ケン坊のこんな感じ。
キーボーディスト、川村ケンのブログです。




うでん屋さんの答えはね、
一番出るうでん

かけうでん


そして、一番出ないうでんが、

おかめうでん

なのだそうです。


通はかけ。

薬味のネギだけのシンプルなうでんこそ、そのお店のうでんの基本であり、また真実であり、究極であり…。


語るのか(笑)?


あ、いえ(^^;)、やはりでも、わかる気はします。しかも、最もリーズナブル。

庶民のごはんやおやつとしては、これも大事なポイントですよね。


かたや、おかめうでん。


…あ、もしかして、「なにそれ?」でしょうか…。

食べたら美味しいけどなあ。でも、たしかに頼むことは無いかもです(T_T)。

 

おかめうでんってのは、

「おかめうどん」・・・かまぼこ・椎茸・湯葉などを入れておかめの顔をまねしたうでん。

という意味です。具材で、おかめさんの顔を作ったんですね。

 

決まりは無いんですが、

 

例えば、

こんなんとか、

 

こんなんです。

 

・・・ん、やってることは、これと一緒ってことですね。似たようなこと、もっと前にもやってましたが(笑)。

 

でも、普通は、ここまでちゃんと顔にはしてくれなくて、

 

「おかめうでん下さい!」って頼むと、

 

こういうのが出てきます。これだと、確かに、ちょっと地味かもしれません。(以上三枚の写真はネット上にて拾いました。)

あとね、昔ね、お金の無い庶民の為に、かまぼことかの安い具材を使って賑やかなうでんを作った、というのも、どこかで読んだことがあります。

 

おかめさんは、おたふくさんとも言います。

おたふく=お多福さん

縁起がいいので、羽子板や熊手によく登場します。あと、やはりお正月の遊びであります。福笑いでも有名ですよね。

 

だから、たぶんね、昔は、もっともっと人気のメニューだったんじゃないかな、と思ったりもします

 

でも、具材がかもぼこ、椎茸、湯葉となると、今の時代的には少しさっぱりしてしまってて、もっと言えば、地味ともいえる感じで

 

うでんにも、時の流れがあるのかな、と。

 

 

・・・なら、AKBうでん、とかでも出しますか。

あげとかまぼこが具の、ぶっかけうでん。具材は地味だけど、

 

・・・握手券付きとかね(←黒いなー(笑))。

 

 

さて、とあるネット上の「好きなうでんランキング」は、こうなってました

1.きつねうどん   

2.カレーうどん
   
3.天ぷらうどん   

4.鍋焼きうどん   

5.煮込みうどん

6.焼きうどん

7.肉うどん   

8.ざるうどん   

9.釜揚げうどん   

10.天ざるうどん   

11.月見うどん

12.かけうどん

13.ぶっかけうどん

14.温玉ぶっかけうどん

15.味噌煮込みうどん

16.かき揚げうどん

17.うどんすき

18.わかめうどん   

19.力うどん

20.天ざるうどん   

21.すき焼きうどん   

22.鶏南蛮うどん   

23.卵とじうどん

24.なめこおろしうどん(冷)

25.やまかけうどん

26.たぬきうどん(はいからうどん)

27.かま玉うどん

28けんちんうどん

29.生醤油うどん

30サラダうどん

goo好きなうでんランキング

 

んー(笑)。

まあ、ひとそれぞれですからね

鍋焼きうでんと煮込みうでんの違いが、個人的にはいまいち微妙だったりもしますが、うでんは楽しいです。

九州で「天ぷらうでん」を頼んだら、丸い厚揚げが乗ったうでんがでてきたり、

そういえば、去年のツアー中、「あのう、この『はいからうでん』って何ですか?:って、大阪の立ち食いで、店員さんに訊いた事もありました

 

昨夜もうでん、食べました。

写真は、今日食べたくコ:彡天玉うでんです

 

あー、明日もうでんですよ、こりゃー

 

食べすぎかなー、でもまー、いっかー(笑)。

 

ではー。



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今日も本当に寒かったですねー。

外に出ると・・・10分くらいで、顔と耳がツーンとしてきます。

ニューヨークなどでも大雪で大変らしいですが、日本もほんと凄いですよね

 

やっぱりこんな日は、あったかいうでんですよ、うでん

 

大好きな力うでん(←ちょっとまて)。

今日は、ほうれん草と、いつでもなくちゃならない玉子も失礼してね、一緒にどぶん

 

あったまーる


力持ち=力餅、とかけた言葉の洒落から命名された、とされていますが、

日本には、こんな昔話もあるのです

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ねずみのすもう


むかしむかし、あるところに、貧しいけれど心のやさしいおじいさんとおばあさんがいました。
ある日の事、おじいさんがいつものように山へ行くと、

「ハッケヨイ! ノコッタ、ノコッタ」

と、いう声が聞こえてきます

「はて、なんの声だろう?」

おじいさんがのぞいてみると、二匹のネズミがすもうをとっていました。

「あれは、うちのやせネズミと、金持ちの家のふとっちょネズミだ」

おじいさんの家に住んでいるやせネズミは力がないため、何度やってもふとっちょネズミにまけてしまいます。
おじいさんは家にかえると、おばあさんにネズミのすもう話をしました。

「あれじゃあ、かわいそうだ。なんとかして、うちのやせネズミに勝たせてやりたいねえ

するとおばあさんが、

「それじゃあ、うちのやせネズミに、おもちを食べさせてやりましょうよ。きっと、力がつきますよ

「そうじゃ、それがええ

おじいさんとおばあさんはさっそくおもちをついて、やせネズミの住んでいる穴に転がしてやりました。

さて次の日、やせネズミとふとっちょネズミは、またすもうをとりました。
でも今日はおじいさんの家のやせネズミが、何度やってもすもうに勝つのです。
ふしぎに思ったふとっちょネズミが、やせネズミにたずねました。

「やせネズミくん、どうして急に強くなったんだい?」

やせネズミは、とくいそうに言いました。

「えへへへっ、じつはね。きのう、おじいさんとおばあさんがおもちをくれたんだ。だから力が強くなったんだよ


「いいなあ、ぼくの家はお金持ちだけど、ケチだからおもちをついてくれないんだ


「それなら、家へおいでよ。おじいさんはきっと今夜もおもちをついてくれるから、きみにも半分わけてあげるよ


「ほんとうに! うれしいなあ

それを聞いたおじいさんは二匹分のおもちをネズミの穴に入れてやり、おばあさんは二匹のネズミに小さなまわしをぬってあげました。

家にかえった二匹のネズミは、おもちとまわしを見つけて大喜びです。
喜んだふとっちょネズミはおみやげに持ってきた小判をおじいさんとおばあさんにあげたので、おじいさんとおばあさんはお金持ちになりました。

貧しくても優しい心を持って人に親切にしてあげれば、いつかきっと、幸せがやってきます

おしまい
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いい話だなー

 

ビバ、おもちー

おもちがえのないよう、お願いします。(何と何をだよ)。

 

さて、問題です

Q.1

うでん屋さんで「一番注文が多いうでん」と「一番注文が少ないうでん」は、それぞれ、何うでんでしょうか。

(解答例:一番多いのは、たぬきうでんで、少ないのは、山菜うでん。などなど)

(えー、各50点です。ガム噛んで・・・じゃない、がむばって、100点目指してくださいませー

 

制限時間は、だいたい、24時間くらい(適当)であります

 

実際にうでん屋さんで聞いた答えはありますが、ここはまっとうに正解を狙っていただいても、勿論結構ですが、・・・おいおいー、というような、皆さんお得意のアメリカンジョーク風な答えも、お待ちしておりますよ

 

ではー。



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すっごいライブでした。

ジャパニーズ・ロック・インタビュー集 発売記念
[レジェンド・ロッカーズ vol.2 夢のライブ&バトル]
ROCK AND A HARD PLACE!

http://www.rock-gb.com/news.html

 

なんと、今年最初のBOWWOWが見れるだけでなく、

厚見さん、恭司さん、鮫島さんが、

あの、スーパードラマーにして、スーパーボーカリストの、

つのだ☆ひろさんと競演!

