現代ビジネス 2018.11.29 古谷 経衡
金魚、チューリップ、朝顔、フラフープ、カメレオン、シベリアンハスキー・・・。古今東西を問わず、人間社会には「ふっと出現し、ふっと消えゆく」ブームがある。それと同じように、ネット右翼の社会にも同じような「ブーム」が存在する。本稿は、2002年に出現したネット右翼が、「呪詛の対象」として前衛に置いてきたブームの変遷を振り返るものである。
(図は過去15年に於けるネット右翼「ブームの変遷」を示したもの、筆者作成)
(1)「在日特権」という虚構の誕生
2002年の日韓共催ワールドカップをその分水嶺として発生したネット右翼は、当初、ワールドカップ熱に煽られるマスメディアと列島の熱狂をみて、「既成のマスメディアと広告代理店(主に電通)が、在日韓国人・朝鮮人の悪事や悪イメージを糊塗する大々的キャンペーンに乗り出した」という妄想を仕立て、それと並行して「在日特権」という概念を「創作」した。
「在日特権」とは、読んで字のごとく、「特別永住者として日本に居住している在日コリアンが、国家から何らかの恩典を受けているに違いない」という妄想である。
この時期喧伝されたのは、具体的には「住宅費の減免または免除」「上下水道料金の減免または免除」「公務員就職への優遇や斡旋」「自治体からの冠婚葬祭費の補助」「そのほか税制面での優遇」など、広範に亘るものであった。
実のところ、この時期にネット上で自明のごとく言われた「在日特権」なるものは、シリーズ化され大ヒットした書籍『利権の真相』(宝島社、寺園敦史 (編), 一ノ宮 美成 (編), グループ・K21 (編) 2002年3月~)の中に登場する、近畿一帯で告発されたとされる所謂「利権」をそのまま「在日コリアン(在日コリアン)」に置き換えたもので、何の根拠も無いタダの妄想である(なお、本稿は「利権」言説の妥当性については関知しない)。
差別問題にリテラシーの無い、言い換えれば何の知識も免疫も無い首都圏のネット右翼は、この「利権」=「在日特権」のすり替えをそのまま信用し、根拠無き「在日特権」の妄想へと発展させた。
筆者の独自調査(2013年)によると、ネット右翼の実に70%弱が首都圏(東京・神奈川・埼玉・千葉)に集中・偏重している。西日本の多くの地域では教育されている同和問題への無知が故に、それをネット上で換骨奪胎した「在日特権」言説に対しても、彼らネット右翼は免疫が一切無く鵜呑みにしたものと筆者は推量する。
結論から言えば、「在日特権」なるモノは、ただの妄想であった。その証拠に、この期間(2002年~概ね2014年)にかけて、「自身が在日コリアンであり、それが故に国から特権を受けている」と名乗り出る当事者は、ただの一人もいないのであった。
そして「嫌韓ヘイト本」を粗製濫造する出版界を中心にして、「在日特権」は在日コリアンの問題であったにもかかわらず、なぜか韓国本国への呪詛へと触手を伸ばし、所謂「嫌韓本」が隆盛する基礎をつくった。
とりわけ2009年に麻生太郎内閣が退陣して鳩山由紀夫内閣(民主党)に交代すると、この「在日特権」幻想はますます燃え上がる格好となった。鳩山・菅・野田の民主党三総理は「韓国の手先」と指弾され、なかでも菅直人は「カン・チョクト」と韓国風の名前で呼ばれるのが通例となった。菅直人の「帰化人説」が、公然と大手を振ってネット空間にまかり通った。
そして「朝鮮飲み」という、湯飲みの底に片手を当てて飲料を飲む仕草が「朝鮮半島由来の風習」として喧伝され、この仕草を行なった鳩山・菅・野田は、なんらか「朝鮮半島にルーツを持つ者」として、徹底的に糾弾されたのである。
無論、「朝鮮飲み」という風習は朝鮮半島にも存在しない。湯飲みの底に片手を当てて「ずずっ・・・」と飲み物をすするのは人類共通の普遍的な仕草であるが、ネット右翼は国会中継や予算委員会での民主党議員たちの所作に注目し、彼らを「帰化人」とか「朝鮮半島ルーツ」であるなどと決めつけ、呪詛の対象とした。今日では完全に否定されているネット右翼的陰謀論の典型であり、まったく病的な妄想である。
