千の天使がバスケットボールする

クラシック音楽、映画、本、たわいないこと、そしてGackt・・・日々感じることの事件?と記録  TB&コメントにも☆

上海雑感②

2006-12-14 21:36:23 | Nonsense
或る時、作家の宮本輝氏の小説に熱中した時期があった。その時に彼の小説は殆ど読破したのだが、エッセイも珠玉のように素適で、1字1字いとおしむように文字をたどった記憶がある。その中でタイトルは忘れたのだが、中国の取材旅行の時にガイトの方にすすめられて雑技団を観た感想があった。最初はサーカスのようなものだと思いあまり気乗りしなかったそうだが、その人間の能力の限界をこえたような芸の数々に圧倒されたという文章にひかれるものがあった。
作家だから文章が上手いというのではなく、宮本氏らしい視点に共感したのかもしれない。いつか雑技団を観たい。それは肉体で表現する芸術性というよりも、人間の肉体の極致のようなものを見てみたいという即物的な好奇心からだ。我ながら奇妙な動機だと思うのだが。

上海雑技団の団員数は、約200。海外公演も行うというショーの水準は、中国一との定評がある。そんなわけで、夜7時半開演の上海雑技団を見学に行く。
私が行った会場は、1990年に開設されたシャンデリアがきらめく近代的で巨大な外資系施設、上海商城劇院の一角にある。おりしも12月26日にラン・ランのピアノ・リサイタルが催される音楽ホールと同居している。複合施設の周囲には、よく撮れている何枚ものラン・ランの写真が旗のようにめぐらされていた。マキシム・ド・パリも入っていて、華やかさが一段と増す。
チケット代は4000円程度だが、そこそこの席。ホール自体は、991席とこじんまりとしていて舞台との一体感がある。
真紅のドレスを着た美形の女性のアナウンスとともに、にぎやかでポップな音楽とともに小学生ぐらいのこどもたちも交じって、何人かの男女がバク転を披露する。空中で回転する位置の高さと、回転のきれに感心する。写真←にあるのは、日本でもおなじみの皿まわし。皿まわし自体は、それほど珍しいものでもないのだが、お皿を回しながら次々と組体操のように美しい形をつくっていく。女性の体の美しさで表現していくパフォーマンスは、彼女たちの体のしなやかさとやわらかさを極限まで披露する。クラシック・バレエも体のやわらかさが必要だが、それはあくまでも表現上での条件であって、それを披露するものではない。しかし雑技団は、流れるような音楽とともに観客の気持ちに最終的に訴えるのは、予想をこえる体の柔軟さにつきる。確かに、綺麗ではある。しかし、リピーターや評判をよぶのは、やはり表現の美しさというよりも肉体の限界であろう。だから、雑技団というのか。比較して男性は、男らしく危ないアクロバティックな大技で勝負する。

その主旨がよくわかるのが、最後に披露されたバイクによるショーだ。このバイク・ショーは雑技団最大の売り物である。まさに人間の能力と運動神経の限界へのチャレンジともいえる。これから観る方もいらっしゃるだろうから、詳細はふせておきたい。雑技団は予備知識なく観たほうが、断然おもしろい。それほど”まだいくのか”と驚きの連続である。このバイク・ショーは昨年よりも、さらにパワーアップしたそうだが、気の弱い私なんぞ夜うなされるのではないかと本気で心配したくらいだ。上海に行かれたら、是非雑技団だけは観ておいた方がよい。

楽しく興奮する世界の上海雑技団。しかし、そればかりでもないのが、今回の旅行の重い土産。
真っ白な椅子を積み重ねて、きらきら光るぴったりした白いコスチュームを着た団員が、その椅子の上で妙技をひろげる。やがて同じ形の椅子が棒で支えて運ばれてくる。錘を椅子の中央におき、命綱をつけるとここからが本番だと気がつく。一脚、また一脚。どんどん重ねられる椅子の上でさかだちをしていると、まるで脚が天上に届きそうである。逆立ちをした状態で小さな手足をのばして、輪をひっかけてくるくる回す。そう、このけなげな団員は、小学1年生ぐらいの可愛い男の子である。運ばれた椅子を丁寧に重ねる時の慎重な様子、逆立ちをするタイミングでの緊張感、それは眺めている観客である私にも伝わってきた。幼い少年とはいえ、決して華奢ではない。バランスよいが、その年齢ですでに充分鍛えられているのが、タイツの上からもうかがえる肉付きである。小さな男の子が一生懸命みせる技に会場はあたたかい拍手と微笑みをおくる。でも、終演は夜の9時である。もう少し年長の少年と長い棒をつかった離れ技もみせたのだが、こどもがこんな時間帯まで働くことに単純に楽しめない感情もわいてくる。
以前、楽器商の方からイタリアに楽器の買い付けに行く時はこどものスリに用心するという話を伺い、こどものスリに非常に驚いたのだが、彼らにとってはスリは仕事であるという解説に違和感なく納得もした。しかしあわよくば、というスリとは事情が異なる。雑技団のお仕事は、命綱をつけてはいるが一歩間違えれば大怪我をする危険な仕事である。スポーツの体操競技の危険性とはまた次元が違うでのではないか。
ショーマンシップをみせる男児が可愛らしいだけに、複雑な気持ちをかかえたけれども、それが彼の仕事と思えばなんとか納得もするだろう。この時は、翌日もっと衝撃を受ける光景を目にするとは、想像もできなかったのだが。(続く)