 

そして、そして、そのバンドには、

実は、僕の大っ好きなロックバンド「外道」のボーカリスト&ギタリストの加納秀人さんも参加となっ

 

これは、僕にとって、大事件だったのです。

 

BOWWOWの、まずは熟練のハードロックサウンドに酔いしれました。先日も美味しいお酒をご一緒させていただいた光浩さん、そして、実は気付けば一年ぶりだったDAISUKEさん、そして、今日も最高のギター、そして、最高ドラミングを聴かせて下さった恭司さん、新美さん(師匠!(笑))。もう、磐石のバンドサウンドに、しばしうっとり。まあ、ハードロックでうっとりしてる僕もアレですが(笑)。

そして、抱腹絶倒のトークライブ(←本当に最高でした。もっとずっと聞いていたかったです。先輩の話はためになるなぁーっ)を挟んで、そして、ザ・レジェンド・ロッカーズ。

僕は今日、ようやく、初めて観ることができた、加納さん。

それがいきなり、あの恭司さんとのギターバトルで観れるなんて、もう感涙ものでしたよ

鳥肌が止まらなかったですよ

 

そして、渋い鮫島さんのベースに、グイグイからみつく、つのだ☆ひろさんの、超絶テクニックと驚異のパワードラム。バンドをどんどん盛り上げていくドラミングは、いちドラマーのそれではなくて、やっぱりボーカリストであり、パフォーマーなのだなあ、と本当に心から感動いたしました。終演後に厚見さんともお話したのですが、やはり厚見さんも「つのひろさんのドラム、すごいよね。あんな音、ちょっと普通じゃ出せないよ」って仰ってましたが、僕にもそれはわかりました。圧倒的。素晴らしかったです。

そして、その厚見さんのプレイが、

 

・・・凄いのなんのって(笑)。ある意味、このメンバーを向こうにまわし、今日、一番ロックしていたのは厚見さんだったような気がします。オルガンの一音一音に、感動するとか、感心するとか、もう、そんなのを総て通り越して、厚見さんのソロパートの間中、体中の毛穴が開きっぱなしになって、頭がカーッっとするのです。厚見さんの情念が、会場を支配してね、こちらに乗り移ってくるのですよ。

他のお客さんも、もしかしたら、というか、きっと、あれをお感じになられたのではないでしょうか

会場でお会いした、先日も二回ご一緒した某楽器メーカーの方も、帰り際「素晴らしいライブでしたね。でも・・・厚見さんが、一番“凄かった”ですね。川村さんなら、きっとお分かりになりますよね」って仰って、ニヤリとされて帰られていきました。

 

いや、ほんと、凄かったです。

音楽は、心。

そして、強い思いは、以心伝心するのです。

 

 

しかし、今日はつのだ☆ひろさん、そして、加納秀人さんという、観たかった、その音を生で体験したかったミュージシャンお二人を、同時に拝見できたという、素晴らしい一日でっした。

 

実は今日は、もう、昼間っから、この外道のベストアルバム「ベスト外道」の初回限定盤にしか付いてなかったドキュメンタリー&ライブDVDを観ましてね。テンション揚げまくってたんですよ

いやー、。これ、何度観た事か。文化史的な映像としても最高のものですよ。機会があられましたら、是非です。ちなみに、DVDの制作&インタビュアーはあの田原総一郎さんです。当時の若者文化をこんなにも鮮明に残している映像は、珍しいのではないでしょうか

 

外道は、最高の日本のロックバンドの一つだと、断言いたしましょう。そりゃあ、曲やスタイルに好き嫌いはあろうとも、これは間違いないです。

 

テレビをつけると、可愛い女の子が制服姿で大人数でニコニコ歌って踊ってるのを観て、「はて、日本の音楽って、これでいいのかな?」って、もしかして心の隅でちょっと疑問に思ってるような方は、

 

是非

 

クルマの中ではこのCDをガンガンにかけましてね、一緒に「ゲーッゲッゲッゲッ・・・!」って会場を目指しました。

 

爽快、痛快です

 

ではでは、最後にYouTubeから、外道をご存知ない方に、

外道ファンなら誰でも知っている代表曲、

香り

をご紹介しちゃいましょう。

そのドキュメンタリーDVDから再編集された映像も、超カッコいいですよ。

 

そしてなんと、今日は、このメンバーで「ビュンビュン」が聴けた、という、僕にとっては歴史的な夜で(だって、外道の曲に厚見さんのオルガンが、なんて)。

もう、すんごいことなんですよー。

 

さあご一緒に。

「ゲーッゲッゲッゲッ、ゲゲゲゲゲゲゲ、ゲーゲーゲーゲーゲドーッ!」

 

終演後、思わず楽屋に押しかけて、・・・加納さんに自己紹介させてもらってきちゃいました。

 

うわー、思い出しただけでも、ゾクゾクする(笑)。

 

 

って、

 

・・・これ、風邪とかじゃないですよね(笑)。

 

 

毎日寒いので、皆さんもどうか体調にはお気をつけになって下さいね。

温かいもの、沢山食べて下さいねー

 

ではー。



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今月は、シンセ(サイザー)に関して、かつて無いほどに本当に気付きの多い月でした。

やっぱりシンセはVCOなんだ。言ってしまえば、ノコギリ波のぶっとさと粘りが生命線なんだ。

そしてフィルターのキレとレゾナンスのエグさ。いいシンセはみんなここが美しい。

そしてポルタメントの個性がすっごく大切で、実はグッとくるのはいつもここだったりしてたんだった。


今日も、ちょっと作業をしながら、お昼過ぎから今まで、丸一日、マニュピレーターのMくんと、途中から合流したTさんとずーっとこんな話をしてました。

ここで言う、宇宙語ってのになると思うのですが、

…僕たちには、むしろ標準語でして(^.^)。

ポリフォニックアフタータッチがいかに凄いとか、エンベロープはADSRで十分だよねとか、

…楽しかったなあ\(ΘoΘ)ノ。


今日は異常に寒かったので、温かいラーメンと餃子がとっても沁みました。美味しかったです。(←やっぱりこっちが標準語ですね(笑))。

さあて、帰ろう。

 

---追記。---

 

大盛りにすれば良かった・・・と、ちょっと反省(笑)。

でも、美味しかったなぁ。

向かいは、Tさんです。GWライブでご一緒した、あの方ですよ。

 

ほんと恐ろしいほどの楽器マニアなので、話していて面白いです。

いやー、・・・ほんと、どうかしてますよ(笑)。

 

Tさんの隣には、合席だったサラリーマン風の方がいらっしゃったのですが、

僕たちの会話、どう思ったかなあ。

「シンクラヴィアって4500万くらいでしたっけ?」

「いや、確かフルセットだと1億ですねぇ」

「そうそう、あの頃、〇〇さんとか、家を売って買ったんですよねー」。

「うんうん」

「熱暴走のエラーが多くて、全然使えなかったらしいですねぇ」

「あれは、扇風機あてて使うんですよね」

「へえー。1億円で、扇風機ねぇ」

「あ、ラーメン、きましたね。」

 

・・・こう書くと、なんだかよく分かりません(笑)。

 

で、今、

 

「川村さんっ、怪しすぎます(笑)」と、Tさんが送ってくださった写真です。

隣はマニュピレーターのMくんです。

かつては宇〇宮隆さんや、安室〇美恵ちゃんの現場で、そして、今でもへきるちゃんの現場ではいつも一緒の非常に頼りになる・・・マニアです(笑)。

 

それにしても、駐車場から歩いた道中が恐ろしく寒かったのと、10時間くらい何も食べずだったのでお腹が減ってて、

・・・やや、目が死んでますな

 

 

って、まあ、そういう体の、わざとの表情ですからねっ(笑)。ご心配なくー

 

ではー。



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僕の住んでいるマンションの隣の部屋に、昨年の暮れに、ご年配のご夫婦が引越しされて来ました。

お年の頃、お二人とももうすっかり還暦を越えられてて・・・というか、失礼ながら、もしかしたら古希を迎えられているかもしれません。

「こんな老人ですが、よろしくね

と、ご挨拶もしていただきまして、僕も、

「こちらこそ、どうぞよろしくお願い致します。」

と。

まあ、ドアを開けたら、こんな茶髪長髪のが出てきても、少しもビックリされた様子をお見せにならず、穏やかにご挨拶をしていただくあたり、まったくさすが人生の先輩であります。とても上品な感じのご夫婦でした。

僕も、ほんの数年ですが、先に住んでいたものとして

「何かありましたら、なんなりと。」

とお声を掛けさせて頂きまして。

 

ウチのマンションは、世帯数が少なくて、・・・実は、僕が大きなマンションが苦手なこともありまして(機材の移動などがあって、人が多いと色々とご迷惑をかけるというのもありまして)、ワンフロアに2つずつしか部屋がありません。なので、こちらのご夫婦だけが、お隣さんなのです。

部屋を出るときに時折りお会いしたり、駐車場でもお会いしたりしてご挨拶をさせていただいていたり、ちょっと前には岩手のリンゴを差し上げたりもして、都会のマンション住まいとはいえ、お隣付き合いの真似事みたいなことはしていたのです。

 

そしたら、つい先日、奥様の方が見えられて、

「あの・・・、お若いけれど、甘露煮なんて、お召しになりますか?」

と仰るので(いや、もうあまりお若くは無いのですが、まあ、先輩からしたらね・・・(笑))、

「甘露煮!いや、もう、美味しいものは何でも大好きですー

とお答えしますと、

「じゃ、ちょっと待っててくださいね。」

と一度部屋に戻られ。またすぐにインターホンが鳴りまして。

 

