千の天使がバスケットボールする

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『ずっとあなたを愛してる』

2010-01-08 23:54:52 | Movie
トニー・パーカーの「殺人者たちの午後」を読んで、重い罪を犯した囚人たちの様々な「Life after Life」にすっかり圧倒されてしまったが、中でも10代で幼なじみの妻と結婚したが、夫婦喧嘩の末に妻の外出中についかっとなって幼い息子を殺してしまった男のインタビューは記憶に残る。こんな表面的な事実だけをとると、あまりにもお決まりのパターンではないか。しかし、その後の彼の内面は、自分自身の暴力性に対する恐れや、妻への執着、時とともに重くなる罪の意識、複雑さと混迷にからめとられている。愛するわが子を発作的に殺してしまった父親のかくも長きLife after Life。そして映画『ずっとあなたを愛してる』は、6歳の深い愛情をそそいだ息子に手をかけて、15年の刑期を終えて出所したジュリエットの「Life after Life」である。

空港内の誰もいない喫茶店で、やつれた表情のジュリエット((クリスティン・スコット・トーマス)が煙草をふかしている。彼女は長い刑期を終えて、妹のレア(エルザ・ジルベルスタイン)の家族と社会復帰するまで一緒に暮らすことになっていた。大学教員のレアには、同業の夫リュック、病に倒れて口がきけなくなった義父、そして養女のベトナム人の娘がふたりいた。長かった不在をうずめ合わせるかのように、姉に精一杯献身的につくすレアだったが、ジュリエットの心は硬く結ばれたままだった。しかし、レアたちと一緒に暮らし、彼女の友人たちとふれあううちにゆるやかに自分を取り戻し、居場所を見つけ始める。そして、なぜ、彼女は愛する息子に手をかけねばならなかったのか。。。

冒頭の人生からすべておりてしまったかのような、疲れたジュリエットの表情に、ひかれていく。長らく獄中で生活をしていたためか、神経質なぎこちなさが、彼女を「Life after Life」の男のような人間として稚拙なタイプなのではないかと思わせるのだが、レアの家に入ってゆっくりと室内を観察し何かを感じとる様子に、むしろジュリエットは理性的で聡明な女性だと感じてくる。定期的に訪問しなければならないフォレ警部との初めての面談では、ジュリエットの視線で警部の口元や額、目の部分が大きく映される。私も経験があるが、こういう時は相手の話は殆ど聞いていないものだ。フィリップ・クローデル監督は、丁寧にゆっくりとジュリエットの内面を描いていく。そうだった、クローデルはレトリックがとても美しい作家でもあった。

夫のリュックの「この土地はまるでドイツのように寒い」という会話で、舞台がフィリップ・クローデルの小説「ブロデックの報告書」と同じロレーヌ地方であると察せられ、「リンさんの小さな子」のあとがきを思い出すまでもなく、ベトナム人養女のプチ・リスが監督の実際の娘であることは、この作家の作品を気に入っている者だったら気がつくだろう。そうである、私にとってこの映画を観る唯一の動機は、監督にあった。いや、監督というよりも作家のフィリップ・クローデルにある。彼の作品をとても大好きで、その才能に期待する私としては、なんで今さら映画産業に道場破りの浮気をするのかっ、と謎だったのだが、確かに活字ではなく映画という媒体を通せば、より多くの、しかも諸外国の幅広い層に浸透していく。「ブロデックの報告書」は重量級の作品なので、手軽にお勧めできる本ではない。ところが、この映画のように数多くの映画賞を受賞して、地味ながらも監督も宣伝に来日すれば、多くの観客をつかむだろう。そして、今回映画を観てはっきり感じたのは、活字と映像の違い、重量級と「リンさんの小さな子」のような読みやすい本との違いはあれど、フィリップ・クローデルの核心は「愛」、しかも「ずっと愛している」にある。リンさん、ブロデック、ジュリエット、レア、どのような状況になろうとも、たとえ罪の意識にさなまれても、彼、彼女たちはゆるぎなくずっと愛している。とてもシンプルだけれど、この人の手にかかったら実に深い。

ジュリエットの表情が少しずつあかるく、表情が生き生きとしていく。犯した罪は生涯減ることもなければ消えることもない。ジュリエットの人物像があきらかになっていくと、息子を手にかけたのが考えに考え抜いた結果の計画であり、その理由も女性だったら早い段階で想像もつく。しかし、謎解きよりも、彼女が自分の居場所を見つけていくことが大きなテーマーである。
ところで、一時はこのまま映画の世界に行きっぱなしになって作家生活には戻れないのではないか、というぐらい熱中した監督だが、どうやら次回は小説の執筆になるらしくほっとしている私でもある。

監督:フィリップ・クローデル

■アーカイヴ
「ブロデックの報告書」
「リンさんの小さな子」