それにしてもなぜ、彼らネット右翼はこのような病的な妄想を以て、民主党議員を「在日認定」せねばならなかったのか。答えは簡単だ。彼らの信ずる「在日特権」なるものの存在が、いつまで経ってもまったく証明できなかったからである。
ネット右翼的な世界観によれば、韓国の手先たる民主党政権の成立は「在日特権」の確立と拡大を意味するものであったはずなのだが、そのような事態は待てど暮らせど出来せず、それどころか存在すら立証できなかったために、短絡的な妄想に飛びつくほかなかった。
しかし転換点は間もなくやってくる。2012年末の第二次安倍政権誕生である。
それまで親の仇のごとく呪詛してきた民主党政権が瓦解し、自民党・公明党連立の本格的保守政権が誕生したことで、風向きは大きく変わった。むしろ皮肉なことに、古典的な(そして素朴な)「ネット右翼」の最盛期は民主党政権下の3年間であり、自民党の政権奪回はそのカルト化の始まりでもあったと言える。
いくら検証しても、いくら追求しても証明する事の出来ない「在日特権」をめぐる言説は、第二次安倍内閣誕生後、しばらくして雲散霧消した。なぜなら、ネット右翼の本望である「左翼政権の打倒」と「本格保守政権の誕生」が実現してしまえば、ことさら「在日特権」を声高に述べて政権を攻撃する必要も無くなったから、この一点に尽きる。
しかし、そこで代わりに登場したのが「アイヌ特権」という新たなデマである。「民主党政権=在日政権」という巨大な敵を喪失したネット右翼が、次なる標的として苦し紛れに創作した、「在日」に代わる仮想敵――この動きは、おおよそ2014年~2015年にネット右翼界で最盛期を迎えた。
「アイヌ特権」とは何か? それは、北海道の先住民であるアイヌ民族が、和人(日本人)に陵虐された、という被害者としての立場を利用して、様々なアファーマティブアクション(弱者集団への優遇措置)を享受している――という内容であった。
この運動の最前衛に立ったのは、漫画家の小林よしのりであった。小林は「アイヌ民族など存在しない」というトンデモな主張を繰り返し、「アイヌは北海道の先住民ではない」という妄想を漫画やブログで発表した。
特に「アイヌ民族は存在しない」という持論については、学術的な根拠を何ら示さないばかりか、「殖産の時代、アイヌ民族は自らを『アイヌ』と自称していなかったから」という屁理屈を展開し続けた。
「ある民族が〜〜と自称していないから、その民族は存在しない」という理屈が通るのなら、「アメリカにネイティブ・アメリカン(インディアン)は存在しない」と言うことすらできよう。なぜなら彼らは、イロコイ、アパッチ、ホピ、スー、などの部族名を自称して、決して自らインディアンとかネイティブ・アメリカンと名乗ることは無かったからだ。
ならば、「アメリカに先住民族は居ないのか?」というと、それはウソになる。当時の先住民が後年名付けられた「他称」を用いなかったからといって、その民族自体が存在しないなどと言う理屈は、あまりに馬鹿馬鹿しい。
民主党政権から第二次安倍政権へ――。本格的な保守政権への交代を経験し、「敵」を見失ったネット右翼界隈にとって、この「アイヌ特権論」はさしずめ「恵みの雨」であった。
結論からすれば、アイヌが北海道の先住民であることは近世以降のあらゆる歴史書からも自明で、ネット右翼界隈で繰り広げられた主張は近世史家、アイヌ研究者らによって一笑に付されている。よりによって、彼らに特権など存在しないことは当然、わかりきったことである(私も北海道出身だが、アイヌ特権など聞いたことがない)。
が、「敵」に飢えていたネット右翼は、刹那この小林の「アイヌは存在しない」「アイヌは北海道の先住民ではない」というでっち上げに寄生し、俄かにアイヌへの呪詛を開始した。
北海道には官主導の開拓の歴史があり炭鉱の歴史もある。したがって伝統的に社会党が強い地盤を有するが、そうしたことと強引浮薄に結びつけて「北海道は反日」などと言う向きさえでた。
しかし、所謂「アイヌ問題」は、2014・15年の一瞬だけネット右翼界隈を騒がせたものの、燎原の火となることはなかった。
それはおそらく、アイヌ民族の規模によるだろう。北海道アイヌ協会によれば、北海道に現住するアイヌ民族の総数は、全道を含めて約17,000人に満たない。多くが内地(本州)に住むネット右翼にはあまりに皮膚感覚から遊離しており、広汎な反アイヌ運動には至らなかった。要するに、首都圏在住者の多いネット右翼にとって「遠くて良く分からない」事象であり、「在日特権」の代替にはなり得なかったのである。
(3)手強い「沖縄デマ」「沖縄ヘイト」
「在日特権」の終焉から端境期としての「アイヌ特権」を経て、概ね2015年頃から頭をもたげ、現在ではすっかりネット右翼言説の主流となったのが、いわゆる「沖縄デマ」「沖縄ヘイト」に代表される、沖縄に於ける反在日米軍基地活動家や、前沖縄県知事・翁長雄志氏(故人)とその支持者に対する無根拠な中傷・デマである。
蛇足だが、ネット右翼がこのように資源を探して右往左往する様は、北進を断念し、代わって南進へと大きく転換した戦前の日本軍部にうり二つだ。
この「沖縄デマ」は、「在日特権」「アイヌ特権」というホップ・ステップを経て結実したネット右翼のブームの最前衛として花開き、一部に堅固な信奉者を生むに至っている。その主な要旨は次の通りである。
(1)翁長雄志氏は中国の工作員であり、その家族は中国で暮らしている
(2)沖縄には既に中国の工作員が多数潜伏している(中国による沖縄侵略)
(3)沖縄の高江ヘリパッド問題に関する反対派は中国人や韓国・朝鮮人である
(4)沖縄の辺野古移設問題に関する反対派は中国人や韓国・朝鮮人である
(5)前記(3)(4)の人員は日本共産党などから日当を受け取っている
(6)沖縄の在日米軍駐留に反対する者は全てパヨク(左翼)である
(7)玉城デニー氏は中国の工作員である(2018年県知事選後)
私は所謂「高江ヘリパッド問題」では、現地に何度も足を運び己の目で抗議運動の様子を見聞した。無論、「辺野古移設問題」に関しても、同様に現地での視察を行っている。その経験をもって言えば、沖縄に於ける在沖縄米軍反対派のなかに、中国人や韓国・朝鮮人を、ただの一度も見たことはない。ネット右翼のデマは、現地を訪問したり当事者に取材すれば虚偽であることが一目瞭然で分かるのが特徴だが、本件もその例に漏れない。
しかしこの「沖縄デマ」は、「在日特権」に代わって、いまやネット右翼界隈での「常識」とさえ言えるほどに定着した。それはネット右翼が思想的「宿主」とする「自称・保守系言論人」が、ネット番組やSNS、自称・保守系論壇誌で拡散する沖縄への差別的言説が要因として大であるが、そればかりではない。
2002年から概ね2013~2014年にかけて跳梁跋扈した「在日特権」は、「いくら探しても証拠も根拠も見つからない」のに比べて、「沖縄デマ」には、
(1)現実に沖縄に「米軍基地」という実態が存在する
(2)現実に沖縄県民の間では反米軍基地感情が旺盛である
(3)現実に沖縄県内に反米軍基地運動家が存在し活動している
という三点に於いて、「在日特権」よりも遙かに「攻撃対象」に実体が伴っているからである。
であるからこそ、妄想に過ぎなかったかつての「在日特権」が、第二次安倍内閣という本格保守政権の誕生によって希釈化されたのとひきかえに、ネット右翼の呪詛の標的として沖縄が浮上してきているのだ。
これに加えて、ネット右翼が「沖縄デマ」を強固に信ずるようになった要因として、
・沖縄出身・在住のネット右翼活動家が、在沖縄米軍へ親和的な立場を採る
・沖縄出身・在住のネット右翼活動家が、反基地活動家らに対する中傷・デマを恒常的に配信している
という点が挙げられる。「私は在日コリアンですが、在日特権を享受しており、これは不当だと思う」と名乗り出る者が一人も出てこず、当事者性に欠けていた「在日特権」に比べて、「沖縄デマ」には「私は沖縄生まれで沖縄育ちですが、在沖縄米軍は良き隣人であり、反対派はすべて反日勢力です」と吹聴する「当事者としての活動家」が続々と跳梁跋扈しているのである。
たとえその主張がいかに妄想と虚偽を含んでいたとしても、「沖縄デマ」にはそれを補強する沖縄の当事者が複数存在するということは、デマやフェイクニュースの成り立ちと流布の仕組みを考える上で特筆すべきことであろう。
長期戦を覚悟する必要がある
