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「DJ ヒロヒト」

 高橋源一郎「D J ヒロヒト」を読んだ。
 この小説を読んだきっかけは、題名に惹かれたからだ。ヒロヒトと言えば昭和天皇、彼がDJ?と書名を見た者は誰もが思うだろう。何だそれ、高橋源一郎一流のおふざけか?と思わないでもなかったが、4,000円を超える書籍代でさすがにそれはないだろう、何か意図があるんだろう、じゃあ、何だそれは?と巧妙に仕掛けられた罠にはまってしまった感もあったが、ついつい買ってしまって読むことになった。
 
 天皇ヒロヒトをどう描くんだろう、さすがに正面から取り上げては歴史小説になってしまうし、トリックスター的な扱いになるのかな、と思いながら読み始めたら、140ページほどでヒロヒトは幕尻に下がり、昭和を生きた市井の民の物語となっていった。えっ、ヒロヒトは?と思いもしたが、そんな思いはすぐに消し飛び、展開される物語の濃密さに私は引き込まれていった。
 しかも物語は時空を駆け巡りながらも多岐に及び、さながら昭和史の裏面を見るような様相を帯びていき、つなぎ合わせると戦争に至るまでの日本がどのような社会であったかが垣間見られたように思われた。まるでパッチワークのような小説だなあ、と思っていたが、578ページまで読み進めて、私のこの感想がまさに作者の意図するものであったことが分かる記述があった。

『・・・・さてここまでご覧になったみなさん、どんな感想をお持ちになったでしょうか。戦争の悲惨さ、愛の狂気、あるいはまた、純粋な恋、希望に満ちた少年の思い、博士たちの異様な情熱、どれもつくりもののようにも、ほんとうにあった話のようにも思えます。いや、つくりものとほんとうにあったことの間に、実は差などないのかもしれません。誰かがしゃべる。誰かが誰かと出会う。あらゆる場所で、あらゆるときに。そして、なにかが起こる。それらをみんな知っているものはどこにもいません。それらをみんな知ることはできません。誰かがそれらを言葉に書き起こして、わたしたちに伝えるまでは・・・・』

 高橋源一郎は膨大な資料と読書によって、私たちに伝えようとしてくれたのだ。なんだか変な小説ではあるが、作者の意図は十分すぎるほど伝わって傑作であると思った。
 
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