千の天使がバスケットボールする

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『英国王のスピーチ』

2011-04-02 16:02:25 | Movie
俳優の中には、どんな役柄にもなりきり器用にこなせるカメレオンのようなタイプの役者もいる。そんな才能ある役者の抜群の演技力に感嘆させられることも多い。
しかし、中には向き不向きがはっきりしていて役柄が限定されてしまう俳優もいる。それは演技力うんぬんという以前に、外見を含めてその人のもっている長所に左右される話ではなかろうか。映画『英国王のスピーチ』で、主人公であるジョージ六世を見事に演じきったコリン・ファースを見ていてそう感じた。彼がこれまで演じた『真珠の耳飾の少女』のフェルメール役は全くミスマッチ、だいたいあの黒い長髪が全然似合っていなくて、鑑賞の間ずっと違和感を感じていたし、『ブリジット・ジョーンズの日記』のようなコメディものも、いまひとつでさえない。はっきり言って、私の中ではコリン・ファースは存在も演技力もそこそこレベルで便利で手軽なB級役者扱いだった。(誤解を招くといけないが、B級役者の存在も大事である。)要するに、主役をはれるタイプのキラキラ王子でも重みのある俳優ではないと軽んじていた。

ところが、ところが、あなどってはいけない。映画『シングルマン』では、監督がデザイナーのトム・フォードがゲイをテーマに撮った映画という話題性が先行していたが、愛するパートナーを失った哀しみと孤独を端整に演じた大学の文学部教授役、コリン・ファースの存在が素晴らしかった。ここで、あえて”演技”ではなく、”存在”という単語を使用したのは、彼が、茶色のスーツに細めのネクタイをしめ、髪はポマードでオールバックに固めて黒縁の眼鏡をかけた容姿が、複雑で軟派な文系教授役に絵にかいたようにふさわしかったからだ。彼がこんなに良い俳優だったとは。この人以上に、この役を演じられる俳優はいない。国内ではたいした宣伝もなく、うっかり見過ごしてしまいそうだったこの作品で、コリン・ファースは確実に俳優としての階段をのぼったと言える。そして、幸運の女神は彼に次の作品『英国王のスピーチ』での吃音に悩む内気な英国王ジョージ6世を演じることを与えた。これこそ、一世一代のはまり役!

今年度、華やかさには欠ける地味だが気品のある古典的な作品とともに、コリン・ファースは満を持したかのように数々の名誉ある賞を受賞した。
「この仕事は一生懸命やったことが必ずしも認められるとは限らない。だからみんながポジティブなことを語ってくれるのは、とても光栄だ」と真摯に語ったそうだが、全方向OKのカメレオンのようなタイプの俳優ではなかったからこその感想だろうと私には受け止められた。本来は王位を継承できない次男に生まれ、社交界の花形で自由奔放、行動力もある長男におされながら、こどもの頃に受けた心の傷から内向的、プライドが高いからコンプレックスも強い複雑な皇太子役も、彼以外にふさわしい俳優もなかろう。吃音を克服して、誠実で真面目な人柄が、第二次世界大戦中のイギリス国民を勇気づけて「善良な王」とまでしたわれるようになったジョージー6世の姿に、コリン・ファースの役者人生が重なるようにもみえた。スピーチ矯正の専門家、ライオネルを演じたジェフリー・ラッシュは、その強烈な個性が逆に変幻自在にどんな役柄も演じられる才能をもった名優。夫を支える妻のエリザベス役のヘレナ・ボナム=カーターとともに熟練のアンサンブルを楽しめたのも醍醐味だ。

ところで、英国史上最も内気な皇太子の悩める吃音の原因として、幼い頃に利き腕を無理に矯正されたことや乳母による虐待、兄によるからかいなどが考えられるようだ。しかし、吃音の問題は単純ではなく、専門医も少なく周囲の正しい理解をえられることも難しい。脚本を書いたデビッド・サイドラー自身も幼い頃に戦争からのストレスで吃音に悩み、同じく吃音を克服したジョージ6世のラジオ放送で国民を励ますスピーチは希望だったそうだ。初めて、映画化の申し出をしたところ、エリザベス女王は当時のことを思い出すのはあまりにもつらいので自分の存命中は映画にしないで欲しいと語った。女王は101歳まで長生きをし、それから30年の歳月がたって、ライオネル・ローグの記録から映画化までにこぎつけた脚本家の情熱が結晶したのが、本作でもある。
(*当時のスピーチのレコードを所有されていた92歳の男性のエピソードも⇒有閑マダムさまの「英国王スピーチの録音レコード」

最近、よく耳にするのが「コミュニケーション能力」という言葉。くしくも、映画の中でバーティ(ジョージ6世のニックネーム)がヒットラーの演説する映像を観ながら、この人は演説がうまそうだと感想を述べる場面がある。家族や職場の相手以上に、その立場から国民に向かってスピーチをしなければならないというのも大変な役割だと思うのだが、国民を戦争へと駆り立てユダヤ人を排斥したのもヒットラーの巧みな演説の影響だとしたら、国難にゆれる国民に勇気を与えてひとつにまとめたのもジョージ6世の渾身のスピーチにある。心温まる映画を観ながら、立場が与える演説、アジテーション、そしてスピーチの力、怖さと魔法をも私は考えさせられた。

監督:トム・フーバー
2010年英国製作

■コリン・ファースのアーカイヴ
映画『シングルマン』