのが、右の画像にある妹のコルネーリアと人形劇を上演するためのおばあさんがプレゼントをしてくれた箱である。映画をご覧になった方は、おそらくこのお芝居をする大きな箱に思わずにやりとするだろう。少年ゲーテは妹とどんなお芝居を上演したのだろうか、と想像するだけで心がぬくもる。厳格な父とはいえ、こどもたちに教育と愛情をそそぎ、そしてそんな家族を支えた家庭的な母。幸福なゲーテは、溢れんばかりの愛情をその後も人妻との苦しい恋にそそぎ、晩年には60歳年下の少女に告白してふられたりもした。ゲーテは、詩を書き、小説を書き、自然科学を探求し、激しい恋心に苦悩もして、素晴らしい人生を駆け抜けた。そんなゲーテだから、世に残る傑作をものにしたのだろう。悪魔に魂を売ることなんかしなくても。

監督:フィリップ・シュテルツェル
2010年ドイツ製作

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「ドイツ語とドイツ人気質」小塩節著
ゲーテとシラーの友情