小説の孵化場

鏡川伊一郎の歴史と小説に関するエッセイ

道真怨霊  9

2006-06-10 22:37:31 | 小説
 藤原一門と天台密教のつながりは早くからあったが、一門の内部抗争の過程で、天台座主をより緊密に味方につけたのは、藤原忠平であった。たとえば、時平の長男で大納言保忠は病床にあったとき、密教僧の唱える平癒祈願の呪文を呪詛の言葉と聞き間違えて狂死したという説がある。これなど、大納言の聞き違えではなく、まさしく呪い殺した可能性がなくもない。忠平にとって時平の眷族は根絶やしする必要があったからだ。むろん道真怨霊のたたりで皆に死んでもらうのである。
 ただし、時平の息子でやはり道真怨霊のために短命だったとされる権中納言敦忠の場合は、むしろ女の怨念によって命を縮めたのかもしれない。余談のようになるが、三十六歌仙のひとりであった藤原敦忠の歌に触れておこう。彼は情交のあとの歌を詠んだ。歌は百人一首にある。

 逢ひみての のちの心にくらぶれば 昔は物を思はざりけり

 ところが彼はこの恋の相手の女人を捨てた。女の名は通称右近。彼女の歌も百人一首にある。いわば、返歌である。

 忘らるる身をば思はず 誓ひてし人の命の惜しくもあるかな

 忘れられた自分のことはどうでもいいけれど、二人の愛を神に誓いながら、破ってしまったあなたは神罰が当たって命を失うのが惜しい、と凄味をきかせた歌なのである。
 事実、彼の命も短かった。やはり道真がたたったと人はいうけれど、女人の怨念で短命に終わったというほうが、この平安のプレイボーイにはふさわしいかもしれない。 
 


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