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作曲家の挑戦「形式からの飛翔」

2010-01-15 22:53:04 | Classic
昨年、11月6日の菊池洋子さんの「ピアノ300年の旅」に続いて、今夜は東京文化会館主催・レクチャーコンサート「作曲家の挑戦」シリーズの第4回目「形式からの飛翔」。ナビゲーターの堀米ゆず子さんが選んだ作曲家はブラームスとバッハ。そういえば、最近あまりお名前を聞かないと思ったら、結婚を機に生活の拠点をベルギーのブリュッセルに移してご活躍されていたからだった。記憶によるとふたりのお子さんのママさんだったはず。さぞかし疾風怒濤の多忙な日々という私の想像通り、お久しぶりの掘米さんは、黒い布地でチャイナ服のようなデザインの裾が長い上着から、純白のパンツがのぞいている装いに、どっしりとした腰周りの貫禄が備わっていた。
80年、世界的なコンクールのひとつであるエリザベート王妃国際コンクールで日本人として初めて優勝した堀米さんも、今では同コンクールの審査員、ブリュッセル王立音楽院で教授、というソリストの立場から後輩たちの審査、指導をする役割に活動のフィールドをひろげていた。伴奏を務めるピアニストの津田裕也さんは、息子と言ってもいい年代。世代が、ひとめぐりもふためぐりも変わっている。

そんなベテランの堀米さんにとっても、レクチャーコンサートという形式の演奏会は初めての経験だそうだ。堀米さんの気さくなお話が始まる。当り前だが、コンサートのプログラムは重要である。料理にたとえても、どんなに美味しい料理でも組み合わせのバランスがある。その点でも、今日のプログラムは通常ありえないという点で、これもひとつの挑戦になる。堀米さんの音楽つくりで、重要なハーモニーとメロディのうち、メロディが苦手だったそうだ。ブラームスのソナタを勉強していた時、どうしてもうまくメロディをつかめなかった彼女に、5年間師事した江藤俊哉氏のピアノの音をよく聞くというアドバイスは利いた。彼女は、ピアノの伴奏の楽譜をよく勉強して、ブラームスのメロディの真髄にせまることができたことを経験に、曲のレッスンをする時は、いつもまずピアノの伴奏から学ぶ。この一言には、会場は一瞬感心するため息が漂った。具体的に、ブラームスのソナタのピアノの伴奏の和音を弾きながら音楽の流れを解説されて、聴衆の関心も高まる。また、最近、堀米さんが凝っているのが、ピタゴラスの音程。ピタゴラスの「Aを中心に、完全5度で音程をとっていくと・・・」とトニカ(1度)、ドミナント(5度)と言った和声、倍音に解説がうつる。堀米さんによると、高く移行する5度はだんだんほんの少しずつ高めに、低く移行する5度は逆に低めに音程をとっていくと響きがよいそうだ。(その理由は、・・・と考えると、とってもとっても勉強しないと理解できそうにないが。)
前半のブラームスは、気負いなく円熟の味。音楽が手の中にあり、尚且つ探求心は衰えずといったところか。若い津田さんの手をとって、会場の拍手に笑顔で応える姿もなかなか決まっている。カイシャで言ったら、仕事ができ頼りになる上司といった感じ。

後半は、バッハのシャコンヌにまつわるエピソード。没後、250年以上という長い歳月を経て、尚、ヴァイオリン音楽の最高峰に君臨するシャコンヌは特別な、別格な音楽である。生涯の1曲、と問われたら、膨大な名曲の中でも私にとってはこの「シャコンヌ」を選ぶしかない。堀米さんによると、最初の出だしは人生の苦悩や葛藤を描き、そして中ばでは、実際にヴァイオリンでその部分を弾きながら、キリストが磔刑される道の歩みがかかれているという説を紹介される。ピアノで演奏された「半音階的幻想曲とフーガ」と「シャコンヌ」でバッハのすべてがある。堀米さんは、往年の名ヴァイオリニスト、イダ・ヘンデル氏と10年ほど前にエリザベート国際コンクールで一緒に審査員を務めたことがあるそうで、その時のエピソードを披露してくださった。
40年ほど前に、旧ソ連に招かれてイダ・ヘンデルさんが「シャコンヌ」を弾いた時の演奏を覚えていたレニングラード・フィルのコンサートマスターの、その時審査員として同席していて、「あの時の演奏はとても感動した」と思い出話をされたそうだ。彼女によるとソ連はとても寒くて、演奏をはじめるや音程が狂ってしまい(シャコンヌは、最初から最後までノンストップで集中を続けなければならない)、弓もゆるんでぶかぶかになってしまい、本当に大変だったと語ったそうだ。40年の歳月を経た、ヴァイオリニストと観客の会合をその場にいて一緒に感慨を味わう堀米さんは、彼女の「シャコンヌは、人生のようだ」という最後のつぶやきを聞き逃さなかった。
そうだ、シャコンヌは人生そのものかもしれない。
50代に入った堀米さんが奏でるシャコンヌは、葛藤、苦悩、やすらぎ、希望、そして高みへと私たちを別の世界へ連れて行ったことは語るまでもないだろう。

2010年1月15日
東京文化会館レクチャーコンサート「作曲家の挑戦」シリーズ
第4回 形式からの飛翔

ナビゲーター&ヴァイオリン:堀米ゆず子
ピアノ:津田裕也

ブラームス:F.A.E.ソナタより“スケルツォ”ハ短調
ブラームス:ヴァイオリンソナタ第3番 ニ短調 op.108
J.S.バッハ:半音階的幻想曲とフーガ ニ短調 BWV.903
J.S.バッハ:無伴奏パルティータ第2番 ニ短調 BWV.1004より“シャコンヌ”

■第3回のアーカイブ
ピアノ300年の旅