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雪の朝

 昨日の朝、目覚めてすぐに窓を開けた。
「やっぱり雪だ・・」
天気予報で十分覚悟していたから驚きもしないが、見た感じでは大雪というほどでもなさそうだった。しかし、土曜は朝から塾生をバスで迎えにいかねばならない日だから、道路の様子を見なければ何とも言えない。それに、弁慶はどうなっているのか・・、すぐにベッドから起き上がって外に出た。
 案外道路に雪は積もっていなかった。さすがに橋の上はうっすらと積もっていたが、これくらいならたぶん大丈夫だろう。一安心して弁慶の按配を見に行った。
「おはよう、弁慶!」
と声をかけたが、動く気配はない。えっ?と犬小屋の中をのぞくと、小屋の中にことつ布団が押し込まれていた。
「何だ、これは?」
とちょっとギョッとしたが、目を凝らしてみたら、布団の下に弁慶の顔が見えた。こちらを見ている。
「生きてた・・」
覇気のある顔ではないが、昨夜のように苦しそうでもない。何か訴えかけるようにこちらを見るから、
「どうした弁慶?」
と言いながら、思わず頭をそっと撫でてやった。久しぶりだ、弁慶を触ったのは。動けなくなって以来、ずっと私が近づくと唸り声を上げて威嚇してきたのに、今朝の弁慶はそれ以前のおとなしくて可愛い弁慶そのものだった。
「おお、弁慶・・」
涙がこみ上げてきて、弁慶の顔が見えなくなってしまったが、ゆっくり撫でていると、弁慶の体の冷たさが伝わってきた。体温が下がっているのだろうか?それなら、誰なのか分からないが、布団を犬小屋の中に入れたのは適切な処置だった。しかし、誰だろう?
 その時そばを通りかかった父に尋ねてみたが
「俺じゃない」
という返事だった。それならやっぱり・・、と思って家に戻ったところ、偶然妻が二階から下りてきたところだったので、
「弁慶に布団をかけてやったのはお前か?」
と訊いてみた。
「うん。もし暗いうちに死んじゃって、朝冷たくなった体しか触れなくなったらいやだから、生きているうちに触っておきたいなと思って3時頃弁慶のところに行ったの。懐中電灯で照らしたら、寒そうだったから、物置からこたつ布団を出してきて、弁慶にかけてやったんだけど、その間中おとなしくしていたから、それから30分くらいずっと撫でてやってた・・」
「何やってるんだ、お前が風邪ひくだろう」
「着こんでいったし、犬小屋の中はそんなに寒くなかったから平気だった」
「それでも、無茶苦茶だよ、そんなこと。まったく・・」
時々意表を突くことをするから困ってしまう・・。

 しかし、そのおかげなのだろうか、昨日の弁慶は少しばかり元気を回復したように思えた。餌を口元に持っていっても、プイと横を向いてしまうのは一昨日と同じだったが、柄杓に汲んだ水は何杯か飲んでくれた。「末期の水か・・」などといやなことも思ったが、何も口に入れないよりはいいだろう。それに時々はかすれた声で吠えたりもしたから、少しは状態がよくなったのだろうか、と安直な希望を抱いてしまったが、そんなに生易しいものではないだろう。現状を直視しているつもりでいても、ついつい気持ちが楽になるような考えに逃げ込みたくなってしまうのは仕方のないことではないだろうか・・。

 雪は午前中でやみ、昼からは晴れ上がったから雪はあっという間になくなってしまった。バスの運転に支障が出なかったのは幸いだった。それでも体の芯まで冷え切ってしまうくらい寒い一日だった。暖房のきいた教室からは出ていきたくなかったが、どうしても弁慶のことが気になった。休憩時間になるとすぐに弁慶の様子を見に外に出たのだが、寒さに耐えきれずすぐに戻ってきてしまった。思いやりのないダメな飼い主だと自嘲してしまうが、そんなことなど言ってられないほど寒くて寒くて我慢できない一日だった。

 弁慶も秋田犬だから寒さには強いはずだ、負けるなよ!!

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