見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

写真と証言/パリ、娼婦の館(鹿島茂)

2011-02-19 23:52:42 | 読んだもの(書籍)
○鹿島茂『パリ、娼婦の館』 角川学芸出版 2010.3

 19世紀(いわゆる長い19世紀)、パリの娼家風俗を紹介する。立ち読みで手に取って驚いたのは、意外なほどの資料写真の多さだった。いかにも、のエロチックな娼婦の姿態だけでなく(これは通勤電車の中で広げるのを憚られる写真もあり)、堅実そうな質素なドレスに身を包んだ娼家の女将(おかみ)、紳士然とした娼婦のスカウトマン、典型的なヒモ(どこで見つけてきたんだw)まで、写真で紹介されている。

 読んでいくと、著者が参考にした文献のひとつは、公衆衛生学者のアレクサンドル・パラン=デュシャトレ博士の研究であると分かる(邦訳あり)。19世紀初め、博士は、インタビューを交えて娼婦の実態を観察調査し、婚外性交を行政の管理下に容認・認可する、近代的な管理売春制度の基礎をつくった。そこから、19世紀後半、メゾン・クローズ(閉じられた家=囲い込まれた家)と呼ばれる娼家風俗が生まれてくる。

 さらに20世紀に入ると、女中としてメゾン・クローズに潜入取材を行った女性ジャーナリストのレポートが残っていたり(邦訳あり)、日本人による日本人向けのレポートも相当数残っている。フランス文学の大御所、河盛好蔵先生は、海路はるばるフランスに到着したその日、娼家で女が客と戯れている現場を外から覗くという「のぞき部屋」を体験したことをエッセイに残しているという。仏文学者ってこれだから…(侮れない)。悪魔学の権威、猟奇作家として活躍した酒井潔も、著者いわく「傑出」したパリの売春街案内を遺している。本家では、バルザックやゾラの小説を抜きに、同時代のパリ娼家風俗を語ることはできない。

 これら豊富な写真と文献から、著者は、メゾン・クローズの経営、設備、サービスなどを具体的に描き出す。最も興味深かったのは、変態系のサービスを詳しく語った一段。上流階級の紳士を相手にする超高級店ほど、バラエティに富んだ変態プレイを標準装備していなければならなかった。ああ、人間の(文明の)業だなあ、と思ってしまった。鞭打ち、幼児プレイくらいまでは、心の底に共感がないでもないのだが…。

 著者はときどき、当時のパリと、現代日本の性風俗を対比させた説明を試みている。のぞき、デリヘル、人妻売春、援助交際など、だいたい今の日本にある風俗は、当時のパリにも認められる。大きな違いは、酒と会話による社交サービス(一次過程)と、客を射精に導く直接的な性サービス(二次過程)がセットになっている点で、ニ部門が切り離されて成立している(=疑似恋愛を核としたキャバクラ、高級クラブが単独で成立している)のは、世界広しといえども日本独特ではないかという。本当なんだろうか。おもしろい。

 また、婚外性交は、行政の管理下におくことで容認されていたが、娼婦の間に発生しがちな同性愛(レスビアン)に対しては、社会の秩序を乱すものとして、非常に厳しい目が向けられていたことを興味深く思った。それから、いま、その箇所を見つけられないのだが、当時から「私生児」が非常に多かったという記述があったと思う。近年、フランスは、結婚制度にとらわれない少子化対策に成功したことで、日本のお手本みたいに言われているけれど、真面目な社会学者ほど、その裏面にある、高度な洗練をきわめた性風俗産業の存在を無視して議論しているのではないか、と気になった。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする