千の天使がバスケットボールする

クラシック音楽、映画、本、たわいないこと、そしてGackt・・・日々感じることの事件?と記録  TB&コメントにも☆

「リンさんの小さな子」フィリップ・クローデル著

2009-05-09 11:57:35 | Book
リンさんは、小柄で枯れたような老人。長く激しい戦争が続くあるアジアの小さな村から船に乗って、フランスと思われる国の港町にたどりついた。
腕にはほんのわずかな着替えと、妻と結婚したばかりの若いリンさんが写るセピア色の一葉の写真が入った古ぼけた軽い旅行鞄。そして鞄よりももっと軽い黒くて大きな瞳が可愛らしい赤ん坊を抱えている。リンさんの大切な孫娘、サン・ディウだ。

やがてリンさんは、難民宿舎に収容される。この異国の地では、リンさんの名前も”穏やかな朝”という意味をもつ赤ん坊の名前も誰も知らない。何故なら、知っている村人たちはみな戦争で亡くなったからだ。慣れない孤独な異国の地で、リンさんは懸命に孫娘の世話をやき、彼女のために必死に生きようとしている。食が細くいつもおとなしく、手のかからない小さなサン・ディウ。リンさんをじっと見つめるまだ赤ん坊のサン・ディウ。

そんなリンさんは、港町の遊園地のベンチで妻を亡くしたばかりのバルクという太った男と知り合う。孤独なふたりの心は、言葉が通じないまま静かに触れ合い、いつしか寄り添っていく。
「ボンジュール」
「タオ・ライ」
或る日、宿舎で友人に会うために外出するところだったリンさんを訪問する者がいた。難民事務所の女と通訳の娘だったのだが。。。

「ブロデックの報告書」では、小さな活字がびっしり繋がり、読書家にしかお薦めしにくい技巧を凝らした巧みなレトリックに心底感嘆させられたフィリップ・クローデルが、「リンさんの小さな子」では小学生でも読めるくらいの平易な単語、むしろシンプルに、読者をこどもに想定して言葉を厳選している。簡単な表現で、物語はとてもとても深く。そんな困難な芸当をこの作家は、可能にした。

私は、戦争を知らない。フランスと思える港町やリンさんの故国にも行ったことがない。リンさんやバルクのように、愛する配偶者や大切な家族を失っていない。それでも、悲しみと慈しみと深い愛情を、本書の一字、一句から心がふるえながら感じとることができる。文学の大きな可能性に希望を見出すこの珠玉のような美しい本を、物語を読んであなた自身の感性で感じていただきたい。こんなめったに出会えない素晴らしい本では、あえて感想は短く・・・。
ついでながら、表紙の絵は装丁にもこだわりをもつ著者自身の筆による。

「二人の友は歩きはじめる。森の中の道を下ってゆく。美しく晴れ渡った日だ。あたりには湿った土の匂いとプルメリアの花の香りが漂っている。苔は翡翠を縫いこんだクッションに似て、竹林は無数の鳥たちのざわめきに揺れている。リンさんは前を歩く。しょっちゅう振り返っては、躓きそうな根や危ない枝が飛び出ているのを友に言葉や仕草で教えてやる。」

■アーカイブ
『ブロデックの報告書』


最新の画像もっと見る

コメントを投稿