こんどは、旦那さまと一緒に見えられて、

「これ、良かったら、召し上がってくださいな。先日の美味しかったおリンゴの、ほんのお礼です。」

と、この栗の甘露煮と、黒豆を差し出されたのです。

「ちょうど、丹波に行っていたものですから」

って。

 

これ、きっと、相当にいいものですよね

どうしよう。

 

でも、こういうの、本当に嬉しいです

 

 

子どものころは、色々とお隣やご近所同士で、色々とこうしてお裾分けやお返しがありました。

勿論、今でもあるとは思います。

「お醤油貸してちょうだいな」

なんてのも、古いドラマの中だけでなく、もしかしたらまだあるのかも知れませんね

 

お隣は、実は僕が越してきて、入れ替わるようにその週には空き部屋になりまして、それから、結構長いこと誰も入ってなかったんです。

僕は、こんな仕事をしておりますし、ウチのマンションは防音に関してはわりと大丈夫な造りすし、仕事部屋はお隣には隣接してないのですが、、

それでも、ワンフロアに自分だけ、というのは貸切りみたいで、これはこれで悪くなかったんです。

 

でも、こんなお隣さんが入ってくれて、よかったなあ、と

 

なんだか、嬉しいのです。黒豆と栗を眺めながら、ニヤニヤしてしまうのです

 

・・・あ、食べ物をくれる人だから良かった、という話ではないですよ(笑)。

 

ではー。



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午前中着の予定だったのですが・・・

 

宅配業者では一番の信頼を置いている黒ネコさん、どういうわけか、待てど暮らせど、・・・午後3時を過ぎてもまだ、オルガンが届かなかったのです。

 

「ひょっとして、指定し間違えたかなあ。または、何かの事故などで、今日は届かないのかも・・・

 

と半ば半べそになった(笑)その時、ボロボロのダンボールが届いたのです。

そう、実はこのオルガン、ツアーに持ってまわっていた時、なんとハードケースに入れないで(=買わないで)、ずっと購入時のダンボールを使っていたのです。今思えば、ローディさんたちも、よくガマンしてくれてたなー。すみませんー。

というわけで、本当にゴミと間違えられそうなくらい、ボロボロの箱(なんたって、全国を5年以上は一緒に周ったのですから)。

 

なので、前もって、宛名にさせてもらった教務主任のせんせーにメールをお送りして、「川村からゴミが届いた」と思われて、その場で捨てないで下さいませー、とお伝えしておきました(←実話ですよ(笑))。

 

そして、ようやく3時半過ぎになって、ボロボロの箱がスタジオに届くと、

 

学生が

「なんですか。それは。なんか、死体でも入ってるんですか?」

などと。でもちょっと気持ちはわかる(←そんなかよ(笑))。

 

「バカを言いなさい。・・・これからこれにキミを入れるんだよ・・・

 

などと、悪魔先生なら言ってもいいところですが、その時は思いつかなかったので(笑)、いたって普通に

「いや、中身はキレイなんだよ

と。

うん、普通すぎ(笑)。

 

そして、ガムテープでぐるぐる巻きにした箱を開けて(ほんと、ぐるぐる巻きにしないと、運んでる最中に中身が飛び出しちゃうくらいボロボロだったということです)、中身を取り出すと、

「おお。」

と。皆、興味深々で寄って来ましてね。

 

むふふ。電源コードを繋いで、スピーカーにも繋いで、スイッチを入れて、準備OK

 

・・・でも、そこは、まずは学生ちゃんに。大人だなー(笑)。

 

「はい、弾いてご覧よ。」

 

恐る恐る近づく、学生ちゃん。

 

そして、

 

「プー

 

「おお!」

 

とか、ナンとか。まあ、最初はそんなもんさ(笑)。

 

「プッププ

 

「おお!」

 

・・・で、もうその30秒後には、

 

 

「グワグワグワーッ!おらおらおらおらーーーーーっ!ギョギョギョギョー!」

 

と、すっかりいつも通り弾いている、悪魔先生の姿が

 

だって、もう、見かねちゃって(笑)。

 

 

 

で、僕はすっかり盛り上がってしまって、まあ、メチャクチャ弾いたのですが、なんだか楽しくて、

ってか、「オルガンってこういうもんだよ!」

 

・・・だって、伝えたくてね、つい、熱くなっちゃって(笑)。

 

で、「グワッシャン!うしゃーっ!フガー!」って弾きおえたら、

 

「・・・お、おおおおお

 

って拍手が沸き起こりまして。みんな素直でいいなあ、可愛いなあ(笑)。

 

で、そこで教務主任のせんせー(←アメリカのバークリーも出てて、全米ツアーの経験もある凄腕のベーシスト)が、教務補助員くん(←元、僕の教え子)に

 

「川村さん、今、なんか、性格変ったよね。ああなるんだね(笑)」

 

って(笑)。

 

・・・あ、あははは

 

どこが影からこっそりと、だ。

 

すっかり盛り上がっちゃいましたよ。その後も、学生に混じって、ディープパープルの「ハイウェイスター」とか、ブッカーT&MG'Sの「グリーンオニオン」とかでセッションして(=練習の邪魔をして(笑))きました

 

 

でも、あとは、ちゃんと学生ちゃんにね。

 

はい、どうぞ。ゆっくりお弾きー


キーボーディストの男の子は

「川村せんせー、なんでもっと早く・・・。僕たちがもうあと少しで卒業するって時に!」

って。

 

まあねー。ごめん

 

いや、間に合ったのだと、僕は思うよ。

 

キーボーディストじゃない子たちも、「うわー、やっぱりシンセのオルガンとは全然違うんですねー」って。

 

それを知ってもらえたら、まずは、それでいいんだ、と

 

 

あ、なんかオルガンって言うとね、日本人の多くが、幼稚園や保育園、小学校にあった「ブーカ、ブーカ」って、のどかな音のする足踏み式のオルガンを最初に思い浮かべる傾向にあるんですが、あれはリードオルガンとiいって、僕たちのいうオルガンとは全然、別物です(こういうの)。発音方式も含めて、僕たちのいう、ハモンドオルガンとは、全然違うものなんですよー。

ハモンドオルガンの動画なんかは、もうどれをご紹介していいやらなので、またいずれー。

 

とにかく、今日は楽しかったです(←オマエが楽しんでどうするこうする(笑))

 

ではー。



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はいはい、ちょっと聞いて下さい、そこ行くおにーさん、おねーさん、あ、そちらの小さなお子さんも(・・・たぶんいないよ。もーすぐ12時だし)。

 

とにかく

 

シーフードミックスの便利さは、ちょっと人生を変えちゃうかもですよ。

 

超便利ーっ

 

そそ、冷凍のやつです。スーパーなんかで、大きな扉の冷蔵庫なんかに入ってる「業務用」とかって書いてあるやつ。

 

僕のお気に入りは、えび、あさり、くコ:彡、のミックスなのですが、チャーハンに良し、ピラフに良し(・・・同じじゃないか)、サラダにも、スープにも、勿論、こちらのパスタにもバッチリ(それ雑煮)。

 

考えてみたら、エビとかアサリとかくコ:彡って、家でそんなに生で買ってきてまとめて食べるチャンスって、しかも、お安く、手軽にこうして、この三者面談と言いますか、三つ巴といいますか、三つ子の魂百までともうしますか、三ツ矢サイ・・・全然違ってきたですけど、とにかくあんまり無かったように思います。

いやー、これはここ最近の大ヒットなのですよ。

 

・・・ってか、タイトルがちょっとホラーっぽいですね(笑)。

 

 

今日は、もう20年近くの古い付き合いの懐かしい仲間から電話があったりしたのをきっかけになのか、思いがけず友人、知人と電話でお話をする日でした。

 

みんな其々の人生を送っていて、それぞれにドラマがあって、思いがあって、日々の生活の中では、

 

必ずしもいい事ばかりじゃなくて、きっとそれぞれに色んなことがあったりしてるんでしょうけれど、

 

こうして繋がっているというのは、笑って話し合えるというのは、本当にいいものだ、と思いました

 

 

特に、昔の仲間が元気で、また色々と新たなことを始めたりして、人生を頑張っているという話を聞くのは、嬉しいものです。

 

僕も、頑張るとしましょう。沢山食べて(笑)。

 

さて、明日はオルガンが届く日だ。

 

教室の影から、こっそりと覗いていよう

 

 

「あ、あそこに変な人がいますっ!」

 

 

・・・って、通報されたりして(笑)。

 

 

まあ、変な人には、変わりないけどね(←自覚あるのか)。

 

ではー。



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ドローバーの付いたオルガンが欲しい、って思ったは、勿論C3を知ってしまったから。

憧れのハモンドオルガンには、必ず、ドローバーがありました。

 

