酢豚のひとりごと

楽しい芝居と映画探しつづけま~す!

『伯爵令嬢小鷹狩掬子の七つの大罪』№2

2011-08-26 13:06:09 | 演劇


先日見た芝居「伯爵令嬢小鷹狩掬子の七つの大罪」の寺山修司の原作戯曲を読んだ。

セリフは、スーパーの名前が「東光ストア」から「西友ストア??」に変わっていたぐらいでほぼ原作どおり。
ただ芝居では寺山の別の戯曲である『便所のマリア』が組み込まれていた。両方とも短い戯曲であるから、組み合わせも構成の腕の見せどころであろう。

原作を読んであらためての芝居の印象は、バランス的に歌の部分が長かったこと。それも戯曲ではバックグラウンド的な部分も舞台では歌手に歌わせている。
芝居より中山ラビと、黒色すみれ(二人組)という歌手を生かすことを優先したのではないかと思うほどだった。
両者とも個性的なだけに印象が分散し、共演は成功したとは言い難い。

またザ・スズナリという小劇場を生かすためには、令嬢たちの意地悪さや冷酷さをもっと強調し、毒のある舞台にして欲しいかったのが個人的な希望。

『伯爵令嬢 小鷹狩掬子の七つの大罪』

2011-08-21 11:35:17 | 演劇


「伯爵令嬢 小鷹狩掬子の七つの大罪」      Project Nyx 第7回公演   於:ザ・スズナリ
作:寺山修司   構成・美術:宇野亜喜良   演出:金守珍
出演:寺島しのぶ、水嶋カンナ、フラワー・メグ、中山ラビ 他

大劇場もそれはそれで面白いのだけれど、芝居には淫美で怪しげな別世界が展開してほしいとも思う。それにぴったりの場所が、下北沢の小劇場「ザ・スズナリ」。
ここで寺山修司とくれば、期待いっぱい。
しかしその意味では見事にはずれた。「赤ずきん」や「シンデレラ」や「人魚姫」などの童話が散りばめられた、すごくかわいい舞台。
コンセプトが美女劇で「さまざまなジャンルのアーティストの出会い」ということで、レビュー風になり、本来あるはずの毒の部分が薄まっているのかもしれない。

舞踏、人形遣い、歌(シャンソン風、演歌風、フォーク風など幅広い)、ヴァイオリン演奏。加えて大きい時計・鏡・いろんな人形・修司の写真などの華麗な宇野亜喜良の舞台美術。すべてに盛り沢山。

寺島しのぶを中心に、演じる女優たちは生き生きしてテンションが高く、ラストは観客と一体になった盛り上がりもあった。

楽しく見られたのだが、この芝居の成否は寺山修司の狙いがどこにあったのか、原作を読んであらためて判断したいと思っている。

残念なことに今日21日(日)14:00が最終。


『ヨコハマトリエンナーレ2011』

2011-08-13 08:49:59 | 美術館

「ヨコハマトリエンナーレ2011 OUR MAGICHOUR」

今回は横浜美術館会場を見学。
「世界はどこまで知ることができるか?」をコンセプトに、全会場で海外を含め約300点の作品に加え、横浜美術館所蔵の絵画も展示されている。

順路がきっちり指示され、気まぐれ派にはちょっと堅苦しい雰囲気。

こういうものは、見る者に何らかの刺激を与えられるかが勝負だと思うのだが、正直言って前半は退屈。
いやになってきたころに出てきたのが、写真のミルチャ・カントルの作品。15分くらいの映像で女性7人(上の写真では6人しかいない??)が一列で白砂の上を箒を持って進む。前の人の足跡を後ろの人が黙々と消してゆくだけ。途中で列は写真のように丸くなることもある。白い衣服に裸足の女性達。足がアップになることも。無為な作業の繰り返しで、作者の意図もわからないのだが、見ていると何故か元気が湧いてくる不思議な作品。この作品がなければ、会場全部を見る気力はなかったかもしれない。

あとエントランスにはオノ・ヨーコの作品で、透明なアクリル板の迷路の奥に電話機が一台置かれている。オノ・ヨーコから突然電話がかかってくるのが、‘売り’のようだが、作品としては邪道ではないか。

その他では、美術館入口の十体ぐらいの像が面白い。みんな写真をとって人気になっていた。

世界を相手にした展示というには、働いている人たちの、のんびりした対応が気にかかった。


『荒野に立つ』

2011-08-07 21:25:36 | 演劇

7月の終りに三軒茶屋のシアタートラムで見たのだけど、感想が書きにくかった芝居。もう大阪公演も終り、8月11・12日の福岡公演だけになってしまった。

長塚圭史作・演出の「荒野に立つ」がその芝居。
出演:安藤聖・中村まこと・黒木華・中村ゆり・ 伊達暁・中山祐一朗・横田栄司・長塚圭史など。

長塚圭史にとっては久しぶりのホームグラウンドである「阿佐ヶ谷スパイダース」での公演。
ロンドンから帰って、明らかに路線が変わった長塚。前回の「アンチクロックワイズ・ワンダーランド」は、洗練された印象とともに、ストレートに意図が伝わらないもどかしさもあった。
今回の公演には期待と不安が入り交じった気分。

舞台には木の葉の少ない一本の木。その場所はいくつかの軽い段差がある。椅子を持ったたくさんの人が、木のまわりに集まってくる。女子高の教師(横田栄司)が突然しゃべりだし、芝居は始まる。

生きてゆくために、人はそれぞれ迷いながら一番いい道を探している。そんな感じを詩的に叙情的に表現した舞台と見たのだが、ピントはずれだろうか。

この芝居でかなり大きな意味を持つと思われる「目玉をなくす」ということ、「目玉を探す」ということがどういうことなのか、いま一つわからなかった。
また「代行」という名のもと、主人公などいくつかの役を他の人が演じたが、登場人物1人1人の印象を淡くする効果を狙ったものであろうか。
わからないところもいっぱいあったが、どこか心に伝わってくるものがあって、間違いなく「アンチクロックワイズ・ワンダーランド」よりは面白かった。

伊達暁・中山祐一朗・中村まことなど馴染みのメンバーが、殺伐とした場面になると生き生きしだすのが面白かった。