こうした言説をそのままトレースしたのが、(株)DHCが製作するテレビ番組『ニュース女子』(TOKYO MX)であった。2017年1月6日放送の同番組で、「現地取材に基づく」としたうえで「沖縄の基地反対派は日当をもらって現地で反対運動をしている」「基地反対運動の中に中国人・韓国人が混じっている」などの、まさに「沖縄デマ」が垂れ流されたのだ。
結局、同番組はBPO(放送倫理審査会)から重大な放送倫理違反を指摘され、上記の報道は虚偽として否定された。現在『ニュース女子』は地上波テレビからは追放され、ネットでの放送のみとなっている。取材や事実を尊重せず、差別的言説を流布した同番組の愚挙は、今後も放送界の汚点として記憶され続けるであろう。
しかし、大気循環のごとく人員の出入りが激しいネット右翼界隈では、「在日特権」などがほとんど忘れ去られるとともに、「沖縄デマ」が圧倒的主流を占めつつあるのも事実だ。
先の沖縄県知事選挙に於て、玉城デニー氏が過去最大の得票で選出されたことなど、彼らにとっては余り関係が無い。彼らの中では、「玉城氏は中国の手先であり、選挙戦には反日勢力が関与していた」との妄想を以て、厳正な民意であろうといくらでも黙殺できるからである。
「沖縄デマ」は、沖縄本島とそれを支える本土の自称保守系言論人や自称保守系雑誌、自称保守系ネットメディアのなかで循環しながら再構築・再拡散を繰り返し、徐々にではあるが、一部の言説空間の中で「揺るぎない真実」として定着しようとしている。これを看過することは、我が国にやがて大きな禍根を招きかねないと筆者は考える。
「沖縄デマ」の発端はつい2、3年ほど前だが、当事者の存在しない「在日特権」デマですら、前掲の図表の通り、2002年から実に10年強も続いた。「沖縄デマ」の寿命は、それよりも相当長いかもしれない、と覚悟しなければならない。
現在では「沖縄デマ」への抵抗こそネット右翼との戦いの最前線であり、またフェイクニュースに日本社会が勝つか負けるかを占う天王山とも言えるのである。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/58643
金魚、チューリップ、朝顔、フラフープ、カメレオン、シベリアンハスキー・・・。古今東西を問わず、人間社会には「ふっと出現し、ふっと消えゆく」ブームがある。それと同じように、ネット右翼の社会にも同じような「ブーム」が存在する。本稿は、2002年に出現したネット右翼が、「呪詛の対象」として前衛に置いてきたブームの変遷を振り返るものである。
(図は過去15年に於けるネット右翼「ブームの変遷」を示したもの、筆者作成)
(1)「在日特権」という虚構の誕生
2002年の日韓共催ワールドカップをその分水嶺として発生したネット右翼は、当初、ワールドカップ熱に煽られるマスメディアと列島の熱狂をみて、「既成のマスメディアと広告代理店(主に電通)が、在日韓国人・朝鮮人の悪事や悪イメージを糊塗する大々的キャンペーンに乗り出した」という妄想を仕立て、それと並行して「在日特権」という概念を「創作」した。
「在日特権」とは、読んで字のごとく、「特別永住者として日本に居住している在日コリアンが、国家から何らかの恩典を受けているに違いない」という妄想である。
この時期喧伝されたのは、具体的には「住宅費の減免または免除」「上下水道料金の減免または免除」「公務員就職への優遇や斡旋」「自治体からの冠婚葬祭費の補助」「そのほか税制面での優遇」など、広範に亘るものであった。
実のところ、この時期にネット上で自明のごとく言われた「在日特権」なるものは、シリーズ化され大ヒットした書籍『利権の真相』(宝島社、寺園敦史 (編), 一ノ宮 美成 (編), グループ・K21 (編) 2002年3月~)の中に登場する、近畿一帯で告発されたとされる所謂「利権」をそのまま「在日コリアン(在日コリアン)」に置き換えたもので、何の根拠も無いタダの妄想である(なお、本稿は「利権」言説の妥当性については関知しない)。
差別問題にリテラシーの無い、言い換えれば何の知識も免疫も無い首都圏のネット右翼は、この「利権」=「在日特権」のすり替えをそのまま信用し、根拠無き「在日特権」の妄想へと発展させた。
筆者の独自調査(2013年)によると、ネット右翼の実に70%弱が首都圏(東京・神奈川・埼玉・千葉)に集中・偏重している。西日本の多くの地域では教育されている同和問題への無知が故に、それをネット上で換骨奪胎した「在日特権」言説に対しても、彼らネット右翼は免疫が一切無く鵜呑みにしたものと筆者は推量する。
結論から言えば、「在日特権」なるモノは、ただの妄想であった。その証拠に、この期間(2002年~概ね2014年)にかけて、「自身が在日コリアンであり、それが故に国から特権を受けている」と名乗り出る当事者は、ただの一人もいないのであった。
そして「嫌韓ヘイト本」を粗製濫造する出版界を中心にして、「在日特権」は在日コリアンの問題であったにもかかわらず、なぜか韓国本国への呪詛へと触手を伸ばし、所謂「嫌韓本」が隆盛する基礎をつくった。
とりわけ2009年に麻生太郎内閣が退陣して鳩山由紀夫内閣(民主党)に交代すると、この「在日特権」幻想はますます燃え上がる格好となった。鳩山・菅・野田の民主党三総理は「韓国の手先」と指弾され、なかでも菅直人は「カン・チョクト」と韓国風の名前で呼ばれるのが通例となった。菅直人の「帰化人説」が、公然と大手を振ってネット空間にまかり通った。
そして「朝鮮飲み」という、湯飲みの底に片手を当てて飲料を飲む仕草が「朝鮮半島由来の風習」として喧伝され、この仕草を行なった鳩山・菅・野田は、なんらか「朝鮮半島にルーツを持つ者」として、徹底的に糾弾されたのである。
無論、「朝鮮飲み」という風習は朝鮮半島にも存在しない。湯飲みの底に片手を当てて「ずずっ・・・」と飲み物をすするのは人類共通の普遍的な仕草であるが、ネット右翼は国会中継や予算委員会での民主党議員たちの所作に注目し、彼らを「帰化人」とか「朝鮮半島ルーツ」であるなどと決めつけ、呪詛の対象とした。今日では完全に否定されているネット右翼的陰謀論の典型であり、まったく病的な妄想である。
それにしてもなぜ、彼らネット右翼はこのような病的な妄想を以て、民主党議員を「在日認定」せねばならなかったのか。答えは簡単だ。彼らの信ずる「在日特権」なるものの存在が、いつまで経ってもまったく証明できなかったからである。
ネット右翼的な世界観によれば、韓国の手先たる民主党政権の成立は「在日特権」の確立と拡大を意味するものであったはずなのだが、そのような事態は待てど暮らせど出来せず、それどころか存在すら立証できなかったために、短絡的な妄想に飛びつくほかなかった。
しかし転換点は間もなくやってくる。2012年末の第二次安倍政権誕生である。
それまで親の仇のごとく呪詛してきた民主党政権が瓦解し、自民党・公明党連立の本格的保守政権が誕生したことで、風向きは大きく変わった。むしろ皮肉なことに、古典的な(そして素朴な)「ネット右翼」の最盛期は民主党政権下の3年間であり、自民党の政権奪回はそのカルト化の始まりでもあったと言える。
いくら検証しても、いくら追求しても証明する事の出来ない「在日特権」をめぐる言説は、第二次安倍内閣誕生後、しばらくして雲散霧消した。なぜなら、ネット右翼の本望である「左翼政権の打倒」と「本格保守政権の誕生」が実現してしまえば、ことさら「在日特権」を声高に述べて政権を攻撃する必要も無くなったから、この一点に尽きる。
しかし、そこで代わりに登場したのが「アイヌ特権」という新たなデマである。「民主党政権=在日政権」という巨大な敵を喪失したネット右翼が、次なる標的として苦し紛れに創作した、「在日」に代わる仮想敵――この動きは、おおよそ2014年~2015年にネット右翼界で最盛期を迎えた。
「アイヌ特権」とは何か? それは、北海道の先住民であるアイヌ民族が、和人(日本人)に陵虐された、という被害者としての立場を利用して、様々なアファーマティブアクション(弱者集団への優遇措置)を享受している――という内容であった。
この運動の最前衛に立ったのは、漫画家の小林よしのりであった。小林は「アイヌ民族など存在しない」というトンデモな主張を繰り返し、「アイヌは北海道の先住民ではない」という妄想を漫画やブログで発表した。
特に「アイヌ民族は存在しない」という持論については、学術的な根拠を何ら示さないばかりか、「殖産の時代、アイヌ民族は自らを『アイヌ』と自称していなかったから」という屁理屈を展開し続けた。
「ある民族が〜〜と自称していないから、その民族は存在しない」という理屈が通るのなら、「アメリカにネイティブ・アメリカン(インディアン)は存在しない」と言うことすらできよう。なぜなら彼らは、イロコイ、アパッチ、ホピ、スー、などの部族名を自称して、決して自らインディアンとかネイティブ・アメリカンと名乗ることは無かったからだ。
ならば、「アメリカに先住民族は居ないのか?」というと、それはウソになる。当時の先住民が後年名付けられた「他称」を用いなかったからといって、その民族自体が存在しないなどと言う理屈は、あまりに馬鹿馬鹿しい。
民主党政権から第二次安倍政権へ――。本格的な保守政権への交代を経験し、「敵」を見失ったネット右翼界隈にとって、この「アイヌ特権論」はさしずめ「恵みの雨」であった。
結論からすれば、アイヌが北海道の先住民であることは近世以降のあらゆる歴史書からも自明で、ネット右翼界隈で繰り広げられた主張は近世史家、アイヌ研究者らによって一笑に付されている。よりによって、彼らに特権など存在しないことは当然、わかりきったことである(私も北海道出身だが、アイヌ特権など聞いたことがない)。
が、「敵」に飢えていたネット右翼は、刹那この小林の「アイヌは存在しない」「アイヌは北海道の先住民ではない」というでっち上げに寄生し、俄かにアイヌへの呪詛を開始した。
北海道には官主導の開拓の歴史があり炭鉱の歴史もある。したがって伝統的に社会党が強い地盤を有するが、そうしたことと強引浮薄に結びつけて「北海道は反日」などと言う向きさえでた。
しかし、所謂「アイヌ問題」は、2014・15年の一瞬だけネット右翼界隈を騒がせたものの、燎原の火となることはなかった。
それはおそらく、アイヌ民族の規模によるだろう。北海道アイヌ協会によれば、北海道に現住するアイヌ民族の総数は、全道を含めて約17,000人に満たない。多くが内地(本州)に住むネット右翼にはあまりに皮膚感覚から遊離しており、広汎な反アイヌ運動には至らなかった。要するに、首都圏在住者の多いネット右翼にとって「遠くて良く分からない」事象であり、「在日特権」の代替にはなり得なかったのである。
(3)手強い「沖縄デマ」「沖縄ヘイト」
「在日特権」の終焉から端境期としての「アイヌ特権」を経て、概ね2015年頃から頭をもたげ、現在ではすっかりネット右翼言説の主流となったのが、いわゆる「沖縄デマ」「沖縄ヘイト」に代表される、沖縄に於ける反在日米軍基地活動家や、前沖縄県知事・翁長雄志氏(故人)とその支持者に対する無根拠な中傷・デマである。
蛇足だが、ネット右翼がこのように資源を探して右往左往する様は、北進を断念し、代わって南進へと大きく転換した戦前の日本軍部にうり二つだ。
この「沖縄デマ」は、「在日特権」「アイヌ特権」というホップ・ステップを経て結実したネット右翼のブームの最前衛として花開き、一部に堅固な信奉者を生むに至っている。その主な要旨は次の通りである。
(1)翁長雄志氏は中国の工作員であり、その家族は中国で暮らしている
(2)沖縄には既に中国の工作員が多数潜伏している(中国による沖縄侵略)
(3)沖縄の高江ヘリパッド問題に関する反対派は中国人や韓国・朝鮮人である
(4)沖縄の辺野古移設問題に関する反対派は中国人や韓国・朝鮮人である
(5)前記(3)(4)の人員は日本共産党などから日当を受け取っている
(6)沖縄の在日米軍駐留に反対する者は全てパヨク(左翼)である
(7)玉城デニー氏は中国の工作員である(2018年県知事選後)
私は所謂「高江ヘリパッド問題」では、現地に何度も足を運び己の目で抗議運動の様子を見聞した。無論、「辺野古移設問題」に関しても、同様に現地での視察を行っている。その経験をもって言えば、沖縄に於ける在沖縄米軍反対派のなかに、中国人や韓国・朝鮮人を、ただの一度も見たことはない。ネット右翼のデマは、現地を訪問したり当事者に取材すれば虚偽であることが一目瞭然で分かるのが特徴だが、本件もその例に漏れない。
しかしこの「沖縄デマ」は、「在日特権」に代わって、いまやネット右翼界隈での「常識」とさえ言えるほどに定着した。それはネット右翼が思想的「宿主」とする「自称・保守系言論人」が、ネット番組やSNS、自称・保守系論壇誌で拡散する沖縄への差別的言説が要因として大であるが、そればかりではない。
2002年から概ね2013~2014年にかけて跳梁跋扈した「在日特権」は、「いくら探しても証拠も根拠も見つからない」のに比べて、「沖縄デマ」には、
(1)現実に沖縄に「米軍基地」という実態が存在する
(2)現実に沖縄県民の間では反米軍基地感情が旺盛である
(3)現実に沖縄県内に反米軍基地運動家が存在し活動している
という三点に於いて、「在日特権」よりも遙かに「攻撃対象」に実体が伴っているからである。
であるからこそ、妄想に過ぎなかったかつての「在日特権」が、第二次安倍内閣という本格保守政権の誕生によって希釈化されたのとひきかえに、ネット右翼の呪詛の標的として沖縄が浮上してきているのだ。
これに加えて、ネット右翼が「沖縄デマ」を強固に信ずるようになった要因として、
・沖縄出身・在住のネット右翼活動家が、在沖縄米軍へ親和的な立場を採る
・沖縄出身・在住のネット右翼活動家が、反基地活動家らに対する中傷・デマを恒常的に配信している
という点が挙げられる。「私は在日コリアンですが、在日特権を享受しており、これは不当だと思う」と名乗り出る者が一人も出てこず、当事者性に欠けていた「在日特権」に比べて、「沖縄デマ」には「私は沖縄生まれで沖縄育ちですが、在沖縄米軍は良き隣人であり、反対派はすべて反日勢力です」と吹聴する「当事者としての活動家」が続々と跳梁跋扈しているのである。
たとえその主張がいかに妄想と虚偽を含んでいたとしても、「沖縄デマ」にはそれを補強する沖縄の当事者が複数存在するということは、デマやフェイクニュースの成り立ちと流布の仕組みを考える上で特筆すべきことであろう。
長期戦を覚悟する必要がある
こうした言説をそのままトレースしたのが、(株)DHCが製作するテレビ番組『ニュース女子』(TOKYO MX)であった。2017年1月6日放送の同番組で、「現地取材に基づく」としたうえで「沖縄の基地反対派は日当をもらって現地で反対運動をしている」「基地反対運動の中に中国人・韓国人が混じっている」などの、まさに「沖縄デマ」が垂れ流されたのだ。
結局、同番組はBPO(放送倫理審査会)から重大な放送倫理違反を指摘され、上記の報道は虚偽として否定された。現在『ニュース女子』は地上波テレビからは追放され、ネットでの放送のみとなっている。取材や事実を尊重せず、差別的言説を流布した同番組の愚挙は、今後も放送界の汚点として記憶され続けるであろう。
しかし、大気循環のごとく人員の出入りが激しいネット右翼界隈では、「在日特権」などがほとんど忘れ去られるとともに、「沖縄デマ」が圧倒的主流を占めつつあるのも事実だ。
先の沖縄県知事選挙に於て、玉城デニー氏が過去最大の得票で選出されたことなど、彼らにとっては余り関係が無い。彼らの中では、「玉城氏は中国の手先であり、選挙戦には反日勢力が関与していた」との妄想を以て、厳正な民意であろうといくらでも黙殺できるからである。
「沖縄デマ」は、沖縄本島とそれを支える本土の自称保守系言論人や自称保守系雑誌、自称保守系ネットメディアのなかで循環しながら再構築・再拡散を繰り返し、徐々にではあるが、一部の言説空間の中で「揺るぎない真実」として定着しようとしている。これを看過することは、我が国にやがて大きな禍根を招きかねないと筆者は考える。
「沖縄デマ」の発端はつい2、3年ほど前だが、当事者の存在しない「在日特権」デマですら、前掲の図表の通り、2002年から実に10年強も続いた。「沖縄デマ」の寿命は、それよりも相当長いかもしれない、と覚悟しなければならない。
現在では「沖縄デマ」への抵抗こそネット右翼との戦いの最前線であり、またフェイクニュースに日本社会が勝つか負けるかを占う天王山とも言えるのである。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/58643