○東京国立博物館 特別公開『国宝・天寿国繍帳と聖徳太子像』
http://www.tnm.jp/
このところ、東博の催し物は、何でも混んでいるので、できるだけ空いている時間をねらって、日曜の朝イチに出かけた。会場は法隆寺宝物館の最上階である。薄暗い展示室に入ると、パラパラと人影があるものの、肝腎の「天寿国繍帳(てんじゅこくしゅうちょう)」のケースの周りには誰もいない。なんだか、拍子抜けしてしまった。
いや、ありがたいことだ。おかげで、ケースに貼りついて気の済むまでじっくり眺めることができた。画面は横2列×縦3段の6区画で構成される。下段には寺院の建物と、袈裟をつけた僧侶の姿が描かれている。上段と中段は、華やかな服装の人々と、彩雲や大きな花や鳥が、暗い地色に浮かんでいる。上段左の区画には、月の中の兎、甲羅に文字を乗せた亀が見られる。
目を奪われるのは、上段と中段を飾る天寿国の人々の服装の可愛らしさである。丈の短いジャケットにフレアースカートを合わせて、鞄を斜め掛けした女子高生みたいだ。スカートの下にジャージを着てるみたいのもいる。使われている色彩は、オレンジに近い赤、紺、黄色。いくつかのバリエーションを持つ緑。糸の流れと、ほどよい褪色が、色彩に丸みを与えている。
現存する「天寿国繍帳」は、飛鳥時代の原本と鎌倉時代に作られた模本を寄せ集めて作ったものだそうだ。そして、驚くべきことに「発色が鮮明で刺繍糸も健全な部分」が古い原本であり、「褪色が甚だしく糸もぼろぼろになってしまった」のが鎌倉時代の模本なのである。うーむ。確かに会場に飾られた拡大パネルで見ると、模本のほうが、糸の縒りが甘いことや、芯まで色が染まっていないことが明らかである。
それに比べたら、飛鳥時代の人々は、どれだけ真剣な思いを、一針一針に縫い止めたのだろう。しかし、目の前の図像から、過度な緊張は伝わってこない。こけしみたいに素朴な面持ちの天人たちは、楽しいのか楽しくないのか分からない風情で、ただ、のんびりと虚空に浮かんでいる。いいな。鎌倉仏教の極楽浄土図の、どこか物哀しい壮麗さよりも、同じことなら、こういう天国に生まれたい。
別のケースに、参考展示として、東博所蔵(法隆寺献納宝物)の刺繍残片がいくつか出ている。これも見応えあり。唐草文様の「天蓋垂飾」は、赤と紺の対比がゴージャスで、ヨーロッパのゴブラン織を思わせる。「繍仏裂」は、楽を奏する天女を描いたもの。虹のような天衣(てんね)が美しい。座布団のような蓮華座も。少ない色数をうまく活かして描いている。
品数は少ないが、飛鳥の香気に包まれるような特集展示である。最後に、法隆寺からお越しの聖徳太子像(7歳像)に合掌して、会場を後にした。
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このところ、東博の催し物は、何でも混んでいるので、できるだけ空いている時間をねらって、日曜の朝イチに出かけた。会場は法隆寺宝物館の最上階である。薄暗い展示室に入ると、パラパラと人影があるものの、肝腎の「天寿国繍帳(てんじゅこくしゅうちょう)」のケースの周りには誰もいない。なんだか、拍子抜けしてしまった。
いや、ありがたいことだ。おかげで、ケースに貼りついて気の済むまでじっくり眺めることができた。画面は横2列×縦3段の6区画で構成される。下段には寺院の建物と、袈裟をつけた僧侶の姿が描かれている。上段と中段は、華やかな服装の人々と、彩雲や大きな花や鳥が、暗い地色に浮かんでいる。上段左の区画には、月の中の兎、甲羅に文字を乗せた亀が見られる。
目を奪われるのは、上段と中段を飾る天寿国の人々の服装の可愛らしさである。丈の短いジャケットにフレアースカートを合わせて、鞄を斜め掛けした女子高生みたいだ。スカートの下にジャージを着てるみたいのもいる。使われている色彩は、オレンジに近い赤、紺、黄色。いくつかのバリエーションを持つ緑。糸の流れと、ほどよい褪色が、色彩に丸みを与えている。
現存する「天寿国繍帳」は、飛鳥時代の原本と鎌倉時代に作られた模本を寄せ集めて作ったものだそうだ。そして、驚くべきことに「発色が鮮明で刺繍糸も健全な部分」が古い原本であり、「褪色が甚だしく糸もぼろぼろになってしまった」のが鎌倉時代の模本なのである。うーむ。確かに会場に飾られた拡大パネルで見ると、模本のほうが、糸の縒りが甘いことや、芯まで色が染まっていないことが明らかである。
それに比べたら、飛鳥時代の人々は、どれだけ真剣な思いを、一針一針に縫い止めたのだろう。しかし、目の前の図像から、過度な緊張は伝わってこない。こけしみたいに素朴な面持ちの天人たちは、楽しいのか楽しくないのか分からない風情で、ただ、のんびりと虚空に浮かんでいる。いいな。鎌倉仏教の極楽浄土図の、どこか物哀しい壮麗さよりも、同じことなら、こういう天国に生まれたい。
別のケースに、参考展示として、東博所蔵(法隆寺献納宝物)の刺繍残片がいくつか出ている。これも見応えあり。唐草文様の「天蓋垂飾」は、赤と紺の対比がゴージャスで、ヨーロッパのゴブラン織を思わせる。「繍仏裂」は、楽を奏する天女を描いたもの。虹のような天衣(てんね)が美しい。座布団のような蓮華座も。少ない色数をうまく活かして描いている。
品数は少ないが、飛鳥の香気に包まれるような特集展示である。最後に、法隆寺からお越しの聖徳太子像(7歳像)に合掌して、会場を後にした。