ドローバーってのは、

こういう風に、鍵盤の上についている(時には横だったりもしますが)、引き出し式のバー(棒ですから、ドローボー、でもいい。・・・いや、よくない(笑))のことです。

海月の改造前の写真ですが、C3には上下鍵盤にそれぞれ2セットずつ用意されておりますので、なんだかとっても壮観です。

でも、仕組みを理解してしまえば、なんら難しいものではありません。

パイプオルガンのパイプのようなものが中にあって(パイプじゃなくて、トーンホイールっていうんですけど)、どのパイプ(トーンホイール)の音を、どうやって混ぜて、どれだけの音量で鳴らすかを決める、ミキサーのようなものだと思っていただければ大丈夫です

 

・・・うーん、まったく知識のない方には、これでも難しいかなー

 

ドローバーの機能的な詳しい説明は、下記をご参照いただくとしまして、

http://www.hammond.jp/hammond/newb-3/Drawbar/

とにかく、高校~大学の頃は、何度かドローバーの夢を見たことが本当にあるくらい(笑)、ドローバー付きのオルガンに憧れたのです。

初めて手に入れたのは、確か20歳の時。コルグのCX-3(旧型)でした。

ひゃあ、懐かしい

 

僕が教えに行っているがっこーには、グランドピアノもありますし、デジタルピアノも数種類の機種が用意されてますし、デジタルシンセも何台もあります。

ソフトウェアシンセの入ったパソコンもあります。

これだけあれば、一般的には、なーんにも困らないのです。

 

・・・が

 

 

オルガンが、無い。

 

デジタルピアノにも、シンセにもオルガンの音は入っていますが、

 

ドローバー付きのオルガンが、無いのです。

 

学生たちに話しても、見たことがない子が多く、知識としては知っていても、どうも実感が沸かない様子。

勿論、どう使うのか、経験などありもせず

 

でもね、僕がよくオルガンの話をしていたり、そういう音を聴かせたり、

ましてや、僕のライブを見に来たり、キーボードマガジンに載っている海月の記事を(僕に)見(せられ)たり、

・・・と洗脳をしているうちに(笑)、

「ここは、音を自由に選んでいいよ」

という場面で、「じゃあ、オルガンがいいです」と、無意識にオルガンを選んでしまうような子が出てきちゃったりして、僕としては楽しいわけです

 

でも、肝心のオルガンが無い、となると。

 

・・・こりゃいかん

 

そこで、実は前から考えていたことを、これを機に実行に移すことにしたのです。

雲の上からとんでもないレスリーが降ってきた、この機にね

 

・・・僕のドローバー付きのオルガンを一台、がっこーに、寄付することにしたのです。

今日、お話をさせて頂いたら、「それは学生も喜びます。もし川村せんせーがよろしいのでしたら、がっこーとしては、願ってもないお話ですよ。」とのことだったのです。

 

 

ならば、善は急げ。

 

帰宅後、倉庫にクルマを走らせ、めぼしを付けていた一台、ハモンドXB-2を選びまして、記念に写真を撮って

家に持ち帰って、チェック&キレイに掃除をして、

 

一応、最後に一通り弾いてあげて

 

また箱に戻して、またクルマに積んで、さっき、配送業者に託してきたのです。

 

 

1セットですが、ちゃんとドローバーも付いてます

ドローバーを出し入れして出来た傷がありますね。

 

そして、

 

このXB-2とも、かつて沢山、一緒に旅をしました。

ボディには、僕も忘れていた、こんなステッカーがありました

「Keiko Blooming Tour 2000」

Globeのボーカリスト、Keikoちゃんのソロツアーのステッカーです。結構貴重かもですねー。

背面にはPool Bit Boys(浅倉大介さんプロデュースの男性2人組ユニットでした。僕、ライブでは約2年ほど、バンマスをやらせてもらってたんです。)、

あと、さらに遡って、かっつこと、高橋克〇くんのツアーでも3年ほど、ツアーで使っていました。箱には「高橋克典Key川村ケン私物」って書いてたガムテープが貼ってあります。

そして、その前には、ZIGGYさんのツアーでも。ってか、手に入れたのが、ZIGGYさんのツアーの為だったんです。こちらでも、ライブやレコーディングに2年ほど活躍してくれました。

僕がまだ、25歳とか、そんな頃です。

・・・懐かしすぎる(笑)。

 

 

でも、このXB-2には、これから18歳、19歳、20歳という、とっても若いミュージシャンたちの為に、

もうひと働き、してもらうことにしたのです。

 

寒い倉庫にいるよりも、賑やかな子どもたちの中に居させてあげたほうが、きっと彼も嬉しいんじゃないかな、と思うんです

 

もう、明後日には届くそうです

学生の喜ぶ顔が、見れるかな

 

 

楽しみー。

 

 

・・・オルガン沼に、引きずりりりこんでやるからなー(←悪魔先生(笑))。

 

ではー。



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うでん、大好きでして。

 

(・・・たぶん、ご存知ですよね(笑))

 

普通のお店のは勿論、もう、立ち食いなんかも大好きですし、自分でもよく茹でて食べております

地方に行ったときなど、これは〇〇の、などと宣伝されておりますと、「おお、これは食べねば」とお土産に買ったりもします。

 

先日、僕の海月を作ってくださったVoyagerさんから、おいしいうでんを頂いたのです。

 

いただきましょう

 

でね、外で食べる時は、まあ、100食に97食は天ぷらうでん、または、イカ天うでん+玉子にするのです。

残り3食が何かと言いますと、

 

・・・んー、なんだろか(笑)。

ごぼう天かな。筍天とかがあると、それもいくかな。

 

でもね、カップうでんなんかも好きで、まあ、最近は「好きで」ってほどは食べないのですが、

赤いきつね、なんですね。今までも何度かこちらでも書きましたので、これもご存知の方も多いかもですが

勿論、緑のたぬきはお蕎麦ですから、必然的に、きつねうでんになるわけですが、このきつねが、なかなに美味しいのですよ

 

というわけで、家で食べる時にどうするか、なんですが。

 

いつも天ぷらが出来る状態でもありませんで、ちょっとした朝やお昼から天ぷらを揚げて食べる、なんてのにも惹かれはしますが、・・・しかも一杯飲みながら、とか(笑)、なかなかそうも行かないのですよね。しかも天ぷらなら、できるだけ揚げ立てで食べたい。せっかくなら。

でも、そうも行かない。

で、これなら、というのが。

 

こちら、お家で作るキツネ、なんです。

 

キツネは何でか、油揚げが好き、とされておりますね。

そして、キツネは神の使い。

なので、神社をお稲荷さん、なんていいますものね。お稲荷さんは、そう、あの酢飯を油揚げで包んだもの。

立ち食いうでん屋さんで、一個50円とかで売られてる人気のサイドメニューも、やっぱりお稲荷さん。

神様、ありがとう。

 

みんな、お稲荷さん、大好きー

 

 

・・・あれっ、話が

 

 

 

そんなわけで、家でも油揚げさえ用意したら、簡単にできて、実は買ってくるより美味しいのが、お家にキツネ。

湯通しした油揚げを、おだしに砂糖、みりんとお酒で煮て、最後に醤油で仕上げます。あれば、うでんと食べる時に、ゆずなどを添えても美味しいですよ。

 

僕は、Voyagerさんに送っていただいたうでんを釜揚げにして、この黄金色のキツネと共に頂きました。

 

皆さんも、一匹・・・といわず、何枚か、いかがですか

 

ではー。



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どうにも、言葉に出来ないのです

 

・・・ですから、

 

僕が書いた記事をまとめておきます。

 

「世界のト〇タ。」

http://blog.goo.ne.jp/kenbow_001/e/608384fa2ba505f0c2ce175ee37a448e

「未来から、未来へ。」(←冨田先生からのファーストコンタクト。なんと、ちょうど去年の今日の記事でした。)

http://blog.goo.ne.jp/kenbow_001/e/55542535d50b9ab7653df1b7145d365a

「月の光 渋谷にて。」

http://blog.goo.ne.jp/kenbow_001/e/9555ebc9eda328323cd5214954d0fe01

 「神の手。」

http://blog.goo.ne.jp/kenbow_001/e/2deb46aaaf6e5104484cfbc7acf5dd30

「bond.」

http://blog.goo.ne.jp/kenbow_001/e/64fcaf52a4fb9e4e78be97415e1158f3

「また先生にお会いできました。」

http://blog.goo.ne.jp/kenbow_001/e/df64fe369c549107b9f7f3f01c8b3219

「マニアック万歳クリスマス。」

http://blog.goo.ne.jp/kenbow_001/e/57b0557bc0d41214d004353ec1670998

 

 

Wikipediaの冨田勲先生の項も、是非ご一読下さい。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%A8%E7%94%B0%E5%8B%B2

 

そして、冨田先生のサイト、TOMITA method.comへも、是非。

http://www.tomitamethod.com/

 

ご覧になれない方の為に、こちらに冨田先生のプロフィールを転載させていただきます。

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冨田勲(とみた いさお)

1932 年東京生まれ。慶応義塾大学在学中に平尾貴四男、小船幸次郎各氏に作曲を師事。在学中よりNHKの音楽番 組の仕事をはじめ、1953年にはNHKラジオの第一放送と第二放送を同時に使用したステレオ音楽番組「立体音楽堂」等の番組に参加。1963年大河ドラ マ第1作「花の生涯」の音楽を担当、現在までに「天と地と」「新平家物語」「勝海舟」「徳川家康」の計5本のシリーズを手がけている。また1966年には 手塚治虫氏のTVアニメ「ジャングル大帝」「リボンの騎士」の音楽を作曲、従来のアニメ音楽を越える優れた音楽性が高い人気を呼び、交響詩版「ジャングル 大帝」は同年の芸術祭奨励賞を受賞した。

1970 年頃よりシンセサイザーによる作編曲・演奏に着手。1974年には米RCAよりリリースされたアルバム「月の光」が米ビルボード・クラシカル・ チャート第1位となり、日本人として初めてグラミー賞4部門にノミネートされ、さらに全米レコード販売者協会(NARM)の1974年度クラシック部門最 優秀レコードに選出されるという快挙をなしとげ、TOMITAの名は全世界的なものとなる。以降「展覧会の絵」「火の鳥」「惑星」から「バッハ・ファンタ ジー」(1996)にいたる多くのシンセサイザー・アルバムを発売、いずれもが世界的なヒットを記録している。

1984 年、オーストリア・リンツ市にてドナウ川両岸の地上・川面・上空一帯を使って超立体音響を構成し、8万人の聴衆を音宇宙に包み込む壮大なイヴェ ント「トミタ・サウンドクラウド」を催す。以後ニューヨーク(1986自由の女神百年祭)、岐阜(1988 中部未来博)、シドニー(1988オーストラリア建国200年祭)、名古屋(1997 中日ドーム)にて同様のイヴェントを行なう。また立体音響によるサウンドクラウド・オペラ「ヘンゼルとグレーテル」を渋谷オーチャード・ホールにて上演 (1990)。

90 年代には再び映像音楽への活動を再開、NHK「大モンゴル」、松竹映画「学校」シリーズ、NHK「街道を行く」シリーズ、ビデオ「長嶋茂雄」シリー ズなどを作曲。1998年冨田音楽の集大成とも呼べるオリジナル作品「源氏物語幻想交響絵巻」を作曲。東京、ロスアンジェルス、ロンドンにて初演の後ロン ドン・フィルと録音し、2000年11月に日本コロムビアよりCDを発売。

2001 年3月、NHK放送文化賞受賞。東京ディズニーシー、アクア・スフィアのエントランス・ミュージックとして3面立体音響のためのシンフォニーを 作曲。NHK大型ドラマ「聖徳太子」の音楽を担当、東映映画「千年の恋~ひかる 源氏物語」では日本アカデミー賞優秀音楽賞を受賞。2002年はNHKスペシャル「アジア古都物語」の音楽を手掛け、松竹映画「たそがれ清兵衛」の音楽は 日本アカデミー賞最優秀音楽賞に輝いた。立体音響の集大成として4.1chサラウンドによる「惑星」(DVDオーディオ/ビデオ盤)を2003年3月に発 売。

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僕がピアノを始めたその翌年、1974年、僕が6歳の時に、グラミー賞にノミネートされた先生。

僕が、ピアノが嫌いで嫌いで、泣いてやめさせてもらった、その翌年の11歳の時にも、グラミー賞にノミネートされてます。

僕がバンドでキーボードに出会う前年、僕が14歳の時にも、先生はやはりグラミー賞にノミネートされてるんですね。

他にも、国内外からもう数え切れないほどの賞を受けられてて、日本国から勲章も受けられてて。

僕の親でも親戚でも、誰もがその名前を知っていて、日本中の人が、先生のメロディを聞いて育っていて、そして、これほど長年にわたり、世界中で名前を知られ続け、敬愛され続けているシンセサイザー奏者は、おそらく他にはいらっしゃらないでしょう。
 

もう、僕なんかにとっては、まったくもって雲上人です

 

 

そんな先生が、・・・これらのグラミー作品をはじめ、沢山の作品で使用されたレスリースピーカーが、

 

 

今日、僕の元に来たのです。

 

 

「これは、是非、川村さんにね。」

 

 

って。

 

 

・・・。

 

 

言葉に、ならないのですよ、本当に

 

 

そう、T1とは、実は「冨田先生は世界一のシンセサイザー奏者」という意味なのです(←いや、ちょっと待て。それはこじつ・・・)。

 

 

ではー。



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あとちょっとでうちに着くですー。

今、光速降りた人なりー。

 

-----はいどうも。----

 

T1

・・・

 

ちゃわん、1杯。

 

の略です

 

さらに、

 

 

とても、いっぱいです。

 

 

しまった。

ってか、ちゃわん1杯だったら、C1じゃないか。せっかく思いついたと思ったのに。

C1なら、やっぱり僕はC3のがいいなー。などと、もごもご

 

 

・・・とにかく、そーいう話じゃないのです(笑)。

 

T1とは。

 

僕が長く使っていた88鍵盤タイプのシンセサイザーのことです。

もう、20年以上前に発売されたもので、2003年にカワイのMP9500に出会うまで、

実家を離れてからずっとですから・・・結構長く、自宅での練習用機のうちの一台として使っていたもなのです

 

これの後継機種であります01/Wというシリーズの、やはり88鍵盤タイプの01/WProXというのもありまして、

こちらは僕がデビューしたバンドであります、SHADY DOLLSに加入した時に手に入れて、その後、ZIGGYさんや高橋克典くん、GlobeのKEIKOちゃんのソロツアーなど、

これまたカワイに出会うまで、ずっとライブでのメイン機材として使っていたのです。

 

で、実はこの二台のピアノタッチの88鍵盤モデルは、

・・・某楽器メーカーさんから(って、ここまで書けばわかるし。ってか、写真に思いっきり書いてあるんですけど(笑))、

ご好意でお借りしていたものだったのです。

 

しかし、僕の借りている機材倉庫を少し整理する必要ができまして、

今日、こちらの会社に行く用事があったこともありまして、このタイミングでご返却させてもらいに行ってきたんです

 

「今さらすみません。今まで、とってもお世話になりましたが、今後、もう使うことは無いかもしれないので・・・」って。

 

最初ね、

「ほんと今さらだよなー。迷惑かもなー、でも勝手に売ったり、廃棄したりするわけにはいかないしなー」って思ってたんです。

 

そしたら、

「実はこの機種は、もう現在会社には一台も在庫が無くて、探していた機種なのです。キレイに使ってもらってたみたいで状態も良いので、わが社の歴史として、それぞれ、こちらでちゃんと保管させてもらいますね。」

というお話だったんです。

 

頭の片隅では「これ、返したら、もう壊されて捨てられちゃうのかもなあ・・・」って少し思ってたので、

 

・・・良かったです

 

しかも、今日の用事・・・あまりはっきりはいえないのですが、先日の、ほら、あの日に僕が行って来た用事で、そしたら、実はこんなことになってて・・・なお話なのですが、

その日が今日・・・ということだったので、僕も引っ付いて行ってきたのです。

厚見さんがどう仰るのか。この楽器に、どんな感想を述べられて、最後にどんなコメントを残されるのか。

興味があったので、お願いしたら「じゃ、一緒に行こうよ!」って快く言ってくださって。会社の方も、是非どうぞ!と仰ってくださってね。

 

・・・一応、まだ国内発表前ということで、ほんと、こんなムニャムニャな感じで申し訳ないのですが、詳細は、またいずれなのですが、

 

・・・約5時間、もの凄く有意義な時間を過ごしてまいりました。

あ、勿論全員、喋ってるのは宇宙語ですけどね(笑)。

 

あと、本当に色んな偶然が重なってのことだったのですが・・・大発見な出来事もあったのです。

 

音楽、ミュージシャン、楽器。

 

この三つの繋がりのあまりの奥深さに、僕も厚見さんも、会社の方々も「ビックリですね!」ということがありました。

 

ほんと、上っ面だけで申し訳ありません

 

でも、知れてよかった。確認できて良かった。本当に偶然とはいえ、非常に大切なことを学ばせていただきました

 

今日、行って本当に良かったと心から思いましたですよ

 

厚見さんからも「これさ、今日、川村ちゃんが来てなかったら無かった出来事だよね」とも仰っていただきました。

 

そんな言葉を伺うと、ほんと、偶然って必然なんじゃないかと、やっぱり思ったりもします。

 

 

さて。

 

さようなら、

一緒に毎日暮らしたT1、そして、一緒に日本中を旅した01/WProX。

 

今まで、どうもありがとうでした

 

ゆっくり、休んでくださいね。

 

今日はその後、エージさん、宇宙征服のゴンザレスさんと合流し、都内某所の秘密基地にて行われた、

あのGWのライブ「ゴールデン・トリビュート・メイニアックスの奇蹟」の映像の試写会に行ってまいりました。

 

