千の天使がバスケットボールする

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『ロルナの祈り』/LE SILENCE DE LORNA(原題)

2010-01-30 15:00:50 | Movie
ジェームズ・キャメロン監督の最新3D映画『アバター』が、25日に18億5500万ドル(約1670億円)を突破し、1997年に公開された同監督の「タイタニック」が持つ18億4290万ドル(約1660億円)を超える記録を打ち立てた。これは、監督自身の「タイタニック」が約1年半かけて作った記録を公開わずか39日間で更新、キャメロン監督は歴代興行収入の1、2位を独占することになった。 『アバター』は、未知の星を舞台に人類と先住民との戦いを描いたSF大作で、約110カ国・地域で公開中。3Dを駆使した映像が話題で、中国では国産映画を守るため同作を打ち切る映画館が出たほどだ。17日には、米アカデミー賞の前哨戦といわれるゴールデングローブ賞ドラマ部門で作品賞、監督賞の2冠を獲得。カップルや友人たちと複数で鑑賞するのに向いている作品でもあることから動員数も期待され、また映画館で鑑賞することに価値がある映画なので、さほど驚くことでもない。私は、まだ観ていない、というよりもそれほど観たいと思わないのだが、本作は従来の鑑賞する映画という概念を超えた体感型映画として、映画そのものを革新して、今後の映画産業への影響も変えていく作品だと高く評価したい。

さて、そんな3D映画の景気のよい話とはいっさい無縁なのが、社会派で知られるジャン=ピエール・ダルデンヌ、リュック・ダルデンヌ 兄弟監督。少年犯罪を扱った『息子のまなざし』(’02)、人身売買と貧困がテーマーの『ある子供』(’05)、他に 『イゴールの約束』(’96)、『ロゼッタ』(’99)、など常に社会的弱者に視点をおいた作品は、『アバター』のような一般人の人気にはとても遠く及ばないが、カンヌ国際映画祭で2度のパルムドール受賞に輝くなど、映画人には常に高く評価されてきた。心を潤したり扇情するような音楽はなし、カメラワークも固定されずドミュメンタリー・タッチのようなこだわりの映像は、ちっとも楽しくない、気も晴れない、気分転換にもならないのだが、心に残された石のような存在のために、鑑賞後の満足度は高かった。そんなダルデンヌ兄弟の描く女性を主人公とした恋愛映画とは。

アルバニアからベルギーにやってきた移民のロルナ(アルタ・ドブロシ)は、ベルギー国籍を得るために麻薬中毒者の青年クローディ(ジェレミー・レニエ)と偽装結婚している。ロルナの夢は同じ故郷から出稼ぎにきている恋人と小さなお店をもつこと。洗濯屋で働き、一生懸命お金を貯めるロルナ。当然ながら、同居している麻薬中毒のクローディには冷たい。しかし、麻薬中毒から必死に抜けようとしているクローディ、そして彼女にすがりつくように助けを求めてくる彼の姿に、ある計画に罪悪感をもつようになっていったのだが。。。(以下、内容にふれておりまする。)

女性の肉体には、まれに「想像妊娠」という症状が現れる時がある。妊娠に対する過大な期待や恐れが、肉体に妊娠と同じような兆候、つわりや腹部の膨張、勿論、生理もこない症状をもたらす。精神と肉体が結びついていることや女性のデリケートな感情がよくわかる症例だと思うが、もともとストレスなので生理不順になった結果、妊娠をおそれる日ごろの不安がつわりという現象をもたらしたり、逆に妊娠を待ち望む希望が想像でも妊娠したいに結びつきやすいが、ロルナの場合は、事情が少し違う。ここでロルナの肉体に「想像妊娠」をもたらした監督の着眼点に、今回も私は敬服してしまった。行為が先にたち恋愛をうむことがあると思う、が、ロルナの恋は、対象の存在の消滅によってはじめてこの世に生まれた。恋の対象の代替として今度は絶対的な存在として、彼女には”赤ちゃん”が必要だった。また、罪悪感から逃れるためにも、無意識のうちに母として子をうみこの世に送ることを希望、というよりももはや無意識下の命を救う義務感が「想像妊娠」をもたらした。

何度もしわくちゃのユーロ紙幣が行きかい、ぎりぎりの生活と危険性の緊張感がはらむ映像。その中で、これまでのロルナは、男たちにとっては所詮、営利をもたらす女性という性の持ち物でしかなかった。彼女自身は国籍取得とお金のためブローカーを利用しているようで、実は彼女の意志や希望など全く受け入れられない人格すら無視された存在だということが、除々に知らされていく。そこに、ロルナというパーソナリティにすがりつきしがみついてくるのが、クローディだった。これは、純粋な恋愛映画だが、幕をおりてから始まる恋愛映画でもある。母は強し。森の中の小屋に逃げ込んだロルナが、暖炉にくべる「木を探しにいかなくちゃ」と語る。独り言だと最初は思ったのだが、そうではなく”母親”が胎内に宿る赤ちゃんと会話をしていたのだった。病院で妊娠していないと診断されても、それを受け入れることができないロルナ。恋愛映画とはいいつつも、ダルデンヌ兄弟監督の手にかかると社会派らしい超ビターな作品になる。狂気の愛なのか、純粋な愛なのか。どちらにしても、ロルナの祈りにこめられたかすかな希望は、やはりダルデンヌ兄弟流にかわらない。

これまでにもダルデンヌ監督兄弟に出演してきたジェレミー・レニエ(『ある子供』)、常連組のオリヴィエ・グルメ、 『息子のまなざし』からすっかり青年に成長したモルガン・マリンヌが本作でも出演している。その中で、ロルナを演じたのは、アルバニアの隣国でコソヴォ共和国出身の女優アルタ・ドブロシ。現地でオーディションを受けた100人の中から見出した監督は、サラエボまで彼女に会いに行ったそうだだが、ふたりの名匠監督の間で微笑むこのたいそう魅力的で美しい女優が、あのロルナとは。とても同一人物とは思えないっ。さすがに監督の信頼をえただけあるまさに女優だ。映画は、今度技術を駆使した3Dの娯楽映画、先日鑑賞した芸術作品に近い『アンナと過ごした4日間』、そして本作のような社会派映画と映画に求めるコンセプトごとに明確にわかれていくだろう。そして、逆にこれまでの映画履歴で自分が求める映画といものから、映画とは何ぞやという問いも見つかるかもしれない。
自分にとっての映画とは。ダルデンヌ監督の作品にその答えがあるのは、3D映画が全盛時代を迎えてもかわることがないだろう。

監督・脚本 ジャン=ピエール・ダルデンヌ、リュック・ダルデンヌ
出演 アルタ・ドブロシ、ジェレミー・レニエ、ファブリツィオ・ロンギオーヌ、アルバン・ウカイ
2008年 ベルギー、フランス、イタリア 
音楽:ベートーベン「ピアノ・ソナタ第32番ハ短調作品111第2楽章アリエッタ」

■アーカイヴ
『ある子供』
『息子のまなざし』