千の天使がバスケットボールする

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『敬愛なるベートーヴェン』

2006-12-20 23:08:24 | Movie
今年も師走がやってきた。
年初はモーツァルトイヤーで幕をあけた2006年だったが、終盤にかけて巷ではベートヴェン人気にわいているそうだ。特にベートベンが作曲した交響曲弟7番が着メロダウンロード曲として急上昇中。おそるべしのだめ効果と言いたいところだが、我が国では恒例の第九番演奏会もあいまって、やはりベートベンの”本格”に弱いのではないかとの観測もある。今ではすっかりドイツ音楽の本格派、本格カレーのルーのように人気の高いベートーヴェン。けれども彼が生涯独身だったことや晩年耳が聴こえなくなったことは有名だが、モーツァルトが当時としてはポップスターのような存在だとしたら、ベートーヴェンは非常識で自己中心的な天才ロックスターだったのではないだろうか。

その音楽だけでなく愛すべきキャラクターとともに、映画監督の興味と関心をひきつけるベートーベンのゲイリー・オールドマン主演の米映画「不滅の恋 ベートーヴェン」から12年、名作「太陽と月に背いて」を撮ったポーランド出身、アニエスカ・ホランドによる映画「敬愛なるベートーヴェン」がやってきた。

1824年。難聴がすすんでいるベートヴェン(エド・ハリス)は、しかし創作意欲の方は全く衰えない。
今日もまるで元祖「のだめの部屋」を彷彿させるゴミ箱のような部屋で、ひとり作曲活動に邁進している。恋多き彼は、天真爛漫な熱中派であるがままにこれまで何度も求愛してきたが、その恋が成就することなくいまだに独身だ。ま、天才にありがちな変人でもあるのだが。シラーの詩に感激した単純な彼は、奇想天外な合唱付きというおまけのついた第9番交響曲の初演を控え、まさに作曲している最中だ。そこへ写譜師として派遣されてやってきたのが、作曲家志望のうら若き23歳の女性だった。彼女の名は、アンナ(ダイアン・クルーガー)。野心満々で将来有望な彼女は、”野獣”と言われたベートヴェンの写譜をしながら、作曲家としてのデビューをめざしていた。
女性がきたということに激怒したベートーヴェンだったが、彼女の生意気で気が強いがコピストとしての高い能力を認め、やがて右腕として重用していく。
おまけに美人だし・・・。彼は現代だったらセクハラとして億単位の賠償金をふっかけられるような行為も意に介さず、同じ職場で濃い時間を過ごすうちに、アンナとの間に職場の上司と部下以上の感情がわいてくるのだったが。。。

「永遠の恋人」が、ベートヴェンの生涯にミステリーをかけて描いたとしたら、ホランドの「敬愛なるベートーヴェン」は、彼の晩年を描いている。
前評判の高かった「第九」の初演を中盤においた構成が、この監督らしいこだわりのようだ。また初演で指揮をした時に、難聴のため拍手が聴こえなかったエピソード、溺愛した甥が放蕩だったこと、伝記エピソードをおりこみ、ブタペストで再現されたベートーヴェンの部屋など、一定のファンは観るだけ、聴くだけで楽しめる映画なのだが、上昇志向の強いアンナが典型的なアメリカ女性に見えてくるのが惜しい。老人となったベートーヴェンを説教し、アドバイスするアンナは物語として重要な役なのだが、その素適な衣装以上の魅力を感じられなかったのが残念だ。10ヶ月もかけて資料を研究し体重も増加させてエド・ハリスの役者根性は評価したいのだが、キャスティングが重要と説く監督の最大の成果は、気が弱く自堕落な甥カールを演じた俳優だ。彼はまるで泰西名画からぬけでたような退廃した王子の風貌である。カール役にぴったり、ルキノ・ヴィスコンティ好みの綺麗系というのは、思わぬ収穫というもの。

トヨタ自動車副会長の張冨士夫氏は、少年時代からの年季の入ったクラシックファン。なかでも好きなのが、ベートーヴェン。
作曲家の生家だったボンにある博物館には3回も通ったそうだから、本物のファンであろう。トヨタ自動車の社長時代に、その博物館の地下に保管されている自筆の楽譜を見る機会があったそうだ。その場では写真撮影を断られてしまったのだが、その場にいた知人が後日その楽譜のコピーをまとめた本を送ってくれた。
張氏は、ベートーヴェンは初期の頃より晩年の作品の方がお気に入りだそうで、人生最期に聴く曲は晩年の弦楽四重奏と決めている。
「人間はある年齢で頂点に達すると衰えはじめるのだが、ベートーヴェンは”ピークアウト”しない。私もそんな人生に挑戦したい。」
そう語る張氏の大切な宝物がその自筆楽譜のコピー、晩年のピアノソナタ『ヴァルトシュタイン』その一部が写真に掲載されていたのだが、筆に勢いがあり実に若々しい。
本作品ではなにかと下品な行動が強調されているのだが、ベートーヴェンは本当は純粋なロマンチストで常に挑戦し続けた”野獣”であることを受け取っていただきたいと願っている。
ついでながら、「第九」の素晴らしさを再発見した映画でもあった。