いやー、クッキリと蘇りましたなー、あの緊張と興奮が

最初、シャツにジャケットまで着ていたのに、見ているうちに熱くなって、最後はTシャツ一枚になってましたよ(笑)。

 

トップ写真は、試写会の前に、厚見さん、エージさんと食べたご飯屋さんにて。

僕は、ニラレバ定食を。

 

そしたら、先に運ばれてきた来た厚見さんが、頼まれた定食(普通)を見て、「うわー、こんなの食べきれないよ。川村ちゃんなら行けるかもだけど、普通、無理だよ(笑)」って言って、そしたらエージさんが「・・・厚見さん、川村さんはさらに『大盛りで』って頼んでましたよ」。「ええっ!信じられない!」って会話がありました(笑)。

写真ではお茶碗にも見えますが、これ、いわゆるカツ丼とかに使われる、ちゃんとした"丼”です。

 

はい、追加で餃子も頼んで、美味しく頂きました。どうもです(笑)。

 

ではー。



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「もしも日本の給食の食パンがもう少し美味しかったら、日本のパン食は、もっと飛躍的に普及したに違いない。」

 

・・・えー、僕の言葉です(笑)。

 

そうなんですよね。本当に、そう思うんです。

いや、子どもでしたしね、美味しかった。

空腹は最高の調味料。

なんなら、友だちの分まで貰って食べたことだって、一度や二度では無く・・・

 

と言いたいところですが、確かに友だちの分まで浅ましく食べたのは、揚げパンくらい。

まあ、揚げパンは皆んな好きですから、休んだ子(←かなり不運)の分を、数人で分け合うんですけどね。

 

で、メインでありましたのは、やはり食パン。

僕は小~中と9年間給食でしたが、初めてお米が出たのは、もうその最後の方。

大半の学校のシステムがまだまだ米食に対応してなかったはずですし、僕はその最後方ですら、結局、数ヶ月~半年に一度程度、カレーライスの日があった程度でした。

・・・それにしても、あれは凄かった。食べなれたお米が学校で出るだけで、あんなに上がるとは(笑)。

 

というくらい、食パンだったのですよ。給食の主食の8~9割が、食パン。

薄いのを二切れ。それと、紙に包まれた四角いマーガリン。

 

なんと言っても、決定的なのが、この食パンが焼いてないことが一つの重要なポイントだったと思うのです。

焼いてないパンにマーガリン・・・結局、高校生になったのを境に、それまでの主食の食べ方が(主食ったって、『学校での』、ね。ちょっと大げさに書きすぎだなー(笑))、

非常にレアな食べ方になってしまいました。もう、あれ以来、サンドイッチの時しか、やらないのですから。

 

せめて焼いてあれば・・・。

そう思わずにはいられません。

食パンはこんがりと焼いてこそ、その美味しさが10倍にも20倍にもなると思うのに。

・・・あ、僕はね

 

あ、もしかして、今はクラスにトースターがあったり?

・・・しないか。あ、ご飯が多いのか。ん、ちょっと身近に給食食べてる人がいないので、わからないなぁ。

給食事情の情報求む、です(←知ってどうするのか)。

 

 

そうそう、食パンって、山形のもの(上が丸くなってる)のと、真四角のがあるじゃないですか。

あれはまあ、言ってみればイギリスでの主流型とアメリカでの主流型の違いなんですが、僕たち日本の給食では、アメリカ型の四角い食パンが出てましたね。

 

まあこれは・・・戦争で負けたときに色々とあとを取り仕切ったのがアメリカだからじゃないかなーなんて思うのですが、どうなんでしょ。

果たしてGHQは、マッカーサーは、我々日本の子どもの食べる食パンの形や種類まで決めていたのかー

どうなんだろか。いつか調べてみましょうか。わかるのかな

 

でね、そのアメリカで売っている食パンが、実は日本のよりも小さいのだ、ということはご存知でしょうか。

ハンバーガーはもちろん、コーラでも、ステーキでも、なんでもかんでも大きいのが大好きなアメリカが、なぜか、食パンだけは日本のより小さい、という。

不思議ですねー

 

これね、実は昔の日本人のパンの食べ方に原因があるんだそうです。

 

元々は、明治の中頃に、イギリス人によって日本に初めて食パンがもたらされた頃は、

パンって、今とは違って、とっても珍しい舶来品で嗜好品だったわけです。

コーヒーやコーラとかだって、そうやって、最初は嗜好品として楽しまれて、やがて一般的に普及したのと一緒です。

 

で、その頃の日本人は、この当時、高級品だったパンの耳(=crust クラスト)は食べずに捨て(贅沢だー)、

中の白い部分(=crumb クラム)だけを食べてたんだそうです。

 

「ふわふわして美味しいね」

 

って。

とにかく当時の日本人は、このふわふわが大好きで、フランスパンなどのカリカリパンは、あまり好まなかったのだとか

ちなみに、僕はフランスパン大好きです。これなら、焼かないのを一本とか、全然食べちゃいます。ほんと、一番好きなのは、フランスパン。フランスパンばんざ(もうわかったよ)。

 

で、そんなわけで、一辺が10センチ程度の普通のアメリカと同じ食パンだと、食べるところが少ない。

そこで、「じゃあ、大きくしちゃえばいいんじゃん」と改良され、日本では、一辺が12~13センチ程度の今の食パンのサイズになった、ということなんですね

 

勿論、今、耳をいちいち落として食べてる人はいないでしょうけれども(これも、給食の影響だったりして)、

まだ、サンドイッチなどを作るときは耳を落としてるのが多いですよね。ほら、コンビニのサンドイッチなんて、みんなそうですよね。

これは、当時の日本人の嗜好の名残なんだそうですね

ちなみに、アメリカ人はサンドイッチでも耳ごと食べるのが一般的ということです。映画なんかでもよく見れますね。

 

で、僕は、パンは焼いたのが好きで、しかもカリカリしたのが好きだから、耳は落とさない。

ということで、写真のようなホットサンドになるわけであります。

 

バターとマヨネーズ、カラシを塗って、ハム、玉子焼き、ミニトマトのスライスを挟んで、牛乳と、

 

・・・筑前煮の残りと食べる(笑)。

 

いや、けっこういけますよ、ホットサンド&筑前煮

 

ではー。



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あらら、スポーツの話って珍しかったようで。

でも、ほんと、確かに、新鮮だったかもですねぇ、僕にとっても

 

なんか昨日あれから思い出したんですけど、何度か、子どものころの野球の話ですが、

投げる方も取る方も子どもですしね、無茶なところに無茶な球が飛んでくるわけで(笑)、しかも、プロテクターなんて無いしね、

何度か顔面直撃とかやったんですよね。ほら、「目から星が出た」ってヤツね。

 

でもほんと、眼球部分とか直撃すると、軟球とはいえかなりのダメージがあってね(笑)、

子どもとはいえ、少年野球では、軟式テニスみたいのじゃなくて、堅いゴムのボールを使いますし。

あと、ドッヂボールとかで、胃のあたり直撃しちゃうと、しばらく息が出来なくなったりしたじゃないですかー

 

なんかこーゆーので、トラウマになったんじゃないかなー

ま、以来、そういうことには全然頑張れない人になってしまった、という。

・・・うーん、事実ですねぇ(笑)。

 

でもね、今までもちょいちょい書いてきましたが、なにせ記事の量ももうすぐ2000になるこちらのブログですし、

書いた僕ですら、「いつ、どこに、何を書いたか」と言われたら、それを全部正確には・・・ちょっとねえ(笑)。

ですので、せっかくですから、僕のスポーツ歴なんて書いてみましょうか。

語ってると長くなるので(笑)、なるだけサクっといってみよー

 

野球はね、グラブ(←普通のやつね。のび太やカツオがよくバットに刺して持って歩いてるようなやつ)を買ってもらったのが、小学校1年生くらいだったでしょうか。

当時は野球は、ほとんど皆んなやってたですよ。王選手とか全盛で、まさに世界のホームラン王になるとか、なったころで、僕も時々、後楽園球場に見に連れて行ってもらったりしてました。まだJリーグなんか無いですから、今みたいにサッカーなんかは全然マイナーで、とにかく野球。実際、「選手名鑑」とか読んでましたし、ほとんどのメジャーどころの選手の名前は、覚えてたんじゃないかなー

それなりに好きだったので、勿論自分のバットもちゃんと持ってましたし、それから、ちょっとカタチが特殊な、ファーストミット(王選手がファーストでしたねえ)かキャッチャーミット(現役でドカベンブーム真っ只中の世代ですから)が欲しくなって、結局後者を買ってもらったんですね。

 

で、何度か目から火花を出してるウチに、

 

「こりゃいかん」と(笑)。

 

ドカベンみたいにどっしりしてなかったのもあって、挫折ね(笑)。

せめて・・・ファーストミットにしておけば、火花率はもう少し低かったでしょうから、もう少しちゃんと野球少年になっていたかも(笑)。

でも、そしたら、今とは違っていたかもですね。

ってかね、実は当時、友達と野球とかして遊びたくて、ピアノの練習をサボったり、そのうち、最終的には「もうこんなのイヤだ」って言って、レッスンに通うのをやめ(させてもらっ)たんですから

 

今になってみれば、火花にも感謝かもですね

 

あと、その頃、やはり小学校低学年くらいから、水泳を習ってました。池袋のマンモスプールってところまで、わざわざバスに乗って行ってましたねー。3年くらい習ってましたけど、やっぱりバスに乗って・・・は遠すぎたみたいで(笑)、いつしかやめてしまいました。でも、泳ぐのは今でも大好きです。シュノーケリングやスキン・ダイビングも好きです。あと、いつかスキューバもちゃんとやってみたいです

習い事としては、小学校高学年から、これも数年ですけど、柔道もやってましたねー。近所の接骨院が道場になってて。白帯ではなくなったくらいまではやったんですけどね、やめてしまったですねー。あれは・・・道場が無くなっちゃったんだったかな

 

で、中学では最初、バスケ部でした。小学校の卒業論文にも「中学ではバスケットがやりたいです」とかって書いてあります。でも、チビでしたけどね。中学に入ったとき、147センチですから。並ぶのは前の方。へたすると、腰に手、です(笑)。

で、小さいものだから、そんなに活躍できなくて(笑)、なので、よく練習中にサボって遊びに行っていた卓球部の練習が面白くなっちゃって、まあ、普段、学校の行き帰りに一緒だった仲のいい友達が卓球部にいた、というのもあるんですが、中学二年の時に本格的に卓球部員になって、そのうち、バスケ部の練習には行かなくなってしまいました。よくいう、幽霊部員ね。ひゅーどろどろ

 

卓球は、小学生の時に家に下宿してた東大生のKお兄ちゃんに結構ちゃんと教えてもらってたのが幸いして、その部活でも、ちゃんとやりだして半年後の新人戦で、区で三位になったんですよー。過去の栄光ねー。

・・・ほんと、すっごい過去のね(笑)。

基本、前衛速攻タイプでした。ペンホルダーに拘っていたのもあって、カットマンにはやたらと対抗意識をもやして(笑)。

でも、時代はカットマンがすっごく流行りだしたころで・・・なので、その分、サーブに懲りました。当時は、20種類以上、出せたんですよー。一つの同じ体勢から、見た目はほとんど同じで、3~4種類のサーブを使い分けるんです。

なので、卓球部以外の相手(いわゆる遊び感覚でやってる人)では、ラリーになんて全然ならないんです。大体、サービス・エースで終わってしまう。なので、他の部の友達とかが遊びに来た時は「川村はサーブ一種類しか使っちゃだめ!カットとかすんなよ!」とか言われたのを思い出します(笑)。

これまた道具とかにも懲りましてねー、ラケットも三本くらい持ってましたし、当時出たばかりの、カーボン入りのなんて使い出しちゃったりしてね(笑)。ラバーなんかも結構研究してて、よく買いに行ったです。やっぱり裏ソフト、最高。タキネスっていう、すっごい粘着性のあるのが出ましてね、ボールを台に置いて、上からこのタキネスを貼ったラケットで押し付けると、そのまま持ち上げても、ボールがラバーにくっ付いて落ちない、というほどなんです。

これが面白くてねー、

 

・・・あ、語りだしそうなので、ここらでやめます(笑)。

で、あとは高校に入ってバンド始めちゃってからは、スポーツでやったのはボーリングくらいですかねー。これも中学生の時に結構凝ったので、バンド仲間に広めたりしてね。これ、デビューしてからの話です(笑)。最高得点は、たしか216点です。二度とできません(笑)。

で、これまた道具に懲りそうになって、マイシューズとか、マイボールとか、カタログ見たりしてたんですけど・・・どうにかそれは回避できました(笑)。ご記憶に新しいかもですが、数年前に参加させていただいたKi〇KiKid〇さんのツアー中のボーリング大会では、男子では1位を頂きましたよ(なんと男女総合優勝は女性ダンサーさんでした)。まだ、少しは身体が覚えてるんですねぇ。でもちょっと無理したみたいで、・・・翌日から、酷い筋肉痛に悩まされましたが(笑)。

 

あと、スキーは3歳のころから家族で毎年行っていたので、大好きです(スノボなんて、まだこの世にありませんでした(笑))。

僕が異常に(笑)雪が好きなのも、この頃の「家族か親戚で遊びに行く」という、楽しい思い出とだぶるからなんだと思います

 

だけど、プロになったと同時に、指や腕の怪我のリスクがあるので、やむなくやめてしまっています。休止状態ですね

 

でもスキーはね、いつかね、絶対にまた行きたいんです。死ぬまでに、絶対に、行きます。

行かなきゃ、死ねないよ、ってくらい(笑)


 

スポーツは、観戦はそれほどでもないですけど、自分でやるのは好きですよ

ただ、突き指とかの、怪我のリスクが無ければ、なんですが・・・(←実際、何をやるにしても、これが難しくて出来ないのが現実なんですけれども・・・)。

 

 

あと、意外なところではね、小学生の時ですが、走り幅跳びとリレーの学校代表の選抜選手として、区大会に出ました。結果、・・・なんと!

・・・成績は普通でした。可もなく、不可もなく。なので、書いても面白くも無くー。でも、転んでたりしたら、今はネタになっていいけど、その時は地獄ですからねぇ(笑)。

 

もっと意外なところではね(笑)、中学時の体育祭では、砲丸投げの選手だった、なんてのもあります。卒業アルバムに写真が残ってます。まさに投げてる瞬間の・・・重そうなんだー。今やったら、ギッ〇リ腰にでもなりそうで、写真見るだけで怖いです(笑)。

 

もっと意外なところでは、高校の体育祭で、

 

 

・・・ダンスの振り付けをやりました(←競技が休憩の時のエキシビジョンみたいのがあったんですが、選曲と共に、ね(笑))。

 

・・・あ、これは、スポーツじゃないですね。なんか、クネクネしてました(笑)。

でも、クラスの皆も、けっこう面白がって(笑?)、休みの日に代々木公園で自主トレとかまでして一生懸命練習してくれて、たしか、優勝したんじゃなかったかな。

 

・・・どうだったっけなー。

あ、Mちゃんに訊いてみようかな(←北海道に住んでる高校の同級生ね。ちっちゃな友達ピアニストのお母さん)。

 

写真は、昨夜作った筑前煮です。鶏肉と豚肉、両方いれたついでに、白滝もいれたら、・・・なんか鍋物みたいになりました(笑)。

ではー。

 

---追記。---

 

Mちゃんから「優勝だよ(笑)、優勝!」ってメールがありました。

 

「学校のそばの公園でも練習したよね!」って。

あのダンスのこと、よく覚えてくれているそうです。

この話を体験談として共有できる人は、世界中にあのクラスの40人しかいないわけですものね。

そして、こうして、覚えててくれるんですから。・・・嬉しいですね

 

もう、25年ほど前の話なんですねぇ

 

25年って言うと・・・、つまり、

 

 

四半世紀前も前かー(笑)。

 

ではー。



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ボール

きっと、子どもが遊ぶ、最初のおもちゃの一つですよね。

イヌ氏とかも好きですよね

 

で、ちょっと、たまたまつけっぱなしにしていたテレビからスポーツニュースが流れてまして、何とはなしに思ったのですが、

サッカーのゴールキーパーとか野球のキャッチャーとかって、めちゃめちゃ凄いなあ、と。

 

あ、僕、スポーツは自分でやったことのあるもの以外ですと、あとは相撲くらいしかよくわからなくて、

正直、サッカーも野球も、まず見ないんですよね。よっぽど、ワールドカップとかくらいしか。

 

そのぐらい、疎い、門外漢のたわごとだと思って聞いて下さいね。ファンの方とかには「は?何言っちゃってんのさ。」とかって思われるかもですので

 

だってさ、もんの凄い勢いで蹴られた球が、自分の方めがけて飛んでくるのでしょう。

あれ、身体を張って止めなきゃいけないんですよね。。

 

いやー、辛いですよ。

 

「危ないなあ!俺のいないところへ蹴ってよ!」

 

・・・ってわけにいかないわけで。それじゃ、余裕でゴール、決まっちゃうわけで。

なので、必死にボールに向かっていって、止めるのですよね。

しかも、基本的に止めて当たり前みたいな感じで、・・・もちろん「ナイスセーブ!」って褒めてはもらえるのでしょうけれども、

入れられちゃったりすると、やっぱりどこか「あーっ、もうっ!何やってんだよー」みたいな。

人によっては「おマエのせいだ!」とか、怒る人もいたりするのでしょう。

 

