息子孝行

　火曜の夜から金曜の朝まで、息子が帰って来ていた。会社の出張で、名古屋地区にある取引先を回る仕事を仰せつかったのだそうだ。まだまだ初心者マークを外せないでいる新入社員を一人で回らせるとは、大胆な会社だと思わないでもないが、息子は真剣そのもので、アポの取ってある会社だけでなく、飛び込みで訪問する会社も幾つかあるそうで、なかなか大変そうだった。
「営業か」
と今でも何をやってる会社なのかよく知らない私は、息子の仕事内容も初めて知った。人当たりは良い方だから、大きな失敗はしないだろうと思ってみても、やはり心配になってくる。かと言って会社勤めをしたことのない私では、何のアドバイスも出来ないから、何の役にも立たない。ただ、自社製品のカタログを大きなバッグに入れて運んで行かねばならないと聞いたので、せめて朝は駅まで車で送っていってやろうと水曜と木曜の朝は、いつもよりも１時間ほど早く起きた。
「送っていってやるよ」
と言うと、
「ありがとう」
と素直に答えた。この辺りが可愛いところだ。
　駅までの車の中で、
「今日はどこ行くの？」
「名古屋駅」
「何社くらい回るの？」
「予定では８社くらい」
「ふ～ん、がんばれよ」
と、それとなく励ますくらいしか出来ないのも情けない・・。
　だが、そんな私でも一つだけ役に立った。水曜の夜、
「お父さん、よかったらDOCOMOのやつちょうだい」
「何？」
「小さいパソコン」
「ああ、あれか・・。ほとんど使ってないからやるよ」
「やった！」
と、また素直に歓声をあげたので、嬉しくなってすぐに塾社からPCを持ってきた。
「おお、小さくて持ち運びに便利そう」
「ネットも出来るぞ」
「データを保存するために使いたいから、取りあえずはネットにつなぐつもりはないけど」
ふむふむ、やっぱり会社員になると言うことが違ってくる・・。かっこいいじゃん・・。
　これで一つ息子孝行が出来たと、少々気が緩んでしまったのか、金曜の朝は寝坊してしまい、目覚めたら、息子はいなかった。ビックリして妻の部屋に行ったら、
「私が送っていったから大丈夫」
とすぐに言われた。
「よかった・・」
寝る前は、「じゃあ、もう一日頑張ってこいよ！」
と駅でエール送ってやろうと思っていたのに、寝過ごしてしまっては何にもならない。やっぱり気ままな自営業者はこんなものかもしれない・・。カッコイイ父親は演じられなかった・・・、残念！！