見もの・読みもの日記

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経済学者のヘンな研究/競争と公平感(大竹文雄)

2011-02-25 23:58:11 | 読んだもの(書籍)
○大竹文雄『競争と公平感:市場経済の本当のメリット』(中公新書) 中央公論新社 2010.3

 経済学者の書いた本だから難しいかな、と思っていたら、面白かった。最近の学者は(いい意味で)ヘンな研究ばかりやっているんだなあ…と感心した。以下は、本書に掲げられた、実証的な研究成果の一部である。

・18-25歳の頃に不況を経験した人は「人生の成功は努力よりも運による」と思い、「政府による再分配を支持する」が「公的な機関に対する信頼を持たない」傾向がある(p.18)
・女性よりも男性のほうが自信過剰で競争好きの傾向があるが、女子校の女生徒は、共学の女生徒よりも競争的報酬体系を選ぶ傾向がある(p.38)
・4、5歳の子どもにマシュマロを1個見せて、実験者が帰ってくるまで食べるのを我慢したらもう1つあげる、というテストを行い、10年後に追跡調査をしたところ、我慢できてマシュマロを2個もらえた子どものほうが、そうでない子どもよりも成績がよく、リーダーシップもあり、社会性を備えていた(p.96)
・天国や地獄といった死後の世界の存在を信じる人の比率が高い国ほど経済成長率が高い(p.118)
・日本人管理職について、子どもの頃、夏休みの宿題を最後のほうにしていた人ほど、大人になって、週60時間以上の長時間労働をしている。しかし、そうした人ほど、地位が高かったり、所得が高かったりする傾向はない(p.184)

 解説を読むまでもなく、相関関係が納得できるものもあれば、なんだこの、風が吹けば桶屋が儲かるモデルは…と苦笑を感じるものもある。もともと経済学は、論理的に行動する「後悔しない人間」をモデルに築かれてきたが、最近は、心理学や脳科学と交流することによって、より人間的な学問に変貌しつつあるのだそうだ。

 そのほかにも、本書を読んではじめて、そうだったのか、と感じたことがいくつかある。たとえば、日本の貧困率は、それを計算するために使った統計によって異なるという話。厚生労働省の『国民生活基礎調査』は福祉事務所が調べているため、総務省の『全国消費実態調査』に比べて、低所得者の比率が高めに出る。実際の数値は、両者の中間にあるという。また、日本の有給休暇の消化率は、欧米に比べて低いといわれるが、ヨーロッパでは、有給休暇の取得時期の決定権は企業にあるのだそうだ。さらにいうと、日本は各国に比べて祝日が多い。

 本書を読んで、考えを改めかけたものの、十分に納得できなかったのは最低賃金に関する考え方。貧困対策として最低賃金を引き上げるのは、結構なことじゃないか、と思っていたのだが、著者によれば、この政策は、新規学卒者、子育てを終えて労働市場に戻ろうとする既婚女性、低学歴層といった「生産性が低い人々」にとって、何らメリットにならず、むしろ彼らの就業機会を奪う方向に作用するという。う~、ここの説明は、よく分からない。今さらではあるが、若者にも高齢者にも、数学的リテラシーって大切なのだ、としみじみ感じた。

 市場経済(競争社会)のメリットを考えるとき、重要なのは「公平」「不公平」という基準が、万人にとって自明ではないことだ。「あとがきにかえて」で、著者は、本書の刊行直前に行われたバンクーバーオリンピックに触れている。思わぬところで思わぬ名前を見てびっくりしたが、著者は、フィギュアスケートを例に出し、「ルールを最大限に利用して、得点を最大化しようとする選手もいれば(※ライサチェクとキム・ヨナです)、自分の得意な技を最大限に利用する選手もいる」と述べる。弱い選手の有利に働くルール改正は、強い選手のファンの立場からは、不公平感が残る。しかし、競技団体は、突出した選手の一人勝ちを抑制すべく、ルールや採点基準を改正していく。より多くの選手が、バランスよく、多様な戦略で戦える状況をつくることが、競技の活性化につながるからだ。現実社会の政府の役割も、これに似ているのではないか。この比喩は、とても分かりやすいが、でも武道に「体重別」や「身長別」を設けるのが嫌いで、不利と分かっていても頑固に信条を曲げないことを「美学」とする日本人は、やっぱり納得しないかも、と思った。
コメント
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