見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

さらに奥へ!/続・和本入門(橋口侯之介)

2007-11-08 23:52:31 | 読んだもの(書籍)
○橋口侯之介『続・和本入門』 平凡社 2007.10

 「和本」というのは「有史以来、明治初期までの日本の書物の総称」である。多くは和紙を糸で綴じた様子の冊子だが、そのほかに地図・錦絵など1枚物の刷り物や絵巻物など、さまざまな形態がある。写本と版本の差とか、国書と和刻本漢籍の別とか、細かいことは言わない。まず、この太っ腹でおおらかな定義がうれしい。

 書店主、橋口侯之介さんによる前著『和本入門』(2005.10)は、一読して、これぞ私が待ち望んでいた本!と膝を打った。和本には、長年、少なからぬ興味があった。しかし、書誌学や史料学の本は、とっつきにくい。むかしは、もっと身近に和本があったから、基礎知識は実践で学び、次の段階から書物をひもとけばよかったのだろう。今は、和本に憧れを抱いていても(図書館や書店勤め、あるいは学生など、比較的書物に近いポジションにあっても)なかなか実物の和本に触れる機会を持てない。そんな我々に、和本の尽きせぬ魅力を、平明な言葉で語りかけてくれたのが前著だった。

 前著以来、「若い人たちが和本に新鮮な興味を持ってくれたのが嬉しかった」と著者はいうが、「若い人たち」は、まさにこういう入門書を待っていたのだと思う。このたび、続編刊行の運びとなったことを、心から喜びたい。

 それにしてもこの続編は前著以上に面白い。前著はともあれ「入門」だったことを思うと、本書の内容は格段に深みを増している。これを知っていたら、かなり自慢になるなあ、と思うことが次から次に出てくる。私は、覚えておきたい箇所はページの端を折っておくのが習いだが、あんまり折り過ぎて、何が何だか分からなくなってしまった。以下にざっと拾っておく。

・活字版は版本に比べて少数しか出版できないため、奉行所の検閲がなかった。
・板木は板木市で売買され、板元を変えながら購買者を広げた。
・「魁星印」は本ごとに作成した。
・草紙売り出しの日には蕎麦で祝うのが板元の吉例だった。
・京や大阪では新刊書を天満宮や住吉神社に奉納した。これは重版を確かめるときの証拠になる。版木が焼けてしまったときは、借り出した初刷本をもとに彫り直すことができた(日本にも一種の納本制度があったのか~)。
・中国では「惜字紙」という習慣(信仰)があり、字を書いた紙を粗末にしなかった。それゆえ、処分しなければならないときは特定の炉で焼き捨てた(焚書って蛮習とは言えないんだな)。一方、日本にはこの習慣がなかったため、古い写本が残った。
・日本の本屋は店先に小窓を設け、反古紙を集めて再利用した。
・新井白石『折りたく柴の記』は明治14年に初めて出版されたが、120点以上の写本が伝わる。専門の業者が写本製作を担ったのではないか。
・江戸幕府は徳川の先祖にかかわる話を禁書にした。しかし『太閤記』は禁書と思えないほど写本で読まれた。林子平『海国兵談』も同じ。
・江戸時代まで、書き入れのある本は「ひとまわり成長した本」として受け入れられた。
・江戸時代、身分を越えた読書会が作られた(木村蒹葭堂のサロンなど)。

 まだまだあるのだが、省略。後半では、全国の図書館・研究機関が構築・公開している、古典籍目録データベースを駆使して、江戸時代の出版事情に迫ろうと試みている。不備の多いデータベースである(著者の不満はごもっとも)が、一定の見識に基づく「補正」をかければ、随分いろいろなことが分かるのだな、と興味深かった。第3弾も出るかなあ。楽しみに待ちたい。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする