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見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

美の運命/安宅英一の眼(三井記念美術館)

2007-11-11 23:53:53 | 行ったもの(美術館・見仏)
○三井記念美術館 特別展『美の求道者 安宅英一の眼-安宅コレクション』

http://www.mitsui-museum.jp/index2.html

 安宅コレクションは、大阪市立東洋陶磁美術館が所蔵する韓国・中国陶磁コレクションである。同名の展覧会は、今年の春から夏にかけて同館で開かれていた。その内容は「かなりスゴイらしい」と聞いて、何とか会期中に見にいこうと画策していたのだが、東京でも巡回展が開かれると知って、秋を待つことにした。

 さて、その東京展。すごい。ノックアウトとしか言いようがない。第1室は、唐美人の婦女俑で軽いジャブのあと、国宝『飛青磁花生(とびせいじはないけ)』。これまで写真で見るかぎり、その良さがよく分からなかったのだが、実物を前にして、すっかり心を捉まれてしまった。完璧な青磁の肌を引き立てる濃茶色の鉄斑。玉壺春と呼ばれる、細すぎる頸と豊かに膨らんだ胴部の対照は、たとえばコルセットで人工的に体型を整えた美女のような、あまりに危うい均衡を保っている。

 オリーブグリーンに深い花文を彫り入れた耀州窯の『青磁刻花牡丹唐草文瓶』と、定窯にはめずらしく、白地にモスグリーンで花文を描いた『白磁銹花牡丹唐草文瓶』。「瓶」といっても、ずんぐりした、カボチャのような姿をしている(太白尊または吐魯瓶と呼ぶらしい)。ただでさえ珍しい器形が2つ並んだところは、格別の愛らしさだ。安宅氏はこの2つを並べることを「至福」と呼んだそうだが、私はガラスケースの側面に立って、2つを同時に視野に入れて眺めると楽しいと思った。

 それから、元代の『青花蓮池魚藻文壺』。あー懐かしいなあ。これは、2004年、出光美術館の『磁都・景徳鎮1000年記念』展で、最も印象深かった作品だ。以来、精彩に富んだ元代の青花を、私は愛好し続けている。清冽なブルーでまとめた『法花花鳥文壺』(明代)もいい。この第1室を歩いていると、自分が清朝の王孫に生まれて、父祖伝来の宝物に囲まれているような気分になってくる。

 出品125件のうち、半数弱が中国陶磁器。後半の半数強が朝鮮陶磁器である。朝鮮ものがまたすごくて、私は、あーとかうーとか唸りっぱなし。いくつかは、世田谷美術館の企画展『青山二郎の眼』で見たもの(白磁壺、銘「白袴」など)だった。青山も好んだ、粉引瓶や青花、鉄砂は、日本の陶磁器に通ずる、大胆で軽やかな俳味を感じさせる。一方、「青磁逆象嵌」「青磁象嵌辰砂彩」などは、中国の作陶技術に迫る美麗な作品である。朝鮮陶磁器の幅の広さを、初めて実感した。

 展覧会の図録には、大阪市立東洋陶磁美術館長の伊藤郁太郎氏が寄稿している。伊藤氏は、もと安宅産業の一社員としてコレクションの形成に深くかかわった人物である。それゆえ、図録および会場内には、それぞれの作品が安宅コレクションに加わった際の逸話が多数、紹介されている。所蔵者を如何に攻略するか。オークションでいくらの札を入れるか。社内や世間の「無駄遣い」という非難をどう収めたか。たとえば、上述の『青花蓮池魚藻文壺』は、個人宅に秘蔵されていたが、オークション開始から数分間で数十倍の値がつき、さらに落札価格の2倍以上で安宅氏が買い取ったという。「日本の蔵は奥が深い」という伊藤氏の言に深く同感した。

 さて、会場の中ほどには、さりげなく安宅英一氏の年譜が掲げられている。じっと読んでいくと、安宅産業(総合貿易会社)は、第1次オイルショックのあと、債権のこげつきが発覚し、77年には債権債務を清算管理会社に引き継ぎ、伊藤忠商事に吸収合併された(事実上の倒産)。切ないなあ。けれども、住友グループの尽力を経て、安宅コレクションが大阪市に寄贈され、東洋陶磁美術館が設立されたことは、百年の慶事だと思う。散逸したり、海外流出しなくて、本当によかった。「安宅コレクションが散逸しないよう」すみやかに異例の通達を出した文化庁を褒めたい。

 図書にしても美術品にしても、「コレクション」の運命は数奇である。ひとたび集積したコレクションも、やがては部分的または全面的に解体し、砂の城が押し流されるように崩れていく。そうと分かっていればこそ、いまある「コレクション」を味わい、楽しむことに妙味があるのだろう。
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