あんなに怖い思いしてるのに、ねぇ。可哀想ですよね。

 

怖くないのでしょうかねえ

 

僕だったら、あんな球が飛んできたら、きっと、逃げるなあ (←まるでダメ。役立たず)。

 

で、野球のキャッチャーも凄いなあ、と思うわけです。

 

だってね、高校野球やプロ野球とかで使う硬球って、本当に硬いんですよね。

・・・まるで、石ですよ。

あんなのが、時速150キロとかで飛んでくるんですから。

ほんの18m程度のところから、筋肉隆々の人が全力で投げた石(のような球)が、自分目掛けて飛んでくるんですから

 

時速150キロって、一時間で、150キロ遠くまで行っちゃうスピードですよ。もうすこしで新幹線ですよ。味噌煮込み食べに名古屋にでも行きますか、ですよ。

頭とか顔とかに当たったら、名古屋をすっ飛ばして、あの世へGOなんですよ・・・

 

勿論、ヘルメットとか、プロテクターとかしてるとは言え、よくもまあ、自分に向かって飛んでくる真正面に、すぐに逃げられない体勢でしゃがんでるなんて(逃げちゃダメじゃん。ランナー走っちゃうでしょー。)、

ほんと、凄いと思うわけですよ。

 

さっき、ちらっと、ハンカチ王子かハニカミ王子か、どちらかの若い選手のトレーニング風景をやってるのを見たんです。

そしたら、「軽く投球練習を」とか言って、キャッチャーの人、プロテクターも着けてないんですよ。

そりゃあ、勿論、プロですし、投げる王子さまも、・・・ドッヂボールじゃないんですから、「ぶつけてやろう、ウッシッシ」って思って投げているわけじゃないのでしょうけれども

バッティングセンターなんか、もう子どもの時以来行ってないですけど、120キロとかになったら、もうボール見えないですもの。

もう、拳銃の弾と一緒ですよ。やばい!と思ったって避けられないですよ。次の瞬間には、ねえ(笑)。

 

もうね、ほんと、ゴールキーパーとか、キャッチャーて、凄いなあって。

 

あと、ハンドボールとかも、超怖いですよね。ジャンケンで負けてキーパーになったら、学校休むかもしれないくらい、怖い(笑)。

ホッケーなんて、ジェイソンにならないと出来ないわけですよ、そりゃあ。ジェイソンは不死身ですから。最後は宇宙に行ったり、夢の中の人と戦ったりまでしますからね

 

13日の金曜日 Friday the 13th 1980 

13日の金曜日 PART2 Friday the 13th Part 2 1981 

13日の金曜日 PART3 Friday the 13th Part 3 1983 

13日の金曜日 完結編 Friday the 13th : The Final Chapter 1984 

 新・13日の金曜日 Friday the 13th Part V : A New Beginning 1985 

13日の金曜日 PART6 ジェイソンは生きていた! Friday the 13th Part VI : Jason Lives 1986 

13日の金曜日 PART7 新しい恐怖 Friday the 13th Part VII : The New Blood 1988 

13日の金曜日 PART8 ジェイソンN.Y. Friday the 13th Part VIII : Jason Takes Manhattan 1989 

13日の金曜日 ジェイソンの命日 Jason Goes to Hell : The Final Friday 1993 

 ジェイソンX 13日の金曜日 Jason X 2001 

 フレディVSジェイソン FREDDY VS. JASON 2003

 

 

・・・あ、いや、そういう話ではなかったですね。ついね(笑)。ホッケーのキーパーの方、すみません。不死身くらいの気合でやってらっしゃるのだろうなあ、と

 

というわけで、キーパーのあるスポーツは辛いなあ、って思ってたんですけど・・・

 

いっこ思い出しました。

 

ポートボール。

 

あれならいいです。むしろあれは、キーパーが良かったんでした(笑)。

 

ねー

 

 

でも、なぜか、子どものころ、僕、持ってたんですよね、普通のグラブだけでなくて、

 

・・・キャッチャーミットを

 

 

テレビで野球を見るたびに、特にキャッチャーを見ると今でも胸が土器土器するのは・・・なにか、きっとトラウマがあるに違いない(笑)。

 

写真は、ワインによく合う、ドライイチジクです

僕はこっちがいいなあ。これ相手なら、喜んでキーパーします。

身体を張って、飛んでって食べますよ

 

ではー。



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いやー、皆さん、素敵ですねー、面白いですねー。

色々なネーミングが拝見できて、とっても面白かったです。

 

・・・じゃあ、皆さんのご意見をまとめたところで、

 

 

「ママ母パスタ

 

 

ということで、OKですね

 

 

・・・おいっ、OKじゃねえっ

 

 

はい、ということで、皆さん、お好きにお呼びくださいませね。また、こんなようなの、いつか作ってみましょうね

 

 

って、だから何のブログだよ。

何にキラキラしてんだよ。・・・という(笑)。

 

 

ガラッ(笑)。

 

これで、なんと、2GB(2ギガバイト)なんですよ

 

・・・あ、写真のブツですが、これ、こんなに小さいUSBスティックメモリーでしてね。

ってか、もはやスティックではないしね。ほんと、こういうテクノロジーといいますか、ダウンサイジングの技術の進歩はすごいですよ

昨年の安全地帯さんのツアー中に作った、シンセ三台分の音色データやサンプリングなんかを入れる用に買ったものなのですが、約半年分、これ一つに全部入って、まだまだ余裕で全然スペースが余ってるという

 

いやー、昔のパソコンとかご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、ほんと、一昔前のパソコンのハードディスクなんて、今じゃ考えられないですよね

僕が10年ちょっと前に、最初に「仕事用に」と手に入れたマックのParformaなんて(今はウインドウズですけど、最初はマックでした)、確かハードディスクの容量、160MBとかでしたものね。

これに、何でもかんでも入れてたんですから。今じゃOSすら動かないですよね。

CPUの速さとかも、25MHzですからねぇ。インターネットもアナログ回線でしたし(ADSLですらない、ISDN・・・懐かしいなー(笑))、YAHOOのトップページ開くのに、3分くらいかかってたような。

 

で、僕の最初のコンピューターであります、NECのPC-8801(1981年発売・・・僕が中学一年生のときです)なんてねぇ。

マウスもなければ、アイコンもありません。パソコンが起動しても、画面には、「BASIC」という、英語のような専用のコンピューター言語を入力するカーソルがひとつ、画面の端っこにチッカチッカ点滅してるだけでしたから

 

・・・うむむ、まあ、この話はあまりに古いですかねー(笑)。

 

とにかく、それが、今じゃCPUのクロック数も数GBって単位ですし、メモリーも、この小ささに2GB。お値段にしても1000円もしないっていうんですからね。

ほんと、この進歩の凄さ、考えられないですよ。まさに、光速のようです

 

で、それに釣られて、色々と身の回りで扱うデータ類も重く、大きなものが沢山出てきまして、音楽のデータも高音質なフォーマットがどんどん出てきて、それに伴ってデータ量は倍、二倍・・・と。

で、写真なんかも、本当に重たいファイルを扱うのが当たり前のようになってきてしまって、先日のVOWWOWの撮影でも、一日分だけでも10GBを超えてしまっておりましたしね

(お蔭様で、無事にレタッチも終わりまして、厚見さんや恭司さんにも、既にご確認いただいております。このあたりの詳細はまたいずれー。)

 

なので、この度、また新たにハードディスクを買ってまいりました

2テラテラバイト

 

・・・はい、すみません。

2テラバイト、です

 

「テラバイト」のハードディスクを普通に買うなんて・・・(笑)。

「ギガバイト」ですら、「すっごー」って思ってたのがついこの間なのに。もう、そのギガの約1000倍であるテラの世界が当たり前(笑)。

 

で、この2テラバイトのハードディスク、なんと10000円を切っているいう

 

そのうち、すぐにさ、

 

「ペタ」が出てきてさ、「エクサ」になってさ、「ゼタ」とかですら普通になって、

いつか、

 

「こないだの写真、3ヨタバイトあったよー

 

なんていう時代が来たりしてね。

 

どんだけデカイ写真だっ。学校の校庭みたいのかっつー。

 

 

ねー

 

 

・・・あれっ、僕、一人で喋ってる・・・(笑)?

 

 

まあ、ご参考までに・・・

 

ヨタ (yotta)     Y     一秭(じょ)

ゼタ (zetta)     Z     十垓(がい)

エクサ (exa)     E     百京(けい)

ペタ (peta)     P     千兆

テラ (tera)     T     一兆  (←今、このへんまで来てるのね

ギガ (giga)     G     十億

メガ (mega)     M     百万

キロ (kilo)     k     千

ヘクト (hecto)     h     百

デカ (deca, deka)     da     十

一(いち)

 

 

・・・あれっ、みんな寝てる気配・・・(笑)。

 

まあ、ヨタ (yotta)話ってことで-。  

 

ではー。



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