東京新聞2023年8月12日 18時00分
ジャニーズ事務所を巡る性加害問題を取り上げたことで、にわかに注目を集めた国連人権理事会「ビジネスと人権」作業部会。ただ、調査の目的は、ジャニーズ問題だけではなかった。12日間の調査をまとめた訪日ミッション終了ステートメント(声明)を読むと、人権侵害の観点から、日本国内のさまざまな分野に重い課題を突きつけていた。
声明には何が書かれているのか。そして、「ビジネスと人権」作業部会とは、いったいどんな組織なのか。(デジタル編集部・福岡範行)


記者会見する国連人権理事会「ビジネスと人権」作業部会の議長ダミロラ・オラウィ氏(右)とピチャモン・イェオファントン氏=4日、東京都千代田区の日本記者クラブで
◆「リスクにさらされている」人たちとは
国連作業部会の声明の日本語訳版は、A4判9ページにびっしりと書かれている。およそ半分は、テーマ別の具体的な問題点と求められる対策の記述に割かれている。それは、一部の前向きな動きを評価しつつも、日本に根強く残る問題を浮き彫りにする形になっていた。
声明では、「リスクにさらされている」人たちとして、「女性」、「LGBTQI+」(性的少数者)、「障害者」、「先住民族」、「部落」、「労働組合」の6つを取り上げていた。
1つずつ、ポイントを抜粋してみよう。
まず「女性」。
「日本で男女賃金格差がなかなか縮まらず、女性の正社員の所得が男性正社員の75.7%にすぎないことは、憂慮すべき事実」などと給与面での課題を取り上げ、「ジェンダーや性的指向に関係なく、すべての労働者が平等な賃金と機会を得られるようにするための包括的対策の確保が欠かせません」とした。
企業幹部の女性の割合が小さいことも、対策が必要だとした。
次に「LGBTQI+」。
同性カップルのためのパートナーシップ制度を導入する自治体の増加などを評価しつつも、調査全体を通じて「何度も、LGBTQI+の人々に対する差別の事例を耳にしました」と言及。「権利を実効的に保護する包括的差別禁止法の必要性」を強調した。
「障害者」を巡っては、障害者の雇用率が、総人口に占める障害者の割合よりも小さいことから「さらに改善の余地がある」と指摘した。「障害者が職場での差別や低賃金、支援システムを通じた適切なサポートへのアクセス困難にさらされているという、懸念すべき事例を耳にしました」とも書いた。
「先住民族」では、アイヌの人々の権利を守ることを促した。「アイヌの人口調査は行われていないため、その差別が可視化されたり、語られたりすることはなく、アイヌの人々は今でも、教育や職場で差別を受けています」と指摘した。
「同和」とも呼ばれる被差別「部落」の問題では、「ヘイトスピーチ(特にオンラインと出版業界)や職場差別(一次面接の質問などを通じ)のパターンがあることも判明しました」と言及。差別解消に向けた取り組み事例も併記した。
「労働組合」については、「組合結成に際する困難、さまざまな部門でのストの実施を含む集会の自由に対する障壁、さらには労働組合員の逮捕や訴追の事例などについて、懸念を抱いています」と述べた。
このほかに、テーマ別に課題をまとめた記載もあった。特に「技能実習制度と移民労働者」は、他のテーマに比べて多かった。
「私たちは訪日中、職場で事故に遭った外国人労働者が解雇された(よって、治療を受けられなくなった)ケースや、その劣悪な生活状況、出身国の仲介業者への法外な手数料の支払い、また、同じ仕事をしながら日本人労働者よりも賃金が低いケースなどを耳にしました」と紹介。政府が対策を検討する際に「明示的な人権保護規定を盛り込むことを期待します」とした。
このほか、気候変動対策や環境問題への取り組み、福島第1原発の事故収束作業を巡る強制労働などの課題、PFAS(有機フッ素化合物)も「ビジネスと人権」の問題として言及。ジャニーズ問題を取り上げた「メディアとエンターテインメント業界」の項目では、女性ジャーナリストの性的な被害への救済措置不足や、アニメ業界での極度の長時間労働、クリエイターの知的財産権が十分に守られない契約にも懸念を示した。
これらの問題点を踏まえて、国連作業部会の専門家たちは、人権侵害を生む構造的な問題が日本に残っていると捉え、「リスクにさらされた集団に対する不平等と差別の構造を完全に解体することが緊急に必要です」などと指摘。被害者救済の仕組みの不備も解消するように訴えた。
◆「ビジネスと人権」作業部会とは
ここまで厳しく日本の課題を指摘した国連人権理事会の「ビジネスと人権」作業部会とは、どんな組織なのか。
始まりは2011年。この年、世界各地の人権侵害を防止に取り組む国連の主要機関「人権理事会」が、「ビジネスと人権に関する指導原則」を決議した。指導原則を普及促進しようと設立されたのが、「ビジネスと人権」作業部会だった。
今回の訪日調査は、国連人権理事会の「特別手続き」と呼ばれる仕組みの一つ。女性差別や移民の権利などのテーマ別や、北朝鮮やミャンマーなど人権状況が懸念される国ごとに、人権問題の専門家の特別報告者や作業部会が独立した個人の資格で調査して人権理事会に報告し、各国に状況改善を促している。
調査は、7月24日~8月4日に実施。日本政府や日本企業などが人権にどう取り組んでいるかを調べるため、国連から任命された専門家2人が、政府はじめ、省庁や地方自治体の関係者、企業経営者、労働組合などとから幅広く聞き取りを行った。8月4日に公表した声明は暫定的なもので、2024年6月に最終報告書を国連人権理事会に提出し、日本政府に問題点の改善を促す方針だ。
日本も国連人権理事会の加盟国。報告書には法的拘束力はないが、加盟国として適切な対応が求められる。
https://www.tokyo-np.co.jp/article/269482