千の天使がバスケットボールする

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ベッピーノの再来

2010-01-09 19:00:04 | Nonsense
今からおよそ30年ほど前のイタリアのシチリア島での事件。ひとりの青年が「自殺」した。
ダイナマイトを巻きつけた体は、まさに木端微塵。しかし、人が自ら自殺するのに、わざわざそんな方法をとるだろうか。ダイナマイトを抱えたのではなく、彼は殴られて気絶してダイヤモンドを巻きつけられたのだった。彼、ジュゼット(=ベッピーノ)・インパスタートは、海賊放送局を開設、新聞を発行して権力者たちを追求して糾弾し、マフィアを攻撃した。賢く正義感あふれるベッピーノの勇気ある行動に、マフィア組織は残虐な報酬で報いた。亡くなったのは、小さな村の緊張感が高まる中、父親も何者かに殺され、議員に立候補した彼の最後の選挙演説会の前日だった。朝日新聞主催のイタリア映画祭でもっとも人気が高かったのが、この実在の人物、ベッピーノを主人公にした映画『ベッピーノの百歩』である。マフィアを描いたフランシス・フォード・コッポラ監督の『ゴッドファーザー』は作品としてはとても優れているのだが、少なくとも私の中では、『ベッピーノの百歩』の方がはるかに好みである。

その後もイタリアン・マフィアの勢力は衰えず、『ゴッドファーザー』のモデルになったコザ・ノストラ、エンドランゲタ、サクラ・コロナ・ユニタ、カモッラが4大勢力と言われている。その中の「カモッラ」の内実を構成員の実名入りで暴いたルポタージュ「死都ゴモラ」を書いたのが、作家のロベルト・サビアーノ。この本は、約50カ国で1000万部超のベストセラーになっている。読売新聞に、そのロベルト・サビアーノ氏の記事が掲載されていた。彼は、ローマの名門大学で「マフィアの国際犯罪」という特別講座の講師に招かれた。会場は、ジャーナリストや法曹界をめざす若者の熱気に包まれ、作家への人気の高さが窺われる。
その理由に、若者たちが「真実を語り、マフィアに敢然と立ち向かう」作家の姿に希望をみいだす様子からも、歴史と文化、芸術性に富んだ魅力ある国が、不合理なマフィアの存在に疲弊していることが察せられる。実際、カモッラ絡みの殺人は、07、08年だけで146件にもなるという。妻を殺されたロレンゾ・クレメンテ氏は、「死都ゴモラ」によってナポリの実情に関心が高まり、被害者家族にとっては励みとなっていると言う。イタリア言論界の重鎮である哲学者のウンベルト・エーコ氏は、彼を国民的英雄とまで賞賛している。

しかし、ノンフィクション作家として大成功したロベルト・サビアーノ氏の心中は複雑である。カモッラ一家から届いた暗殺予告。一昨年は、未遂におわったが爆死計画も発覚した。(そういえば『ゴッドファーザー』でも若かったアル・パチーノ演じるマイケル・コルレオーネの恋人が乗った車が、爆破される痛ましい場面があった。どうもマフィアは派手な暗殺を好むようだ。)そのため、司法省はサビアーノ氏に「永久保護」を付与することを決定し、24時間警官に付き添われることで命の保護を受けるかわりに、多くの自由を彼は失った。ふらりと散歩にでたり、道端で人と立ち話をすることもできなくなり、彼の人生は、生涯にわたってある種の牢獄で暮らすことと同じようになってしまった。そんな弱冠30歳の若者の夢は、自分の家庭をもつことだ。人としてごく当たり前で、かなえられるべき夢であろう。しかし、それも無理かなと本人は今感じている。
それが、イタリアンマフィアの現実である。

ところで、『ベッピーノの百歩』では、感動的なラスト場面がある。ひとりの友人もこない静まるベッピーノの葬儀場。誰もがマフィアの報復を恐れているのだろうか。いや、街頭には、彼の死を悼み、警察とマフィアを糾弾する長い長い友人たちや町の人々のデモ行列が続いていたのだった。残された友人たちがジュゼット・インパスタート=シチリア資料研究所を設立し、マフィア撲滅運動を続けて、暗殺した犯人ターノ・バダルメンティが起訴されたのは、それから19年後のことだった。

■アーカイヴ
映画『ベッピーノの百歩』